──ザザ……ザザザ…………




充電をしながら頭を休めている時、ワタシのメモリには入っていない音声データが聴こえてくることがある。





『ご提供者様の記憶は──ザザ──引き継が────ザザザ──約80年程の──で緩や──痛みなく、個体の生命を終え──』




ブツッ。




「ママ」


「──はい、善。どうしましたか?」


「ピンポン、鳴ったよ……?」




善が小学生になり、もうすぐ一年が経とうとしていた時。


ここで暮らすようになってから、初めての訪問者が来た。












『よう陽葵。俺のことわかる?』




サングラスをかけて金髪、アクセサリーをジャラジャラと付けた男が、訪問者のカメラに映っていた。


なぜワタシがここに住んでいることを知ったのか、なぜワタシの元へ来たのか、この人は誰なのか。




「ママ……?」




善に不安そうな声を向けられてしまう。


今までこんなことは一度もなかったからだ。




ワタシはカメラの映像に映ったその男に向かって告げる。




「あなたの育成は終了しています。ワタシの現在のペアリング先は伝えられていないはずなのに、どうやって情報を得たのですか」




――わからないはずがない。


この男は、ひとつ前のペアリング相手だ。




「相変わらず硬ってぇな。おいガキいるんだろ、俺はお前の兄貴だ。入れろ」


「…………お兄ちゃん?」


「あなたとこの子に血は繋がっていません」


「それ言うとテメーなんて血も流れてねぇだろ。マーマ」


「……」




現在19歳であろう、順当にいけば大学生のはず。


ギフトも全て施設の者に処分させていたはずだ。


確かにワタシが育てていた頃、この子はヤンチャで、ふらふらとすぐワタシの視野を外れて迷子になるし、よく懐いていて手のかかる子供だった。




それでも、こうしてアンドロイドに会いに来るだなんて、一体この男は何を考えているのか。




『いーれーて』


「不審者の入室は許可できません」


『ひっでぇ。じゃー出て来て。デート行こ陽葵?』




デート……?


アンドロイドがデートなんて、前例がない。


デートとは人間同士が恋仲を深める為に使う言葉じゃないか。




「却下します」




すると、ワタシのエプロンを引っ張った善がワタシに縋りながら聞いてくる。




「ママ、お兄ちゃん悪い人なの?」


「……いいえ。前科は付いていません」


「じゃあ!善、お兄ちゃんとお話してみたいっ!!」




この子は……この不良の典型ともいえる姿を見てもなお、興味を惹かれてしまっているのか……?


こういう時の対処は知らされていない。




『緊急連絡、本部宛、至急確認したいことがあります』




ワタシは本部へと回線を繋ぎ、応答を待った。




『こちら本部。トラブルですか?』


『ひとつ前のペアリングである宵が、家の前に来ています』


『……なに?』


『デートを要求されました。善が興味を示して今にも玄関を開いてしまいそうです。対処方法を要求します』


『……ついに家まで突き止めたのか!!』




ペアリングを終えて数年、ギフトをずっと届けられていた本部では、宵は既に有名であった。


ストーカーのような並々ならぬ執着心をアンドロイドに抱いていると。


嫌悪も恐怖も感じないアンドロイドに、ストーカーという認識なんてものはみじんも解らないけれど。




『え、なんです?どうしたんです?』




本部から女性の声が遠くからから漏れて来ると。




『えー!日葵さんとこの宵くんが!?え、何その展開、たぎる……』


『滾る……?』


『いやいや!いいじゃないですかデートくらい!善くんのお兄ちゃんのようなものだし親交深めて来てもいいじゃないですか?』


『しかし……』


『19歳でしたよね?もういろいろと察している上で会いに来ているんでしょう?』




ワタシの視界には、ウルウルと目を潤めて欲に耐える善、玄関ではカメラを向いたまま待っている宵。


通信の向こう側からは、溜め息のような音がして――――。




「――宵、確認を取りました。善を連れて外へ出ます」




この日、宵は兄として、ワタシと善と関係を持つ許可が下りた。




朝霧あさぎりよいだ。お前の名前は?」


「善だよっ!!ママはね、日葵っていうの!アンドロイドでカッコイイの!」


「よーく知ってるよ。なぁ、日葵ママ?」




玄関先で煽るように首を傾げる宵は、昔と別人じゃないかというくらいチャラくなっていた。


この先が思いやられる。

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