147 精霊核

「うぇっ……ぐすっ」


 人間形態のリリアがうずくまって泣いていた。

 メルヴィが言ってくる。


「ちょっと大人気おとなげなかったんじゃないの?」

「……反省してる」


 リリアの思わぬ実力に高ぶってしまい、ついやりすぎてしまった。

 アルフェシアさんと開発したMPで動くガトリングレールガン×2はやりすぎだったと思うんだ……。

 なぜ自制できなかったのか。


「最近少しおかしくない、エドガー」

「うっ」


 俺をじっと見つめて言ってくるメルヴィ。言葉に詰まる。


「べつに責めてるんじゃなくて、わたしは本当に心配してるのよ?」


 メルヴィが言う。


「だから、今回の家……旅、にも反対はしなかったの。いくらあんたでもあれだけの仕事量をこなしてたらおかしくならないとは限らないもの」

「……うん」


 メルヴィにここまで心配されると普通に凹む。

 人のせいにしたくはないが、俺には【不易不労】というスキルがある。これまではそのいい面ばかりが目立ってきたが、人間にとって必要不可欠な疲労や睡眠といった要素をまとめてパージしてしまうようなスキルなのだ。目立たないところで副作用のようなものが溜まっていた可能性もある。


「か、火竜と戦って勝っちゃった……あはは」


 ルトワラさんが若干イッてしまった目で乾いた笑いを漏らしている。

 落ち込む火竜娘と、それを見て落ち込む俺とそれを慰める妖精、さっきのバトルに衝撃を受けて呆然としてる女性冒険者、そしてそれらを見守る親火竜……というなんだかよくわからない状況になってしまった。


 一応、立ち直ったのは俺が一番早かった。


「すまん、アグニア。調子に乗ってやりすぎた……」

《構わんよ。あの子にとってもいい薬になったことだろう。それにしてもエドガーよ。少し見ない間にとてつもなく腕を上げたな》

「腕っていうか、最後のは道具を使ったけどな」


 16年前に仔火竜(今のリリア)と戦った時には、コイルに電流を流してレールを射出するという方法を使っていた。その原始的な方法と、今のガトリング電磁レールガンを比べるとたしかに雲泥の差ではある。


《それもまた実力のうちよ。それに、その見慣れぬ道具は、おぬしが自作したのであろう?》

「まぁな」


 あいかわらず、なんでもお見通しの火竜だな。


《以前は、子どもらで束になってかろうじてリリアを下した。今回はおぬし一人で圧勝だ。正直、今のおぬしに勝てるかどうか、我は自信を持って断言することができぬ》


 断言できない、ということは、何らかの方法で今の俺の攻撃を凌げるとは考えているのだろう。


「なんだ、アグニアも力試しをするか?」

《やめておこう。ここがどこか忘れたわけではあるまい》


 言われて、気づく。

 そうだ、ここは噴火活動真っ最中の火口のそばなのだ。こんなところでアグニアと本気でやりあったら、それこそ火山が噴火しかねないだろう。

 ……うん、要するに忘れてた。


《エドガーよ。おぬしの力を見込んで頼みがある》


 アグニアが出し抜けに言った。


「なんだ? アグニアが俺に頼むだって?」


 たいていのことならアグニア自身でなんとかしてしまいそうに思える。


《今回の竜ヶ峰噴火、我は違和感を覚えておる。もっと言えば、これは異常だと思っているのだ》

「異常……」


 たしかに、死火山だと思われていた山の突然の噴火だ。

 もちろん、前世のように火山学が発達しているわけではないから、死火山だという認識が甘かったという可能性もある。

 だが、途中で出くわしたフレイムカクタスたちも、今回の噴火は異常だと思っているようだった。それこそ、彼らの集合的な意識が覚醒し、裸足で逃げ出すほどなのだから。


《エドガーよ。我が娘とともに火口に潜って、最奥にある精霊核を確認してきてほしいのだ》

「精霊核? それは一体……」


 初めて聞く言葉だ。


《精霊核とは、この世界に張り巡らされた精霊たちのネットワークの、結節点となる存在だ。小さなものならあちこちにあるが、この竜ヶ峰に存在する火の精霊核は、大陸でも最大のものであろう》


