第8話 ケンちゃんのリラクゼーションとハムガットちゃんの絶叫エレベーター

 湖でお魚を手に入れた私たちは焚火で串焼きを作り、お腹いっぱい食べてしまった、それから再び街へと歩き出す。

 太陽が真上に差し掛かる頃に私達は街に戻ってきた。街は変わらず賑やかで活気に溢れている。

「じゃあ酒場でクエストクリアの報告をしましょうか。」

「うん、分かった。」

 私達はカンティーノ酒場にやって来た。

「店員さん、クエストをクリアしたよ。」

「あら、連絡は届いてるわ。ポンデゲーターの討伐依頼よね。はい、ちょっと待ってね。判子を押して…判子を押して…判子を押して…判子を押して…これでクエスト完了を受け付けました。」

「クエストの報酬ってあるの?」

「もちろん、さあクエストの報酬を受け取ってね。」

「これは、何かのチケット?」

 店員さんは1枚のチケットを渡してくれた。

「これを持って、カブキタウン3丁目のお店に行ってね。場所のデータをマップに転送したから確認して下さい。」

「はーい、ありがとうございます。」

 私達は酒場の外に出て、お店に向かった。

「何のチケットだろうね」

「さあ?チケットって殆ど使わないけど、普通どういう時に使うのかしら?」

「新幹線のチケットとかコンサートのチケットじゃないかな?」

「シンカンセン?コンサート?」

 あっ、そうかユリィの世界には新幹線もコンサートも無いのか。

「新幹線は凄い速さで移動する乗り物で、線路の上を走るんだよ。」

「凄い速さのシンカンセン…センロの上を走るのね。それは競争するの?凄い速さなんでしょ?」

「競争はしないかな、安全第一で走ってるはずだよ。」

「ふむふむ、で餌は何を食べるの?」

「餌っていうか、電気で動くんだよ。」

「デンキ?イカヅチのこと?」

「そうだね、イカヅチの親戚みたいな感じかな。」

「イカヅチを食べながら、コンロの上を凄い速さで動く乗り物…ごめんなさい、全く想像出来ないわ。」

 何か上手く伝わらないみたいだけど、仕方ないや。

「じゃあコンサートって何なの?」

「そうだなあ…ミュージシャンが舞台で楽器を演奏したり、歌を歌うイベントだよ。」

「ああ!それなら分かるわ!音頭の事ね!」

 音頭…何か少し違う気がする。

「音頭はお祭りかなあ、コンサートとは少し違うかもね。」

「お祭りならユリィも大好きよ。毎年冬の夜に闇魔術師だけが参加するお祭りがあってね。まず黒いフードを被って、邪神ゲルゲの人形を用意するの。次に生きたヤモリとサソリの血を人形に垂らすと人形に魂が宿るから、皆で周りを取り囲みながら、わっしょい♪わっしょい♪って踊ると邪神ゲルゲが復活するのよ。」

「凄いダークなお祭りだね」

 そんな事を話しながら歩いていると、目的のお店に到着した。

「お店の名前は、ケンちゃんのリラクゼーション」

 リラクゼーション?何のお店かさっぱり分からないや。

「沙織ちゃん?早く入りましょう」

 ユリィは躊躇しないで、お店の中に入ろうとしている。まあ、入ってみよう。

「誰だ…お前は?」

 お店の中にはプロレスラーみたいな大きな男の人がタートルネックの革ジャンを着ながら、鎖で自分をぐるぐる巻きにしていた。

 うっ…とんでもないお店に入ってしまった、早く出なきゃ。

「ケンちゃん、このチケットを使いたいんだけど」

 ユリィは平然とケンちゃんにチケットを渡している。

「ほう…お客様か、これは失礼したな。今は修行中でな、直ぐに準備するから少し待っててくれ。ふん!!!」

 ブチブチブチブチ!!!

 ぎゃー!鉄の鎖が筋肉でちぎれ飛んだー!!

