148 追走者たち
ボクとアスラが街道を進んでいると、思いがけない光景に出くわした。
エドガー君を追ってミスランディアを出発したはいいものの、途中立ち寄ったフォーズにもバーゼットにもエドガー君が立ち寄った痕跡は見つからなかった。
普通なら、ここであきらめるところだと思う。
エドガー君がどっちに向かったかわからない以上、手がかりがなかったなら他の方面を探すべきだ。
それが、理性的な判断だろう。
でも、ボクには確信があった。
エドガー君はミスランディアを出て行く際、あちこちに足跡や目撃者を残している。
その気になれば誰にも気づかれずに出て行くことができるにもかかわらず、だ。
ボクは、これはエドガー君の罠だと思った。
ボクやアスラによる追跡をそらす目的で、いろいろな手がかりをあえて残していったのだ。
だとすれば、素直に考えて、偽の手がかりのない方面が、エドガー君の出て行った先だということになる。
(でも……)
エドガー君は、戦いにおいて「読み合い」を重視する。
転生者であるエドガー君の考えはたまによくわからないことがあるが、読み合いについてはかなりよく理解できていると思う。
エドガー君によれば、戦いは二種類に分かれるという。
最適解のある戦いと、そうではない戦いだ。
最適解が存在するなら、それをひたすら繰り返せばいいし、またそうする以外の方法は不適当ですらある。
最適解のない状況では、必ず読み合いが発生する。
この読み合いというのは、ごく単純化すればじゃんけんのことだ。
エドガー君の前世風のじゃんけんでは、グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つという三すくみが成り立つ。
だから、どの手を出しても負ける可能性はなくならない。
しかし完全に偶然頼みかというとそうでもない。
相手がどの手を好むか。どの手を出す癖があるか。同じ手を連続で出すか、それともすぐに手を変えてくるか。こちらの出した手に応じて次に出す手を変えないか。
単純なじゃんけんでも、考慮すべき要素はたくさんある。
現実の戦いでは、これはもっと複雑になる。
じゃんけんでは同時に手を出すが、戦いでは先手、後手も存在する。
事前に、ある手を出すと見せかけたり、宣言したりすることもある。
自分の置かれた状況によっては、特定の手しか出せないことも起こりうる。
エドガー君の言う「読み合い」は、そのような不確実な状況下においていかにして勝つかという感覚的な方法論のことだ。
エドガー君は、この読み合いにおいて、卓絶したセンスを持っている。
長く一緒にいればわかることだが、エドガー君はすごく器用というわけではない。魔法や武芸のセンスそのものは、本人曰く「上の下」だということだ。エドガー君によれば、ボクのセンスは「上の上、特上」ということだから、ボクの方がエドガー君より強くなっていてもおかしくはない。
でも、ボクはエドガー君にさっぱり勝てない。
もちろん、エドガー君には【不易不労】――絶対に疲れないというスキルがある。【不易不労】を生かして培った膨大なスキルやクラスの力ははかりしれず、汎用性も高い。
そうはいっても、ボクは独自のクラス〈闇隠れの巫女〉を持っている。エドガー君にはない技の引き出しだっていろいろある。
それなのにエドガー君にめったに勝てないのは、やはり読み合いに負けているからだ。
(でも、負け続けてるからこそ、わかることもあるよね)
エドガー君が残した足跡は、全体としてみると、ほとんどわからない程度にある方向を示しているように思えた。
だけど、だからこそ、それは違うのだとボクは思った。
(エドガー君は、ボクが信じそうなパズルを用意したんだ。なんて言ったっけ……そう、ミスリードってやつだ)
でも、ボクにはエドガー君の張り巡らせた罠を暴いてその真意を読むことはできそうにない。
そうできないように、エドガー君は慎重にカモフラージュをしているのだ。
