32 夜襲
司祭&両親とのスキルトークは盛り上がり、その日(俺以外の人が)眠りについたのは遅くなってからのことだった。
司祭も、ちょうどよい宿が見つからず困っていたとのことで、今晩はこの屋敷に泊まっている。
俺はベッドに横になり、日課の最大MP拡張を行っていた。
屋敷のあるコーベット村からフォノ市まで、一週間の旅だったが、おそろしく密度が濃かったな。
妖精の暗号を解読して妖精郷に赴いてメルヴィと出会ったり、〈
フォノ市に着いてからも、冒険者ギルドでモリアさんやハフマンさんに出会い、誘拐犯の尋問に立ち会い、そしてついさっきまで司祭から受託を受けてステータスを開示していた。
そのせいで、ここのところ最大MP拡張はサボり気味だったのだ。
俺が、何度目かの気絶から復帰してみると、何か、違和感を覚えた。
俺は隣で眠るジュリア母さんを見た。
母さんは、妙に、苦しそうな顔をしている。
俺から最大MP拡張法を聞いた母さんは、今晩から早速寝る前にMPを使い切ることにすると言っていた。
……まさか、そのせいで苦しそうな感じに?
俺自身が規格外であるため、俺の知る最大MP拡張法に、何か副作用があったとしてもおかしくはない。
俺はあわてて母さんを【鑑定】する。
《ジュリア・キュレベル。状態:〔レプチパ草の花粉による〕昏睡。》
「――っ!?」
俺は目を見開いた。
そういえば――さっきから、妙な匂いがする。
俺は窓から差し込む月明かりの中を、細かな粒子が舞っているのに気がついた。
【鑑定】。
《レプチパ草の花粉:ソノラート王国北部から北方にかけて分布する蔦植物の花粉。強力な催眠作用がある。》
結果は想像のとおりだった。
屋敷が不気味なほど静まり返っている。
さっき気絶から復帰した時に覚えた違和感は、これだったんだな。
ソノラート北部の植物を使った毒物となれば、こんなことをやってきた連中の正体は、ごく簡単に想像がつく。
「……メルヴィ?」
「ん、いるわよ」
姿を現したメルヴィも、少し眠そうにしている。
「ようせいにもきくの?」
「ううん……何が?」
「どく(毒)だよ。レプチパそうのかふん」
「――えっ!?」
メルヴィが一気に覚醒した。
「……本当だわ。誰かが屋敷にレプチパ草の花粉を撒いたのね。
あ、わたしには効かないわよ?
わたしは本当に眠ってただけだから」
俺は小さく息をついた。
予断を許さない状況だが、俺一人じゃないことがわかって、少しだけ緊張が取れたらしい。
と同時に、頭が回転を始める。
敵の攻撃が、これだけで終わりとは思えない。
むしろ、これは敵の攻撃の前段階だと思うべきだ。
「……メルヴィ、みんなのどくをなおせる?」
「ううん、無理よ。
【妖精の歌】は魔法による影響を取り除くものだから。
妖精郷にいる妖精の中には【調合】のできる子がいるけど、今からゲートで飛んでも材料の備蓄がなかったと思うわ」
俺は【聞き耳】を使いながら、屋敷内の様子を見るべく、部屋から出ようとした。
その瞬間、俺の耳が物音を捉えた。
「――メルヴィ!」
「これねっ!」
メルヴィが、いずこからともなく剥落結界の砕片を取り出し、俺に渡す。
俺は受け取った砕片を、窓に向かって投げつけた。
砕片は、今まさに窓を破ってこの部屋へと侵入しようとしていた黒ずくめの顔に突き刺さった。
「ぐぎゃあっ!」
男は、悲鳴を上げながら窓から墜落する。
と同時に、
――ざざざざ……っ
夜闇の中に、無数の気配が生まれた。
こんなにいるのか!?
