34 罪調べ

「――15号、入れ」


 黒ずくめの1人が、横柄に言って、分厚い金属の扉の奥を顎で示した。


「……このへやは?」


 俺が聞くが、黒ずくめは俺の質問が聞こえなかったかのように微動だにしない。


 しかたなく、背後にいるガゼインに目を向ける。


「安心しろ。べつに独房に閉じ込めるわけじゃない」


「……いや、どうみてもどくぼうなんだが」


 その部屋は、地下深くにある石室の奥にあった。

 4畳半くらいの広さだが、窓はなく、天井だけがむやみに高い。

 天井の上の方に、鉄格子のはまった明かり取りの穴があるが、あれを窓と呼ぶのは苦しいものがあるだろう。

 他にも、よく見ると壁のあちこちに丸い穴が空いているが、その大きさは大人の握りこぶしが入らない程度。

 いろいろ疑問はあるものの、堅牢な石造りのその部屋は、普通に考えて独房である。

 それも、凶悪犯や政治犯を閉じ込めておく類の。


「なんだ、怖気づいたか、《赫ん坊ベイビー・スカーレット》」


「……はいればいいんだろう」


 俺が独房の中に入ると、案の定扉が閉ざされ、外から閂がかけられた。


「……メルヴィ、いる?」


「いるわよ。安心なさい」


 ちょっと不安になって問いかけると、メルヴィは姿を消したまま、そう答えて俺の頭を撫でてくれた。

 さすがみんなのお姉ちゃん。


 ――俺が、フォノ市キュレベル子爵邸から誘拐されてから、5日が経った。


 この間、俺は首領その他の陰気な黒ずくめ軍団に囲まれて、監視されながら、森の中の道無き道を歩かされた。


 時々疲れたふりをして休憩を取り、現在位置を確認しようと思ったのだが、移動経路はぐねぐねと曲がっている上、重要な場所では目隠しをされたので、漠然とフォノ市から西側に進んでいるらしいということくらいしかわからない。


 もっとも、俺のそばで姿を隠している(はずの)メルヴィは、悪人揃いの〈八咫烏ヤタガラス〉幹部連中の目には見えないので、目隠しもされずに周囲を見ることができているはずだ。