だから、ボクは手に入れた手がかりをすっぱり忘れることにした。
そして、エドガー君が何をやりそうか想像してみることにした。
その結果、
(たぶん、エドガー君は西を目指す。大陸の東側にはエドガー君はもう飽きてしまってる。中央山嶺を超えて西を目指すんじゃないだろうか)
エドガー君は冒険が好きだ。
わくわくした顔で、危険と隣り合わせの未知の世界に飛び込んでいく。
大使としての仕事を投げ捨てて旅に出たのだ。
エドガー君はいちばんやりたいことをやろうとするだろう。
……そんなわけで、ボクとアスラは西を目指した。
途中の街に足跡はなかったが、それはボクたちの追跡を予想してエドガー君が街を迂回したからだとボクは読む。
そして、冒頭の場面に戻る。
「おねーちゃん、あれなぁに?」
アスラが天使のようなあどけない顔で聞いてくる。
アスラの視線の先には、大きな馬車とそれを取り巻くドワーフの集団があった。
ドワーフの集団は攻撃を受けている。
魔物だ。
驚くべきことに、ドワーフの集団は、小型の砲のようなものを使っていた。
エドガー君は、前世の知識をもとに、銃や砲を作り出したが、今のところ身内以外には持たせないようにしている。
大陸最大の財閥と化したキュレベル家には、日夜たくさんのスパイが潜り込んでくる。ボクは元〈
だとすれば、目の前のドワーフたちは自力で砲を造り出したことになる。
「エドガー君が喜びそう」
ドワーフたちは順調に魔物を片付けていく。
が、魔物の数が多すぎる。
それに、多くの魔物は興奮状態にあるようで、仲間がやられても一向に逃げ出すそぶりが見えない。
ドワーフたちの表情にも焦りが見えるようになってきた。
「このままじゃマズいかも。助けるよ!」
「おー!」
ボクはアスラに声をかけ、ドワーフの集団に加勢する。
――形勢は、一瞬にしてひっくり返った。
鋼鉄の馬車から降りてきた、ドワーフの姫君が頭を下げる。
年齢は10代の半ばくらいだろうか。
ドワーフだけに背は低いが、がっしりとはしておらず、華奢な感じの美少女だ。
(……エドガー君の好きそうなタイプだね)
エドガー君が儚げなタイプの女の子が好きだということは、ボクの行った綿密な調査によって判明している。
「助かりました、旅の方」
「いえ、勝手にやったことですので、お礼はいりませんよ」
ボクが答えると、お姫様はきょとんとした。
「同じことを、さる方にも言われました。東の方は、皆そのように謙虚なのでしょうか」
小首をかしげるお姫様の言葉には、聞き捨てならない部分があった。
「ちょっと待って! 同じようなことを言う人に会ったってこと!?」
思わずつかみかかって問い詰める。
護衛のドワーフが色めき立ち、ボクに向かって斧を構えた。
「くんくん……おにーちゃんの匂いがするよ!」
アスラが、お姫様の衣装に手を伸ばし、匂いを嗅ぎながら言った。
「ひょっとして、エドガー・キュレベル様のお知り合いなのですか?」
お姫様が言う。
「し、知り合いなんてもんじゃないよ! ボクはエドガー君の婚約者だ!」
ボクは反射的にそう答えていた。
……実際は婚約なんてまだしてもらってないけど……書類上は義理の姉弟でしかないんだけど……
ボクにだって意地がある!
ぐっと拳を握りしめて言ったボクに、アスラまでもが便乗する。
「じゃあ、わたしもー! わたしもおにーちゃんのお嫁さんになるー!」
「え、ええっ!? あの若さで、ふたりも婚約者がいらっしゃるのですか!? し、しかもご兄妹で……!?」
お姫様が口元に手を当てて驚いた。
「ステフさんやメルヴィもだよねー」
「うーん、まぁ、エドガー君のハーレムみたいに言われてるけど……」
ボクとしては数に入れたくない。
とくに、エドガー君の目を奪って離さないおっぱいの持ち主であるステフさんには、一生メイドのままでいてもらいたい。
……酷い? しかたないじゃないか、恋は戦争なんだよ!
