31 魔法戦士への道
――その後、俺は両親と司祭から質問攻めにされた。
【不易不労】の性質について。
【鑑定】の性質について。
ゴレスについて。
〈
魔法やスキルについて。
前世の記憶について。
俺は、知っている限りの情報を共有することにした。
まずは、最大MPの上げ方だ。
――魔法系の二つ名か、神からの加護を持つ者が、気絶するまでMPを使うと、その都度最大MPが1上昇する。
これは、女神様の口から聞いたことなので、絶対に間違いがない。
ジュリア母さんには《炎獄の魔女》の二つ名があるから、MPを使いきって気絶すれば最大MPが上がるはずだ。
もっとも、【不易不労】のある俺とは違い、母さんは気絶するたびに3時間の成長眠が必要になってしまうから、効率はかなり悪い。
それでも毎日寝る前に続けていれば、一ヶ月で最大MPがおよそ30上がる。
MPが30あれば、《フレイムランス》が3発も撃てる計算だ。
母さんは俺の話を聞くと、目を爛々と輝かせて、
「それ、すっごいよ、エドガーくん! 今晩から寝る前にはMPを使い切らなくちゃだね!」
と喜んだ。
ゴレス戦後、成長眠の際に女神様から【付加魔法】のスキルをもらったという話には、司祭が食いついた。
「アトラゼネク様は、どのようなお方なのですじゃ!?」
俺につかみかからんばかりの勢いで聞いてくる。
「くろいかみの、やさしいきれいなひとです」
そう答えると、
「むぅ。たしかに、神殿の言い伝えでは、アトラゼネク様は女神であるとされておる。一般には男性と思われておるのじゃが……」
などとつぶやいていた。
「そういえば、父さんと母さんも、じゅたくをうけたほうがいいよ。
かんていでは、スキルやかごにおおきなへんかがあるから」
「何だって! それなら、早速やってもらおうじゃないか」
「……エドガーくんに聞けばいいことのような気もするけど」
「かんていけっかの、うらがとりたいから」
「エドは慎重だな。それも前世の知識かい?」
「うん。サンプルはおおいほうがいいって」
転生した、という話は、今ひとつ通じないようで、結局司祭の言った通り「前世の知識」を持っている、というところに落ち着いている。
俺も、自分たちの子どもが、既に30歳の魂を持ってるなんてことは、結局打ち明ける勇気はなかった。
中途半端だと言われるかもしれないが、この秘密だけは墓場まで持っていくことにしようと思う。
それでも、ステータスを隠す必要がなくなったことだけで、肩の荷がずいぶん軽くなった気がする。
前世の知識を持っていることを知ってもらったおかげで、少々奇異なことを言ってもおかしくは思われなくなったのも大きいな。
「サンプル?」
「うーんと、れい、みたいなかんじ」
「例、かな。たしかにそうだ」
というわけで、父さん、母さんの順で司祭に託宣してもらう。
結果――
「マルスラート様の注目をいただいたぞ!」
「やったぁ! 【火魔法】レベル9! 《火精の加護》まで!」
「いぇーい!」「やったぁ!」といつになく浮かれたノリで、両親がハイタッチする。
飲み物を持ってきた使用人|(マルスラさん)が、腕を組んで踊り出した子爵夫妻を見てギョッとしている。
それを見ていてもしかたがないので、俺は司祭に聞いてみる。
「てきせいはんだんができるんですよね?」
「おお、それも【鑑定】で知ったのかな?
