第4話 ユリィはグルメ界のファンタジスタ

 黒猫を追いかけている。闇雲に追いかけている。邪神ゲルゲの使い魔という話も信憑性があるよね。だって自分の影を追いかけるみたいに、いつまでたっても辿り着かないから。

「黒猫ちゃん、居ないね。」

「全く…なんて逃げ足なのかしら。」

「それにしても、だいぶ遠くまで来ちゃったね。ここ、何処だろう」

 不安だ。こんな知らない世界で迷子なんて勘弁してほしい。

 ユリィは翼を畳んで歩いている。長く滑空すると疲れるらしい。一緒にトボトボ歩いていた。

「ユリィ、お腹空いたね」

「そんなことないわ、レディはお行儀の悪い事を言わないものよ。」

ギュルルルル

「お腹が鳴ったよ」

「今のは邪神ゲルゲの叫びね!あっちから聞こえたわ!」

 ユリィは逃げるかのように、走って行ってしまった。

「沙織ー!こっち来てー!街が見えたよー!」

「本当?すぐ行くよー!」

 雲の隙間から差し込む太陽に照らされた街が遠くに見える。やっぱりゲームといえば最初の街が気になる。思わずスキップしたくなるような、軽い足取りで私達は最初の街に辿り着いた。


 はじまりの街 キリント

 まず見えたのは高い城壁だ。さらに城壁の向こうに大きな西洋風のお城が見える。門には沢山の人々が世話しなく行き交っている。とても賑やかで活気に溢れた街みたいだ。

「あっ!馬だ!本物の馬だ!」

 私の背丈より遥かに大きな巨体で、荷車をゴロゴロ引いている。動物園とかでキリンとかライオンは見たことあるけど、馬は見たこと無かったのだ。

 他にも鎧を身に付けた騎士や、ローブを纏った魔術師、可憐な装飾品を沢山身に付けた、商人が歩いている。どうやら門番は居なくて、自由に出入り出来るみたいだ。

「街を見てみようよ!ユリィ!」

「うん!早速入るわ!」

 私達は門を潜って街の中へ入った。

 街に入ってまず何をするか、人それぞれ考えがあるよね。まず装備を整える為に武器屋さんを探す人も居るし、回復や戦闘で有利になるアイテムを探す人も居るだろう。

 しかし、ゲーム世界は現実の欲望を刺激してくる。沢山のお店が目に飛び込んでくるけど、食べ物の看板しか見えてこない。クレープ、ワッフル、サンドイッチ、ピザ、どれも美味しそうだなあ。

「フフフ、グルメ界のファンタジスタと呼ばれた、ユリィの出番みたいね。グルメの世界は闇魔術に匹敵するほど、深淵で甘美なものよ。沙織ちゃん、お腹を空かせている今こそ攻めの姿勢で新しいグルメを開拓すべきだよ!」

「えー…私はクレープとかサンドイッチが食べたいなあ。」

「確かにクレープもサンドイッチも美味しいと思うわ。だけどユリィは、闇魔術師なの。この街に魔術…つまり呪文を唱えないと味わう事の出来ないグルメがあるのよ!」

 呪文を唱えないと、食べれないグルメ?何だろう、確かに興味が沸いてきた。

「うん、分かった。じゃあ、ユリィにお任せしようかな。」

「ありがとう!沙織ちゃん!こっち!こっちだよー!」

 ユリィに手を引っ張られて、路地裏の小さなお店にやって来た。

「さあ、入店前に大きな声で呪文を唱えるよ!それが合言葉だから。私の真似して唱えてね♪いくよ!ヤサイマシマシ、アブラコッテリ、ハリガネコナオトシ、ニンニクスクナメ。」

 何だって?

「ほら真似して!」

 よく聞き取れなかったけど、こう言ってたかな。

「ヤサイムシムシ、アブラカタブラ、ハリガネコケオドシ、モウソウスクナメ。」

‥‥‥大丈夫かな?

