35 滑舌改善

 ――それからさらに、一週間が経過した。


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


 最近では亡霊の声に慣れすぎてしまって、注意していないと意識からフィルタリングされてしまい、亡霊が喋ってること自体を忘れてしまう。


 さて、2週間に及ぶスキル上げの成果を発表しよう。


 ドン。


 エドガー・キュレベル


 レベル 32

  HP 67/67(4↑)

  MP 2594/2594(452↑)


 スキル

 ・神話級

  【不易不労】- 

  【インスタント通訳】- 


 ・伝説級

  【鑑定】9(MAX) 

  【データベース】-

  【念話】1(NEW!)


 ・達人級

  【物理魔法】8

  【付加魔法】3

  【魔力制御】6

  【無文字発動】6

  【魔法言語】1


 ・汎用

  【投槍技】5

  【飛剣技】2

  【手裏剣技】6(↑1)

  【投斧技】2

  【ナイフ投げ】2

  【火魔法】8(↑1)

  【水魔法】2

  【風魔法】6

  【地魔法】2

  【光魔法】5(↑2)

  【念動魔法】9(MAX)   

  【魔力操作】9(MAX)

  【同時発動】9(MAX)

  【魔力感知】3(↑2,MAX)

  【暗号解読】2

  【聞き耳】7(↑4)

  【遠目】2

  【夜目】7(NEW!)


 《善神の加護+1》


 無事、目標だった【夜目】と【念話】を修得することができた。

 とにかく薄暗いせいで、【夜目】は常時使いっぱなしだったからスキルレベルも大きく上がっている。


 それと、これは確認の取りようがないことなのだが、【夜目】はたぶん、集中力をかなり必要とするスキルで、普通の人だったら30分ぶっ続けで使っていたら相当に疲労するんだと思う。

 そんなスキルをずっと使ってたわけだから、上がりが早いのも頷けるな。

 【聞き耳】も同じ理屈で、かなりの速度でスキルを上げることができている。


 【光魔法】が上がっているのは、待機している魔法使いの力量を把握するために、時々思い出したようにライトを生んでいたからだ。

 おかげさまで、ライトの加減がつかめてきて、簡単には打ち消されない構成だとか、逆に一瞬で光を炸裂させるような使い方だとかを修得することができた。


 レベルが上がってるのは、フォノ市の屋敷での戦闘の結果だ。

 ここに来る途中の夜中、周囲が寝静まったところで成長眠に襲われた。

 といっても、俺の場合は10分で済むんだけどな。


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』

 

 亡霊は相変わらず、えんえんと同じセリフを繰り返している。

 気をつけて聞くとわかるのだが、亡霊の声はよく似せてはいるが、一定時間ごとに別の声に変わっている。

 つまり、亡霊役のローテーションを組んで、24時間絶え間なく亡霊の声を流し続けているんだな。

 しかもセリフは一種類しかない。

 前世の俺が、ちょっと報酬を弾むからアルバイトでやってみない? と言われたとしても、たぶん断ったんじゃないか。


 そこでふと気づく。


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


 ……これって、格好の語学教材になるんじゃね?


 未だに微妙な滑舌をここらで集中的に強化してみようか。


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


「おもい出せ、おまえがはじめてツミをおかしたのは、いつのことだ?」


『――っ!!』


 ゴトゴトゴトッと伝声管の奥で物音がした。


 対して俺は、まだまだ滑舌が微妙だなぁと思う。

 日本人はLとRの区別ができないというが、マルクェクト共通語には、なんと、英語のLに相当する子音が2種類あるのだ。

 しかも、この2つは魔法文字としてはまったく異なる意味を持っているので、将来魔文を編み出すためには、ぜひとも区別できるようになっておく必要がある。


 さて、俺がそんなことを考えている間に、伝声管の向こうでも体勢を整えたらしい。


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


 リピートアフターミー。


「思い出せ、おまえがはじめてつみをおかしたのは、いつのことだ?」


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


「思いだせ、おまえが初めてツミをおかしたのは、いつのことだ?」


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


「思い出せ、おまえがはじめて罪をおかしたのは、いつのことだ?」


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯ちっ……』


 あ、向こうが噛んだ。

 亡霊にも舌とかあるんだな。


『……思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


 何事もなかったかのように続ける亡霊。


「思い出せ――」


『思い出せ――』


 こうして俺と亡霊の不思議な輪唱は、半日ほども続いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆


「――思い出せ、おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?」


 おっ! 今のは完璧じゃなかったか?


 あれから半日後、ぼそぼそのパンと薄い味のスープの差し入れを平らげた後に、俺は滑舌のコツを掴んだ気がした。


 それに答えてくれたわけでもないのだろうが、

 

『――それならば問う。おまえが最初に犯した罪は何だ……?』


 亡霊のセリフにもバリエーションが出た。


 俺は早速、喜び勇んでシャドーイングにかかる。


「それならば問う、おまえが――」


『……っ! 聞いているのはこちらだ!

 うす気味の悪いガキが!

