第2話 堕落の堕天使と脱兎の忍者

 寝落ちって知ってる?ワタシはゲームに熱中すると時間を忘れて、寝る間を惜しんでプレイする。眠る瞬間と起きる瞬間は記憶が曖昧だ。

 どちらも気が付いたら、もう終わっている。瞬間というモノは常に過去に起きた事で、現在は存在しないんじゃないかなと思っている。

 そんな事が頭によぎると、私はもうサイバーDIVE世界に居た。吹き抜ける青空に見渡す限りの草原、所々にゴツゴツした岩や崖が見える。まさに冒険の始まりといったフィールドが広がっていた。

そんな私が直ぐに考える事は…

「スマホ持ってないや。」

 攻略サイトで序盤の強い装備や攻略チャート、お気に入りのキャラクターを調べる事が出来ない。

 しかもサイバーDIVEはどんなゲームなのか知らない。RPG?アクション?

アドベンチャー?サウンドノベル?

 ちなみに最近のお薦めゲームはフォームナイトだ。全世界で3億人がダウンロードしたシューティングバトルロイヤルゲームで小中学生の間で流行っている。

 私はもちろんゴールドランクプレイヤーだ。今までどんなジャンルのゲームでもクリアしてきたし、ハイスコアも出せる。

 次に初期装備を確認する。感想を一言で現そう。

「無課金プレイヤーみたい…」

 如何にも普通、というか可愛くない見た目の初期装備だった。

「まずはクエストクリアして装備集めなきゃ」

 そんな事を考えていると不意に背後から野太い声がした。

「ゲヘヘ…人間だ。可愛い女の子だ。」

「しかも初心者かあ?」

「初期装備のままだぜ」

 どうしよう…怖そうな魔物がすぐ後ろに居る。恐怖で足がすくむ。

「おい!こっちを向け!」

 思わず振り替えるとそこには!


 小さくて、可愛いスライム達が居た。

「騙された…」

 柔らかそうで、プニプニしてて、とても強そうには見えない。

「おい!とりあえず、あり金を全部置いていけ!」

「それからアジトまで来てもらうぞ!」

「オイラ達は、可愛い女の子が大好きでなあ…」

「お前をスライムまみれにしてやるぞ!」

 スライムまみれ…ベトベトして気持ち悪そう、嫌だなあ。

「聞いてるのか!この地雷プレイヤー!」

 カチンときた

 沙織は…ゲームだけは誰にも負けない!私はスライム達に近づく。

「近寄るな!どんな目にあっても知らないぞ!」

「そうだぞ!親分に逆らうと怖いんだぞ!」

 私はスライムの頭を鷲掴みして持ち上げた。

「止めろー!離せー!」

 一言、言ってやる!

「キルするよ?」

 ぎゅっと握りしめるとヒンヤリ冷たくて気持ち良い。

 そうだ!地面に投げつけちゃえ!

ビターン!!

「ギャー!親分がー!」

 スライムってこんなに伸びるんだ…

 落下の衝撃で地面いっぱいにスライム親分が広がっている。

「これが、不思議な物体スライム…」

「フフフ…スライムを舐めるなよ。自己再生!」

 凄い!伸びたスライムが元の形に戻っていく…

「復活!」

「凄いぜ!やっぱり親分は最強だな!」

 いくら倒しても復活するなんて…そんなの…

 ビターン!!

「復活!」

 ビターン!!

「ふ…ふっかつ…」

 ビターン!!

「俺はまだ…まけてない…ぐはっ」

「おやぶーん!!」


 しまった…やり過ぎた。

「ひどいぞー!鬼!悪魔!」

 うっ…ごめんなさい。つい楽しくなっちゃった。

「この貧乳ゲーマー!」

 貧乳…違うし!普段はパーカー着てるから目立たないけど…意外と大きいし!

これから成長期だし!

「弱いものイジメはやめなさーい!」

 今度はだれ?!

