146 再会からのリターンマッチ

 山頂に近づく。

 ジジたちと別れた後は、もう誰とも出会うことはなかった。

 魔物も山を下りていったらしく、火口付近にはもうほとんど残っていない。


 時折、地面が揺れた。

 火山活動によるものだろうと思ったのだが、どうやらそれだけではないらしい。


 というのは――


「……光?」


 ルトワラさんが手をひさしにして火口を見つめながら言った。

 ルトワラさんの言う通り、細い噴煙のたなびく根本から、散発的に強い光が漏れていた。それだけでなく、光が漏れた直後に地面が振動するように思える。

 メルヴィが言う。


「ねぇ、エドガー。あれってひょっとして……」

「やっぱりそう思うか」


 メルヴィの言葉に頷く。

 そうなのだ。俺とメルヴィは、あれによく似た光を、以前見たことがあった。もう16年も前のことだから記憶にあるものと同じかどうか確信が持てなかったのだが、メルヴィもそう思ったのなら間違いないだろう。


「味方とは限らないけどな」


 一応そう釘を差す。


「ど、どうするの?」


 ルトワラさんがおそるおそる聞いてくる。


「そりゃ、行ってみるしかないだろ」

「ですよねー」


 はは、と乾いた笑みを浮かべるルトワラさん。

 申し訳ないがもう少し付き合ってもらうことにしよう。


「エドガーくん……もし火山が噴火したらどうするの?」


 ルトワラさんが言う。


「身を守るくらいはできますよ」

「できるんだ……はは、すごいね……」


 死んだ魚のような目でルトワラさんが相槌を打つ。


 山頂付近は障害物もほとんどない。

 俺たちはルトワラさんにルートを教わりながら火口に向かう。

 1時刻もしないうちに火口に到着した。


 俺はきょろきょろと周囲を見る。

 まるで図ったかのようなタイミングで、俺の目の前の地面から赤光が走った。


「ひゃああああっ!」


 ルトワラさんが驚くが、俺もメルヴィも平然としている。

 赤光の直前に、火の精霊たちが騒ぎ出すのを聞いていたからだ。


 俺の目の前の地面が高熱で溶け、大きな穴が開いた。

 その穴の中から、赤い頭が顔を出す。

 赤い頭――火竜と呼ばれる火吹き竜の首から上だ。

 火竜の黒い瞳が俺たちを捉えた。


「ぎゃあああああっ!」

「大丈夫、落ち着いて」

「こ、これが落ち着いてられるかぁぁっ! わたし、おうちに帰るぅぅっ!」


 恐怖のあまりルトワラさんが幼児退行を起こした。

 メルヴィがルトワラさんのまわりをひらひらと飛び、妖精としての力でルトワラさんをなだめてくれる。

 その間に俺は火竜に呼びかけようとする。


 が、その直前に、目の前の火竜から【鑑定】が飛んできた。

 俺はその【鑑定】を難なく弾く。

 そして、こちらからも【鑑定】を使う。

 こちらの【鑑定】も予想されていたかのように弾かれた。


「まさか……」


 俺は驚く。


「あんた、アグニアか!」

《ほぅ。ということは、おぬしはやはりいつぞやの童子わらしであるか》


 俺の言葉に、火竜から【念話】が返ってきた。

 火竜が穴から這い出してくる。相変わらずデカいな。体高は7メテルくらいあるだろう。

 火竜――アグニアが言う。


《ずいぶん大きくなったものだ。無事ということは、例の件も片付いたということか》

「ああ。報告のしようもなかったが、〈八咫烏ヤタガラス〉はちゃんと潰したよ」


 覚えているだろうか?

 もう、16年も前のことになる。

 俺が暗殺教団〈八咫烏ヤタガラス〉に誘拐された時のことだ。

 〈八咫烏ヤタガラス〉の拠点・カラスの塒のすぐそばに、火竜が巣を作った。俺はなりゆきでその巣を探索することになり、その時2体の火竜と出会うことになった。1体は若い火竜で、もう1体は齢500歳を超える成竜だ。その成竜こそ、今目の前にいる火竜アグニアだった。


《久しいな。息災であったか?》

「ああ、俺もメルヴィも元気だよ。他の連中も元気にやってるはずだ」


 他の連中というのは、その時一緒だった元少年班のみんなのことだ。エレミアは言うまでもないが、ミゲルとベックは冒険者をやっているし、ドンナはガナシュ爺と一緒に旅をしている。


