第10話 ドワーフの翁とキツネの罠
「それでハゲジィさん?オリハルコンは何処に埋まってるんですか?」
「沙織ちゃん…結構酷いこと言うわね…」
「シゲジィじゃぞ。確かにスキンヘッドじゃけどな。」
シゲジィはツルツルピカピカの頭をボリボリ掻いている。
「オリハルコンは山の内部や大地の奥深くに埋まっている事が多いんじゃ。そして振り当てる事が出来る動物がいるんじゃが…」
「どんな動物なの?」
「無毛で歯が四本しか生えてない、出っ歯で豚鼻のネズミなんじゃが、流石に見たこと無いじゃろ?」
「これの事?」
私は胸に着けているブローチをシゲジィに見せてみる。
「これはまさしくハダカデバネズミ。しかもブローチに閉じ込められておる。コイツをブローチから解放すれば、オリハルコンが埋まる場所まで連れていってくれそうじゃ。」
「凄いじゃん!ハダカデバネズミ!」
「ブローチを貸してみなさい。ドワーフの技で彫刻から生命を取り出してみせるぞ。」
シゲジイはブローチを受け取ると、小さなトンカチで叩き始めた。
「コチコチと、これで完成じゃ。」
ブローチが彫刻の音色を奏でると、無機質な鋼に生命が宿り、一匹のハダカデバネズミが姿を表した。
「コイツの後を追えば、そこにはオリハルコンがザクザクじゃ!」
「やったー!頑張ってデバちゃん♪」
デバちゃんは地面に降りると鼻とヒゲをヒクヒクさせながら、辺りを探っている。
「何してるのかな?」
「ネズミは触覚と嗅覚に優れているわ、特にヒゲで微かな地面の振動を感じる事が出来るのよ。」
「そしてオリハルコンのような希少鉱石は特殊な波長を持っていて、他の鉱石と共鳴して人間には感知出来ない振動を持っているんじゃ。デバちゃんはその微かな振動を探っておる。」
「なるほど」
「静かに、音を立てるとオリハルコンの波長が消えるぞ」
デバちゃんはしばらく辺りを探ると、突然地面に穴を掘って潜ってしまった。
「あれ?これじゃ何処に居るのか分からないね。」
「そうね、どうしようかしら」
するとユリィの片翼からモゾモゾとメンフクロウのミネルヴァが顔を出してきた。
「そうだわ!フクロウならネズミを追い掛けられるはずよ!」
「そうか!ミネルヴァちゃんお願い!デバちゃんを追いかけて!」
彼女は首を傾げたまま、雪の大地を見詰めている。私には動く動物なんて見えないけど、フクロウには人間には見えない気配を感じ取っているのかな?
「あっ!ミネルヴァが動いたわ!ネズミの姿を捉えたのね!」
「やった♪これでオリハルコンをGETだね♪」
すると突然、ミネルヴァは首を180℃後方に回転させて、クチバシから風の波動を放った!
「攻撃したの!?」
「チッ!バレたか!?」
ミネルヴァの攻撃は木の上に命中すると、何も無い空間にノイズが走り、うっすらキツネの影が見えた。
「光学色彩が破損…リカバリ開始」
「アナタ!何者よ!?もしかして私達を追ってるの?」
「リカバリ完了。光学色彩を再起動する。フン!どこまでも追跡してやるぞ!」
音も無く周囲の景色に溶け込むと、跳躍による枝葉の揺れだけを残してソイツは姿を消した。
「今の何!?姿が見えなかったよ!」
「光学色彩…見覚えがあるわい」
「シゲジイ?」
「ドワーフ属は特殊な装備を錬成できる一族なんじゃが、自己を隠蔽出来る秘術を持つ奴が居てな。その秘術は自己隠蔽スキルとしてゲーム中に存在しておる。自己隠蔽スキルには様々な種類があるが、あの光学色彩とやらもその一つじゃろうな。」
「自己隠蔽スキル…」
「でもどうして私達を追い掛けてるのかな?」
「シゲジイの知り合い?」
「さあな、姿が見えんかったから、分からんわい」
「もしかしてオリハルコンが目的かな?」
「そうね、それしか考えられないわ。私達がオリハルコンを見付けたら、横取りするつもりだったのよ。」
「そうか、アイツも装備強化が目的なんだね。」
「それにしても、そのメンフクロウはお手柄じゃったのう」