「たあ!」

 その娘は崖の上から、片側だけの翼を翻して華麗に着地した。艶やかなワインレッドのロングヘアーをなびかせて、漆黒のゴシックロリータ衣装に身を包んでいる。

「あなた!悪者ね!」

 えっ!私が!?

「ちがうよ!悪者なんかじゃないよ!」

「うそ!スライム達をビターン!ビターン!ってしてたじゃないの!」

 うっ…図星だ。

「悪者はこの正義の天使…ユリィが成敗するわ。さあ、勝負よ!早く変身しなさい!」

「まだ装備が無いんだよ!」

「えっ…装備が無い?それは良くないわ…丸腰の相手と戦うわけにはいかないわね。いいわ、私が一つだけ装備をプレゼントするから、好きな装備を選びなさい。ドレスアップモード!!」

 目の前にクローゼットが現れて、様々な衣装が選べるようだ。

装備一覧

ファントムドラグーン 竜騎兵

カラクリドレイ 機械師

サイコテレパス 占い師

ダラクノダテンシ 闇魔術師 装備中

ケガレナキテンシ 光魔術師

ラビットシノビ 忍者

ソリッドホーク 狙撃主

クンフーツァオワン 格闘家

 どうする?衣装を見渡すと、どれも格好いいし、可愛い衣装だ。正直迷うな。

「あれ?ウサ耳?」

 そう、私の大好きなウサギ衣装があったのだ。

「これは、ラビットシノビ…」

 忍者の衣装をベースにして、頭に大きなウサギの耳がついている。

「よし、これにしよう!」

 ラビットシノビに決めた!

「ドレスアップ!脱兎の忍者…ラビットシノビ見参!」

 衣装が私の身体を包み込んでいく。凄い!これが、サイバーDIVE!

「ふふ…ラビットシノビね。忍者…スキルは分からないけど、手強そうね。さあ!勝負よ!」

 ユリィが勝負を仕掛けてきた!

 ゲームに慣れた私はまず考える。普段は相手のスキルと攻撃パターン、体力ゲージや弱点属性を調べて、準備してからゲームに望む。

 だけど、このサイバーDIVEに攻略サイトなんて無い。自分で考えてゲームをクリアしなきゃ!

 次にラビットシノビの装備を確認する。武器はシノビ刀、接近戦用の物理攻撃武器だ。防具はイナバノギタイ、軽い甲冑で動きやすい反面、防御力は低い。スキルは、手に入れたばかりで無い。

 相手の…ユリィって名乗ってたよね。見た目は黒いゴシックロリータ衣装で背中には片側だけ翼が生えている。

 他には、何も見えないのかな?名前とか装備とかスキル、体力ゲージに属性とか、何も分からない。

「気づいたみたいね…初心者には相手の能力は全く見えないのよ。親切なゲームじゃないってことね♪」

 親切なゲーム…私は今まで沢山のゲームで上位をキープしてきたし、クリアもしてきた。

 ワクワクしてきた。ゲーム好きの血が騒ぐ。絶対にこのゲームを攻略するぞ!

「まずはユリィの攻撃よ!」

ホムラの神よ

我の命に答えよ

真っ赤な炎で敵を燃やせ!

「ファイア!」

 宙に火の玉が現れて、私目掛けて飛んできた!避けなきゃ!

 私の意識にラビットシノビの衣装が素早く反応する。驚くほど身体が軽い!私は真横に跳んで攻撃をかわすと、火の玉は地面にぶつかり、周囲に砂煙が漂った。

「さすが忍者ね。回避性能はサイバーDIVEでも随一の能力よ!さあ、今度は攻撃してみなよ!」

「よし!」

 相手の懐まで近づいて、シノビ刀で攻撃だ!

「行くよ!」

 地面をしっかり蹴って、素早く相手の懐まで接近する!

