第5話 ホテル ローズリップスの朝ごはん

 私は早起きというものを殆どしたことが無い。中々お布団から出られないタイプで、よくママに起こされる。でも、今日は自然と目覚めが良い。何だか良い匂いがする…焼きたてのベーカリーみたいな、香ばしくて、ぷにぷにとした…

「ドス」

 何かが私の顔にぶつかっている。そっと目を開くてとそこには…

「ユリィの足の裏?」

 ユリィは寝相が悪いらしい。アクロバットな寝相で私と折り重なっていた。

「ごめんね沙織ちゃん、私寝ぼけてたみたい。決して、ベッドの中で一人オリンピックを開催してたわけじゃないわ。」

「寝相を審査員が見たら、芸術点数で百点とれるよ‥」

「フフフ…闇魔術界のバレリーナが誕生したようね。」

 ユリィはいつもの調子でパジャマからダラクノダテンシ衣装に着替えている。私もラビットシノビ衣装に着替えて、歯磨きしながらホテルの案内を見ていた。

「あっ!朝食バイキングがあるみたいだよ!」

「やったー!行ってみようよ♪」

 私達は素早く着替えを済ませて、朝食会場へ向かった。朝食バイキングには豊富なメニューが用意されているようだ。

 焼きたてベーカリー、色んな種類のチーズにバター、季節のフルーツジャム、スクランブルエッグ、かりかりベーコン、フレッシュミルク、新鮮なお野菜、どれも美味しそうだ。

「沙織ちゃん、これ何かな?」

 ユリィの声がする方へ行くと、そこは和食コーナーだった。

「あれ?ユリィって和食を食べるの?」

「これは食べ物なの?」

「えっ!和食を見たこと無いの?」

「ワショク?そーれ♪わっしょく♪わっしょい♪」

「もう、冗談は分かったから。沙織が和食の事を教えてあげるよ!」

「本当!?じゃあこの白い幼虫の群れは何に使うの?暗黒獣への生け贄?」

「それは、ご飯だよ!もう、ふざけすぎだよ!怒られれちゃうよ!」

「うっ…ごめんなさい」

「あっ、ごめんね。強く言い過ぎちゃったね。ユリィは別の世界で育ったんだから、しょうがないよね」

「じゃあ…この黒くてパリパリしたものは何?」

「これは海苔だよ、ご飯に包んで食べるの」

「へぇ、黒い食べ物かあ、魔力が上がりそうで良いかも♪他には…これはユリィにも分かるわ。スープにお魚でしょ、あとは卵…って生!?」

「生卵はお箸でかき混ぜて、ご飯にかけると美味しいよ。」

「沙織ちゃん、ワショクの民はとてもワイルドなのね」

 結局ユリィはご飯と海苔を食べてみる事にした。

 私は焼きたてクロワッサン、バター、クランベリージャム、スクランブルエッグ、ベーコン、フレッシュミルクをトレイに乗せて、席に座った。

「何か、ユリィの分だけ、貧相に見えないかしら…」

 ユリィのトレイにはお茶碗と海苔だけがポツンと置かれている。

「大丈夫だよ、味見が終わったら、洋食コーナーに行こう。」

「じゃあ、暗黒獣への生け贄と魔力アップの為に…イタダケメース!!」

「はい、いただきます♪」

 ユリィは勢いよく、のりでご飯を包んで一口食べた。

「どう?ユリィ」

「これは…この味は!何の味もしないわ…」

 グルメ界のファンタジスタこと、ユリィのお口には合わなかったらしい。結局ユリィにはイマイチなお味だったけど、魔力アップの為という事で残さず完食した。

 お口直しに、焼きたてバゲット、モッツァレラチーズのトマト添え、スクランブルエッグ、フレッシュミルクを食べてしまった。

「美味しかったー♪」

 窓から外を見渡すと、本日は快晴で暖かな日差しが街を包み込み、賑やかな掛け声が響いている。

「美味しかったかな?お嬢さん♪」

 見上げると白くて真っ直ぐな帽子を被った、太っちょのおじさんが立っている。

「あっ!コックさん?」

「そうだよ、このホテルの料理長です。お味は如何でしたか?」

「美味しかったよ!」

「深遠なるグルメの世界を堪能したわ。」

「それは良かった。ところで女の子二人の冒険者は珍しくてね、何か探し物でもあるのかな?」

 そうだ、この人に色々聞いてみよう。

「えーっと、私達はこの世界に来たばかりなんですけど、まず何をしたら良いですか?」

「そうだなあ、初心者はまずクエストで経験を積んだほうがいいんじゃないかな。」

「クエスト?」

「街の酒場に貼り紙があってね、周辺の街からの様々な依頼が書いてあるんだよ。魔物の討伐、アイテム採取の依頼、未開拓のフィールド探索といった依頼が沢山あるから、好きなものを選んでみてね。」

