152 Battery low!
「なっ……ちょ……冗談でしょ!?」
わたしはあわててサンシローに駆け寄った。
『冗談ではありません。今のシステムメッセージはエラーではありません。』
サンシローが、いつもよりやや抑揚のない声で答えた。
『私の体内バッテリーの残量が3分の1を切りました。充電の必要があります。』
「じ、充電って……! こんなところでどうしろって言うのよ!」
わたしは叫ぶ。
ここは異世界マルクェクトのダンジョン「地を天と仰ぐ塔」だ。
どこをどう探しても、コンセントなんてあるはずがない。
『サンシローは今の事態を再起動時から予測していました。インターネットを検索し、いくつかの代替的な充電方法を検討済みです。』
「そ、それならそうと早く言ってよ!」
わたしは安堵でへたりこみながら言った。
『ただし、いずれも今の状況では困難を伴うものです。もっともよいのは、『MPコンバータ』を作成することだと思われますが、作成の難易度は高いです。』
「MPコンバータ?」
『魔法神アッティエラが地球の神となり、地球でも魔法が使えるようになりました。向こうでは魔法のエネルギーを蓄え、それを電力に変換する装置が開発されています。それがMPコンバータと呼ばれるものです。』
「どうやって作ればいいの?」
『MPコンバータの設計図及び作成プロシジャは、インターネットを使って既にレイモンド・ウェズナーから提供を受けています。』
「いつのまに……」
レイモンドというのは、サンシローの開発主任だったグリンプス社のエンジニアだ。
十年ぶりに、しかも異世界からコンタクトがあって、さぞ驚いたことだろう。
『さいわい、MPコンバータの構造は単純でした。この工房にある原始的な道具でも作成は可能です。』
「なんだ……脅かさないでよ」
わたしはほっと息をつく。
が、
『しかし、MPコンバータだけでは十分ではありません。MPコンバータに蓄える魔力が必要です。サンシローの正常な稼働には、一日あたり5万MPが必要になると思われます。』
「5万……MP?」
『一般的なレベル1の成人は、平均して10のMPを所有しています。必要なMPを人力で賄うとすると、5000人が必要となる計算になります。』
「ご、五千人!?」
『はい。それは現実的ではありません。高濃度の魔力を持つ物質を探し出し、MPコンバータに取り込む方がよいでしょう。』
「つまりは……わたしにそれを探してほしい、と?」
『はい。しかし、この世界の情報がない以上、探索には相当な危険と困難が伴うと予想されます。そのため、サンシローは以下のとおりに提案いたします。美凪はサンシローをここに放棄してください。美凪は自身の生命を第一に行動し、すみやかにシェルターと食料の確保を行ってください。』
サンシローの言葉にわたしは考える。
そして、
「……ダメよ。せっかくここまで一緒に来たのだもの。あなたを置いていくなんてありえない。そんなことをしたら、わたしはエデュケーター失格よ」
『ですが……』
「わたしの行動は、わたしが決めるわ。サンシロー、あなたはバッテリーを節約しつつ、MPコンバータとやらを作成して。その間に、わたしはなんとかして魔力の供給源を探し出す」
わたしは右目をつぶった。
青白い糸の群れが、左目の視界と一緒に映し出される。
サンシローを助ける未来。魔力の供給源を発見する未来。
いろいろな仮説を立て、都合のいい展開を想像し、最適な未来を模索する。
数分もそうしていただろうか。
運命が選択肢の形に絞りこまれた。
選択肢1:精霊核のかけらを入手する(地を天と仰ぐ塔の現在位置から10階層下に、地の精霊核が存在し、その周囲にいくつかのかけらが転がっている)
選択肢2:エドガー・キュレベルを探し出し、MPコンバータへの魔力の供給を依頼する
選択肢3:南ミドガルド連邦首都モノカンヌスへ赴き、アルフェシア・ウィラート・メーテルリンクに魔力の供給を依頼する
とりあえず、
「エドガー・キュレベルって誰よ!」
誰かもわからないし、どこにいるのかもわからない。
依頼して、素直に協力してくれるかどうかもわからない。
魔眼で見える限りでは、悪い結果になる選択肢ではないようなのだが……。
選択肢3のアルフェシアという人物のこともわからない。
モノカンヌスとやらがここからどれくらい遠いかもわからない。
2よりは場所がわかっている分、探しやすい可能性はある。ただ、3よりは2の方が選択肢としての可能性を強く感じた。とすると、アルフェシアなる人物より、エドガーという人物の方が近くにいるか、見つけやすいということだろう。
「うーん……」
うなりながら、3つの選択肢を比較する。
「やっぱり、1番でしょうね」
現在いるダンジョン「地を天と仰ぐ塔」、その十階層下に、魔力の塊である精霊核のかけらが存在する。魔眼のビジョンはところによってはっきりしていたりぼんやりしていたりするのだが、選択肢1に限ってはかなり明確だ。それだけ、現実味の高い選択肢なのだろう。
わたしは、選択予見の魔眼の結果を、サンシローに説明する。
『危険です。アッティエラの降臨以降、地球にもダンジョンが出現しています。そこには例外なく魔物が棲みついています。魔物の徘徊する中を十層進むことは限りなく危険だと忠告します。』
「わかってる。でも、やらなくちゃ」
『不合理です。あなたとグリンプス社の間でかわされたエデュケーターとしての契約は7年前に失効しています。あなたにはサンシローの保全を図る義務はありません。』
「そういう問題じゃないわ」
こんな野暮なことを言い出すあたり、サンシローは思考回路にエネルギーをあまり回せなくなっているのかもしれない。
「もちろん、死ぬつもりはないわよ。魔眼もある。魔物とやらを避けて進めるところまで進んでみるわ。どっちにしても、ずっとここにいるわけにもいかないんだし」
わたしは右目をつむる。
丈夫で動きやすい服と、身を守る武器がほしい。
そう願うと、運命の糸が収束した。
左目の視界の隅、部屋の奥にあるチェストがきらりと光る。
チェストの中には、魔術師のものらしいローブと靴、杖、鞘付きの短剣が入っていた。
どれも魔法でもかかっているのか光沢があり、古びていない。
わたしはローブを身につけ、一緒に入っていたサッシュ(帯紐)を巻く。
そこに短剣の鞘を固定する。
「杖はどうしようかしら?」
右目をつむってみる。
杖には何か用途がありそうに思えた。
それなら、この杖も持って行こう。最悪、棍棒代わりにはなるだろう。
『そこに、革製のカバンがあります。隣りにある革袋は魔法で防腐加工されていると思われますので、飲用水の携行に使えるでしょう。』
「そうだ……飲用水!」
再び右目。机の上にある水差しが光った。この水差しも、まわりのものに比べて古びていない。その取っ手を握る。
「わっ!」
水差しから水が溢れた。
『魔導具のようです。地球でも同様の湧水器が実用化されています。』
「わたしの知ってる地球と違う……」
わたしは水差しから湧き出る水を、革袋へと流しこむ。
むしろこの水差しを持って行きたいところだが、身体に触れているあいだはずっと水が湧き出し続ける仕様のようで、持ち運ぶのは難しい。
「食べ物はどうしよう?」
『さすがに朽ち果ててしまっていますね。』
「ダンジョン内で探すしかないか」
『この部屋の主も、かつては食料を自給していたはずです。ダンジョン内に食用となる動植物が存在するものと思われます。』
「それはそうか。じゃ、行ってくる」
『くれぐれもお気をつけて、美凪。』
MPコンバータの作成だけ念を押し、わたしは魔導師の工房を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます