あの後一年間、俺と善と日葵、三人の生活を楽しんだ。




ちゃんとしたプロポーズの日には、キラキラと輝く石の埋め込まれた指輪を渡した。


善に、こっそり指のサイズを測って来て欲しいとヒモを渡して、そのサイズで指輪をつくってカッコつけて日葵の指にはめようとした。


……まぁ、サイズが一回り大きくてぶかっとしてしまったのだけれど。




指のサイズを測るのって難しい。


ロマンだって言っても日葵には伝わらなくて、それが日葵らしいと幸せを感じた。









「神の導きによって夫婦になろうとしています。なんじ健やかなるときも、病めるときも──」




4月、日葵が善を引き取ったその日。


そして日葵が善を里親へと送り出したその日。


日葵は、俺と同じく『朝霧あさぎり日葵ひまり』となった。




新郎 朝霧宵

新婦 朝霧日葵




アンドロイドが苗字を継ぐことは珍しく、記者も駆け付けたくらいだ。




「これを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」




席には、俺が通いつめて困らせた本部の人達や、日葵のメンテナンス技師、善や里親になってくれる父母まで、来てくれていた。


日葵が世話してくれていた頃の俺の同級生も、日葵から俺を引き取ってくれた両親も一緒に。




ウエディングドレスの日葵と、善と、俺と、たくさんの幸せな写真を撮って。


二人で薬指に指輪を付けた写真も撮って。


善の里親や俺の両親とも一緒に、家族写真も撮って。




この幸せをめいっぱいに噛み締めていた。




「日葵、愛してる」




この先何があっても、いくつになっても、俺は君を忘れないことだろう。


















次の日にはその稼働が停止すると、薄々気付いていても。


間違いなく、俺の人生で一番幸せな日だった。






孤児育成プログラム『インプリンティング』は、幼児期に引き取った子供をアンドロイドが12年保育し、その後里親へと引き渡すシステムだ。


アンドロイドにはない、人間的な柔らかな思考を『提供者』から借りる。


つまり、その『提供者』の寿命がアンドロイドの寿命ともなる。




12年を五回繰り返すと、60年。


提供時点の年齢も合わせると、大体4~5回のサイクルで寿命となる。




俺と善、二人のサイクルを合わせて2回、それに俺の前にも一人いることは解っていたから最低3回のサイクルは確実だった。


善の後にもう一人いるかどうか、それは俺の中では賭けだった。


もしいたならば、その後12年は保証される。


寿命が近いなら、善の後にはもう稼働を停止させられ、提供者は契約の通りに安楽死の道を辿る。




提供者は元々、その安楽死を望んでこのプログラムに参加したのだから。




日葵を俺のものにしたいのなら、このタイミングしかなかった。


もし稼働を停止させられるとしても、一時的なことだとしても、この幸せを――二人共有できるのなら。




「――――宵兄ちゃ……パパ、大丈夫?」




真っ黒なスーツを着て、日葵の眠るカプセルにもたれかかっていた俺に、善が寄り添う。




「お前も、知ってたのか」


「……宵パパには話さないでってお願いされてたの、ママに」


「……日葵が、か」


「施設の人とも、ママのママとも、みんなで考えて……でも兄ちゃんはきっと解ってて賭けに出てるんだろうって」


「施設の奴ら?」


「うん。それならママが……いつも通りのままお別れしたいって」




日葵は、ただのアンドロイドではなかった。


人間の意思を借りた、アンドロイド。




日葵は椅子に座らされたまま、花を添えられて稼働を停止している。


その隣には、『提供者』……つまり、人間の姿の日葵が埋葬されていた。




この人の意思を借りて、俺たちは育てられたんだ。


この人が死を望まなければ、俺が孤児ではなければ、出会えなかった。




「パパは、結婚のこと、後悔してる?」


「してねぇよ。感謝しかしてない。そもそもこんな無茶に付き合ってもらえたことすら奇跡ってもんだ」




なぁ、日葵?


お前の体に別の誰かの思考が入ったところで、俺はお前だとは思えないんだよ。


日葵が日葵だから、こんなに愛しいんだ。




お前はこの後、資料館に展示されることだろう。


俺は毎日のように会いに行く気だ。


お前のこと、絶対に忘れたくないからな。




忘れられない『日葵キミ』を背負って、キミの分まで生きていくよ。




「『愛とは解りませんが、間違いなく宵を好きでした』」


「――っ」


「ママがカプセルの中に入る時、兄ちゃんに言い忘れたって――」




それだけ俺に教えると、善は堰を切ったように泣き縋りついてきた。


やっぱり12年一緒にいた母が眠りに付くのは、いくら知っていた事とはいえ悲しいのだろう。




俺だって泣きたい、俺だって苦しい、俺だって日葵のこと――。




「好きって、そういや一度も伝え合ってなかったな……」




言い忘れた好きと、その好きを伝えてくれた善を胸に抱いて、俺たちは

夜通し涙を流していた。






euthanasia 安楽死


これは己の人生を手放した日葵ひまりが、アンドロイドへ人間の思考を貸した末に安楽死する物語である。


世間へ貢献してから安らかに死ねるのなら……そうして提供者を名乗り出てくる若者は多く、悲惨な自殺を選ぶ人々は減ったという。

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