「あんたとあんたの子どもも元気だったか?」

《変わらぬよ。いや、我が仔の方は成竜になりかけといったところだがな》


 アグニアのセリフに合わせて……でもないだろうが、少し離れたところで赤光が閃く。

 地面が溶け、穴が空き、そこからアグニアよりはだいぶ小型の火竜が顔を出す。


「ひさしぶりだな」


 俺は小さい火竜に声をかける。

 返事があったのは意外だった。


《ひさしぶりね、人間!》

「お、しゃべれるようになったのか?」


 16年前、子どもの方の火竜は言葉をしゃべることができなかった。

 知性もあまり発達していなかったように思う。なにせ、俺たちに一方的に襲いかかってきたくらいだ。まぁ、あれはこいつらの巣に足を踏み入れた俺たちが悪かったのだが。


 俺は仔火竜に話を続けようとして、ルトワラさんの様子に気がついた。


「り、りゅりゅりゅ竜がしゃべったァーッ!?」

「はいはい、落ち着いて落ち着いて」


 驚愕して再び取り乱すルトワラさんをメルヴィが落ち着かせる。


「ど、どうして火竜なんかと知り合いなのよ!」

「話すと長くなるんだ」


 ルトワラさんの質問をはぐらかす。


「それより、アグニア。あんたたちはここで一体何を? 今度はこんなところに巣を造るつもりか?」


 そう。さっき遠くから見えた光は、火竜のブレスによるものだった。

 火竜はブレスによって地面を溶かし、巣にするための空間を作る。


《まさか。さすがにこんな場所に巣は造らぬよ》


 アグニアが苦笑する。

 俺の質問には、代わりに仔火竜が答えてくれた。


《あたしとお母さんはね、火山の噴火を止めるためにここにいるのよ!》

「噴火を止める? そんなことができるのか?」

《正確には、噴火が破局的なものとならぬよう制御する、ということだ。ブレスで地下空間を造形することで、火山の爆発力を削ぐのだよ》

「器用なことをするもんだな」


 前世の技術でも、火山の噴火をコントロールするなんてことはできなかった。


《噴火そのものは自然現象だ。止めることはできぬ。が、被害を抑えることは可能なのだ》

「まさか、ふもとの人間のために?」

《いや、それは違う。おぬしたち人間に理解できるかどうかわからぬが、我らは『環境』というものを重視していてな。火山の噴火は環境を破壊し、そこに住む生物たちの営みを無へと帰す。むろん、火山の噴火自体、自然現象ではあるのだが、影響があまりに破局的なため、一定の手入れをするのだよ。人間の活動に喩えれば、河川に堤防を築き、山林を管理することに似ていよう》