大したものじゃ。
しかし、わしは気にせんが、【鑑定】で知った事柄は、みだりに口外せぬようにな。
理由は、わかるかの?」
「あいてのきぶんをがいするから?」
「それももちろんじゃが、問題はそれだけには留まらぬ。
わしは職業柄、これまで何千ではきかぬほどのステータスを見てきた。
その結果として言うのじゃが、ステータスに秘密を抱えておる者は意外に多い。
その秘密を知られたと思われたら、場合によってはエドガー君の口を塞ごうと考える者もおるやもしれぬ。
じゃから、そもそも【鑑定】を持っていること自体、なるべくなら他人に知られない方がよい。
――いや」
司祭は少し言葉を切って、父さんたちを見た。
こちらが真面目な話を始めたので、小躍りしていた父さんと母さんも神妙な顔に戻っている。
「伝説級以上のスキルについては、ご家族以外には口外せぬことじゃ。
【鑑定】で秘密を知られたと思われるだけではない。
それだけの稀少なスキルを、複数所持しているとなれば、人の妬みを買ってしまうじゃろうからな。
また、おぬしを利用しようと近づいてくる輩も多いはずじゃ」
「……はい」
俺はこくりと頷いた。
「それで、適性診断じゃったの。
むろん、やらせてもらうとも。
神の申し子とも言うべきエドガー君の適性がどうなっておるか、わしにも興味があるからの」
司祭はそう言って、まぶたを半分閉ざす。
両方の手のひらを上に向けて、まるで秤で何かを量るような動きをする。
待つことしばし。
「この子は……ふむ」
司祭がそう言って考え込む。
「ど、どうなのでしょう……? エドガーは一体何に向いているんでしょうか?」
父さんが不安半分期待半分といった感じで聞く。
司祭はひとつうなずいてから、おもむろにこう言った。
「エドガーくんには、これと言って秀でた才能がないの」
その場にいる全員がずっこけた。
「いやいや、悪く言っておるのではないぞ。
これと言って飛び抜けた才能――そうじゃな、ジュリア殿の火属性魔法やチェスター君の弓のような突き抜けた才能は、確かにないのじゃが、一方で、向かないことがないように見えるのじゃ」
「向かないことがない……ですか?」
父さんが聞く。
「うむ。おそらく、魔法でも武芸でも、この子にできないことはないであろう。
およそわしの知る限りの分野において、エドガー君には人並み以上の才能がある」
「それは、珍しいことなのですか?」
「珍しいとも。というより、わしはこのような適性の持ち主を初めて見た。
おそらく、アトラゼネク様の加護があることと関係しておるのじゃろうが……」
それが当たりだ、司祭様。
俺の《善神の加護+1》のヘルプ情報を見てみよう。
《魂の輪廻を司る女神アトラゼネクの加護。魂の成長を促進する。全スキルの習得条件解放、スキルの習得・成長に中補正。》
【不易不労】があっても、習得できないスキルが多かったら意味が薄いだろうっていう、女神様の配慮だろうな。
「……てきせいは、みんな同じなの?」
「むろん、全く同じというわけではないぞ。
適性の振れ幅が常識の域を出ないというだけじゃ。
ジュリア殿やチェスター君、あるいはエドガー君のもう2人のお兄さん、そしてむろんアルフレッド殿も、飛び抜けた適性の高い領域がある反面、どうしてもこれだけは苦手だ、いくらやってもスキルが得られない、という領域もまた、あるのじゃよ」
「父さんのゆみみたいに?」
父さんがかくんとコケた。
「ほっほっほ。そういうことじゃな。
ちなみに、エドガー君の適性の中で高いものを挙げるならば、まずは【雷魔法】であろうな」
「かみなりまほう……」
「【雷魔法】は近年開発されたばかりの魔法で、弾速が速く、対象を麻痺させる効果があることから、習得を望む魔法使いは多いのじゃが、適性を持つ者はごく少ない。
どうも、『雷』というものを、魔法が発動できるほど具体的にイメージすることが難しいようじゃ。
エドガー君は、おそらくは天性のものなのじゃろう、この『雷』のイメージが得意なはずじゃ」
「イメージ……」
司祭は天性のものと言ったが、至るところで電気を使っていた現代日本から転生してきたせいだろうな。
つまり、天性じゃなくて転生か。
……うん、自分で言ってて寒いと思った。
「ジュリア殿のような、超一流の魔法使いの適性に比べれば見劣りするじゃろうが、二流どころの魔法使いと比べれば、むしろ適性は高いと言えるじゃろうな」
……それは、十分に適性があるということなんじゃ?
