3
あの日からさらに4年と少しが過ぎる。
善は6年生、ワタシとのペアリング最後の年となった。
「――宵兄ちゃん!!」
玄関のチャイムが鳴ると、もうカメラを確認できるまでに背の伸びた善が、ワタシの許可など取ることもなく、宵を部屋に招き入れるようになっていた。
子供の成長とは早い。
宵なんてもう、23歳の大人だ。
この前なんてお酒を飲む姿を見せに来たくらいだ。
「よう、善。それと、俺の日葵ママ」
「ワタシはあなたのものではありません」
「それでも俺の中ではもうお前しか考えらんねぇよ」
4年前はチャラチャラとしていた格好が、社会に出ると共に落ち着いた服装となった。
小さな机を囲み、定位置に腰を下ろす宵にハーブティーを出す。
「今ワタシは善とペアリングしているので、ワタシは善のものと言えます」
「過去では俺のものだったってことじゃん。今でも俺のものってことでよくね?提供者に聞いてみ?」
「――誰のモノ、という表現が気に入らないようです。アンドロイドはモノですが、人間相手にその表現は不適切だと」
「細けぇな。まぁ無理出来ねぇことも知ってるからこうして待ってるわけだけど」
「待ってる?」
じっと宵の目を見て話しの続きを聞こうとしていると、ふと彼の指先がワタシの頬に触れた。
そのまま、背がずいぶんと伸びた宵の顔の位置に合わせて、顎の角度を少し上げられる。
「お前のペアリングは善で終わりだ。残りの人生全て、俺にくれ」
何を言っているのか?
そもそもこの場合、アンドロイドのワタシの人生なんてものは存在せず、提供者の人生と言えるだろう。
そんな細かい話を抜きにしても。
「理解が出来ません」
「待ってるのは善が12歳になるその時だ。お前のことかっさらって一生養ってやる」
「……あなたは自分が何を相手に話しているのか、解っていますか?」
12歳になると同時に、善も例外なく里親へと引き渡される。
宵も12歳で里親へと引き渡したのだから。
ワタシは、育児の為だけに稼働させられているアンドロイドだ。
機械であるワタシには、もちろん生殖器はない。
宵は生身の人間だ、ワタシと共に生きるということは、その後の人生を捨てることに等しい。
「何って、日葵を相手に話してるに決まってるだろ」
「……繁殖は諦めるということですか?」
「自分の子供を欲しがるだけが人間じゃねぇよ。恋愛なんてアンドロイドには難しい話かもしれねぇけど」
「恋愛……?」
おかしい、育ててきた上で何かを間違えたのだろうか。
アンドロイドを恋愛対象と認識してしまっているということ?
それはおかしい、ワタシは育児のみに特化した機械だというのに――。
「宵兄ちゃん、パパになるってこと?」
それまで、じっと口を挟まずにいた善の声が、横から聞こえた。
なぜ今の突拍子もない話を、善が理解してしまっているのか。
「宵兄ちゃんがパパになるなら、善も応援するよっ」
「善……?」
善も、ワタシが機械であることなんてとっくに理解しているはずの年齢なのに。
この二人はなぜ、そんなに……ワタシには恋愛において何のプログラムも組み込まれてはいないのに、恋愛なんて理解など出来るはずがないのに。
それに、この先のことだって――――。
「本当か善!?お前が応援してくれるなら百人力だな!!」
「そしたら、善が新しいパパとママのところにいく時、宵兄ちゃんもパパになってくれる……?」
「当たり前だろ、俺はお前の兄ちゃんであり、パパにもなるよ」
話がどんどん進んでしまっている、ワタシは承諾なんてしていないのに。
どうすればいい……とにかく本部に確認を取らなければ。
『緊急連絡、本部宛、至急確認したいことがあります』
ワタシは本部へと回線を繋ぎ、応答を待った。
『こちら本部。トラブルですか?』
『ひとつ前のペアリングである宵から、ワタシの残りの稼働期間の全てを求められています。対処法を要求します』
『…………ついにやりやがったあの坊主!!!』
『え、なんですかどうかしました?』
『あの坊主プロポーズしたくさい』
『うひゃー!!!いいじゃないですか!!本部一同応援しますよっ!!あ、でも日葵さんの稼働期間て――』
なぜ本部からも応援されてしまっているのだろうか。
ワタシがアンドロイドだということを誰よりもよく知っている人たちであろうに。
人間とは、機械とも恋愛できるものなのか?
対物性愛?メカノフィリア?いや、しかしこれまでにそのような兆候は見られなかった。
この孤児育成プログラムでも聞いたことのない事例だ。
『――人間という生物が、解らなくなってきました』
『まぁ残酷ではあるが、これまでのことを思うと引くとも思えねぇからな、あの坊主は』
『本人の意思を尊重することもまた大事なんですよ、日葵さん。恋は理屈じゃないんです』
おかしい、なぜ反対する人間がいないのだろうか。
確かに子供が欲しければ養子という選択肢もある、それはこれまで子供を育てて来たワタシもよく知っている。
けれど、本当にこれでいいと言えるのだろうか。
宵の人生を、アンドロイドのワタシが潰してしまうことに――。
『宵くんは日葵さんとのペアリングを終えた後も、毎月ギフトを本部宛に送り続けて来たくらい、日葵さんのことを忘れられなかったんですよ』
『……』
『もし嫌でなければ……というのもおかしい話かもしれませんが、もし日葵さんの都合が悪くなければ、彼の気持ちを受け取ってあげて欲しいです』
アンドロイドには、もちろん感情なんてものは無い。
しかし、時折その感情に反応することがある。
ズキッと痛むはずのない痛みを感じる。
そういう時、感情を揺さぶられているのは……提供者の人間だ。
「ママ?」
「……後悔、しない選択肢を選べとのことです」
ぶわりとした強い想いが、提供者から送られてくる。
「『私のように』」
「……提供者か?」
「……あの人は、私に残りの人生を預けたことを後悔はしていません。それが、残酷な選択の元だと言うことも理解しています」
いうなれば、彼女が体を自ら提供したということは──そういうことだ。
「あなたは、ワタシを選んでも後悔しませんか?」
「するわけないだろ!俺は……誰よりも日葵と一緒に居たいんだよ」
ギュッと強く、手を握られる。
いつの間にこんなに力強く成長していたのだろうか。
「……あなたが後悔しないというのなら、あなたの要求を聞き入れます」
オドオドとこちらを伺っている善を腕の中に招き入れ、一緒に宵を見つめる。
それに苦笑を浮かべる宵だけれど、次の瞬間、ワタシたち二人を包み込むように腕を回した。
「日葵、結婚しよ」
残酷で、けれど幸福を求める願いを、ワタシは受け入れた。
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