まずい……この分では、父さんや司祭、屋敷の他の人も眠っている。
そのすべてを守りながら戦うなんて不可能だ。
さいわい、今の気配は、ほとんどが窓の外――中庭側に集中していた。
俺は部屋の窓から飛び出すと、【物理魔法】を使って緩降下し、中庭へと着地する。
同時に、両手で描いていた魔法文字を発動。
「
当てずっぽうで立木の陰に向かって《フレイムランス》を投げつける。
《フレイムランス》は地面に当たって爆ぜたが、あわてて身をかわす黒ずくめの姿が見えた。
そこに――
「はいっ!」
あうんの呼吸で砕片を渡してくるメルヴィに感謝しつつ、俺は黒ずくめへと砕片を投げつける。
「ぐぁっ!」
砕片は命中したようだが、暗すぎてどこに当たったのかはわからない。
きちんと倒せたか心もとないが、それを確認している余裕はなかった。
「「
他の木立の影から、二条の炎弾が飛んでくる。
俺は地面に転がってそれをかわす。
身体が3歳児相当のおかげで、的が小さいからかわすのは簡単だ。
が、地面に転がったことで、身動きは難しくなる。
身体が3歳児相当のせいで、一度転んだら起き上がるのが難しい……。
それをチャンスと見て取った黒ずくめの一人が、木立から飛び出し、俺に向かって駆け寄ってくる。
その手には漆黒に塗られたナイフが握られている。
だが、甘い!
「――
俺は【物理魔法】で中庭に立つ立派な石像を土台ごとぶっこ抜き、それをぶん回して黒ずくめに直撃させる。
暗くて見えないが、手応えはあった。
黒ずくめは跳ね飛ばされて、屋敷の壁に激突したようだ。
「《
俺はそう叫びながら、無詠唱で生み出した《ファイヤーボール》を中庭の中空で炸裂させる。
巻き込まれた黒ずくめはいないようだが、いくつかそれらしい影が、炎の閃光で確認できた。
「はいっ!」
絶妙のタイミングで、メルヴィが砕片をざらざらと宙にこぼしてくれる。
俺は
そして、中庭を見下ろす位置から、お手玉のように浮かせた5つの砕片を、さっき確認した影の位置に向かって投げつける。
「ぐおっ!」「がっ!」
いくつかは当たったようだが、【聞き耳】の聴覚は、何人かの黒ずくめが身をかわしたらしい物音を捉えている。
そして一瞬後、物音のした場所から、鋭い風切り音とともに、黒塗りのナイフが飛んできた。
「
俺はカンスト目前の【物理魔法】を使って、ナイフの運動量をその場で反転させる。
「なっ!」「ぎゃあっ!」
相変わらず確認はできないが、ナイフが突き刺さる際の嫌な音をかすかに捉えたような気がする。
「どうしたっ! ヤタガラスのみつかいは、こんなこどもにもかてないのか!」
俺は【風魔法】で声を大きくしながら、そう叫んで黒ずくめたちを煽った。
なんでそんなことをするのかって?
もちろん、こいつらを屋敷内へと侵入させないためだ。
父さんの尋問した黒ずくめ――ルクレツィオ? は、「御使い」とやらであることに、妙なプライドを持っているみたいだったからな。
果たして、黒ずくめたちは俺に向かってナイフを投げつけてきた。
さっきまでと異なり、俺の頭部を狙った、殺意のこもった攻撃だ。
だが、ゴレスの投槍に比べたら、こんなものは児戯に等しい。
俺は再び《リバース》でナイフをお返しする。
が、さすがに敵も学習したのか、跳ね返ったナイフは避けられるか叩き落とされるかしたようだ。
しかし、その程度はこちらも読んでいる。
慣れないことをしたから手間取ったが、完成だ。
「――《フレイムビット》!」
俺が放ったのは、ただの《フレイムビット》、1文字発動の初級【火魔法】だ。
黒ずくめたちが拍子抜けしたように思えたのは、案外気のせいでもないだろう。
その《フレイムビット》は、通常の《フレイムビット》同様夜闇を裂き、黒ずくめが複数隠れていそうな辺りに飛んで行く。
連中は、避けようともしなかった。
が、
「ぐわああっ!」「何だ、これはっ!?」
着弾した《フレイムビット》は、巨大な炎の塊と化して、黒ずくめたちを巻き込んだ。
身体の半分を火に焼かれた黒ずくめ2人が、地面に転がって火を消そうとしているが、なかなか消えない。
――種を明かせば簡単だ。
俺は、普通の魔法文字ではなく、古代魔法文字を使って《フレイムビット》を放ったのだ。
書くのには手間取ったが、効果はご覧のとおり段違い。
炎の大きさは通常版の5倍以上、持続時間もはるかに長い。
火が長いこと燃え続けているおかげで、中庭の様子がようやく見えるようになっていた。
中庭には、黒ずくめたちの死体が転がっていた。
顔に砕片の刺さった者、屋敷の壁に脳漿をぶちまけている者、反射されたナイフで喉を貫かれた者、等々。
もちろん、殺しきれていない黒ずくめも多い。
そういう黒ずくめの一部は、仲間にかつがれて屋敷の外へと脱出しようとしている。
できれば逃したくないが、今は撃退出来るだけでもよしとするしかない。
屋敷の中には、昏睡状態で無防備なジュリア母さんやアルフレッド父さんたちがいる。
奴らが冷静になって困るのは俺の方だ。
とはいえ、この場の戦況は、こちらの優位に傾いた。
まだ戦意のありそうな黒ずくめも、戦うか退くか迷っているように見える。
だがもちろん、その判断を待ってやる義理なんてひとかけらもない。
むしろ、ここは機に乗じて畳みかけ、連中を撤退へと追い込むべきところだろう。
俺は、《フレイムランス》を放つべく、空中に
「――そこまでにしてもらおうか」
唐突に、男の声が割り込んできた。
しかも、
――後ろっ!?
