第6話 バトル!ポンデゲーター戦

「えっと、まずはマップを開いて目的地を確認しましょう。」

 ユリィが宙に手をかざすとマップがプロジェクションされる。マップの殆どが空白だった。実際に行くとマップに詳しい地形や情報が書き込まれていくらしい。

「目的地は…ここね、ジンメンウオの養殖池よ。」

「距離は結構あるけど、どうやって行こうか?」

「歩けばいいんじゃないかしら?乗り物とか無いし…」

「じゃあ景色でも見ながらのんびり行こうか」

 とても広大な草原が広がっている。遠くには湿地やなだらかな丘陵が見え、結構眺めが良い。しばらく歩いて気が付いた事がある。

 いつもゲームしてるときはコントローラを動かせば何処でも移動できる。でもサイバーDIVE空間は限りなく現実を突き付けてくる。

「もう歩きたくない」

「まだ10分しか歩いてないわよ」

「おかしいなあ、歩く事は得意なはずなのに…」

「運動は得意なのかしら?」

「うん、毎日二階の部屋から一階の冷蔵庫まで10往復くらいするから、毎日相当な距離を歩いてるよ。」

「それは運動とは呼ばないわ。ああ、神様…罪深いユリィを許してください、沙織ちゃんがこんな駄目人間になってしまったのは、ユリィの信仰が足りないからです。私が正しい道に導くことを誓います…さあ!元気を出して!沙織ちゃんはやれば出来る娘よ!あれ?姿が見えないわ…何処に居るの?」

 ユリィが辺りを見渡すと木陰に沙織が膝を抱えて座り込んでいる。

「いつの間に…沙織ちゃん!ほら行くわよ!」

「ユリィ、もう歩きたくない…」

「はあ…そうだ!歩いて行こうとしたのが間違いだったわ!こんな時は、ユリィの二次元ポケットの出番ね!」

 どこかで聞いた事のある言葉だ。

「ここはサイバーDIVE空間よ!思うがままに二次元を操作するわ!」

 ユリィは片翼に手を突っ込んで何かを探している。

「パンパカパーン♪ユリコプター♪」

 ユリィは手のひらサイズで竹トンボ型の近未来風装置を二つ持っている。

「これを手に持つと、好きな場所まで飛んで行けるわ。」

「それは凄いじゃん、早速使おうよ。」

「ただし使い方にコツがあってね、ユリコプターは右回転しながら空を飛ぶから、使う人は逆の左回転するのよ。」

 ん?どういう事?

「何でそんな必要があるの?というか、私が左回転するってどういう意味なの?」

「人間が重力に逆らって空を飛ぶには膨大なエネルギーが必要なのよ。ユリコプターは飛び立つ膨大なエネルギーを高速回転しながら発生させるから、使う人がユリコプターを握ると、膨大なエネルギーのせいで手首がネジネジ、ぶちぶち切れちゃうの」

「えーっ!!こわいよー!!」

「大丈夫!そこで左回転…つまり逆方向にくるくる廻ればいいの!左右の力が互殺するから、安全に飛べるようになるわ。」

「バレリーナみたいな感じかな?」

「そうよ!沙織ちゃんはバレリーナになりきれば良いの!」

「そんな事、急に言われても無理だよ。」

「チャレンジあるのみだよ!さあ、ユリコプターを手に持って!」

 ユリィは強引にユリコプターを握らせてくる。

「あっ、待って」

「しゅっぱーつ♪」

 ユリコプターは猛烈な勢いで回転し始めて、身体が宙に浮いてきた!

「さあ沙織ちゃん!ユリィの真似をしてね!クルクル♪クルクル♪」

 ユリィはユリコプターを握りながら空中でバレリーナのように回転している。

「あんなの出来ないよー!」

「早く!手首がネジ切れるよ」

 こうなったらヤケクソだ!

「クルクルー!クルクルー!!」

 私は廻ろうとするけど、上手くいかない。空中で身体を動かすことが出来ない。

「ラビットシノビは忍者だよ!華麗に空中を蹴るの!」

「空中を蹴る…そうか!」

 スキルポイントMAX!!

「スキル発動!ハッソウトビ!」

 空中に足場をイメージして…これで廻ろう!バレリーナみたいに!

「クルクル!クルクル♪」

 出来た!浮かんだまま、身体を動かせる!