「すまんの。キュレベル子爵家は怪物揃いであろう? その上、神の加護持ちと来ては、期待しない方が無理というものじゃ」
それもそうか。
「武芸はどうなんです?」
と父さん。
自分が武人だけに、気になるところなんだろうな。
「ふむ。投擲武器一般、弓、槍、それから銃、じゃな」
「投擲武器に弓、槍……それから、最後は何と?」
「銃、じゃ。わしも詳しくはないのじゃが、太古に存在した独特の発射機構を備えた
俺は「銃」と聞いて興味を持ったが、父さんは満足に使えないと聞いて興味を失ったようだ。
「遠くの間合いから攻撃する武器が得意、ということですか?」
「そう言って間違いなかろう。
後は、何かを『投げる』『飛ばす』『弾く』といった能力じゃな。
長物と投擲、この2点に関してならば、一流にも手が届こうという適性を持っておる。
槍に関しては、アルフレッド殿にはわずかに及ばぬじゃろうが、と言ったところかの」
「接近戦は?」
「……少々どんくさいの」
ひでぇ。
「戦いを組み立てる能力には、光るものがありそうじゃから、やはり槍で間合いを取りつつ、魔法で決めるというスタイルがよかろう。
近間の殴り合いは向いておらぬので、近づかれたら距離を取るのが無難であろうな。
むろん、人並み以上の才能はあるのじゃから、心を決めて接近戦の修練を積めば、十分戦えるようにはなるはずじゃがな」
格闘ゲームでたとえるなら、シューティングキャラということか。
遠くから飛び道具で牽制しながら相手の体力を削り、相手が隙を見せたところに威力の高い攻撃を見舞っていく、というような。
アルフレッド父さんの戦闘スタイルとも似ているな。
「魔法の素質は、ジュリア殿には及ばぬものの、並みの魔法使いは凌駕しておるし、何より苦手属性がないのが強みじゃの。
ジュリア殿のように一属性に特化するよりは、さまざまな魔法を状況に応じて使い分けるのがよかろう。
もちろん、器用貧乏になっては困るから、軸となる属性を磨くべきじゃ。
が、これについてはさいわいにして【雷魔法】に適性があるのじゃから、これを鍛えればよかろう。
しかし……ふぅむ」
司祭は話しながら考え込み、
「……こう考えてみると、これはおそろしい才能じゃの。
たしかに一芸に秀でてはおらぬが、死角が見当たらぬ。
ふつうは、武芸の適性があれば魔法の適性がなく、魔法の適性があれば武芸の適性がない。
あるいは、剣技に秀でておれば弓技は苦手で、火魔法が得意であれば水魔法は習得できぬ、というように、適性の裏には弱点が潜んでおるものなのじゃがな。
まれに魔法と武芸の才を兼ね備えた者もおるが、たいていの場合、器用貧乏に陥るから、わしはどちらかに重きを置き、もう片方は補助に回せと助言するのじゃがな。
エドガー君はまだ若い。若すぎるほどじゃ。今の歳から、自分の意思で修練ができるのであれば……あるいは……」
司祭は再び考え込んでから、言った。
「――魔法戦士を目指すのも、よいかもしれぬな」
「まほうせんし……!」
なんとも男心をくすぐる言葉だ。
「うむ。むしろ、これはそうせよとのアトラゼネク様のご意向なのやもしれぬ。でなければ、これほどの加護を与えはせぬであろう」
「エドが……魔法戦士に……」
「エドガーくんが、魔法戦士……」
父さんと母さん、なんか目がギラギラしてきたんだけど。
大丈夫かな。
いきなりスパルタな教育パパ&ママになったりしないでくれよ?
「魔法戦士を名乗る者自体は、巷にはそれなりにおる。
とくに、衒気の強い冒険者などにはよくおるの。
じゃが、本当の意味で魔法戦士と呼べる者は、悪神モヌゴェヌェスと戦い、引き分けたという
ゆ、勇者!
しかも、悪神と戦って引き分けた、だって!?