「なるほど、クエストをクリアしていけば良いんだね。」

 後はマスターの記憶の欠片を持つボスを倒せば、ゲームクリアなんだけど…

「おじさん、ボスって分かる?」

「ボス?手強い魔物ならたまに討伐依頼があるけど、どの魔物の事を言ってるの?」

「ユリィ、ボスってどんな奴なの?」

「ボスは獣の外見だけど元は人間なのよ。強さを求めた結果、自分の遺伝子に獣の遺伝子を掛け合わせて、最強の能力を手にいれた。そして敵対する者は全て倒したんだけど、いつしかその姿を消してしまった。だから、何処に居るのか誰も知らない。その名は…ポンデシーサー!」

「変な名前」

「なるほど…情報を集めたいんだろう?クエストを進める中でボスに関する情報を色々聞いて回ると良いよ。その内ボスの居場所に関する情報に辿り着くはずだから。」

「なるほど、分かった!まずは酒場に行ってクエストを見てみるね。ありがとう、コックさん。じゃあねー♪」

「気を付けてなー!」

 私達は酒場に向かって、ボスの居場所に関する情報を探すことにした。看板がある。カンティーノ酒場という名前らしい。酒場の入り口に看板があったけど、何も貼り紙も無い。

「おかしいなあ、クエストの募集は無いのかな?」

「何言ってるの?沢山の募集があるじゃないの。」

「えっ、だって貼り紙が無いよ。」

「はあ、沙織ちゃん、ここはサイバーDIVE空間だよ。物理の紙なんて必要ないわ。見てて、頭の中でこの文字を思い浮かべながら、もう一度看板を見てね。」

BUFFEREDREADER File Open Catch IOException

‥‥バッファローがどうしたのかな?

 ユリィが看板に手をかざすと、沢山のクエスト依頼が宙に浮かび上がった。

「おー!さすが 魔術師だね♪」

「魔術というか、これは機能ね。」

「機能?」

「クエスト依頼が書かれた情報を見るために用意されたプログラムよ。」

 プログラム?聞いたことはあるけど…そうか、これがプログラムなんだ。

「便利だね、さあどんなクエスト依頼があるかなあ♪」

 依頼内容はオオドクバチの討伐、アカローリエ採取の依頼、ゲキアツサバクのフィールド探索、クビナガドラゴンの討伐など色々ある。

「ボスみたいな魔物の討伐依頼は無いみたいだね。」

 ボスは獣人らしいからきっと、強そうな獣を探せばいいよね。

「強そうな獣って、どんな奴だと思う?」

「そうね…ライオンとかワニとかジャガーとか、後は獣じゃないけどサメとか強いんじゃないかな?」

「そうだ、ボスの似顔絵を書いてみようよ。似顔絵をクエスト依頼に貼っておけば、情報を集められるはずだよ!」

「なるほど…じゃあボスの似顔絵を描いてみましょう!」

「えっと、まずは顔だね。ワニの顔で…」

「身体はライオンね…背中にはサメの背びれがあるわ。完成!強い獣を詰め込んで、最強の魔物が出来上がったわ!」

 出来上がった似顔絵にはワニ顔のライオンがサメの背びれを付けてる魔物が幼稚園児並みの絵心で描かれていた。

「アハハ‥、いくら何でもこんな魔物は居ないよね!」

「そうよ、いくら何でもふざけすぎたわ…」

「あれ?ポンデゲーターの似顔絵かあ、上手に描けてるねえ。」

「えっ!!本当に居るの?」

 振り替えると酒場の店員さんが私達の絵を覗き込んでいる。

「居るも何も、ちょうど今、ポンデゲーター討伐依頼が来たばかりだよ。何でもジンメンウオの養殖池にポンデゲーターが巣を作って、食い荒らしてるみたいなんだ。」

「聞いた!?これはボスの居場所を突き止めるチャンスよ!」

「えっ!?ボスと関係あるの?」

「だって、ポンデゲーターにポンデシーサーよ!どう考えても仲間に違いないわ!」

 本当かなあ?でも他に有力な情報も無いし、まずはクエストを一つクリアしてみようかな。

「よーし!店員さん!このポンデゲーターの討伐クエストを受けてみるよ!」

「はーい、ちょっと待ってね。判子を押して…判子を押して…判子を押して…判子を押して…これでクエスト受注完了よ。」


 判子を押しすぎだよ。


「詳しい情報はファイル転送処理で確認してね。」

「分かったわ、店員さんありがとう。」

「さあ、行こうユリィ!」

 よし!いよいよ初めてのクエストバトルだ!私達は街の外に出て、広大なフィールドを歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る