 インターネットのサーバーのようなものか。


「なるほど……その精霊核とやらに異常が生じたことが、今回の噴火の原因だと?」

《現時点で断定はできぬが、その疑いは濃い》

「どうして自分で見に行かないんだ?」

《単純な話だ。我では身体が大きすぎて、火口の奥まで近づけぬ。ブレスで穴を掘ろうにも、周囲の地中にはマグマが葉脈のように入り乱れているのでな》

「ああ、そういうことか」


 人化したリリアなら入り込めそうだが、リリアだけで行かせるのは不安だったのだろう。リリアは実年齢に比べて精神が幼い。いや、竜であれば歳相応なのか。竜は人間より精神の発達に時間がかかるのかもしれない。


《かといって人間に依頼するわけにもいかぬ。部の民はここには連れて来ておらぬし、よしんばいたとしても、火口に潜るなど自殺以外の何物でもなかろう》


 俺ならいいのか、と言ったらまた鼻で笑われそうだ。


「……わかった。あんたには借りもあったしな」


 借りというのは、〈八咫烏ヤタガラス〉事件の時に、アグニアに造ったばかりの巣から退去してもらったことだ。あの時はリリアとも戦い、傷を負わせていたというのに、アグニアは竜らしい寛大さで俺の事情を汲んで助けてくれた。


「……ルトワラさんはどうする?」


 俺が聞くと、ルトワラさんがびくりと震えた。


「い、行きたくない……」


 そりゃそうか。


 思わず納得しかけた俺を、ルトワラさんが正視してくる。


「けど、行かなくちゃ。その精霊核とやらのせいで山がおかしくなってるんでしょう? なら、クロイツの街を代表して派遣されたわたしには、最後まで見届ける義務がある」


 そう言い切ったルトワラさんの目には決然たる覚悟が宿っていた。

 さすが、Aランク冒険者。いや、そうじゃないか。これはルトワラさん自体の資質だ。そう思わないと失礼だな。


「わかった。それなら一緒に行こう」

「あ、でも……」


 ルトワラさんが上目遣いになる。


「申し訳ないんだけど……ちゃんと守ってね?」

「それはもちろん」


 自分の身は自分で守れ!なんて言うつもりはなかった。

 火口にもぐれる人間なんて、俺の知る限りでは、俺とメルヴィとアスラとアルフレッド父さんくらいだろうか。ステフの魔法剣では相性が悪いし、エレミアとジュリア母さんは氷系の魔法の威力に不安が残る。百超将軍唯一の魔術師だったボストンでも無理だろう。


 と、いうわけで、俺たちは竜ヶ峰火口の調査をすることになった。



「がおーーーーーっ!」


 とリリアが可愛い声を上げる。

 が、その効果のほどは可愛くなどない。

 放たれたブレスが地中を穿ち、俺たちの通れる通路を造る。

 念のため俺が冷却魔法で通路を冷やして固める。

 俺たちはリリアを先頭にその通路を進んでいく。


「なあ、こんなに掘って大丈夫なのか?」


 リリアに聞く。


「大丈夫よ。マグマの位置はちゃんと確認してるから」


 火口からラペリングで下りた俺たちだったが、当然人が通れる道などあるはずもない。

 リリアにブレスで穴を掘ってもらって火口の底のさらに下側へと向かっているのだ。


 もちろん、すぐそこにマグマがあるような環境だ。

 とんでもなく暑い。

 メルヴィとリリアは平気なようだが、俺とルトワラさんには辛いので、周囲に冷気をまとわせるようにしている。


「ねえ、素朴な疑問なんだけど……」


 ルトワラさんが、冷気を眺めながら聞いてくる。


「エドガー君、火山に入ってからかなり魔法を使ってるけど、MPは大丈夫なの?」


 たしかに、当然の疑問だな。


「俺のMPは8万あるから」

「8……万?」


 正直に答えてみたところ、ルトワラさんが固まった。

 しかも【不易不労】の効果でちょっとするとMPは回復する。一瞬で8万を使いきらないかぎり、俺にMP切れの心配はない。一瞬で8万を使い尽くすには……山でも吹っ飛ばすくらいのことをする必要があるだろう。


 ルトワラさんが沈黙し、俺たちはリリアの開ける通路を伝って進んでいく。


「思い出すな……」


 俺はつぶやく。

 元少年班のみんなと火竜の巣に放り込まれた時のことだ。

 一緒に冒険者でもできれば面白いだろうと思ったが、結局俺たちはバラバラになってしまっている。ミゲルとベックは冒険者だが、それぞれ別のパーティに所属している。ドンナは祖父であるガナシュ爺と一緒に旅の薬師をやっている。