「そうだよ!ミネルヴァちゃんありがとう♪」
私は彼女の頭を撫でると、くすぐったそうに首を竦めている。
「これから油断出来ないわね、特にアイツの居場所を見破れるミネルヴァを先に狙ってくるだろうから…」
「片翼から首だけ出して貰えば良いんじゃないかな?そうすれば安全だし、ハダカデバネズミも見付けられると思うよ。」
「いや、時間が経ちすぎてデバちゃんはもう近くに居ないわ。遠くのネズミを探すには上空から見渡す必要があるけど、飛んだ瞬間に攻撃されるわね。」
「つまり、アイツを倒さないと駄目って事だね。」
「そういう事じゃな」
「それで、あのキツネは今何処に居るのかな?」
「多分遠くで私達を見ているはずよ、近付きすぎるとミネルヴァに攻撃されるから」
「じゃあ声は?この会話を聞かれている可能性はある?」
「さてな?それも分からんわい」
「謎だらけの敵だね。どうしようか?ねえ、雪の上って、足跡が残るよね。アイツが追ってきたら、足跡が残るはずだから、それで居場所を探せないかな?」
「そうね…暫く真っ直ぐ歩いて大分進んだら振り返ってみましょう。足跡があればキツネが潜んでるし、足跡が無ければ追われてない事になるわ。」
「決まりじゃな、では進もう」
私達は広大な雪原と木々の中を歩いて進み始める事にした。日差しが表雪に反射して、湯気を燻らせている。日陰では細かな塵が凍結してキラキラと周囲に舞っていて綺麗だ。
木々の隙間からリスが顔を覗かせて積もった雪を地上に落としている。普段は綺麗な景色を楽しめるのに、キツネに終われているので楽しむ余裕は無いし、緊張感が漂っている。
「大分進んだね。そろそろかな?」
「じゃあ、せーので振り替えるわよ。」
「せーの!」
私達が一斉に振り返るとそこには!?
「何も居ないわ」
「足跡も無いみたいだね」
「もう追われてないみたいじゃな」
「良かった、これで安心だね」
「待って」
「どうしたのユリィ?」
「確かに足跡は無いけど、あの木々を伝って移動出来そう。他にもリスや鳥達が木に積もっている雪を地面に落としているから、足跡が消えてるかもね。」
「そうかなあ?」
「ほら見て沙織ちゃん、私達の足跡を」
「私達の足跡?」
ユリィの言う通り私達の足跡を見てみると、全て残っているわけでは無く、所々消えている箇所がある。
「じゃあまだアイツは何処かに潜んでるって事?」
「分からないわ。確信が持てないのよ。」
「大丈夫だよ、きっと諦めてるよ。」
「そうだと良いけどね…」
「あのさ、キツネは後をつけてるんだよね。」
「そうね」
「じゃあ前方にミネルヴァちゃんを放せば、アイツの攻撃を回避出来るかも。それで、ミネルヴァちゃんが敵の攻撃の届かない高さまで飛んだら、デバちゃんとオリハルコンの場所を見付けるの。」
「それで?」
「直ぐにミネルヴァちゃんを呼び戻して、ユリィの翼に隠れてもらう…これで上手くいくはずだよ!」
「私達はどうするの?」
「この場所から直ぐに離れて、後日オリハルコンを掘れば大丈夫かな?」
「なるほど…」
「ね♪じゃあ、やってみよう!」
ユリィはあまり口を挟まずに、私の言う通りミネルヴァちゃんを肩に載せて、命じている。
「使い魔よ…主の命を伝える。前方に飛翔して、大空から奇跡の鉱石を探し出せ!」
ダラクノダテンシの使い魔は主の命を受けて、木々の間をすり抜けながら急上昇で空へ飛翔した。
私は空を見上げた。その瞬間、前方の木々の枝葉から微かな揺らめきが生じる。
「あっ」
揺らめきから鋭い矢が現れて、使い魔目掛けて突き進む!
「危ない!避けて!」
ミネルヴァは異変を察知して、回避軌道を取るが、間に合わずその翼を射ぬかれてしまった。
「アクセルモード!!」
「まって!危険よ!」
ミネルヴァちゃん…ごめんなさい。私のせいだ。考えるより先にラビットシノビの装束が反応する。
ミネルヴァが大地に落下している。身を屈めて地面スレスレを疾走すれば、受け止められる。
あと少し手を伸ばせ届く…今だ!