「ユリィー!見てよ!出来たよー!」

「沙織ちゃん!駄目よ!右回転になってるわ!逆よー!!」

 えっ、そうだ左回転で飛ばないと、手がねじねじ…

「間違えちゃった!もう駄目だー!!」

 私の手だけが華麗に空を舞って逝くのね…

「あれ?何とも無いよ」

 ユリコプターを握った手は無事だし、空を飛べている。

「ユリィー!私は平気だよー!」

「おかしいわね…説明書の注意事項に書いてあったはずなのに…」

 ユリィは片翼に手を突っ込んで、ユリコプターの説明書を読んでいる。

「これ5年前の説明書だわ…最新の説明書をダウンロードして、これで良いわね。」

 ユリィは宙に説明書をマッピングしてじっくり読んでいる。

「あらやだ、最新のアップデートで不具合は解消されてるみたいよ。」

「つまり、手首がネジネジ、ぶちぶち切れちゃう事は無いってこと?」

「そういう事よ。」

「良かった…ユリィ!嘘ついちゃ駄目だよ!」

「ごめんなさい…これからはキチンと確認してから教えるわね。でも新しいスキルを覚える事が出来たから、結果オーライよ♪」

「もう、調子良いんだから。」


 その後、私達はユリコプターでしばらく飛んで、目的地のジンメンウオの養殖池に辿り着いた。

「これがジンメンウオかあ」

 オジサンの顔が沢山、水面に浮かんでいる。そう、ジンメンウオは人間の顔をした魚みたいだ。

「ちょっと、見てられないよ…」

 いくら何でも怖い。

「美味しいなお魚ね。ムニエルなんかどうかしら♪」

「ユリィ…嘘でしょ」

 この光景を見て平気なユリィが怖いよ。

「やあ♪君達かい?ポンデゲーターの討伐依頼を引き受けてくれたのは?」

 振り向くと優しそうなオジサンが立っていた。

「はい、私達がクエストを受注しました。」

「宜しくね、可愛い冒険者さん。何か飲むかい?ちょっと待ってね…」

 オジサンは小屋に戻って、マグカップを2つ持って戻ってきた。

「はい、マヌカハニー入りの紅茶だよ。」

「あっ…ありがとうございます。」

 わあ…凄く甘い香りがする。

「あら♪美味しそうな紅茶ね♪ミルクは無いのかしら…」

「はいはい、ミルクだね。ちょっと待っててね…はい、ジャージー牛のミルクだよ。」

「まあ♪ジャージー牛なんて貴重な物…ありがたく頂くわ。ありがとう♪」

「さて、飲みながらで良いからクエストの話をしようか。」

 オジサンは宙にクエスト内容が書かれたファイルをマッピングした。

「君たちにはポンデゲーターを一匹討伐してほしい。ポンデゲーターは近くの洞窟に巣を作ってるから、戦うだけで大丈夫だよ。」

「分かったわ!私達に任せてね♪」

「気を付けてな!」

 ポンデゲーターの巣はそれほど遠くなかった。道中は悪路で地面がぬかるんでいるが、衣装に泥汚れが着く事は無い。

「暑いなあ」

 ワニが住んでる場所というのは湿度が高くて蒸し暑いので大変だ。まるで真夏、セミの鳴き声でも聞こえてきそうだよ。

「あれが、ポンデゲーターね」

 ワニ顔のライオンがサメの背びれを付けてる魔物…やっぱり現物は奇妙な姿をしている。奴は洞窟の奥に藁で出来た巣を作っている。

「あんなに大きいんだ‥」

 工事現場のダンプカーみたいな大きさだ。

「かなり手強そうだけど‥、どうすれば倒せるのかな?」

「そんな時はライブラリ照合が必要ね。」

「何それ」

「ライブラリ照合…属性は水ね、ワニとかサメが元になってるからかしら?」

 ユリィの瞳が怪しい光に包まれている。

「何を見てるの?」

「データベースを見てるのよ」

