第12話 緊急クエスト発生!!ボス戦前にバグ発見?

 その後シゲジィのアトリエに一泊して翌朝を迎えた。

「おはよう、ミネルヴァちゃん。」

 彼女は早起きみたいで、天井の柱に止まっている。

「ユリィは?」

 ベッドに大きな膨らみがある。

「起きてよー」

 膨らみを揺らすと、モゾモゾとユリィが這い出してきた。

「あと五分…」

 まるで夏休み明けの私みたいだ。

「じゃあ行こうか」

「そうね、もう戻る事も無いかもしれないわ。」

 少し名残惜しいけど、私には目的がある。だから前を向いて進むんだ。決意を新たにして、街へ戻ることにした。

「クエスト失敗?」

 酒場の店員さんは驚いた様子で答えている。

「はい、オリハルコンは見付かりませんでした。」

「そうなの?実は…他のパーティーが似たクエストを受けて、発見困難なオリハルコンを奇跡的に見付けたみたいなの。なんでも醜いネズミを追いかけたら、オリハルコンが見つかったそうよ。それじゃあ、クエスト失敗の連絡をしておきます。」

「宜しくお願いします。」

 短く切り上げ、私達はカウンターから離れる。

「これからどうしようか?」


 すると突然、大きな声が聞こえてきた。

「緊急!緊急クエスト発生!冒険者は至急、カンティーノ酒場に集合して下さい!」

「ユリィ!緊急クエストだって!」

「ええ、急ぎましょう!」

 酒場の中は冒険者で溢れていた、みんな先ほどの緊急クエストが目的だろう。

「皆さん御揃いですか?では早速緊急クエストの内容を転送しますので、ご確認下さい。」

 酒場の店員さんが宙にクエスト内容をマッピングしたので、周りの皆も自分でクエスト内容を確認している。

「沙織ちゃん、ほら見てみて。」

 私はユリィがマッピングした緊急クエスト内容を確認した。

 

 緊急クエスト ポンデシーサーの撃退

 長らく行方不明だった、最強のボスが姿を表した!ホビットウイルス研究所から禁断の遺伝子操作スキルを盗み出した奴は自分の遺伝子に獣の遺伝子を掛け合わせた最強の戦士。

 このボスに挑戦する、命知らずは居るか!?報酬は望みのまま!王様が何でも叶えてくれるぞ!

「おお!俺はボス戦に行くぞ!」

「私も行くわ!ボスを倒して、王様に願いを叶えて貰う!」

 冒険者達は続々と緊急クエストに参加するようだ。

「沙織ちゃん!ポンデシーサーだってよ!」

「うん!マスターの欠片を持つボスだよね!」

 ボスを倒してマスターの記憶の欠片を手に入れたら、ゲームクリアだよ!

