第3話 沙織の目的とねこ会議

「それで、沙織ちゃんは何でこの世界に来たの?」

 もちろん、意識不明のマスターを助ける為だ。

「ある人を助けたいの」

「そっか、分かったよ。沙織ちゃんみたいな冒険者はこれまでも居たから。ユリィはその度に冒険者のサポートをしてきたんだよ。」

「じゃあ、ゲームの経験者ってこと?」

「そうとも言えるけど、このゲームは毎回リセットされちゃうから。」

「決まった攻略パターンは無いってことか…」

 臨むところだ、私には頼もしい仲間が出来たから!

「ね!ユリィ!」

 あれ?居ない…さっきまで目の前に居たのに、物音ひとつ立てないで気配を消してしまった。

「助けてー」

 遠くから情けないユリィの声が聞こえる。

「食べられちゃうよー」

「もう!何処に居るのー?」

「ここだよー、ここにいるよー」

 ここって何処なのよ!声のする方向に向かってみると、木の上にしがみついている。

「どうしたのー?」

「足元に悪魔が居るのー」

「悪魔?」

 ユリィが指さす方向を見てみると、木の根元に何か居るようだ。

「…黒猫かな」

 スラリとしたフォルムで尻尾をピンと立てて、優雅に木の根元を徘徊している。

「可愛い黒猫ちゃんだよー。降りてきなよー」

「それは邪神ゲルゲの使い魔!相性がすっごく悪いの。危ない、何か喋るわ!きっと魔術詠唱だ。逃げて!沙織ちゃん!」

「ごろにゃーん」

 こんなにベタな鳴き声を出すなんて、逆にビックリだよ。もういいや、黒猫ちゃんを抱っこしてユリィから離れさせよう。

「ほら、おいで」

 私が近づくと黒猫ちゃんは逃げてしまった。

「ふう、どうやら私の能力を恐れて逃げ出したようね。」

 ユリィはいつの間にか木から降りて、何事も無かったように強がっている。この娘はお馬鹿でお調子者のようだ。

「それで…これから私はどうすればいいんだろう?」

 ここはゲームの世界なんだから、最初にチュートリアルというか操作方法や目的の解説があっても良いのにね。

「沙織ちゃんはまだこのゲーム…サイバーDIVEのクリア条件を知らないよね。それでは、このゲームのクリア条件を教えるよ。」


その1 サイバーDIVE空間の何処かに居るボスを倒す。

その2 ボスが持つマスターの記憶の欠片を手に入れて、ログアウトポイントに辿り着く。

その3 ログアウト後に現実世界に帰るとマスターが意識を取り戻す。


「以上が今回のゲームの目的となります。そして、ゲームクリア後の隠し要素とは…健気な女の子、沙織ちゃんは現実世界でマスターと再開して永遠の愛を誓い合うのだった。これぞ、ハッピーエンドの王道!どう?」

「うん、話が飛躍しちゃってるけどね。あとさ、ユリィって私の友達に似てるんだよね。」

 百合ちゃんの事だ。本が大好きな拗らせ女子、百合ちゃんはセミロングでユリィはロングヘアーだけどね。

「百合ちゃん?私はサイバーDIVEのナビゲーターのユリィだよ。はい!リピート♪アフターミー♪」

「えっと…百合ちゃん。」

「だーから!百合ちゃんじゃなくて!この世界ではユリィなんだよ!」

「この世界では?」

「はっ…しまった、つい口が滑ってしまったわ。」

 私はジト目でユリィを見つめる。

「あはは…謎多きユリィの正体は後のお楽しみって事で!」

「確かに謎だらけだよ。ていうか猫ちゃん苦手なの?」

「苦手というか、黒猫だけは駄目なの。異端の魔力源というか、別系統の闇魔術は反発しあう運命というか…要するに、相性が悪いの。」

 闇魔術師の世界にも色々な流派があるのだろうか‥

「あっ!ユリィ、あっちに白猫ちゃんが居るよ。白猫ちゃんなら平気?」

「うーん、あの子なら大丈夫だわ。」

「じゃあご飯あげてみようよ♪」

「それならユリィに任せて!ほら!」

 ダラクノダテンシの片翼を揺さぶると、翼の隙間からてんこ盛りの猫飯が落ちてきた。

 マタタビ、カツオブシ、ウェットタイプのキャットフード、ドライタイプのキャットフードと多種多様だ。

「もしかして、ユリィって本当は猫ちゃん好きなんじゃないの?」

「ギクッ…そんなことないわ。猫ちゃんなんて、みんな邪神ゲルゲの使い魔よ。だって気紛れで、すぐ段ボールに潜り込んでお家に入ってくれないし、ハイジャンプで棚の荷物をなぎ倒しちゃうんだよ。猫ちゃんなんて嫌いだわ。」