「凄いわ!あなた何者!?」

「我はカシオペヤ座神拳の正当後継者…名をケン=チャンと申す。」

 ケンちゃんって本名だったのか…

「チケットを確かに受け取った。我は隣の部屋で準備するから、合図したら入ってくれ。」

 ケン=チャンは真っ暗な部屋に入ると扉を閉めてしまった。

「ど、どうしよう」

 悪い人じゃなさそうだけど、尋常じゃないシチュエーションだよ。

「良いぞー、まずはウサギの忍者から入ってくれ。」

「呼ばれてるよ、沙織ちゃん」

「えーっ!!私なの!?」

「入らないと、ケンちゃん落ち込むかもよ?」

「うっ…そうかも」

 はあ、入るしかないみたいだ。私はケンちゃんの待つ部屋に足を踏み入れた。部屋の中は明るくて、中央に一人用の簡易ベッドが置かれている。

「さあ、ベッドに仰向けになって、目を閉じてリラックスしてもらおうか。」

「はっ…はい。」

 言われるがまま、ベッドに仰向けになる。

「緊張しているのか?大丈夫…我に任せておけ。」

 ケンちゃんが私を近くで覗き込んでいる。とても大きな身体に驚いたけど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。私は瞳を閉じてリラックスして、その瞬間を待った。

「よし、いくぞ!」

 さようなら、私の青春

「アタタタタタタタター!!オワッター!!」


「凄いよユリィ!身体の疲れが吹き飛んだよ!」

「本当に!?楽しみだわ♪」

 ケンちゃんは疲労回復のツボを的確に突いて、身体をリフレッシュさせるマッサージ師だった。

「ケンちゃん!私にもやってー!」

「ん?アタタタキ券は1枚しか無いから、お前には出来ないぞ。」

 ん?アタタタキ券?

「ねえユリィ…アタタタキ券ってあのチケットの事かな?」

「そうよ、良く見たらチケットに書いてあったわ。ほら、ここよ。」

 ユリィがチケットを指差すと、見たこともない文字が書かれている。そうか、最初から書かれていたのか。肩たたき券ならぬ、アタタタキ券、恐るべし。

 結局ケンちゃんのサービスでユリィもマッサージして貰って、私達は元気一杯になった。

「ケンちゃん、ありがとう。」

「うむ、また来るが良いぞ。」

 手を降るケンちゃんに別れを告げて、今日は早めにホテルに入った。いわゆるリゾートホテルという感じだろうか、清潔で柔らかなオレンジ色の照明が印象的だ。

「いらっしゃいませ。お二人様一泊ですか?」

「はい、相部屋でお願いします。」

「ではツインルームをお取りします。こちらがお部屋の鍵です。」

 渡されたのはカード型のルームキーで差し込むと部屋の鍵が開く仕組みだ。

「部屋は5階ね、エレベーターはどこかしら?」

 少し探すと、フロントの角にエレベーターがあったのだが、様子が変だ。エレベーターを呼ぶボタンが無い。ボタンの位置に小さなハムスターが回し車に入って、ちょこんと座っている。

「どういうこと?」

「お客様?私はこのエレベーターの番人、ハムガットよ。」

「えっ?ハムカツ?」

「違うよ!ハムスターのハムガットよ!お洒落で綺麗好きな、可愛い女の子なの。ヨロシクね♪」

 ハムスターが喋ってる。何て、今更驚く事ないか。

「このエレベーターを動かすのは、私なのよ!あんまり機嫌を損ねないでよね!」

「ごめんねハムガットちゃん、それでこのエレベーターを使うにはどうすれば良いの?」

「簡単よ♪そこに置いてある、ひまわりの種を食べさせてね。」

 見ると回し車の横に沢山のひまわりの種が置いてあった。

「なるほど、じゃあ沢山あげるね。はい、どうぞ。」

 私は手一杯にひまわりの種を掴んで、ハムガットちゃんに渡した。

「頂くわ!カリカリカリカリ!」

 物凄い勢いでひまわりの種を食べ進めていく。同時に食べながら、ハムガットちゃんが回し車を回し始めた!