「よーし♪やるぞー」


「それではボス戦に臨まれる方々は街の外にお集まり下さい。」

「街の外?なんだろう」

 冒険者達はゾロゾロと街の外へと向かい始めたので、私達もついて行く事にした。

「これって、飛行船?」

 街の外にはクジラみたいに大きな飛行船が待っていた。

「ボスが待つ最果ての地は陸路では近づけないので、飛行船で空から侵入します。」

「おおー空の旅かあ、ワクワクするね♪」

「最果ての地、マップの枠外にあるけど、そんな場所まで本当に行けるのかしら?」

「まあ、酒場の人が用意してくれたんだから、安心だよ。」

「そうね、こんな立派な飛行船だもんね。」

 私達を含めた大勢の冒険者達は飛行船に乗り込んで、ボスが待ち受ける最果ての地へ出発した。空は相変わらず曇天で、粉雪が舞う悪天候だけど、飛行船の中は暖かい。

「ユリィ、お菓子とかジュースの自動販売機があるよ。何か食べない?」

 自動販売機にはスナック菓子、菓子パン、炭酸飲料、カップ麺と何でもあった。

「私は止めとくわ。ボス戦前に満腹じゃ戦えないから。」

「沙織ちゃんも程々にしてね…ってあれ?」

 そこには両手一杯のスナック菓子、菓子パン、ジュース、カップ麺を持った沙織ちゃんが居た。

「折角の空の旅だから、沢山貰っちゃった。」

「意外と子供っぽいのね」

 結局一つも食べきれずに、ユリィの片翼に保管する事にした。

「おい!ビールでも飲もうぜー!乾杯!!」

「芋ピーとって!あとチーズタラもお願い!」

 冒険者達はあちこちで酒盛りをして、何だかお花見みたいな雰囲気がする。

「空の旅だもんね♪楽しいね♪」

「…」

 ユリィは黙って外の景色を見ている。

「どうかしたの?ユリィ?」

「来る!!」

 その時ガクン!!と凄まじい衝撃が船内に響いて私達は立っていられないほどの揺れを感じた。

「緊急事態!飛行船に深刻なダメージを感知しました。原因を調査するので、冒険者様はそのままお待ち下さい。」

 船内は騒然としていたが、アナウンスを聞いて、戸惑いながらもその場で待機している。

「どうしよう、事故かな?」

「そうね。事故かもしれないけど…」

 ユリィは窓の外から飛行船を見回している。

「あれ?ちょっとついて来て!」

 ユリィはワタシの手を強引に掴むと、外にある飛行船のデッキに向かった。

「どうしたの?危ないから中で待とう!」

 ユリィはデッキから身を大きく乗り出して、飛行船の後方を覗き込んでいる。

「沙織ちゃん、少し危ないけど、私の真似して後ろを覗いてみて。」

 私もデッキから落ちそうになりながら、飛行船の後方を覗いてみた。

「何…あれ?」

 飛行船の後方は無惨に引き裂かれていた。何故普通に飛べているのか不思議な程にバラバラと今にも崩れ落ちそうだ。

「ユリィ!この船はもう墜落するかも!」

「そうね、これからどうすれば良い?」

「教えなきゃ!皆に船が墜落するかもって!」

「分かったわ!戻りましょう!」

 私達は大急ぎで冒険者の皆が待つ部屋に戻った。

「皆、聞いて!この船はもうすぐ墜落する!逃げ出す準備をして!」

 冒険者達が一斉に私の方に振り向く。

「墜落?そんな事アナウンスになかったわよ。」

「君、勝手に外に出ちゃ危ないよ。早く戻りなさい。」

「そうよ、勝手に動くと迷惑だわ。」

「そんな…私の言う事を信じてよ!」

 皆顔を見合わせて、そのままだ。誰も信じて動いてくれない。

「そうだ!船が安全かどうか、船長に聞いてみよう!」

「そうね!調査中なんでしょ?船長室に行きましょう!」

「船長ー!どうなってるのか、説明してくれー!」

 大勢の人が後方の船長室に向かった。

「ユリィ、皆が信じてくれなかった。」

「まあ無理もないわ、沙織ちゃんより船長の方が信頼できるからね。でも、真っ先に皆に危険を知らせようとした事は素晴らしいと思うよ。」

「…そうだね」

 ウソだった。本当は皆に信じて欲しかった。でも子供の私の言う事なんて、信じる訳ないよね。

「きみ?さっき言ってた事は本当?」

「良かったら、見てきた事を教えてくれませんか?」

 見上げると大学生位の男の子と女の子が私に話しかけてくれた。男の子は竜の甲冑を装備して、兜を脱いでいる。女の子はお姫様みたいな、フリフリの衣装を身に付けている。

「あっ、えっと、その…」

「うん、ゆっくりでいいからね」

「はい、飛行船の後ろが、大変な事になってるんです、大きな傷で破けて、墜落しそうなの!」

「そうか、分かったよ。良かったら、案内してくれないかな?」

「うん!こっちだよ!」

 良かった!信じてもらえた!私達は外の飛行船デッキへ出た。

「よし、僕が身を乗り出して…これは、酷いな。素人だけど、どうみても尋常じゃない。墜落しても不思議じゃないな。」

「えーと、ウサギの忍者さん。お名前を教えてくれる?」

「沙織です。こっちはユリィ。」

「サオリちゃんとユリィちゃんね。」

「あの、何で私の話を信じてくれたんですか?皆は信じなかったのに…」