「間抜けなウサギが罠に掛かったぞ!」
最悪のタイミングで敵が襲ってくる。木々の合間から無数の罠矢が私目掛けて飛んできた。
「くっ…」
シノビ刀を抜いて片手で数本の矢を弾くが、伸ばした手に矢が命中する。
「あぁ…」
手の力が抜けていく
ミネルヴァちゃんが手の内に収まるけど、落下の勢いを受け止めきれずに鈍い音が私の耳をつんざく。
「ミネルヴァ!戻れ!」
飛び込んできたユリィが倒れる彼女を抱き抱えて、片翼で包んだ。
「大丈夫?動ける!?」
「…」
「返事しろ!逃げるわよ!!」
力無くうなだれる私をユリィが強引に引っ張って、立たせる。
「逃がすかよ!再装填…次でゲームオーバーだ!」
罠矢が再び私達に襲い掛かってくる。
「ドワーフシールド展開!」
ドワーフの翁が木々で即興の盾を複数錬成して、罠矢の束を防いでいる。
「お次はスキーじゃぞ!」
同時に脱出用のスキー板を私達に投げるとユリィと私はスキー板を足元に装備して、後方に向かって脱出を開始した。
「追いかけてやる!」
再び姿を隠す。木々を伝ってキツネの狩人が獲物の追跡を再開する。次こそ確実に仕留めるために。
ミネルヴァの容態は悪かった。翼に矢が刺さり、落下の衝撃で身体を痛めている。迅速な治癒が必要だった。
「主が命じる。元のフクロウ時計に戻りなさい」
彼女は静かに生命を彫刻に閉じ込めると回復のプロセスに入った。
「シゲジイ!アイツは追い掛けてきてる!?」
「相変わらず姿を見せぬが、確実に追い掛けてくるぞ!奴は弱ってる獲物を逃したりしない…狡猾な狩人はそういうものじゃ。」
私達はミネルヴァという目を失った。視界を奪われた私達はただの獲物だし、近距離の攻撃だって仕掛けてくるかもしれない。
「アイツみたいに姿を消したい…どうすれば?」
ユリィは周囲を見渡すが一面の雪景色のみだ。
「雪…そうだわ!シゲジイ!もう一度錬成をお願い!」
「もちろんじゃ!何を作る?」
「ピノキオよ!」
「ん?あぁ、了解じゃ!」
キツネの狩人は追い掛けている。今日の獲物はウサギの忍者と黒い天使のようだ。ドワーフのじいさんには興味を示していない。木の下にスキーで疾走する三人の姿は捉えているようだ。
先程罠に掛かったウサギのスピードが遅い。どちらにせよ彼は弱った獲物を優先して狙う。自然界のハンターは獲物にありつける機会が少ない。大半の狩りは失敗に終わるが彼は違う。狩りの成功率は100%だし、成功する理由がハッキリしていた。
彼が常に強さを追い求めているからだ。誰も追いつけない。光学色彩デバイスもある。薄気味悪い黒いフードのドワーフから貰った、装備で凄く役に立つようだ。彼が周囲の景色と同化しているように見えるはずだが、少し違う。
周りの景色が彼に溶け込んでいる。分からないはずだ。キツネは化かすものだから。
「いくわよ!沙織ちゃんは私に着いてきてね!」
「うん」
「ピノキオの準備出来たぞ!」
「作戦開始!」
ホムラの神よ
我の命に答えよ
真っ赤な炎で大地を燃やせ!
「ファイア!!」
ユリィは地面に向けてホムラの火球を放った!
「水蒸気よ!天使の煙幕で姿を隠すわ!」
私達の周囲が白い煙幕で包まれ、すっかり姿が見えなくなった。
「お次はピノキオ達の出番じゃな!行ってこい!」
シゲジイは木彫りの人形達を操り、バラバラの方向へ走らせた。
「このままピノキオ達に紛れて逃げるわよ!ファイア!!」
私達はあちこちに水蒸気の煙幕を発生させながら、キツネの罠から抜け出した。
木々の枝葉から微かな揺らめきが生じる。
「逃げられたか…あの堕天使はかなり手強いみたいだな。次は奴から狙うぞ」
「なんとか逃げれたみたいね」
ユリィは翼で休ませているフクロウ時計を手にとって撫でている。
「シゲジイ?貴方は鍛冶屋よね、アンティークの置時計の修理を依頼出来るかしら?」
「早くした方が良い。ワシの工房まで戻るぞ。」
「あの、ごめんなさい」
「今はミネルヴァちゃんの治療に専念しましょう。後で話すわ。」
「うん…」
後悔している。楽観的に考えたせいで、大切な仲間を危険な目に合わせてしまった。合わせる顔が無いよ。
夕暮れの寂しさと寒さが私の心に影を落としていた。
「着いたわ」
「直ぐに修理するぞ」
あわただしくドワーフの工房に入ると、シゲジイはアトリエに籠ってしまった。