 エレミアだけは俺と一緒だが、そのエレミアを、俺は今回置き去りにしてきてしまった。


 胸がちくりと痛む。


 そうこうするうちに、俺たちは火口の真下、マグマ溜まりの「本当にすぐそば(byリリア)」までやってきていた。


 そこには、リリアの掘ったのではない広い空洞が広がっていた。


 ドーム状の鍾乳洞になっているその奥に、巨大な赤い球体が浮いている。直径4メテルはあるだろうか。球体の表面は炎色の流体に覆われている。


 真球のように見えるその赤い球体には、大きなヒビが走っていた。そのヒビは一箇所を中心に周囲へと広がっている。

 その「一箇所」には、黒い楔が打ち込まれていた。魔力でできているらしいその巨大な楔が、精霊核の外殻を割り、精霊核に深く食い込んでいる。

 ひび割れた精霊核の奥には、青白く輝く結晶のようなものが見えた。楔はその結晶の表面にも食い込んでいるが、こちらは割れるほどではないようだ。


 楔によってできた精霊核のヒビから、火の精霊が膨大に漏れ出しているのが感じ取れた。


「あぁ~っ! 精霊核が!」


 リリアが叫ぶ。


「これは酷いな」


 間違いなく、この楔が火山の異常の原因だろう。

 楔によって精霊核が割れ、そこから過剰な火の精霊が漏れ出す。火の精霊はすぐ近くにあるマグマ溜まりを刺激、死火山が噴火する事態となってしまった。

 そう推測するのが妥当だろう。


 俺は、その楔を【鑑定】する。


《悪魔の楔。生きた悪魔のステータス情報を改ざんすることによって、生きながらにして精霊を破壊する楔と化したもの。素体となった悪魔:瞋恚のエグメネス(上級悪魔)。》


「生きた悪魔の楔、か」


 ステータスの改ざん、と聞くと、どうしても奴のことを思い出す。

 が、奴は既に死んだ。復活の兆候がないことも、かなり神経質に確認している。

 とはいえ、奴が行っていたステータス情報改ざん技術――エンブリオバグの研究施設は、いまだ発見することができていない。よほど慎重に隠していたのか、既に処分されているのか。残っていたとしても、それこそカラスの塒にあった過去の転生者の遺跡のような隠し方をされたら、いくら地上を捜しても見つけることは不可能だ。

 まさか……奴に後継者が? 後継者を育てるような殊勝な人間とは思えなかったが。

 あるいは、偶然に誰かが奴の遺産を発見してしまった? しかし仮にそうだとしても、火山の地下に潜って精霊核を傷つけることにどんな意味がある?


「ま、ここで考えててもしょうがないか」


 俺は次元収納から一振りの剣を取り出す。

 剣自体は、ただのミスリル製のロングソードだ。もちろん、そこそこの業物ではあるが、古代遺物アーティファクトではない。


 俺はゆっくり呼吸を整える。

 天頂から差し込んでくる清冽な気配。

 それを欲で汚さぬよう注意しながら手にした剣へと注ぎこむ。

 剣が、白い聖光をまとう。

 俺は精霊核に近づき、楔めがけて跳躍する。


「聖流烈斬!」


 振りぬいた剣が、楔を一刀両断にする。


 ――グギャアアアアアアッ


 と、楔から絶叫が聞こえた。

 楔は真っ二つに割れてから砕け散り、それぞれの破片が聖なる光に包まれて消滅した。


 【聖剣術】。悪魔を切り裂くことに特化したスキルだが、俺はそれをカンストさせ、〈ウェポンマスター〉のクラスに統合している。


「とりあえず楔になってた悪魔は倒したが……」


 精霊核を見る。

 楔がなくなったことで、痛々しいひび割れがはっきりと見えた。

 ひび割れからは、楔がなくなったせいで、さっきよりも勢いをまして火の精霊たちが噴き出している。


 …………。


「ヤバいじゃん!」


 なんとかあの穴を塞がないと!