「えっ?そうだなあ…必死に教えてくれたからかな。」

「そうね、余りにも真剣だったから話を聞こうって思えたの。」

「そっか…ありがとう、えっとお名前聞いても良いですか?」

「うん、僕は…」

「危ないわ!!」

 鬼気迫る声にラビットシノビの衣装が無意識に反応して、その場所から退避した。直後に鋭い矢のような物が無数に降ってきて、デッキに突き刺さる。

「敵か!?」

 竜の騎士は即座に兜を被り、剣を振りかざす。しかし周囲には敵らしい、魔物は居なかった。

「あの矢、何か変だよ!!」

 矢じりが蠢いている。鈍い銀色に光りながらヒレのようなものが生えてきている。

「あれって、魚なの?」

 魚にしては口元が刃先のように鋭く尖り、武器にしか見えない。

「また何か生えてる…あれ羽かな?」

 魚に羽が生えてきた。それは常に蠢いて身体を変化させている。無数の羽魚は突き刺さった刃先を引き抜いて、再び空へ飛んで飛行船の周りを旋回し始めた。

「まさか、アイツが船を壊したのかな?」

「あの鋭い矢が無数に突き刺さったのなら、飛行船なんて、直ぐにズタズタにされるわね。」

 そして、矢が魚に変化して、羽が生えてきたってことは…

「遺伝子操作スキル。そうだ、あれは、ボスの攻撃だよ!私達の船を墜落させる気なんだ!どうしよう…」

「倒したいけど、小さすぎて攻撃が当たらないわね。」

 無数の羽魚は群れになると、まるで一匹のサメのように狂暴な一面を見せてくる。

「危ない!降ってくる!」

 飛行船を食い破ろうと、直上から一気に降下してくる!

「サオリとユリィ!逃げる方法はあるか!?」

 竜の騎士が大声で呼びかける。

「ユリィがサオリを抱えて、堕天使の片翼で空へ逃げるわ!」

「早く行け!間に合わなくなるぞ!」

「貴方達はどうするの!?」

「姫の精霊たちが助けてくれるさ!心配するな!」

 まるで、結婚式のように竜の騎士は姫君を抱き抱えている。突風が身体を貫いて来た。その後から飛行船が崩壊する光景が目に飛び込んでくる。足元は揺らぎ、宙に投げ出される前にデッキを踏みしめた。

「跳ぶよ!!」

 ユリィに抱き締められて、曇天の空へ飛び出した。

 竜の騎士と姫君が大声で呼んでいる。

「僕らもボスの欠片を探してるんだ!また会おう!!」

 えっ、ボスの欠片を探してる?呼び声は暴風と破壊音にかき消されて、竜の騎士と姫君は水平線の彼方へ吸い込まれて行った。

「サオリ!しっかり掴まっててね!」

 ユリィは私を強く抱き締める。私も離れ離れにならないように、ギュッと抱き締め返した。

 急速に大地へ引き寄せられてしまう。私達に空を羽ばたく自由など存在しなかった。圧倒的な自然の引力が私達をボスが待つ最果ての地へ誘う。

「森が見える!木にぶつかるから気を付けてね!」

 少し間を置いて木々が折れる音が聞こえて、沢山の木々にぶつかる衝撃が伝わってくる。次第に加速の勢いが弱まり、崩れ落ちるように森の茂みに着地した。

「うぅ、沙織ちゃん大丈夫?」

「うん、ユリィも怪我は無い?」

 私達は奇跡的に怪我一つ無く、地上に戻る事が出来た。これもダラクノダテンシの加護なのだろうか。

「ここは森の中ね、現在地はどこかしら」

 ユリィはマップを調べ始めている。

「ここは、マップの枠外ね。最果ての地は更に奥にあるわ。」

 地図の枠外か…普通のゲームだと、そんなの無いよね。

「マップの枠外って事は王様の、人間の領域から外れてるって事よ。ここから先は魔物の世界だから油断出来ないわ。」

 森の中は魔物の世界か。そう思うと、薄暗い森の中は昼なのか夜なのか区別がつかない程、不気味だ。木の葉の囁きは童話に出てくる魔女の誘惑のように怪しげな雰囲気を出している。

「えーっと…森から抜けるには北の方角に進めば良いみたいだね。」

 マップには周辺の情報が少し載っていて、どうやら森の出口は近いらしい。

「じゃあ行こうか」

 私達は森の出口に向かって歩き出した。

「沙織ちゃん、もしパンの欠片が落ちてても、追いかけないでね。」

「何の話?」

「ヘンゼルとグレーテルよ、知らないの?」

「ああ、知ってるよ。お菓子の家でしょ。」

「あのお話って、原作は意外と暗い話なのよ。」

「そうなの?小さな子供向けのメルヘンなお話だったような気がするけど。」

「ここはサイバーDIVE世界だし、不安な気持ちが魔女を引き寄せる事もあるわ。」

 サイバーDIVE空間か…そういえばサイバーDIVEって何なんだろう?最初は怖いもの見たさで、あまり考えなかったけど、凄く謎の多いゲームだ。プレイヤーの脳に直接干渉して仮想現実世界を構築するって最初に説明された。

 ここは仮想現実、つまりゲーム世界なのは分かるけど、余りにもリアル過ぎる。足元から伝わる湿った感触も、木々の囁きも、森の新鮮な空気も、現実世界そのものだ。

 むしろ冒険は楽しいし、ユリィも居るし、ゲームクリアしたら、またプレイしに戻ってきたいくらいだ。地図を見るとまだまだ行ったこと無い場所が沢山あるから少しワクワクする。

