33 任意誘拐

 〈八咫烏ヤタガラス〉首領ガゼイン・ミュンツァーの言葉を、俺は時間をかけて咀嚼する。


 そして、


「……は?」


 思わず、間の抜けた声を出してしまった。


「だから、お前がほしいんだよ、俺らはな」


「……ペドフィリア?」


「誰がペドだ。ったく、どんな教育受けてやがる」


「りょうしんをおとしめるのはやめてもらおうか」


「ならおかしなことを言うな」


「…………」


 どうも分が悪いようだ。


 俺はもう一度考えてから、聞き直す。


「おれをゆうかいしてどうするつもりだ?」


「――育てるのさ」


「……はあ?」


「育てるんだよ。一人前の暗殺者に。

 ――おい、お前ら、出てこい」


 男――ガゼインの言葉に、屋敷の中から数人の黒ずくめが現れる。


 その黒ずくめたちは、一様に背が低かった。


 いや、そうじゃない。


 【鑑定】。


《ベック:〈八咫烏ヤタガラス〉第1班所属。年齢:8歳。レベル15。》

《ミゲル:〈八咫烏ヤタガラス〉第1班所属。年齢:9歳。レベル19。》

《エレミア:〈八咫烏ヤタガラス〉特務班所属。年齢:7歳。レベル21。》

《ドンナ:〈八咫烏ヤタガラス〉第1班所属。年齢:11歳。レベル18。》


 こいつら――全員子どもだ。

 生後8ヶ月の俺が言うのもなんだけど、10歳になるやならぬやの子どもたちだ。

 黒装束に身を包み、ナイフを手に、子どもたちは実にきびきびとした動きで、ガゼインの背後に整列する。


「そうか……こどもたちをさらったのは、あんさつしゃにしたてあげるためだったのか」


「ふっ。人聞きの悪い事を言うな。

 俺は、こいつらを教育しただけだよ。

 悪神モヌゴェヌェス様の至高なるご意思を伝える預言者、偉大なるグルトメッツァ様の教えを受け入れ、聖務とともに生きる喜びを、こいつらに教えてやったのさ。

 ――そうだろ?」


「はい! 我らは誇り高き御使い! モヌゴェヌェス様のために悪魔を殺す、聖なる使徒です!」


 一番レベルの高い女の子が、そう言った。


「というわけだ、エドガー君。

 お前には、〈八咫烏ヤタガラス〉の使徒になってもらう。

 偉大なる悪神様のために働けることを誇りに思えよ?」


「……いやだといったら?」


「お利口なお前なら、もうわかってるんじゃないか?

 俺たちは、レプチパの代わりに致死毒を使うこともできた。

 いや、今からだって、ここにいる連中に命じて、屋敷の中の人間を皆殺しにさせることもできる。

 万一、お前が俺たち全員を倒せたとしても、その頃には、お前のお父さんかお母さんのどちらかくらいは死んでるわな。

 それ以前に、すくなくともこのいぎたないお嬢ちゃんの首くらいなら、ほんの数秒でポッキリ折れちまうかもしれねーよな? なんかの事故でよ」


「…………」


 俺はガゼインを険しく睨むが、ガゼインはどこ吹く風で、ふざけた話を続けていく。


「お前があくまでも嫌だと言うんなら、仕方がねえ。

 俺たちとしちゃあ、落とし前をつけるために、そういうことをやらざるをえねーわな。

 慈悲深い悪神様は許してくださるかもしれねーが、俺たち教団としては、ここまで俺らに痛手を与えてくれた奴を、ただで見逃すわけにはいかねーんだよ。

 それがたとえ1歳に満たないガキであろうと……いや、そんなガキだからこそ、徹底的に無残な目に遭わせてやらなくちゃ、泣く子も黙る〈八咫烏ヤタガラス〉としてはマズいわけだ。

 ――で、どうだい、エドガー君。

 君のパパとママのためにも、俺たちの仲間になっちゃくれねーか?