「近づいて来るね!だったら!」

 相手の漆黒の片翼が素早く反応すると、ラビットシノビに負けないスピードで後ろへ下がってしまう。近づくほど、後ろへ逃げられてしまう。

「追い付けないの?」

「フフフ…ユリィのダラクノダテンシは物理攻撃に弱いのよ。だから絶対に敵の接近を許さないわ。」

「ダラクノダテンシ?」

「あっ、言っちゃった。」

「意外と馬鹿なの?」

「もう!お馬鹿じゃないもん!ユリィは賢いの…いずれは賢者になるんだから!」

 ダラクノダテンシって、衣装選択のときに選べたよね。そうか、ダラクノダテンシは闇魔術師。だから、呪文を唱えて火の玉で攻撃したんだ。

 しかも、攻撃しようとして近づいても漆黒の片翼で逃げられてしまう。

「どうする?」

 何か方法は無いの?考えろ…私は周囲を見渡す。

 あれ?見晴らしの良いフィールドに一ヶ所だけ砂塵が舞って視界が悪い場所がある。あそこはさっき私に向けて、ダラクノダテンシが攻撃してきた場所だ。

「煙?で何も見えない。」

 砂塵が晴れてきた。火の玉の攻撃跡には地面に大きな穴が空いている。

「そうだ!」

 これなら、ダラクノダテンシを倒せる!

「ユリィ!貴女は闇魔術師だよね。しかも、まだ修行中の初心者…あんな小さな火の玉しか出せないお馬鹿さんは賢者になんてなれないよー♪」

「なっ…そんなこと無いわよ!言いたい放題言って…いいわ見せてあげる!闇魔術の強大さを味わうがいいわ!」

ホムラの神よ

我の命に答えよ

大きな…大きな!真っ赤な炎で敵を燃やせ!

「ファイア!」

 宙に火の玉が現れた。しかも、ドンドン大きくなってる!

「どう?凄いでしょ!これでゲームオーバーね!」

 ダラクノダテンシは巨大な火の玉を私に目掛けて放つと、巨大な地響きと轟音と共に火の玉は私が居る場所を呑み込んだ。

「アハハ!直撃のようね。少し本気を出しちゃったかな?おーい!降参する?降参するなら、私のヒールにキスしなさい♪あれ?返事が無いわ。おーい、大丈夫ー?」

 ダラクノダテンシは漆黒の片翼を鋭く折り畳み、凄い速さでラビットシノビが居た場所に向かった。

「うわ…砂ぼこりが凄い。」

 攻撃跡地は砂埃で1メートル先も見えないほど視界が悪かった。何も見えない、ラビットシノビの姿さえも。

「はっ!もしかして…この砂塵から出なきゃ!」

 ダラクノダテンシが脱出する間もなく、砂塵を切り裂く忍者が現れる!

「ダラクノダテンシ!覚悟!」

「きゃあ!!」

シノビ刀命中

ダラクノダテンシの体力0

「イテテ、やられちゃった。」

 ラビットシノビの素早さは、まさに脱兎の忍者であった。

「ダラクノダテンシ!この勝負、ラビットシノビの勝ちね!」

「参りました。沙織ちゃん。」

「私の名前を知ってるの?貴女…何者なの?」

「いいわ、教えて上げる。ダラクノダテンシの正体を!説明するわ、ダラクノダテンシとは!

漆黒のゴシックロリータ衣装に身を包む謎多き美少女!午後のティータイムが欠かせない、メルヘンレディ!コーヒーより紅茶派でダージリンにミルクとお砂糖はたっぷり!可愛い見た目に隠された闇の能力、闇魔術を操る最強のキャラクターなのよ!

どう!これが、ダラクノダテンシの正体よ。またひとつ謎が解けたわね!」

「……」

 ひとつ分かったことがある。この娘はお馬鹿さんなんかじゃない。本気のバカだ…

「ぷっ、あはははは!」

「あー!何が可笑しいのよー!ユリィの自己紹介を笑わないでよー」

「あはは、ごめんなさい。本当に可笑しくて…」

「じゃあ、改めて自己紹介するわね。私の名前はユリィ。これから一緒に旅する仲間だよ。」

「ユリィね!」

 マスターを助ける為に知らない世界に飛び込んで不安だったけど。これから楽しくなりそう!

「よろしくね、ユリィ!」

 これが私達の出会いだった。

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