 今すぐそこへ行ってブチ殺してくれるわ!』


『こ、こら! 台本にないことを言うな!』


 おまえも台本とか言うなよ。


 しばし、がたがたと物音が続いた。


 そして、何事もなかったかのように、


『――ふぅ。それならば問う。おまえが最初に犯した罪は何だ……?』


 セリフを繰り返す。


 最初のため息に疲れが見えるな。

 当然、さっきブチギレたのとは別の亡霊だ。


 俺も滑舌がだいぶ改善された感触があったので、そろそろ答えてやることにする。



「――俺が初めて犯した罪は、メイドのステフのおっぱいに頭をうずめてモフモフしたことだ」



『……!! ぐっ……くくっ……』


 返事が聞けて驚いたのと――後半は、怒りか笑いかをこらえてるんだろうな。


『――おまえが初めて犯した罪は、メイドのち、乳房に淫らなことをしたことか』


 あ、言い淀んだ。

 意外に初心うぶだな、亡霊。


「ちがう。俺が初めて犯した罪は、メイドのステフのおっぱいに頭をうずめてモフモフしたことだ」


『……ぐっ……このガキ……』


 おい、何か聞こえたぞ。


『おまえが初めて犯した罪は、メイドに淫らな行為をしたことだ』


「なんでひょうげんがこうたいするんだよ。

 俺が初めて犯した罪は、メイドのステフのおっぱいに頭をうずめてモフモフしたことだって言ってるだろ?

 それに、俺はようじなんだから、みだらなことじゃないぞ」


『……おまえが初めて犯した罪は姦淫だ』


「ぷっ。かんいんだって。

 いつの時代の人だよ、おまえ」


『このクソガキゃあああああ――っ!!』


 怒声とともに階段を駆け下りる音が聞こえ、直後にドガンドガンと物凄い勢いで独房の扉が叩かれる。

 さすがに暗殺者の訓練を受けているだけのことはある、迫力のある前蹴りだった。


『人が我慢してりゃ調子に乗りやがって! 殺してやる、殺してやるぞ!』


 ドガンドガン。

 どうも部屋の前にも伝声管があるらしく、向こうの怒声もばっちり聞こえている。


『おいやめろ!』

『誰か手伝ってくれ!』

『レプチパの花粉を持ってこい!』

『衛生班! 衛生班!』


 せめて伝声管を閉じてからやれよ。


『――おい、これはいったい何の騒ぎだ?』


 お、首領のお出ましか。


 同時にゴトリと音がして声が聞こえなくなる。

 伝声管を閉じたな。


 しばし、独房に沈黙が下りた。

 亡霊の声まで聞こえないのはひさしぶりだな。

 ひさしぶりすぎて、亡霊の声が聞こえないのが変な気すらしてくる。


 【聞き耳】に、がっはっは……と豪快な笑い声が届いた。


 ゴトリ。


『――おいガキ、なかなか愉快なマネをしてくれたみてーじゃえーか。

 おまえがこのくらいでどうにかなるタマじゃねーってことはよくわかった。

 ――おい、このガキを罪調べ室から出してやれ』


『えっ……? そ、そんな! あと一週間ください! 必ずこのクソ生意気なガキを参らせてみせます!』


『よせ、無駄だ。

 こないだだってそう言うから、一週間期間を伸ばしてやったろうが。

 これ以上は身体の方が壊れちまうよ。

 暗殺者になってから壊れるんならともかく、今の段階で身体を壊されちゃ、こいつに殺られた分だけ丸損だ』


『し、しかし……!』


『だいたいさっきの騒ぎは何だ。

 精神的に追い詰められちまってるのは、むしろお前らの方じゃねーか』


『ぐっ……』


 しばらくして、独房(罪調べ室?)の扉が開いた。


「15号、出ろ」


 この声も、亡霊の1人だった気がするな。


 俺は言われたとおりに独房から出る。


 すると――


「おめでとう!」


 頭巾をとった黒ずくめたちが、笑顔で拍手をして迎えてくれる。


「さあ、これで君も〈八咫烏ヤタガラス〉の一員だ。

 君はこれまでに犯した罪の数々を許され、悪神様の聖なる御使いへと生まれ変わったのだ」


「……犯した罪って、メイドのステフのおっぱいを――」


「さあ、これで君は自由だ!

 ここにあるものは好きに食べてかまわない!

 悪神様への感謝とともに、好きなだけ食べなさい!」


 俺のセリフにかぶせるように、司会役の男が言った。

 ……よく見るとこめかみに青筋が浮かんでるな。


 独房の前の空間は、ちょっとした宴席になっていた。


 うまそうなパンや肉や魚やスープが並んでいる。


 俺は自然、それらにふらふらと引き寄せられ、貪るように食べ始めた。


 ……うん、まあ、メルヴィからおやつを分けてもらってたから、そこまで空腹ってわけじゃなかったんだが、そういうこと・・・・・・にしておいたほうが、よさそうだったからな。



 ――こうして、2週間に及ぶ俺の罪調べが終わった。


 ……おかげさまで、自分の罪深さが身にしみたような気がしないでもない。

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