 俺たちの基準からすりゃ、お前はちっと幼すぎるんだが、前例がまるでないってわけじゃねえ。

 立派な聖戦士に育ててやれるぞ?

 もっとも、こちらの手の者をこうもあっさり返り討ちにできるような逸材は、さすがにおまえが初めてだがな。

 《赫ん坊ベイビー・スカーレット》の二つ名は伊達じゃねーってことか。

 っふふ。面白い。将来が実に楽しみだ」


「……おまえのねくびをかくかもしれないぞ?」


「できるものならば、そうするがいい。

 暗殺教団のトップには、一番優れた暗殺者が就くべきだろう?

 俺もそうしてこの座を手に入れた」


「そいつはてっていしてるな」


 俺はしばし考える。


 今回、屋敷の住人はわけもなく花粉で眠らされてしまった。

 屋敷に入れる者の中に内通者がいるのだろう。

 言うまでもなく、ガゼインが接触していたマルスラさんが怪しい。


 だが、おそらく、マルスラさんはこいつらに脅迫されている。

 弱みを握ったか、身内を人質に取るかしたんだろうな。

 こいつらはそういうことを、誰にも気づかれないようにやってのけるだけの実力と胆力がある。

 つまり、今回のことを受けて屋敷の警戒レベルを引き上げたとしても、やはりまた別の手段を使って薬を盛ったり、直接暗殺を企てたりしてくる可能性があるということだ。


 もちろん母さんなら生半可な暗殺者なんて退けそうではある。

 父さんだって、複数の黒ずくめを相手に圧勝できるだけの実力者だ。


 しかし、いかな《炎獄の魔女》、いかな【槍術】の達人といえども、睡眠薬で昏睡している状態では実力を発揮することなんてできない。

 手段を選ばないならば、それこそ睡眠薬ではなく毒を撒けば、もっと簡単確実に殺すことができてしまうはずだ。


 ――つまり、俺がこいつらに目を付けられてしまった時点で、詰んでいるのだ。


「おれがついていけば、家のものには手をださないんだな?」


「それは約束しよう。

 俺たちにとって貴族は上得意だ。

 貴族殺しは、よほどの金を詰まれでもしなければ引き受けん。

 好きこのんで客が逃げるような真似はせんよ。

 最近武功を上げたばかりのキュレベル子爵一家が惨殺されたりしたら、さすがに騒ぎが大きくなりすぎるしな」


「家のものにつかったくすりは、がいのないものなのか?」


「朝になれば効果も切れるだろう。若干の頭痛程度は残るかもしれないがね」


「家のもののかぞくをひとじちにしているんだろう?

 かれらはきちんとかいほうされるんだろうな?」


 俺が聞くと、ガゼインは目を見開いた。


「フッ……ハハハッ! おまえは本当にたいしたガキだな。

 もちろん解放するとも。

 殺すべき者は殺す、殺さなくていい者は殺さない。

 それが暗殺教団の掟だ」


 そのような掟がなくては、暗殺者の集団などあっという間に内訌状態に陥るだろう、とガゼイン。


 そりゃそうか。

 人殺しのプロどもが集まってるんだから、どこかで歯止めをかけておかないとマズいだろう。

 さもなくば、ちょっとした組織内の不和から、暗殺合戦が始まらないとも限らない。


 だから、その代わりのガス抜きとして、首領の暗殺を企てることは許されている。

 ただし、失敗すれば殺される。

 命がけで首領の命を奪って初めて首領の座を襲うことができるということだ。


 なるほど、よく考えてるものだ。


 俺は、ため息とともに言った。


「わかった……ついていくしかないようだな」


 俺がそう決めたのにはもうひとつ理由がある。

 それは――


 ガゼイン・ミュンツァー(暗殺教団〈八咫烏ヤタガラス〉首領/教団師範・《藪蚊モスキート》・《朧月ろうげつ》・《必殺者クローザー》・《暗殺教団》)