「伝承では、魔法戦士とは、単に魔法と武芸をそれぞれ極めた者のことを指すのではない、ということじゃ。
魔法と武芸――まるで異なるはずの2つの術理を究め、その2つを『双つ』へと高めた時、忘れ去られたある伝説級スキルを得ることができると、そう伝えられておる」
「お、おおお……!」
ヤバい。
俺の心の男の子の部分が奮い立っている。
この世界には、ゲームみたいな
複数のスキルをカンストさせると、スキルの組み合わせによって新しいスキルを修得することがあるってことだな。
そこまで考えて、ふと思いつく。
「しさい。スキルのしゅうとくけいろについて、なにかしりませんか?」
「ほほう……習得経路とな。
詳しく聞かせてくれぬか?」
「スキルをカンストさせると、ボーナススキルがかくとくできます。
でも、そのボーナススキルを、スキルをカンストさせるいがいのほうほうでしゅうとくしているひとがいます。
母さんは、かせいまほう(【火精魔法】)を、ひまほう(【火魔法】)をカンストさせるまえからもっていました。
いっぽう、父さんは、そうぎ(【槍技】)がカンストしていたので、そのボーナスとしてそうじゅつ(【槍術】)をかくとくしたのだとおもいます」
俺がそう説明すると、
「たしかに、僕はそうだったけど、必ずしもそうではないんだよ。
【槍技】を極めたはずなのに、【槍術】を授からない槍使いも多いんだ。
逆に、【槍技】のレベルが9にならないうちから【槍術】を修得する人も、まれにだがいるらしい」
父さんがそう補足してくれる。
「わたしは、《炎獄の魔女》の二つ名がステータスについたときに、一緒に【火精魔法】も獲得していたかな」
「ふむぅ……スキルの習得には、さまざまな経路があるということは、司祭たちの間でも知られておる。
ただし、わしらは輪廻神への誓いによって縛られておるから、情報を交換して検証するということができぬのじゃ。
むろん、わし個人の経験から、こうではなかろうかという仮説のようなものは、いくつか立っておるのじゃがな」
司祭は「うおっほん」と咳払いしてから話しはじめる。
「まず、【槍技】が【槍術】に、また【火魔法】が【火精魔法】にという習得経路はわかりやすいの。
同様のことが、さまざまな武技、各属性の魔法に当てはまる。
やや特殊なのが、投擲系のスキルじゃろう。
投げナイフの達人と、斧投げ、あるいは槍投げの達人の一部の者が、【投擲術】という、同一の達人級スキルを獲得するのじゃ。
エドガー君も、やがてこのスキルを獲得できるのじゃろうな」
へええ。
それは知らなかった。
ゴレスも、【投槍術】は持っていたけど、【投擲術】は持っていなかった。
「同様のことが、さまざまなスキルについて言えそうなのじゃが、何分検証の難しいことじゃからな。
スキルをどのように習得したのかについては、戦いを生業にする者たちは明かしたがらぬという事情もある。
あまりエドガー君の役には立てんで恐縮じゃが、もし習得経路についてわかったことがあったら、わしに教えてくれるとありがたいの。
もちろん、ただでとは言わぬ。
相応の見返りを用意させてもらうからの」
「わかりました」
と答えて、俺は不意に気がついた。
メルヴィが大人しいな。
そう思って隣を見ると、メルヴィは難しい顔をして、厨房への扉を睨んでいた。
「……どうしたの、メルヴィ?」
「う~~~ん……。気のせい、かな?」
俺は、眉をひそめたまま首を傾げるメルヴィに、話しかけようとしたのだが、
「エド」「エドガーくん」「エドガー君」
好奇心に燃える大人たち3人に捕まって、そのままになってしまった。
その後も、俺は3人から質問攻めにあった。
【不易不労】のおかげで疲れないし、こちらとしても聞きたいことが山ほどあったから、それはそれで有意義な時間だった。
――しかし、このほんの数時間後に、この時メルヴィから話を聞き出そうとしなかったことを、俺は大いに後悔することになった。
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