 データベース?確かパソコンの用語だよね。聞いたことはあるけど…

「データベースかあ、私は見れないの?」

「そうね、沙織ちゃんには見れないわ。まあ沙織ちゃんが見れなくても、私が教えるから大丈夫だよ。」

「ふーん」

「あっ!ポンデゲーターが移動するわ!追いかけましょう!」

「待てー!ポンデゲーター!」

 ポンデゲーターはジンメンウオ養殖池の端まで来て何かを探しているようだ。

「もしかして、お腹が空いてるのかな?」

 キョロキョロしながら池の水面に鼻先を浸けている。

「あっ!ジンメンウオが食べられちゃう!」

 ポンデゲーターの口の中にジンメンウオの…オジサンの顔が見える。

「せめて美味しく食べてねー。さようならー」

「えっ?ユリィ今何か言った?」

「何も言ってないわよ。もしかしてジンメンウオが喋ってるの?」

 喋れるお魚であるジンメンウオが次々とご飯になっていく。

「ぎゃー、優しく噛んでねー」

「イタター、お刺身には向かないよー」

 何か凄いシュールな光景だ。

「大変だわ!こんな光景を見過ごす訳に行かない!ユリィは正義の天使よ!」

「ユリィ!そうだよね!ジンメンウオが可哀想だもんね!」

「ジンメンウオはお刺身じゃなくて!ムニエルが一番美味しいのよー!」

「そっちなの!?」

「グルル!ガオー!!」

 ポンデゲーターが勝負を仕掛けてきた!


「ユリィ!作戦はどうする!?」

「ポンデゲーターの属性は水よ。つまり雷属性に弱いわ!ユリィの闇魔術で雷を呼び出すから、命中すれば一撃で倒せる!」

「分かった!私はどうすれば良いかな?」

「ユリィの闇魔術詠唱が終わるまで、ポンデゲーターの注意を引いて!」

「よーし、やるぞ!ポンデゲーター!こっちだよー!」

 ポンデゲーターは口を大きく開けながら私の方に近づいてくる。

 攻撃だ!避けなきゃ!ラビットシノビは軽快なステップで攻撃を回避する。

「遅いね!攻撃は大振りだし、簡単に避ける事が出来る!」

 これなら簡単に倒せる。ポンデゲーターは執拗に攻撃を繰り返すけど、私はヒラヒラ踊るように回避していく。身体が身軽で楽しいな。やっぱりゲームって最高だよ♪

 その時、足元に違和感を感じた。足元がぬかるんでいて、転んでしまった。最悪のタイミングでポンデゲーターの口が私の目の前に広がっている。

 あれ?さっきまで順調だったのに、おかしいな。

「沙織ちゃん!避けて!」

 ワニの口はとても真っ赤で鋭い歯がギラギラ光っている。さっきまで聞こえなかったセミの声がヤケにうるさく聴こえる。いつの間にか周囲がゆっくり動いている。

 フワフワした変な感覚だった。見上げた先に木漏れ日が差し込み、セミの抜け殻が見える。ワニの牙が私に食い込んできた

 ゲームオーバーなの?違う!

 スキル発動!私はぬけがら、さらに羽ばたける!

「うつせみの計」

 私は身体から抜け出した。スルリとこぼれ落ちて、体勢を建て直す。周囲の時間が次第に早くなって、私の時間が終わりを告げる。

「沙織ちゃん!ってあれ?さっき噛まれたはずじゃ?」

「平気だよ。それより呪文詠唱は終わりそう!?」

「あと一節だけよ」


暗雲に潜みし老賢者よ

我の命に答えよ

大いなる裁きのイカヅチで敵を滅ぼせ

「トールハンマー!!」

 暗雲から生じた激しい落雷がポンデゲーター目掛けて振り下ろされる!

「ガオー…がくっ」

 ポンデゲーターを倒した!!

「ナイス!ユリィ!」

 私達のハイタッチが大空に高く響き渡った。


ラビットシノビは新しいスキルを覚えた!