「モノカンヌスのミリアせんぱいって人もいたっけー」
「あ、あの人とはもう縁が切れてるはずでしょ!?」
「あ、そうだ、くすしのおじーちゃんとこのドンナちゃんも!」
「ド、ドンナはそういう気持ちはないって言ってくれてるもん!」
アスラが思いつくままに上げていく女性を否定する。
「こないだ、シエルさんも、『身体があったら狙ってもいいんですけどねー』って言ってたよ!」
「し、師匠の裏切り者ぉっ!」
ボクは思わず背中にしょった聖剣〈
人前なので、シエルさんは沈黙を保ったままだ。
アスラお付きのナイトも、アスラのリュックの中に隠れている。
「あ、あの……」
お姫様がおずおずと言ってくる。
「エドガー様には、危ないところを助けていただいたんです。……あ、申し遅れました。わたしは鋼鉄の氏族の代表を務めさせてもらってますジージャラックです。ジジとお呼びください」
「あ、これはどうもご丁寧に……ボクはエレミアです」
「アスラでーすっ!」
「エレミアさんにアスラちゃんですね。……エドガー様の婚約者の」
「そ、それは気にしないでください……」
このままではエドガー君がとんだハーレム野郎にされてしまう。
将来の夫の名誉を守るべく、ボクは話をそらすことにした。
「それにしても、すごい装備ですね。砲まで備えてるなんて。エドガー君が食いついたんじゃないですか?」
「ええ。わたしたちの技術を理解できるご見識の持ち主と出会えて幸いでした」
「ジジさんはどうしてこんなところに?」
「わたしたちは、もともとは中央山嶺の西側、火口付近に集落を構えていました。ですが、竜ヶ峰が噴火したことで避難することになったのです」
「中央山嶺! じゃあ、エドガー君と会ったのも――」
「はい。竜ヶ峰の山道でした」
やっぱり!
ボクの読み通り、エドガー君は大陸の西を目指しているようだ。
「詳しい日にちは!? 場所は!?」
ボクは勢い込んでジジさんに聞く。
「あ、あのぅ……エレミアさんは、エドガー様の婚約者なのに、行き先をご存じないのでしょうか?」
不審そうにジジさんが聞いてくる。
うっ……。
「そもそも、おふたりがエドガー様の味方だという保証もないのですよね……もし恩人たるエドガー様に迷惑のかかるようなことがあったら……」
ジジさんは考えこんでしまった。
「う、いや、その……」
ボクは言葉に詰まる。
「おねーちゃんは、おにーちゃんに逃げられたの!」
アスラが真実を口にした。
「ちょ……待ってよ、アスラ! アスラだって同罪なんだからね!」
「えー。でも、おねーちゃんがあんまりしつこく迫るから嫌になったんだろうってみんな言ってるよ? おねーちゃんが『重い』んだって!」
「み、みんなって誰さ!? それに、ボクの愛が『重い』だって!? そんなこと言うやつは……こ、殺してやる!」
「お、おねーちゃんこわい! 落ち着いてー!」
「これが落ち着いていられるかァーッ!」
「おねーちゃんがキレたぁーっ!」
取っ組み合いを始めたボクとアスラを、ジジさんが見つめている。
「はぁ……なんとなく、ご事情はわかりましたわ」
ジジさんが言う。
「魅力的な殿方ですものね。わかりました、出会った場所と日時はお教えします」
「み、魅力的? やっぱりそうだよねー? ど、どの辺が魅力的でしたか?」
「えっ……その、お優しくて、達識で、お強くて……」
「うんうん、ジジさんとは友だちになれそう!」
「でもー、これって『らいばる』が増えたんじゃ?」
アスラの言葉にハッとする。
ボクの視線にジジさんがたじろいだ。
「い、いえ、わたしはお邪魔はしませんよ? またお会いしたいな、とは思いますが……」
ボクはジジさんをじーっと見る。
「……ご、ごめんさない、ちょっといいなとは思いました……」
ジジさんがゲロった。
その後、ジジさんからエドガー君の情報を聞き出した。こっちからは山嶺の東側の事情を教えてあげる。
「本当なら案内してあげたいんですけど」
エドガー君はもちろん、アルフェシアさんやデヴィッド義兄さんも手を叩いて喜びそうな賓客だ。
もっとも、中原は平和になった。これだけの重武装をした集団なら、野盗や魔物も裸足で逃げ出すに違いない。
「……そういえばさっきの魔物は?」
「竜ヶ峰でよく見かける種類のものたちばかりでしたから、噴火の際に逃げ出した集団が暴走していたのでしょう」
正直、ボクらが助けなくても、ジジさんたちならなんとかしそうではあった。怪我人くらいは出たかもしれないが。
ボクとアスラはジジさんたちと別れた。
エドガー君を追って、ボクたちは再び街道を進む。
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