「ど、どうするのよ、エドガー!」

「このままじゃ噴火しちゃうよーっ!」


 メルヴィとリリアが慌てる。


 と、そこで次元収納の中で何かが震えていることに気づいた。

 俺はあわててそれを取り出す。

 前世のスマートフォンのようなもの。

 女神様と通話できる女神様フォンだ。

 その女神様フォンが着信音を鳴らしていた。


「もしもし! 女神様か!」

『そうよ。大変みたいだから要点だけ言うわ! 精霊核の修復には膨大なMPが必要よ。精霊核のコアはMPを精霊に造り変えられるの。その精霊が、精霊核の外殻を形成するわ』

「今漏れてる精霊たちじゃダメなのか!?」

『コアが傷ついてるせいで統制を失ってるみたいね。コアには自動修復機能がついてるから、MPさえ与えればすぐに直るわ。ざっと80万MPくらい注ぎこんでちょうだい!』

「は、80万!?」

『あなたなら大丈夫でしょう? 悪いけど頼むわよ! そこの精霊核は結構大事な存在なんだから!』


 通話が切れた。

 しかし、やることは明確になった。

 俺は精霊核に向かって両手をかざす。

 その両手から〈マギ・アデプト〉を使って魔力を直接放射する。

 精霊核のコアが俺の魔力を吸っていく。

 とんでもない勢いだ。

 数分で俺の8万MPがなくなった。

 少し休む。

 MPは【不易不労】の効果ですぐに回復した。

 再び8万。

 一心不乱にこれを10セット繰り返す。

 コアは数セット目で自己修復を完了し、それ以降は外殻のヒビが徐々に埋まっていく。

 10セット目で外殻にあったヒビが完全に埋まった。


「ふぅ……」


 思わずため息をつく。


「お疲れ様」


 メルヴィが言ってくる。

 横目で見ていたが、メルヴィとリリアは【精霊魔法】を使って、最初に逃げ出した精霊たちを回収してくれていた。マグマ溜まりに既にいくらか逃げられてしまったというが、大噴火は避けられたようだ。


「それより……暑い」


 ルトワラさんの声で気づく。

 MPを吐き出すために、冷気の魔法を切ってしまっていた。

 俺はあわてて魔法をかけ直す。


「ひょっとして、ここの温度も上がってる?」


 冷気の効きが悪いのだ。


「マグマ溜まりが危ないのかもしれないわ!」


 メルヴィが言う。

 と同時に、空洞の壁が破裂した。

 奥からマグマが噴き出してくる。


「――逃げるぞ!」


 俺はマグマに氷の魔法を放ちながらルトワラさんの襟首をつかんで走りだす。


「うきゃあああっ!」


 俺に引きずられながらルトワラさんが悲鳴を上げた。

 メルヴィとリリアは問題なくついてきている。


 俺たちがもとの通路に飛び込んだのと、空洞がマグマで満たされたのは、ほとんど同時のことだった。



 地上に戻ると、アグニアが落ち着き払った声で言ってきた。


《戻ったか》

「ああ。大変な目に遭ったが、なんとかな」

《して、精霊核は?》


 俺はアグニアに見てきたことを説明する。


「最後、マグマに埋まっちゃったけど大丈夫かな?」

《その程度で壊れるものではあるまい。修復が済んでいたのなら、火の精霊がマグマに過剰供給されるおそれもなかろう》


 精霊核はかなり硬いもののようだ。また、そうでなければそもそも火山の地下になど置いてはいないだろう。

 俺にいくつかの質問を投げかけた後、アグニアが言った。


《そうか。やはり、今回の噴火の背後には人為的な操作があったようだな》

「だが、あんなことができる人間がそうそういるとも思えない。上級悪魔を楔にして利用するなんて」


 上級悪魔といえば、竜ともやりあえると言われる存在なのだ。

 しかも、存在が余剰次元に隠れているから、通常の攻撃では傷一つつけられない。

 さっきの俺のように【聖剣術】でも使うか、王都の事件の時にシエルさんがやっていたように空間ごと斬り裂いてしまう必要がある。どちらの手段も使える人間はごく限られている。

 唯一安心材料なのは悪魔の数自体が少ないことだ。大陸全体でも、下級が数十、中級が二十弱、上級になると十体以下と言われている。


《となると、他の精霊核も心配であるな》

「他の精霊核も狙われてるっていうのか?」

《うむ……精霊核の所在を知っている者はごく限られるはずなのだがな》

「精霊核が破壊されると何が起こる?」

《善き神々の巡らせた、あらゆるシステムに不備が起こることだろう。とくに、アトラゼネク様のスキルやレベルといったシステム、アッティエラ様の魔法レジストリ。この辺りが麻痺すると大変なことになろう》