「邪魔するといけないから、隣の部屋に行きましょうか」
私はユリィに続いて隣の部屋に入った。
「ごめんなさい」
ユリィ深々と丁寧に頭を下げている。
「私が止めるべきだった。奴があそこまで狡猾だと思わなかったの」
「悪いのは私だよ!」
思わず声を荒げてしまう。
「私のせいなんだよ…全部私のせいで!あっ…」
ユリィが私を抱き締めている。
「落ち着いて、大切な仲間を失いそうで怖かったんだよね?」
「うん」
「貴方は優しすぎるわ…奴の悪意に惑わされないで。
奴は強さを求めすぎるあまり、大切な事を見失っている。良く聞いて、これからどんな闇に晒されても、優しさだけは見失わないでね。
自分が傷付いても、それを優しさに変えて、強くなって。貴方だけは、闇に呑まれないでね。」
「ユリィ…泣いてるの?」
ユリィは何も言わず、強く抱き締める。微かに震えるユリィを優しく抱き締めて、暫く目を閉じた。
その後、照れ臭そうなユリィと距離を取るため、一旦寝るための準備を始めた。
「えーと、ベッドとソファーがあるから二人は寝れそうだね。」
シゲジイさんが寝る場所無くなっちゃうね…
「ワシの寝床の心配は要らんぞ。」
「シゲジイさん!ミネルヴァちゃんは無事ですか!?」
「うむ、外側の傷は完全に治療したぞ。あとは内部の傷、本人の治癒力しだいじゃな。」
「そっか、頑張って、早く元気になってね。」
「さて、もう寝よう。お前さんも疲れたじゃろう?ベッドとソファーを使いなさい。」
「あの、私はミネルヴァちゃんの側で看病しても良いですか?」
「良いが、寝る場所も無ければ、看病する事も無いぞ。」
「それでも…お願いします。」
「じゃあ四時間毎に看病を交代しよう。まず、沙織ちゃんが先に看病して、次にワシが変わるから、それから寝なさい」
「分かりました、ありがとう、シゲジィさん。」
「ふわぁ…ワシも疲れた、直ぐ寝る」
ユリィは既にベッドで寝息を立てている。シゲジィはソファーに寝転がると直ぐに寝てしまった。
「じゃあ、灯りを消して」
ワタシはユックリと扉を閉めて隣の部屋に移動した。作業机の上にメンフクロウが彫り込まれたヴィンテージ置時計が置いてある。とても綺麗で傷ひとつ無くなっていた。
「何も出来なかった…ごめんね」
何も知らない子供だった。大切な仲間を失いそうになって、初めて分かった事がある。いつか大切な人を守れるワタシになりたいな。そう思いながら、吸い込まれるように、床の底へ崩れ落ちてしまった。
夜は誰にも見つからないから出歩くのに最適だ。
子供の頃は暗闇に恐怖を感じるが、大人になると暗闇に安らぎを覚える。音を立てずに扉を開ける。爪先から歩くと足音を消せるんだ。ベッドとソファーから寝息が聴こえる。もう一度扉を開ける。
居たな、弱ったウサギめ
弱味を見せるとつけこむぞ
弱気な奴から狙うぞ
悲しむ顔を見せてみろ
恐怖の顔を見せてみろ
可愛い娘の滴る雫を飲み干してやる
「おいこっちを向け」
振り返ると頭を掴まれ、窓の外に投げ飛ばされた。
「痛い」
キツネのお面が取れてしまった。
「お前さん…誰だ?」
ドワーフの翁が小屋の前で問い掛けている。
「俺はキツネ…キツネのヒンターハルト」
「沙織ちゃんに何をするつもりだ?」
「別に」
「誤魔化すのか?」
「さよなら…ん?光学色彩デバイスが破損してるな」
投げ飛ばされた衝撃で少し壊れている。
「リカバリ開始…少し時間あるから戦う?まあチビの爺さんなんて、俺の相手にならないけど。」
「また姿を隠す前にキルするぞ。転写反応開始…ゲノム解析。RNAコーディング」
「何をしてる?」
あの言葉に聞き覚えがある…どこかで?
「コンパイル完了。二重螺旋に暴力の鎖を結合」
爺さんの身体が蠢き出した。小柄なドワーフは精強なバーバリアンに変身する。
「三重螺旋の能力を見せてやるぞ」
「そうか…遺伝子操作スキル!ははは!正義面した爺さんめ…お前の過去を知ってるぞ!その能力の為に何人をキルしてきた!?」
「…」
爺さんは答えない。
「都合が悪いと黙るんだな…まあ良いや、悪人同士で潰し合おう。お前をキルして、遺伝子操作スキルを奪ってやるぞ!!」
闇に呑まれた狡猾な狩人が贖いの翁に襲いかかる。
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