「なるほど、環境保護のためか」


 あれだけダイナミックな巣作りをする火竜がエコロジストだったとは。


「……まさか、あんたもエレメンタリストだったりしないよな?」

《大陸西部の過激派エルフのことであるか? 勿論違う。精霊は環境維持の重要な要素ではあるが、それ自体は神ではない》

「それを聞いて安心したよ」

《暗殺教団と戦っていたと思ったら、今度の相手は精霊至上主義者か。アトラゼネク様の使徒も忙しいものだ》

「べつに女神様に頼まれたわけじゃないんだけどな」


 俺は肩をすくめる。

 そこに、仔火竜が口を挟む。


《ねぇ、人間》

「なんだ? それと、俺はエドガー・キュレベルだ」

《あたしはミトリリアよ! リリアでいいわ! って、そうじゃなくて》


 ていうかこいつ、雌だったのか。と驚いていると、もっと驚くことを言ってきた。


《エドガー。あたしと再戦しなさい!》

「え、再戦?」

《そうよ! 前の時はあたしが負けたけど、今度はそうはいかないんだから!》


 仔火竜――リリアが鼻息を吐く。

 ……ルトワラさんがビビってるからやめてさしあげろ。


 それはともかく、今一度リリアを観察する。

 アグニアと並ぶとよくわかるが、リリアは火竜としてはまだ小さい。〈八咫烏ヤタガラス〉の時に見たサイズと今とを比べて、あまり成長していないように見える。


《ちょっと! あたしを見た目で侮らないでよ!》

「おっと、すまん」


 と、言われても……実際、以前見たステータスから成長していたとして、今の俺にリリアが勝てるはずがない。

 俺はちらりとアグニアを見る。


《エドガーよ。差し支えなければ、娘の希望を叶えてやってくれぬか?》

「いいのか?」

《良い。いずれにせよ我らは鱗に守られているため硬く、自己再生のアビリティもある。怪我をしてもすぐに治る》

「こっちは生身なんだが」

《ふっ。エドガー・キュレベルよ、それだけの力を感じさせながらそんなことを言っても、嫌味か冗談にしか聞こえぬぞ》


 鼻で笑われてしまった。


「……まあ、そういうことなら」


 というわけで、俺VSリリアの16年越しのリターンマッチが行われることになった。



《――行くわよ!》


 リリアが掛け声(【念話】だが)とともに突進してくる。

 右前脚の爪。

 俺は余裕を持って飛びすさる。


《ちょこまかとーっ!》


 次は左前脚の爪が飛んで来る。

 今度は横に回り込んでかわす。

 そのままリリアの腹の下に潜り込む。

 そして、


「撃拳・衝天破!」


 拳を地面すれすれから真上へと突き上げる。

 錬気に加え、【魔拳術】の魔技を使った。

 火竜くらいのウェイトでもやすやすと打ち上げられる一撃だ。


 が。


《――おっと》「危ない」


 俺の一撃が空を切る。

 というか、俺の目の前からリリアの巨体が消えている。


「っ!?」

「――こっちよ!」


 戸惑う俺の背後からリリアの声。

 あわてて身体をひねる。

 しかし、


「ぐぉっ!?」


 いきなり現れたリリアの尻尾が俺に激突する。

 勢いに逆らわず後ろへと跳ぶが、軽く数十メートルは弾かれた。


 体勢を立て直し、リリアに視線を戻す。

 そこには、金髪と赤い目の、14歳くらいの少女が立っていた。


「何っ!?」

「へへん! どうよ!」


 少女が胸を張る。なお、少女の身体の大事な部分は火竜の鱗で覆われていた。


「リリア……なのか!」

「そうよ! 火竜で人化の術が使えるのは珍しいんだから!」


 少女――リリアが自慢そうに言った。


「そうか……さっき俺の攻撃をかわせたのは人化したからか」


 それでサイズが小さくなり、俺の攻撃は的を失った。

 その隙にリリアは俺の背後で人化、奇襲を仕掛けてきたのだ。

 その奇襲は、


「尻尾だけ人化を解いたんだな」


 尻尾のみを竜に戻し、それを攻撃に使ってきたのだ。予備動作がほとんど見えなかった。


「そーゆーこと。なかなか察しがいいじゃない」


 リリアがにやりと笑う。

 リリアはもう【念話】ではなく人化した口を使って言葉をしゃべっていた。


 おいおい……こいつは。


 俺の頬がひとりでに緩んでいく。


「――リリア」

「何よ?」

「正直舐めてた。悪かったよ。こりゃ、ひさしぶりにりがいのある相手みたいだな」


 腹の底がぞくぞくと震える。

 一体どんな表情になっているのか、戦いを見守っているルトワラさんが「ひぃっ!」と悲鳴を漏らしていた。


「今度はこっちから行くぜ。刺し貫け、地のつるぎ――《千地剣グランソーズ》!」


 俺は〈マギ・アデプト〉で周辺一帯の地面に干渉する。

 硬い岩盤が俺の魔力に応える。

 地面から無数の岩の槍が突き出した。


「あだだだ……い、痛ったぁ!」


 リリアがたまらず人化を解き、竜になって空へと舞い上がる。

 ……今のが「痛い」で済むのも大概だけどな。


 《千地剣グランソーズ》のせいで砂煙が立っている。

 リリアは俺の姿を見失いながらも、砂煙に向かって強気に叫ぶ(竜形態なので【念話】だ)。


《くふふっ! やるじゃない! でも、人間じゃ空までは追ってこられないでしょ!》


 残念だがリリア、そいつはフラグだ。


「甘い!」

「えっ!? きゃああああっ!」


 俺は急降下・・・しながらリリアの背中に蹴りを入れる。

 俺は《千地剣グランソーズ》に合わせて上空へと跳躍していたのだ。

 必要以上に広い範囲に魔法を使ったのはそのためでもあった。


 リリアが地面に叩きつけられる。

 一方、リリアの背中を蹴って俺は再び空中へと跳んでいる。


 俺は次元収納からバックパックユニットを装備する。

 腰の後ろから前方へと延びる2門の砲。

 それは、ガトリング式の磁気レールガンだった。


「ちゃんと避けろよ、リリア。――ファイア!」

《ちょっと待っ――きゃあああああっ!?》


 俺のMPを吸い上げながらガトリングが回転し、強力な電磁場から金属製のロッドが射出される。

 ロッドはリリア周辺の岩盤を粉微塵に砕いていく。


《ひいいいいっ! わかった! あたしの負けでいいからぁっ!》


 リリアがギブアップし、16年越しのリベンジはならずということになった。

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