「良いわ!直ぐにエレベーターに乗って!早く!」

 ハムガットちゃんが叫ぶとエレベーターの扉が開いた。

「はい!早く入ろう。」

 ユリィの手を掴んでエレベーターの中に入った。

「止まりたい階のボタンを押すのよ!」

「えーっと…5階をポチっとな。」

「いってらっしゃーい!気を付けてねー!」

 そう言うと、エレベーターの扉が閉まり、上の階への上昇が始まった。

「少しゆっくりだね、それにしてもハムスターがエレベーターを動かせるのかな?」

「きっと回し車に沢山の歯車が付いてて、その回転力で上がっているのよ。」

「あっ、そろそろ5階だね。」

 扉の上を見ると5という表示がある。

「あれ?通りすぎちゃったよ。」

 表示は6、7とドンドン上がっていく。

「ハムガットちゃーん!もう止めて良いよー!」

 しかしハムガットちゃんからの返事はなく、既に10階まで来てしまった。

「どうしよう、このエレベーターはどこまで上がるんだろう?」

「ボタンは何階まであるの?」

「30階よ」

「嘘でしょ…30階なんて降りるの大変だよ。」

「どうすることも出来ないわ、扉が開くまで待ちましょう。」

 しばらく待つと、30階まで来てしまった。すると、スピーカーから突然可愛い声が聞こえてくる。

「ひまわりの種が美味しくて、ついつい張り切り過ぎちゃったわ!直ぐに目的階まで下ろすから、何かに掴まっててね♪」

 えっ、何かに掴まる?

「それ!エレベーターのダーイブ!」

「ぎゃー!!」

 凄い速さでエレベーターが急降下を始めた!

「誰か助けてー!落ちたら、死んじゃうー!」

「大丈夫よ!ユリィに起死回生のアイデアがあるわ!」

「さすがユリィ、私の命の恩人だよ!」

「地面にぶつかる瞬間にジャンプするのよ!身体が宙に浮けば、落下の衝撃は身体まで伝わらないわ!奇跡の生還よ!」

「絶対ありえないー!!」

 あっという間に20階、10階、もう!ぶつかる!

「もう駄目だー!」

 私はとっさに手すりにしがみついた。

「今よ!それ♪ジャーンプ!!」

「安全装置発動!緊急停止!!」

 アナウンスがエレベーターのスピーカーから聞こえた直後に、ガクン!と衝撃が走ってエレベーターは止まった。

「助かった…」

 エレベーターは5階で止まっているみたいだ。

「ユリィ!私達助かったんだよ!やったね♪あれ?ユリィが居ない」

 さっきまで隣に居たユリィが何処にも居ない。

「まさか」

 天井を見上げると、天使の彫刻のような芸術的ポーズを型どった、ユリィ型の穴が空いていた。

「まさか!天井にぶつかって、死んじゃったの!?ユリィー!どこに居るのー!?無事なら返事してー!?」

「ここだよー、ここにいるよー」

 見上げたユリィ型の穴から、ヒラヒラ舞い降りる堕天使が見えた。

「ユリィー!怪我は無い!?」

「あら?そんなに心配しなくても大丈夫よ。少し強くジャンプしすぎたわ、次はもっとエレガントに跳びたいわね。」

「良かった。」

 何にせよ、生きてて本当に良かった。ユリィが華麗にエレベーターに着地すると、扉が開いた。

「さて、行きましょうか。」

 ユリィはやっぱり平然とエレベーターから降りて、今日泊まる部屋を探している。

「もう疲れた」

 私達は直ぐに部屋に入って、寝る準備を始めた。

「私が先にお風呂に入っても良いかな?」

「もちろんよ、お先にどうぞ♪」

 ユリィはそう言うと、ソファーに座って、部屋に置いてある本を読み始める。私はラビットシノビの衣装を脱いで、お風呂に入ることにした。

「ふぅ、気持ちいいや」

 湯船に肩まで浸かると一日の疲れがジンワリと癒されていく。

「それにしても、色んな事があったなあ」

 ウオズラオヤジさん、ジンメンウオの断末魔の叫び、山火事寸前のキャンプファイヤー、ケンちゃんのアタタタキ券、ハムガットちゃんの絶叫エレベーター。

「なんか、ろくな目にあってない気がする。」

 まあ、こんな旅も有り、なのかなあ。

「アハハ♪」

 思い返すと面白いや♪ローズマリーの香りがする入浴剤に包まれながら、私はちょっぴり幸せを感じていた。

「ユリィ?お風呂上がったよ、次入って良いよ。」

 ホテルのバスローブに着替えて、ユリィの居る部屋に戻った。

「ええ…」

 ユリィは読んでいる本に夢中なのかな?