 とはいえ、メルヴィはあの妖精郷からあまり離れたことがないらしいので、現在位置を把握できているかというと怪しいだろう。


 でも、メルヴィがいるということは、最低限、あの妖精郷へとゲートを使って飛ぶことができるわけだ。

 そのことが、俺の精神にいくらかの余裕を与えてくれていた。


 さて、5日間の間に、俺は森を抜け、荒野を進み、谷間を下りて、崖の間のクレバスのような場所に到着した。

 5日もかかったのは、1歳未満児である俺がたびたび休憩を要求したことと、おそらくこの場所へ至る経路を隠すためにわざと回り道を重ねてきたせいだろう。


 黒ずくめたちは、クレバスに何の装備もなしに飛び降りていく。

 首領ガゼインが、


「――誰かに運ばせるか?」


 と聞いてきたが、俺はその質問を無視して、穴へと身を躍らせた。

 空中でフィジクを書いて緩降下、目を丸くする子どもの黒ずくめにウインクしながら着地した。


 クレバスの下には、前世の体育館くらいの広さのスペースがあった。

 その端には、金属製のシーソーがついた台車が置かれている。

 何かと思ったが、目を凝らしてみると、台車の下にはレールが敷かれていた。

 つまり、これはあれだ。

 シーソーを交互に上下することで進むトロッコなんだな。


 そのトロッコの横には、巧妙に隠された小さな穴があった。

 その穴に向かって、黒ずくめの1人が、一定のリズムでナイフとナイフを打ち合わせる。


 ゴトゴトゴト……


 遠くから鈍い音が響いてきた。


「――乗れ」


 とガゼイン。

 俺はよくわからないまま、トロッコに乗る。

 トロッコには、俺とガゼインの他2人の黒ずくめが乗った。

 黒ずくめ2人がシーソーを交互に上げ下げして、トロッコを走らせる。


「おおっ」


「ふん……こんなところはガキか」


 わりと素で感動してしまった俺に、ガゼインが毒づいた。


 トロッコは、途中いくつかの分岐を通過して、やはり体育館くらいの広さの空間へと到着した。

 分岐を通過した時に気づいたが、さっきのナイフの合図は、たぶん分岐を切り替えるための合図だったんだな。

 あれをやっておかないと別の場所につくか、悪ければ、どこかに口を開いた大穴にでもダイブさせられるのかもしれない。


 この空間には、前の空間とは違って、金属製の扉がいくつか並んでいた。

 真ん中にやたら頑丈そうな小さな扉があり、その左右にだいぶ離れて普通サイズの扉がある。

 普通サイズの方は開け放たれていて、その奥には階段がのぞいている。


 俺は真ん中の扉の前に連れて行かれて――冒頭の場面に至る、というわけだ。


「おい……おい!」


 俺は独房? の中から呼びかけてみるが、それに答える声はなかった。


「なにがしたいんだよ……」


 しょうがないので、俺は独房の真ん中に腰を下ろした。

 隅の方は暗くて、何があるかわかったもんじゃなかったからな。


 ……いや、暗いなら明るくすればいいか。


ライト


 明かりを生んで、俺は独房の中を観察してみる。


 が、やたら綺麗に削り取られた石の中の空間だってことくらいしかわからない。


 壁のあちこちにある穴は、空気穴だろうか。

 それにしちゃ数が多い気がするが。


 俺が壁にライトを近づけて調べていると、


『……イレイズ


 壁の穴から声が聞こえて、俺のライトがかき消された。


 再び闇の落ちた独房の中で、


「なるほど……でんせいかん(伝声管)だったのか」


 俺はひとり納得したように頷いた。


「おい、きいてるんだろ。なんでこんなことをする?」


 やはり、答えはなかった。

 数分間待ってみたが、何も起きる気配がない。


「……じゃあ、どうするかね?」


 俺はひとりごとを言って、考える。


 ――そして、


「……スキルでも上げるか」


 向こうが何もしないのなら、ただ待っていてもしかたがない。


 俺は開き直って、スキル上げに取り組むことにした。 


 いくつか、やっておきたいことの候補はある。


 まずは定番、最大MP上げだが、この状況で気絶する気にはなれないので却下。


 次、【聞き耳】のスキル上げ。

 実はもうやっているが、この部屋はよほど壁が厚いらしく、壁の向こうの音はほとんど聞こえない。


 それから、ガゼインの持っていた【夜目】スキルも獲得したい。

 ちょうど暗かったので、さっきから気をつけて目を凝らすようにしているが、まだ獲得には至っていない。


 他にも、【精霊魔法】を習得するために「精霊の声を聞こうとする」という修行もまだやれていない。


 要するに、暗くて狭い部屋に閉じ込められても、やることは無数にあって退屈だけはしそうにないってことだな。


 本当にずっとここに閉じ込められるようだったら、メルヴィに頼んで妖精郷へのゲートを開いてもらい、始祖エルフを閉じ込める剥落結界の解除にとりかかってもいい。

 もっとも、監視されてるだろうから、いきなり姿を消すわけにはいかないのだが。



 ――そして、それからなんと半日ほども、何事も起こらなかった。


 俺としてはスキル上げのできるまとまった時間がもらえてよかったといえばよかったのだが、ここまで何もないのは意味がわからない。


 そういえば、そろそろ腹も減ってきた。

 こちらも、メルヴィに頼めば、メルヴィがおやつにしている木の実や果物を分けてもらえるだろうから、そんなに切羽つまってるわけではない。


 でも、俺が普通の子どもだったら、そろそろ出してくれと泣き喚く頃合いだろうな。


 そんなことを思っていたら、唐突に、声が聞こえた。

 


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』



「…………は?」


 いきなりの言葉に、俺は呆けた声を上げてしまった。


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


 言葉が繰り返される。


「いや、だから、いきなりそんなことをいわれても……」


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


 こちらの声には反応せず、声は強情にそのセリフを繰り返す。


「なんでそんなことをきく?」


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


「もうここにいれられてはんにちだぞ。めしをくれよ」


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


「じゃあトイレにいかせてくれよ。さっきからずっといきたくてしかたないんだ」


『――思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


「おまえもしつこいな。っていうか、おまえはいったいなんなんだ?」


『――我は亡霊だ。思い出せ……おまえが初めて罪を犯したのは、いつのことだ?』


 お、ちょっとだけ変化したな。


 その後もいろいろ聞いてみたが、答えが変化したのはこの時だけだった。


 この時、俺はまだ、予想だにしていなかった。



 ――この自称亡霊君と、これから2週間の付き合いになるということを。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――あれから、一週間が経った。