「見て!秘密の扉が開くわ!入店を許可されたのよ!」

 良かった、ちゃんと注文出来たみたいだ。お店の中に入って、テーブルで待っていると料理が運ばれてきた。

「何の料理かと思ったら‥ラーメンかあ。」

 てんこ盛りの野菜しか見えないけど、お箸で掻き分けると麺とスープがある。

「じゃあ、いただきまーす。」

「沙織ちゃん…イタダケメースって何?新手の使い魔?」

「いただきます…だよ!ご飯の前に言うでしょ、知らないの?」

「ユリィならこう言うわ。」天にまします我らの神よ。我らに毎日の糧を与え給え、ラーメン。」

「ユリィ…お腹が空いてるから、欲望が出ちゃってるよ。」

「あらヤダ…ついうっかり間違えたわ、言い直します。天にまします我らの神よ。我らに毎日の糧を与え給え、アーメン。」

「それ、どういう意味なの?」

「意味?小さい頃から皆が言ってるのを真似してるだけで、癖みたいなものだから、あまり考えた事無いけど…確か、食事を与えてくれて、神様ありがとうございます。という意味だと思うわ。」

「そうなんだ」

「じゃあ沙織が言ってた、イタダケメースはどういう意味なの?」

「いただきます…だよ。」

 どういう意味かあ。普段はあんまり考えた事無いよね。

「多分、食べ物の命を頂きます。という意味じゃないかな。」

「そっか、世界には色々な食事のことばがあるのね。」

「あっ!麺が伸びちゃう!早く食べるわよ!」

「そうだ!食べよう!」

 私達はお腹が空いてたので、てんこ盛りのラーメンを問題なく食べ進めた。

「そういえば、ラーメンってあんまり食べたこと無いんだよね。」

「えっ、そうなの?こんなに美味しいのに?」

 ユリィはテーブルに置いてある付け合わせの辛子高菜をもりもり乗せながら話している。

 ママと外食する時はレストランとかカフェテラスでお食事する事が多いからラーメン屋さんを選ぶ機会は無い。

「パパが居れば…連れて行ってくれるのかも」

「えっ?何か言った?」

「えっ!何でも無いよ!」

 私は誤魔化すように、ラーメンを食べてしまった。

「あれ?ユリィはラーメンを残しちゃうの?」

 ユリィの器にはスープと少しの具が残っている。

「あっ!言わなかったっけ?麺だけをおかわりする事が出来るんだよ。」

「そうなの?でもお腹一杯だから、私はもう止めとくよ。」

 まだ食べるんだ…痩せっぽっちなのに意外と大食いなのかな?

 ユリィは結局二玉をおかわりしてから、お店を出た。デザートにクレープを食べたがっていたが、食べ過ぎだと思うので、止めておいた。

 辺りはすっかり暗くなり、少し寒くなって来ると、心細くなってくる。

「ユリィ、今夜は何処に泊まろうか?」

「うーん、そうだなあ、何か明るくて綺麗で、きらびやかなホテルに泊まりたいわ♪」

「明るくて、きらびやかなホテルかあ」

「あっ!あっちに凄く素敵なホテルがあったわ!行ってみましょう!」

 看板がある、ここはカブキタウン2丁目というらしい。凄く素敵なホテルだった。きらびやかな極彩色のネオンに泉の沸く噴水、見たこともない宮殿みたいなホテルだ。

「ホテルの名前はローズリップスにフェアリーカップル…なんだかおとぎ話みたいな名前だね。」

「沙織ちゃん疲れたよー、早く入るわよ。」

「そうだね、早く寝て明日に備えよう。」

 今日はホテル、ローズリップスに宿泊することにした。カウンターは無人だけど、券売機があったので唯一空いていた部屋を使うことが出来た。

「なんだか薄暗いね、これ以上明るく出来ないのかな?」

「あっ!大きなベッドだ!それ、ダーイブ♪」

 ユリィはアクロバットジャンプでベッドに飛び込んだ。

「わお!何だか水の上みたいにプカプカ浮いてるよー」

「えっ、本当に?じゃあ‥私も!ダーイブ♪本当だ!気持ちいいー♪」

 しばらく、じゃれあってると眠くなってきた。

「寝る前にお風呂に入らなきゃ」

「じゃあ、ユリィと一緒に入ろうよ!」

「えっ!止めとくよ…恥ずかしいし。」

「そう?じゃあユリィが先に入って良い?」

「うん、良いよ。」

「じゃあ、お洋服をハンガーに掛けて…これで良し。」

 ダラクノダテンシの衣装は丁寧にハンガーかけられて、シワ一つ無く綺麗なままだ。

 あれ?そういえばダラクノダテンシには片翼が生えてるはずだよね。着替えてる時は気にしてなかったから、覚えてないけど、衣装を脱いだら背中から直接生えてるのかな?