スキル うつせみの計

効果 敵の攻撃を1度だけ無効化する。


「ただいまー♪ジンメンウオのおじさんー!どこー?」

「ここだよー、ここにいるよー」

 だから、ここって何処なのよ!ジンメンウオのおじさんは小屋から顔を出して、手を振っている。

「大丈夫だったかい?怪我はしてない?」

「平気だよー」

「そりゃ良かった、それで討伐は成功したかい?」

「もちろん!証拠は、これよ!」

ユリィはドン!と大きなポンデゲーターの背びれを地面に置いた。

「これは、確かにポンデゲーターの背びれだね。オッケー!クエストクリアだよ!おめでとう♪」

「ありがとう!ジンメンオヤジ!!」

「ユリィ!失礼だよ!!」

「どうも、ジンメンオヤジです。ギョギョー」

 おじさんがいつの間にか魚の被り物を被って、ウマズラハギみたいに口をパクパクさせている。

「ぷっ、ククク」

 笑っちゃ駄目だ。堪えて…

「お礼に自慢のジンメンウオをご馳走しようかな。見てごらん!新鮮なジンメンウオ達を!」

 おじさんは箱一杯のジンメンウオを見せてくる。全てのジンメンウオがおじさんの顔面と瓜二つだ。

「あら、飼い主に似てくるのね」

 ジンメンウオ達がコーラスを歌う。

「やあ♪美味しく食べてね♪」

「ククク、アハハ♪」

 ちょっと気持ち悪いけど、面白いからいいや。


 その後、ジンメンウオのお料理をご馳走になった。問題はキッチンから聴こえてくる声だ。ジンメンウオの声が聴こえる度に、包丁が骨を絶ちきる鈍い音が響き渡り、後には静寂に包まれる。

「ジンメンウオのお料理かあ、楽しみだわ♪」

 ユリィは気にして無さそうだし、私の方が変なのかな?

「さあお待たせしたね、ジンメンウオのフィッシュバーガーだよ。」

「これは、かなり美味しそうね。」

 オーブンで焼いたばかりのバンズにジンメンウオのフライがトマトとレタスに挟まれている。そして決め手は濃厚なタルタルソースだ。

「じゃあ、いただきまーす。」

「はい、どうぞ。」

 バンズもフライもサクサクしてるし、お野菜もシャキシャキでタルタルソースと良く合う。

「美味しいね、ユリィ」

「ええ、とても美味しいわ。ジンメンオヤジは素晴らしいシェフのようね。」

「君達にそう言って貰えると、嬉しいなあ。」

 そうだ、ついでにボスの事を聞いてみよう。

「オジサン、私達はある魔物を探しているんですけど、心当たりありませんか?」

「どんな魔物だい?」

 私はボスの似顔絵を見せてみた。

「これは、何か見たことあるような気がするね。」

「えっ!本当!?」

「確か、ポンデゲーターの巣にこんな奴がウロウロしてるのを見たことがあるなあ。」

 やった!きっとボスだ!

「それで!ソイツは何処に居るの?」

「一度見たきりだからなあ。何処に居るかまでは、分からないけど、もし見かけたら、街のクエスト依頼に出しておくよ。」

「ありがとう!」

 良かった。これでボスの手掛かりが掴めた。

「良かったね、沙織ちゃん。さあ、街に戻りましょうか。」

「そうだね。」

「最後に…これだけは言わせて欲しい。とっても大切な話だよ。」

 何だろう…おじさんが見たことない位、真剣な表情で話しかけてくる。

「何ですか?」

「ジンメンオヤジって言うけど、おじさんが人面なのは普通じゃないかな?」

 そんなに大切な話かな?

「じゃあ、ウオズラオヤジって呼んで良いかしら?」

「ユリィ、また余計な事を言って…」

「どうも、ウオズラオヤジです。ギョギョー」

 完全に顔面がコブダイになっている。

「アハハハハ!♪」

 もう思い切り笑っちゃえ♪


「ありがとうジンメンオヤジー!!さようならー!!」

「気を付けなよー!後、次からはウオズラオヤジって呼んでくれー!!」

 私達はウオズラオヤジに別れを告げて、街に帰ろうとしている。

「さて、どうやって帰ろうか?」

「またユリコプターを使う?」

「そうだね、また空を飛んで帰ろうか。」

「じゃあ片翼をユサユサして、はいどうぞ♪」

 ユリィはユリコプターを渡してくれた。

「じゃあ帰ろう。しゅっぱーつ♪」

 二人で空を飛びながら帰り道を眺めている。気が付くと、だいぶ時間が過ぎたらしく、夕焼け空が鮮やかに瞳を照らしている。

 低空飛行なので直ぐに大地に手が届きそうで安心だ。のんびりユラユラと風に揺られながら、それでも真っ直ぐに飛んで行く。もうすぐ太陽が沈みそうだ。太陽が地平線の彼方へ消えていく瞬間、一瞬だけ燃え上がるように輝いて、直ぐに暗闇が訪れる。

 そんな日没、今日の終わりだった。

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