 37歳


 レベル 55

 HP 140/140

 MP 439/439(39+400)

 状態 悪神との取引(悪神モヌゴェヌェスとの取引により、強力なアッドを得ている。取引条件:期限までに子ども100人を暗殺者に仕立て上げ、それぞれ最低5人を殺させること。達成度:89/100、期限:3ヶ月24日後。)


 スキル

 ・伝説級

  +【危険察知】9(MAX)(あらゆる危険及び危険につながりうるものの気配を察知することができる。)

  +【幻影魔法+1】9(MAX)(思い描いた光景を他者の脳裏に投影する。幻影によって特定の感情を惹起することができる。レベルと消費MPに応じてより多くの者に幻影を見せることができる。悪神との取引により、このスキルに限って【無文字発動】9が常に適用される。)


 ・達人級

  【見切り】6

  【暗殺術】6

  【投擲術】4

  【隠密術】3

  【気配察知】2


 ・汎用

  【暗殺技】9(MAX)

  【忍び足】7

  【格闘技】7

  【短剣技】7

  【手裏剣技】7

  【ナイフ投げ】7

  【聞き耳】5

  【鋼糸技】5

  【指揮】5

  【跳躍】4

  【夜目】4

  【闇魔法】4

  【剣技】3

  【火魔法】3

  【遠目】2

  【弓技】2

  【調薬】1

  【道具作成】1


 ついさっきの【鑑定】結果だ。


 メルヴィが言っていたように、こいつは悪神の使徒だ。

 いや、使徒とまでは言えないかもしれないが、深いつながりがあることは間違いない。


 そういうことなら、こいつらは俺や女神様の敵だということになる。

 遅かれ早かれ、こいつらとはことを構えることになるだろう。

 それならば、こいつらの犠牲者がこれ以上増える前に、対処してしまったほうがいい。


 ――だから、決めた。


 こいつらの内部に潜入して、情報や資材など一切合財をぶっこ抜いてやる。

 その上で教主とやらもふん捕まえて、これ以上ないくらい、完膚なきまでに壊滅させてやる。

 俺の家族に手を出したことを、死ぬほど後悔させてやろうじゃないか……!


 が、今はまだ怒りを見せるべき時じゃない。

 冷静になれ。

 格ゲーで対戦相手に散々煽られた時のことを思い出すんだ。

 熱くなったところで、動きが単調になってつけ込まれるだけだっただろう。


 俺は何でもないふうを装いながら、ガゼインに言う。


「おきてがみくらい、のこしてもいいだろう?」


「……好きにしろ。

 どうせ、〈八咫烏ヤタガラス〉の仕業だということはバレるだろうからな」


 俺は、ガゼインの監視のもとに、置き手紙をしたためた。


 文面は、こんな感じだ。


『親愛なるお父さま、お母さま


 エドガーです。

 突然ですが、暗殺教団〈八咫烏ヤタガラス〉に誘拐されることにしました・・・・

 言うことを聞かないと家人を殺すと言われては従わざるをえません。

 私たちに簡単に薬を盛ってのけた連中です。ここで退けたとしても必ず報復を企てることでしょう。そして残念ながら私たちの力ではそれをはねのけられるか心許ないものがあると思います。

 彼らは私をプロの暗殺者に仕立て上げるとのことですから、しばらくのあいだは殺されることはないでしょう。

 いつか必ず、あなたたちの元に戻ります。


 エドガーより。』


 俺は、書いた手紙をガゼインに見せてやる。


「くくっ……これを俺に見せるか。

 まったく、肝っ玉の太ぇガキだ」


 首領は苦笑しながらも、置き手紙を修正しろとは言わなかった。



 ――こうして俺は、暗殺教団〈八咫烏ヤタガラス〉の虜となった。

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