『――思い出せ(以下略)』


 俺はえんえんと繰り返されるセリフを無視しながら、精霊の声を聞こうとしていた。


 俺の傍らで飛んでいるメルヴィが言う。


「ここだったら、地の精霊がいいでしょうね。

 地の精霊の声は、時と場所によってけっこう違うんだけど、ここは石が多いから、種類の違う鉱物がぶつかって軋るような音よ。

 意識のチャネルは、うんと低くすること。

 まあ、一部の鉱石の精霊は、うんと高いチャネルに存在してるんだけどね」


 この「チャネル」というやつが、なかなかよくわからない。


『――思い出せ(以下略)』


 外の連中に気付かれないようにメルヴィにそっと聞いてみても、


「そういうものだとしか言いようがないわ。妖精は生まれつきわかってるから、うまく説明できないのよ」


 と、はなはだ当てにならない返事だった。


「っていうか、声を潜めるくらいだったら、いっそ【念話】を覚えちゃったら?

 わたしは覚えてるから、双方向で会話できるはずよ」


「その手があったか」


『――思い出せ(以下略)』


 そこからは、メルヴィ先生による【念話】教室となった。


「いい? わたしのことをじーっと見て。それで、わたしの魔力に波長を合わせるの。わたしは魔法で作られた存在だから、わかりやすいはずよ」


 じーっと見た。


 ただひたすらじーっと見た。


 一時間くらい経っただろうか。


 メルヴィのいう「波長」とやらが、なんとなくわかった気がした。


「そう、それよ! そしたら、その波長を逃さないで、ゆっくりとたぐっていって」


「こう? あっ、にがしちゃった……」


『――思い出せ(以下略)』


 それからさらに三時間くらいぶっ続けで練習して、ようやく、「波長」をしばらく捕まえておくことができるようになった。

 たぐっていく感覚も、少しだけだがわかった。


「なんか、付き合ってるわたしのほうが疲れちゃった。

 あ、木の実食べる?」


「うん」


 俺はメルヴィからどんぐりに似た木の実をもらって食べる。

 パリッと殻が割れて、中から甘い汁が溢れてくる。

 うん、おいしい。


『――思い出せ(以下略)』


 メルヴィが疲れたと言って眠ってしまった。

 そういえば外はもう夜かもしれない。


 じゃあ俺は【夜目】のスキル上げをやるか。

 いや、夜なら眠ってもおかしくない。

 というか、どこかでは眠ってみせないとむしろおかしい。

 それなら、眠っているふりを兼ねてMPを上げようか。


『――思い出せ(以下略)』


 そのようにして夜を過ごし、メルヴィが起き出すと再び【念話】の練習をする。

 半日かけて、やっとたぐる感覚をつかむことができた。

 メルヴィの声が、途切れ途切れではあるが聞こえるようになってきた。

 もう少しで習得できそうだな。


『――思い出せ(以下略)』


 メルヴィが「そろそろお昼ね」とつぶやいてしばらくした頃のことだ。

 独房の扉の下がボコリと引き抜かれて、代わりに食事の載ったトレイが入ってきた。

 メニューはパンと薄いスープだけ。

 すぐに食べ終わってしまう。

 トレイを扉の下に置くと、すぐに下げられた。

 結構ちゃんと監視しているようだ。


『――思い出せ(以下略)』


 飯の間も天の声は相変わらずだった。

 こうなってくると、いい加減「亡霊」さんとやらの意図もわかってくる。


 子どもを暗くて狭い場所に閉じ込めて怯えさせ、食事をなるべく取らせず、声で邪魔して眠らせず、弱ったところを洗脳しようという魂胆だろう。

 ってことは、これ、洗脳されたふりをしないと終わらないのか?


 ま、上げておきたいスキルも多いし、しばらくはこのままでもいいな。


 ちなみに、トイレの方は、独房の隅にある専用の穴に向かってする方式だ。

 臭いが残ったら嫌だから、πアクアを使って流したのだが、さすがにそれにまでイレイズをかけてくることはなかった。


 っていうか、イレイズが使える魔法使いも、この独房の外で常時待機してることになるのか。

 まったくご苦労なことだ。

 ……ん? これもスキル上げに使えそうだな。

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