俺はあわてて振り返る。
ガンッ! と鋭い音がして、屋敷の勝手口の扉が吹き飛んだ。
その奥から現れたのは――
「あのときの……」
「ほう。覚えていたか」
昨夜、〈
確か、使用人(マルスラさん)の実家の使者だと名乗っていた。
中庭にいまだ残る古代魔法文字の炎に照らされて、男の顔があらわになる。
彫りの深い、40前後の男だ。
筋肉質で長身、くすんだ鳶色の髪を、後ろに向かって撫で付けている。
肩から先を除く全身を真っ黒なローブで包んでいるが、その雰囲気は魔法使いというよりは戦士のそれだ。
そして。
男は、剥き出しになった腕の中に、メイド服の少女を抱えていた。
ステフだ。
こんな時なのに、幸せそうによだれを垂らして眠っている。
素早く【鑑定】すると、
《ステファニー。状態:睡眠。》
昏睡じゃない?
俺は思わず怪訝そうな顔をしてしまった。
「こいつは、どうしたことか、馬小屋で眠ってやがってな。
レプチパ草の花粉はそれなりに貴重品で、屋敷に十分な量が行き渡るようにすると、馬小屋までは回らねえ。
この娘が馬小屋にいた時は、いっそ殺してしまおうかと思ったが、中庭でドンバチが始まっても目を覚ます素振りもねえ。
んじゃ、人質にでもするかってことで、こうして連れてきたってわけだ」
ステフは動物が好きだからな。
きっと、「お馬さんモフモフーっ!」とか何とか言って、馬とじゃれあってるうちに眠ってしまったんだろう。
それによってレプチパ草の影響から逃れることができたのは、運がよかったのか悪かったのか。
俺は黙って、男を睨みつける。
そこに、メルヴィが小声で聞いてくる。
「どうする? わたしが何かしようか?」
「……できるの?」
たしか、妖精は人間に危害を加えられなかったはずじゃ?
「――あの男になら、できるわ」
メルヴィの言葉に、俺は男に気取られないよう細心の注意を払いつつ、【鑑定】を使う。
俺は軽く目を見開いた。
――なるほど、な。
「……おい、てめえ、何気持ち悪ぃ目つきしてやがる。
すぐにやめろ」
男が俺をギロリと睨む。
前回、去り際に【鑑定】に気づいたのは、やはり偶然ではなかったのか。
だが、「気持ち悪ぃ」だけで、何をされてるのかまではわからないようだ。
「ちっ。なんでいちばん厄介なのが眠ってねえんだよ。
調薬係め、しくじりやがったな」
ボヤく男を睨みながら、俺は急いで頭を回転させる。
「……なんで、ひとじちをとるんだ?」
「あん?」
「おまえのもくてきは、おれたちのくちふうじだろう?
どうせぜんいんころすつもりなら、ひとじちなんてとったところで、いうことをきくわけがないだろ」
俺が言うと、男はニヤリと笑った。
「ああ、お前、勘違いしてるぜ。
俺たちがここにいるのは、お前らを全滅させるためじゃねえ。
もしそうだったら、レプチパ草の花粉を撒くなんつーヌルい手段を取るわけがねーだろ。
致死性の毒を撒くなり、眠らせた上で屋敷に火をかけるなり、殺すだけならやりようは他にあるわな」
その気になったらできた、と言わんばかりの様子で、男が言う。
「……じゃあ、なにがもくてきなんだ。
かねか?」
「あいにく、活動資金には困ってないね。
この世に人があるかぎり、金払ってでも誰かを抹殺したいって奴が尽きるこたねーよ」
男が話す間に、他の黒ずくめたちも態勢を整え、俺を遠巻きに取り囲んでいる。
「わからねーか?
わからねーだろうな。
俺が――〈
「……りゆうは?」
「――お前を、誘拐していくためだよ、エドガー・キュレベル」
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