ユーサネイジア ー安楽死ー

RIM



――ガガ……ザザザ…………




『本日は孤児育成――ガガ――ご参加ありがとうございま――――』




カチ、カチ、カチ、時計の秒針が時を刻む音が響く中、砂嵐のような雑音の奥で響く、柔らかな男の人の声。




『カプセルで保管し、人間的な柔らかな思考を――――ザザザ――記憶はアンドロイドへ引き継がれることは――ガガッ』




システムエラーだろうか。


プログラムに問題は――。




『――保育は幼児の頃から始まり、個体が12歳を迎えると共に里親へ――――』


『では――私の名前、日葵ひまりで――――』













キュィィという、ラジオの切り替える時のような音と共に、次いで聴こえて来る音。




『なんでだよママっ──ザザッ──っと一緒って────ガガガッ──』




ひとつ前の、ペアリング先の子供の音声。


なぜメモリ内の記録が勝手に再生されているのか?


それともこの記録は、眠っているにも共有が──?




『──ったい、絶対!!!』







『いつか迎えに来てやるからなっ!!!』




涙を浮かべて叫ばれたのは、あの子供が初めてだった。












「マァ」




ベチベチ、顔に振動が伝わり、頬がきしむ。


メモリに保管されていたから切り離され、最近新たにペアリングした子供へと顔を向ける。




瞳として埋め込まれたレンズの焦点を子供へ移すと、彼は膝へ乗り上げてワタシの顔を叩いていた。




ぜん、この前ワタシの顎に頭突きして泣いたばかりなのですから、気を付けてください」


「うー!!!」




急激にテンションを上げた個体『善』が、首に腕を巻き付ける。


アンドロイドのワタシ・個体名『日葵』は、例え首が絞められていても苦しくなることはない。




「充電コードを引っ張らないでください、危ないですよ」


「マァ!マァ!」


「ここのところ充電不足が続いているのですから、このままでは動けなくなってしまいます。速やかに眠ることを推奨します。ワタシの髪を食べないでください」


「あぶぅー」




その時、ほのかな香りを感知したワタシは、充電コードを引き抜き、オムツを取りに行った。










『――本部より、よいからギフトが届いています』


「受け取りません。処分してください」


『しかし、』


「処分してください」


『…………かしこまりました』




月に一度、ワタシ宛に贈られるギフト。


これで何度目だろうか、ひとつ前のペアリング相手である宵の育児は終了している。


既に里親へと引き継いだのだから、アンドロイドのワタシとはもう関係を維持する必要はないというのに。




なぜ人間は、この先の未来に必要のないものまで維持したがるのか。






今保育している善とペアリングしてから二年が過ぎると、彼は小さな足で部屋を駆け回るようになった。


その為、すぐに彼は姿を消してしまう。




「ないなーい」


「善、かくれんぼをしたいなら声を出さない方がいいです。しかし善が視界から消えると問題があるので隠れないでください」




普段から教育番組を流している為、善はワタシ以外の情報源からも遊びを学んでいる様子。


タッタッタ、と駆け回り、すぐに頭からベチンと転ぶ。


床にはカーペットが敷いてあるので、痛みはないはずだけれど。




「マ、マ、マ……マァマァァァァうあぁぁぁああ」


「人間の子供は頭が重いからすぐ転ぶんですよ。怪我はないですか?」


「びゃあああああああ」


「よしよし、また声が枯れてしまうので気を付けてください」




目からも鼻からも口からも体液を全力で振りまく彼をあやしながら、その顔を柔らかなタオルで拭った。


どさくさに紛れてムワリと香ったソレに、ワタシはまたオムツを取りに行った。















『──本部より、よいからギフトが届いています』


「処分してください。なぜ毎度ワタシへ連絡する必要があるのですか」


『……ですが、手作りの花かんむりを受け取っております。日が経てば枯れてしまいます』


「ギフトの中身は関係ありません。処分してください」


『────っ、かし、こまりました』




痛みなど感じないはずのワタシのどこかが、チクリ、針で刺されたような刺激を受けた気がした。