「気になる」

ユリィは既にバスルームに入ってるけど、どうしても気になる。覗いちゃおうかな…

「駄目、駄目、そんなことしちゃ」

 天使と悪魔が戦ってる。天使はあっさり負けて、私は忍び足でユリィが居るバスルームへ向かった。

「♪」

ユリィが鼻歌を歌いながら、シャワーを浴びている音が聞こえる。そっとドアを少し空けて覗き込むと、曇りガラス越しに、ユリィのシルエットが見える。

 惜しいな、ちょうど正面を向いてるせいで、背中の翼が写らない。少しだけ横を向けば、角度の問題で翼が生えてるのか分かるはずだ。

 あっ!横を向き始めてる。あと少しだ!

「あれ?ユリィが消えた!」

 さっきまで曇りガラス越しに居たユリィのシルエットが消えてしまった。

「わっ!!!!」

「きゃあ!!」

 ビックリして後ろに仰け反るとユリィに受け止められた。

「ビックリしたでしょ?駄目だよ覗いちゃ」

「いつの間に…どうやって!?」

「フフフ‥これがマジックイルミネーターの実力よ。女の子には秘密が沢山あるの。沙織ちゃんもレディなら秘密のひとつやふたつ、持っておくべきね。」

 グルメ界のファンタジスタにマジックイルミネーターか、何て恐ろしい娘なのだろう。

「沙織ちゃんのウサ耳、近くで見ると可愛いなぁ…えいっ!」

「あっ、ピクン」

「ウサ耳モフモフー♪ふかふかで柔らかい♪あれ、どうしたの沙織ちゃん?顔真っ赤だよ。それに急に汗かいてるし、プルプル震えてるし、風邪でも引いた?」

「大丈夫だよ…それよりウサ耳から手を離して」

「ヤダよー♪ふわふわが気持ちいいんだもん♪モフモフモフモフ♪モフモフモフモフ♪」

「あっ、ダメだよ。そんな激しく…」

 もう無理ー!!!

 スキルポイントMAX!!

「スキル発動!ラビットシノビ…アクセルモード!」

 私は猛烈な勢いでバスルームに飛び込んで扉を閉めてしまった。

「ラビットシノビ…まさに脱兎の忍者。もうちょっとで、大人の世界が覗けたわね。」


ラビットシノビは新しいスキルを覚えた!♪

スキル名 アクセルモード

効果 スキル発動後に一定時間、素早く動くことが出来る。


 私は謎の感覚に襲われながらも、素早く逃げ出す事に成功した。お風呂から上がり、ホテル備え付けのパジャマに着替え、部屋に戻るとユリィはベッドでくつろいでいた。

 やはりパジャマ姿の背中には翼は見当たらない。いや、これ以上詮索するのは止めよう。またさっきみたいな酷い目にあってしまう。

「眠いから電気消すわよー」

「あっ、うん。そうだね、もう寝よう。」

 ん?そういえば、ベッドって一つしかないのかな?部屋の中央にと大きなベッドが一つあるだけで、他のベッドは見当たらない。もしかして一緒に寝るしかないのかな…

「スー…スー…」

 ユリィはいつの間にか寝息を立てて眠っていた。

「起こさないように、そーっと…」

 シーツに包まれたユリィの隣へ潜り込む。

「ふぅー、後は寝るだけ」

 シーツはサラサラで気持ちいいな。ふと、隣のユリィを近くで見てみた。お人形みたいに整った目鼻立ちに長いまつ毛、ツヤツヤで癖のあるロングヘアーはまさに美少女だ。

 基本的に変な娘だけど、決して悪い娘じゃない。まだ会ったばかりだけど、もう一緒に過ごす事にすっかり慣れてしまった。

「まだ、起きてる?」

「あっ、ごめんね。起こしちゃった?」

「ねえ、明日は何処に行こうか?」

「そうだなあ…もう少し街を見て回りたいな。」

「じゃあ少し早起きして出掛けようか?」

「うん!そうしよう!」

「じゃあお休み♪沙織に深遠なる眠りが訪れますように…」

「わたしもう、死んじゃうの?」

「アハハ♪冗談よ♪」

 部屋の灯りがちょうど消えて、もう消灯時間みたいだ。明日が楽しみ♪


 二人が寝静まった後に、ホテルの支配人が入店記録をチェックしているようだ。

「あの娘たち、ここはラブホテルなのに…気づいて無いのかな?」

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