 私は猫ちゃんを飼った事が無いから、よく分からないけど、きっとユリィは猫好きなんだろうな。

「ほら猫ちゃんにご飯食べさせに行こうよ。行かないなら、私が先にご飯あげちゃうよ!」

 私はマタタビとカツオブシを拾って、ラビットシノビの素早さ全開で猫ちゃんの元へ駆け出した。

「あー!ズルいよ、私も行くよ!それに白猫ちゃんなら、ウェットタイプの方が食べてくれるはずだよー!」

 ユリィも負けじと漆黒の片翼を鋭く羽ばたかせて、全速力で猫ちゃんの所へ向かった。

「作戦会議を始めます。」

「はーい!沙織先生!」

「まず沙織が猫ちゃんから少し離れた場所にご飯置くね。そして猫ちゃんの注意を引いてご飯の場所まで誘導して、お食事タイムを満喫してもらいます。リラックスした猫ちゃんに忍び寄って、ナデナデ、モフモフする!」

「やった!ユリィもナデナデ、モフモフしたいよ!」

「ご飯はユリィの意見を採用してウェットタイプのキャットフードをチョイスします。それで肝心の注意を引く方法だけど、何か良いアイデアは無いかな?」

「はい!ユリィに良いアイデアがあるよ!」

「良かった。じゃあ教えてくれる?」

「じゃあ…コソコソ」

「えっ!?ユリィ本気?恥ずかしいよ…」

「大丈夫!誰も見てないから、平気だよ」

「分かったよ。やる」

「よーし、じゃあ白猫モフモフ作戦開始!」

 猫ちゃんから少し離れた場所にご飯が置いてある。猫ちゃんはまだご飯に気づいていない。まずはユリィの番だね。

「おミャーら!そこのモフモフキャット!ニャにしてる!ニャんだって?おニャかを空かしてる?おミャーには、ニャおチュールは渡さないニャ!食べたいなら出てこーい!おーい!ニャフニャフキャットー!」

 猫語で誘きだす作戦なんだけど、あんな大声で逃げられないかなあ?

「次はおミャーの番だぞー!」

呼ばれてる。恥ずかしい…もう、やけくそだ!

「ピョンピョン♪ウサちゃんだよ♪おミャーが食べないなら、ウサちゃんが食べちゃうニャ♪」

 ウサ耳をピョコピョコさせながら、ゴロゴロ転がる。

「ごろにゃーん!ごろにゃーん!おミャーら!はやく出て来てー!」

 もう活動限界ね。沙織の精神タイマーがピコピコなってるよ…

 あっ!猫ちゃんが出てきて、ご飯に近付いてる!あと少し…もうすぐ、お食事タイムが見られるよ!

 その時、猛スピードで黒い影が猫ちゃんのご飯を横取りした!

「あっ!お前はさっきの黒猫!」

「グルにゃーん」

 黒猫はウェットタイプのキャットフードを容器ごと奪って逃げ去ってしまった。

「こらー!泥棒ネコー!ドラ猫ー!私の旦那を返しなさーい!」

 ユリィ、昼ドラ混じってるよ…

「追いかけるよ!沙織!」

 ユリィは素早く漆黒の片翼を羽ばたかせて、猛スピードで追いかけて行った。

「待ってよー!置いてかないでよー」

 こんな調子で本当にボスを倒せるのだろうか。はあ…先は長そうだ。


「はあ、はあ、どうしよう…またユリィの姿が見えないよ」

 変だなぁ…ユリィは黒猫ちゃんの事が苦手だから、追いついても手が出せないと思うんだけど。

「ぎゃー」

「あれ…」

 嫌な予感がする…不安は的中したようだ。先に言ったはずのユリィが必死の形相で私の元に戻って来る。

「アイツは邪神ゲルゲの使い魔なんかじゃ無かった!邪神ゲルゲそのものよ…怖かったよー」

「よしよし…怖かったね」

 猫ちゃんの様にすり寄って来るユリィの頭を撫でながら、私は逃げた黒猫ちゃんの姿を探していた。

「何があったの?黒猫ちゃんが邪神ゲルゲそのものって、どういう意味?」

「見れば分るよ…」

「はあ、大げさだなあ…私は猫好きだから怖く無いよ。じゃあ、奪われたキャットフードを取り戻しに行ってくるよ。」

「気を付けてね…」

 私はその場にへたり込んだユリィを残して、逃げた黒猫ちゃんの元に向かった。

「居た…」

 黒猫ちゃんには仲間が居たみたいだ、他に同い年ぐらいのぶち猫や白猫と一緒に道の側溝沿いに寝そべっていた。

「あった、ユリィが持ってたキャットフードだ」

 どうやら、まだ食べてないらしく、容器の中にはウェットタイプのキャットフードが少し形を崩して残っていた。

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