「帰りたくないなぁ」

「えっ?何か言った?」

「何でもないよ」


 しばらく歩いていると少し森が拓けてきて、辺りも明るさを取り戻してきた。

「もうすぐ出口ね。」

 森と草原の境界は曖昧で、はっきり区別は付かない。ただ吹き抜ける風に包まれる感覚は心地よい。薄暗い森を抜けた先にボスが待っている。マスターの記憶の欠片を取り戻すために、このボス戦をクリアしてみせる!


ここまでのゲーム内容を保存しますか?

はい

いいえ


 森から抜け出る時に後ろから声が聞こえてきた。

「ゲヘヘ、可愛い女の子だぜ」

「ウサギの忍者に闇のお姫様かあ?」

 何だろう、怖そうな魔物がすぐ後ろに居る。前にもこんな事があったような…

「おい!こっちを向け!」

 ゆっくり振り替えるとそこには!小さくて、可愛いスライム達が居た。

「またなの?」

 相変わらず、柔らかそうで、プニプニしてて、やっぱり強そうには見えない。

「あっ、ビタビタスライムだ。」

「ビタビタスライム?」

「沙織ちゃんにビターン!ってやられてたから」

「フフフ、あの時は油断したが、今度のオイラ達は一味違うぜ!」

「親分は闇の能力を手にいれたんだ!」

「闇の能力?なんだろう?」

「行くぞ!それ、合体!」

 スライム達は重なりあって、スライムタワーになった!

「どうだ!デッカイだろう!強そうだろう!」

 わあ、大きなスライムだ。高くて、掴みやすくて、そうだよね!

「ビターン!!」

 沙織の身長にピッタリの高さになった、スライムタワーは順番に地面に投げつけられた。

「オイラ達は、やられないぞ」

「あら?変ね…」

「どうしたの?」

「スライムタワーは立派な魔物だから、攻撃したらダメージが与えられるはずなんだけど…」

 ユリィはスライムタワーに向かって小さな炎を放った。

「ぎゃっ!こら!熱いぞ!」

 スライムタワーに50のダメージ

「ライブラリ参照」

 ユリィはスライムタワーの体力ゲージを見ている。

「これは、おかしいわ」

 私も除き込んで見てみる。


名前 200

体力 スライムタワー

属性 水


「ユリィ、これは何がおかしいの?」

「沙織ちゃん、今度はそこに居る別の魔物を見てみるわ」

 ユリィが指差す先に小さなトカゲの魔物が岩影に潜んでいる。

「可哀想だけど、攻撃するね」

 ユリィは再び、トカゲ目掛けて小さな炎で攻撃した。


サンドリザードに50のダメージ

「ライブラリ参照」


名前 サンドリザード

体力 50

属性 土

「どういうこと?」

 体力がスライムタワー?名前じゃくて?

「これって、名前と体力が入れ替わってるよね?本来は名前の項目に文字が、体力の項目に数字がくるはずなの。これはゲームパラメータとして間違えているわ。プログラムのバグよ。」

 バグ?聞いたことあるけど、どうすればいいんだろう?

「利用規約を読むと、プログラムのバグや不具合を発見したら、サポートデスクに知らせる必要があるみたいね。」

 ユリィはサポートデスク宛に不具合を報告するメッセージを送っている。

「送信。これでいいわね」

 しかし、何も反応が無い。

「しばらく時間がかかるのかな?」

「おい!オイラ達を無視するなよ!」

 スライムタワーが大声で喚いている。うるさいなあ…

「えい!スパッ」

「ギャー!オイラが真っ二つにー!」

スライムタワーに10のダメージ

「えい!スパッ!えい!スパッ!」


スライムタワーに20のダメージ

「ライブラリ参照」


名前 200

体力 スライムタワー

属性 水


「やっぱり、いくら攻撃しても体力が減らないわ。体力に文字が入ってるから、計算が上手くいかないのね。」

「じゃあこのスライムタワーは無敵ってこと?」

「ええ、そうね、でもほらサポートデスクが対処するみたいよ。」

 空から青白い光の柱が出現して、スライムタワーを包み込むと、綺麗に消えてしまった。

「これで、ゲームバランスは保たれたわ。」

 いくら攻撃しても倒せない魔物、そんなのズルいよね。

「さあ、先を急ぎましょう」

 私達は再び、ボスを探し始めた。

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