「なんだって!」


 魔物との戦いが日常的なこの世界で、もしスキルやレベル、魔法の恩恵が受けられなくなったら。

 人々は、魔物たちに対抗する手段をほとんど失ってしまうことになる。

 それは他人事じゃない。俺だってスキルがいきなり使えなくなったりしたら戦い方が一気に限られてしまうだろう。


 俺は手に握ったままだった女神様フォンから、女神様に電話をかける。

 電話は1日15分までという制限だが、さっきは短かったので大丈夫だろう。


『エドガー?』

「女神様!」

《なんと!》


 俺の言葉に、アグニアが驚いている。


『話は聞かせてもらったわ! 人類は滅亡する!』

「……いや、そういうの今はいいから」


 いきなりネタをぶっこんでくる女神様につっこむ。


『それが、あながち冗談でもないのよ。今調べてみたら、精霊核の一部に異常が見られることがわかったわ』

「これまで気づかなかったのか?」

『そこが、相手のいやらしいところよ。相手は精霊核をあえて破壊しなかった。時間をかけて異常を蓄積させ、ダウンさせることを狙ったのね』

「何のために?」

『発覚までの時間を稼ぐためでしょう。そいつは大陸中に散在する精霊核を探し出して工作しなければならないのだから』

「いきなり壊れれば女神様が気づく。でも、少しずつなら気づかれにくい。その間に他の精霊核にも工作をする、か」


 巧妙だな。


『さっき精査してみたら、既にスキルシステムの一部が不安定になっていることがわかったわ』

「スキルシステムが!?」

『ごく一部の、システムへの負荷の高いスキルが不安定になっているようなの。具体的には、あなたの【不易不労】のように、抽象度の高い処理を行っているスキル群ね。心当たりはない?』

「心当たり……そういえば」


 ミスランディアの大使館で、山積みの仕事と、迫ってくるエレミア・アスラに嫌気がさした。

 最近は戦っていても高揚感がなく退屈だった。

 ついさっきのリリアとのリターンマッチで、思わぬリリアの強さに抑制を忘れて本気の一部を出してしまった。

 【不易不労】が不安定になっているとすれば説明がつく。


 要するに――俺は疲れて・・・いたのだ。


 違和感は覚えていたが、あまりにひさしぶりの感覚だったため、それが疲れだとは気づけなかった。


『エドガー。調子が良くないのに悪いけれど……』

「ああ、わかってる。精霊核を探して、確認してくれってことだろ?」

『ええ。頼むわ』


 そこで制限時間が来たらしく通話が途切れた。

 ……ひょっとしたら、この女神様フォンも若干不安定なのかもしれない。少し時間には短かったような気がするからな。


 俺はアグニアに、今の女神様との会話を説明する。


《おそれていたことが現実になってしまったか。エドガー・キュレベルよ。我からも頼む。他の精霊核を確認し、問題があれば解決してくれ。これはおぬしにしかできぬことだろう》

「もとよりそのつもりだよ」

《礼と言ってはなんだが、娘をつけよう》

「えっ?」

《これから大陸中を飛び回るのだ。足が必要であろう?》

「あたしがエドガーを運べばいいのね? 任せてっ!」


 リリアが胸を張る。


「あんたは来ないのか?」

《我はここに残ろう。下手人が再びここを狙わぬとも限らぬからな》

「そうか……気をつけてくれよ?」


 その可能性はたしかに否定できない。アグニアが守ってくれるならよほどのことがない限り大丈夫だろう。


「他の精霊核の場所はわかるか? 明日になれば女神様に聞けると思うけど、連絡も不安定になるかもしれなくてな」


 アグニアは、知る限りの大きな精霊核の位置を教えてくれた。

 セキュリティのためか、どれもこれも非常に厄介な場所にある。


 竜に戻ったリリアが身体を下げる。

 俺はその背中へとよじのぼる。もちろん、メルヴィもついてきた。


「――じゃあ、行ってくる」


 そう告げて飛び立とうとした俺に、声をかける者がいた。


「……あのぅ……わたしはどうすれば?」


 すまんルトワラさん……完全にいるのを忘れてた。


 俺はルトワラさんにクロイツのギルドマスターに宛てた手紙を託す。


「嵐のようだったけれど……貴重な経験をさせてもらったわ」


 そう言って笑うルトワラさんに別れを告げ、俺たちは今度こそ空へと舞い上がった。

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