善が五歳になる頃には、七五三というイベントに参加することになった。




「なんで?」




千歳飴で口の周りを汚しているその口で、最近はよく疑問を投げるようになった。




「粘り強くいつまでも元気で健やかに成長するようにとの祈願が込められている飴だから、舐めるのです」


「ママは食べないの?」


「ワタシには消化器官も、飴を舐める為の唾液も分泌されません」


「飴が残ったらどうするの?」


「隣のお部屋の子にでもあげましょう」


「しりとりしよ!!!」


「唐突ですね」




おむつも取れて、言葉もよく話し、走る速さも増した。


疑問をよく口にし、答えてもまたすぐ疑問を投げて来る。




アンドロイドには検索機能が付いている為、答えられるものは多い。


しかし時々、知識では答えられない問いが出る。




「ねぇ、なんで動物や虫は殺すのに人は殺しちゃいけないの?」




道徳、という類のものに関して。


その場合、ワタシは契約を交わした『提供者』へと接続し、その知能を借りる。




「善、あなたは殺されたらどう思いますか?」


「え!こ、怖い」


「殺されるのは怖い、それは他人も同じです。殺されるのが怖いから殺さない、ルールを作り、自分達を守っているのです」


「動物はいいの……?」


「善は、牛肉が好きでしたね。牛肉が食べられなくなったらどう思いますか?」


「え!!それは、でも牛さんおいしいけど……でも、ううん……」


「肉類、魚類などのタンパク質を食べなくなれば、筋肉量が減少し、免疫力の低下、肌荒れや集中力の低下にもつながります。人間は雑食で、栄養をバランス良く取らなければ体調を崩してしまいます。動物は人間にとって重要な栄養素です」


「……むずかしい」




悩み過ぎて涙ぐむ善に、ワタシは話を続ける。




「体をつくるのに必要だから食べないといけない。だからこそ『いただきます』と、命や命を育てた方々、調理した方々に感謝をしてから頂くのです」


「おいしいから食べるんじゃないんだ……」


「もちろん、食べるからには美味しく頂くのが一番ですよ」




ふわりふわり、毛先の短い善の頭を撫でる。


動物を殺すこと、なんてこの歳じゃまだピンと来ていないだろうに、それでも彼は考える。


『良い事』と『悪い事』の境界線を、こうして探って覚えていく為に。




「善は、優しい子ですね」




優しい子……感情移入しすぎて難しく考えてしまう子。


『死』というものを、子供の頃はちゃんと理解が出来ない。


だからこそアリの手足をちぎったり踏みつけたり出来てしまうし、それが残酷なことだというのは経験を積んで理解していくものだ。




善はまだ、そういうことを理解出来る歳ではない。


けれど善の名前が『善い』という意味を持つことを彼は知っている。


だからこそ、善行に拘ってしまうんだろうと推測する。




「善、世の中は全て善い行いだけでは生きて行けません。生物は生物を食べて生きていく他、生きる方法はありません」


「……しょくもつれんさ?」


「よくご存知ですね」


「図鑑でみたの」




善との家には、沢山の図鑑や絵本が置いてある。


それは使い古しのものだけれど、ワタシがペアリング先を変えた時に一緒に持ってきたものだ。


それを善は好んでよく読んでいる。




「ママはナニで出来ているの?」




そして、人間ならば応えにくかったであろうことを、純粋な眼差しで尋ねてくる善。


ワタシは彼に理解出来るような言葉を探り、噛み砕いて説明をする。




「ワタシ、陽葵という個体は、主に鉄の塊で出来ています。肌には柔らかくシリコンが、喉にはスピーカーが内蔵されており、脳にはいわゆるPCが埋め込まれており──」




ぽかん、とその口を開いたままの善に、ワタシは更に続ける。




「──ワタシを提供してくださった『母』から、人間的思考を受信しています」


「ママのママ?」


「そうです。彼女は自身の思考のみを提供してくださり、アンドロイドのココロとなることを選択しました」







「ママのママのお名前は……?」


陽葵ヒマリ──ワタシに名付けられたものと同じです」




彼女は、同じ名前をワタシに付けた。


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