「ねえ、何の本を読んでるの?」

「…」

 ユリィは無言で本を見せてきた。


滅びの預言書

神の言葉は未来を伝える

楽園から抜け出す愚かな人の子

イニシエの約束を忘れた子羊よ

審判の日は近づいている

神は常に人の世を観察してる

善悪など主観に過ぎない

轟く暗雲が世界を覆う時

神の言の葉を預かるシモベが現れるだろう

世界の滅びは近い


絶望の信徒による福音書 13章2節


 え…何この本?怪しい宗教?それともゲームの設定?どちらにしても、気味の悪い本だ。

「こんな本を読まないほうが良いよ…」

「そうね、不気味な本だわ」

 ユリィは何となく元気が無いみたいだ。

「だけど不思議ね…読み返したくなる魅力があるわ。私が闇の魔術師だからかな?」

 いや、ユリィだけじゃない。私も覗いてみたいな…闇の世界を

「沙織ちゃん?」

「えっ!何!?」

「呼んでみただけよ」

「驚かせないでよ」

「悪かったわ、さて他の本を探さないとね」

 ユリィは備え付けの小さな本棚から別の本を選び始めた。

 前から気になっていた事がある。私の友達、百合ちゃんの事だ。

 百合ちゃんは本が大好きな女の子で、私と同じ高校一年生。仲良くなったキッカケは有名な呟きアプリでリプライを交わす内に話が弾んで、実際に会うと同い年で家も電車で片道数十分と近い事が分かった。

 ちなみに私は神奈川の家から都内の中学校に電車で通っているので、通学途中の駅に百合ちゃんの家がある。最近は新宿や池袋で待ち合わせて、本屋さんに寄ったり、ゲームセンターで遊んだり、大型イベントに一緒に遊びに行ったりしている。

 かなりの仲良しだ。

 そんな百合ちゃんとユリィは似ている。顔もそうだけど、性格というか雰囲気が似ていて、一緒に過ごすと凄く落ち着く。聞いてみようかな…

「ねえユリィ…百合ちゃんの事知ってる?」

「百合ちゃん?知らないわ、沙織ちゃんのお友達?」

「そうだよ、現実世界に居る私の友達」

「ふーん、その娘がどうかしたの?」

「あのね百合ちゃんとユリィが似てるなって前から思ってたの」

「だから気になって…聞いてみた」

「そっか、百合ちゃんね。ねえ、百合ちゃんって、どんな娘なの?」

「百合ちゃんは、拗らせてるの」

「拗らせてる?どんな風に?」

「百合ちゃんね、小説とか好きで良く登場人物になりきって真似するの」

「それで?」

「真似するキャラクターがね、死の線が見える高校生とか、オッドアイズの魔眼使いとか、変わってるの。」

「確かに変わってるわね、でも普通でいるよりマシだわ。ユリィも魔術師の中でも異端な魔術を好んで使うの」

「異端?」

「同じ魔術を信仰していたはずなのに、次第に解釈が分かれ始めて、別の流派となる事よ。ホムラ系魔術は分かる?」

「ホムラ系魔術ってユリィが使ってる、炎を操る闇魔術だよね」

「普通、炎を操るには自然の精霊から魔力を借りるんだけど、ホムラの炎は自分の感情を魔力源にしているの。」

「自分の感情?それはどんな気持ちなの?」

「そうね、私の心を焦がすような強い衝動かな」

「なんか、良く分かんないや」

「そうね、本当に理解するには言葉や文字だけだと不十分ね。自分の心にその感情が湧いた時に理解するの。あの言葉、あの文字はこんな意味なのかってね」

 ユリィの言う事はやっぱり分からない。だけど、分かるようになりたいな。

 ユリィの事をもっと知りたい。

「ねえユリィ、本は好き?」

「ええ、嫌いじゃないわ。魔術師は本からも多くを学ぶものよ。」

「じゃあ、百合ちゃんと一緒だね」

「そうね…百合ちゃんにも会ってみたいわね。いつか、会えるといいな…」

 ユリィは何処か寂しげに語る。これから訪れる運命を予感させるように。

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