30 告白

 ――司祭の腕が、素早く動く。

 その度に、テーブルの上の紙片に、ステータスが記されていく。


 食事を済ませた後、俺は早速司祭から受託を受けることになった。


 初めての受託の結果は、その人にとって記念すべき記録となる。

 テーブルの上に置かれた紙片は、金箔で飾り付けられた豪華なものだった。


 その豪華な紙の上に、司祭は躊躇うそぶりも見せずに文字を記していく。

 司祭の目は半分閉ざされていて、どこか焦点が合っていないように見える。


 司祭の腕が、ステータスの最後の行を書き終えて、びたりと止まった。


 司祭はゆっくりと目を開く。


 司祭は手元の紙に目を落とし――目を、見開いた。


「こ、これは……!」


 司祭はガバッと身を乗り出し、凄まじい勢いで目と首とを動かして、何度となく紙を確認する。

 あげくにはぎゅっと瞬きしてから目頭を押さえ、頭を何度も振ってから、もう一度紙を確認し、それからぐらりと身体を傾けて、背もたれにどさっともたれかかった。


 ……うん、いいリアクションをありがとう。


「し、司祭……?」


 アルフレッド父さんが、さすがに不安そうな顔で聞いた。


「お、おお……済みませぬ。

 受託は無事、成功致しましたぞ。

 いやはや、何か失敗したのではないかと思いましたが、紛れもなく、成功ですじゃ。

 成功のはずなのじゃが……いや、よしましょう。

 とにかく、まずはこれを見てくだされ」


 司祭は、紙の末尾にサインを施すと、紙を父さんの前に差し出した。


「なになに……ふぉっ!?」


 父さんが固まる。


「もう、2人とも何よぅ? エドガーくんのステータスに何かおかしいところでも……って、ふぇぇっ!?」


 母さんも固まった。


 俺も隣から紙を覗きこんでみる。


 紙の内容は、こんな感じだ。


『受託者_エドガー・キュレベル」

 託宣者_ソロー=アトラ・アバドン」

 」

 レベル_31」

 HP_63」

 MP_2142」

 」

 スキル」

 」不易不労-_インスタント通訳-」

 」鑑定9_データベース-」

 」物理魔法8_付加魔法3_魔力制御6_無文字発動6_魔法言語1」

 」投槍技5_飛剣技2_手裏剣技5_投斧技2_ナイフ投げ2_火魔法7_水魔法2_風魔法6_地魔法2_光魔法3_念動魔法9_魔力操作9_同時発動9_魔力感知1_暗号解読2_聞き耳3_遠目2」

 」

 」善神の加護+1(アトラゼネク)」

 以上、託宣の結果に誤りがないことをここに証す。_ソロー=アトラ・アバドン」』


 行頭・行末の”」”、スペースを埋めている”_”は、不正な書き込みを防ぐためのものだろうな。

 前世の会社で習った、領収書の書き方とよく似てる。

 もう1つだけ、おかしなところがあるのだが、それは父さんと母さんへの説明が済んでから考えるとしよう。


 それはともかく、俺はずっと悩んでいた。


 ステータスを、どこまで明かすべきか、ということについて。


 結局、俺は一切のステータスを隠さないことにした。


 【不易不労】の特性を隠したままでは、スキル上げもしにくい……という事情もあるにはある。

 が、それ以上に、俺のことを全力で守ろうとしてくれているアルフレッド父さんとジュリア母さん――この2人にだけは嘘をつきたくないと思ったのだ。


 ……と言いつつ、司祭が隠すこともできると言った時に、ちょっとだけ迷ったのも事実なんだけどな。


 司祭は状態異常でここで見たステータスのことを他言できないことがわかっているし、この際全部見せてしまって、どの程度の反応をされるのか、試してみるのも悪くないと思った。


 思った以上の反応をしてくれたようで、ちょっと悪かったような気がしなくもない。


「……ええっと、何かの間違い……では、ないのですよね?」


 ようやく気を取り直した父さんが聞く。


「……うむ。そのお気持ちはわからんでもないが、たしかにこれが託宣の結果じゃ」


「スキルが4行あるのは、何でかしら?」


 母さんが聞く。


「一番下の行のスキルは、汎用スキル。下から2行目のスキルは達人級と呼ばれるスキルじゃ。

 ここまでは知っておろう」


「は、はい……私もジュリアも、達人級スキルを所持していますから」


「そうだったの。

 アルフレッド殿は【槍術】、ジュリア殿は【火精魔法】じゃったか。

 夫婦揃って達人級スキル持ちとは珍しいことじゃな」


「それで、この子のスキルは、一体? 下2つも異常なほど充実していますが、上2つに至っては聞いたことのないスキルばかりですが」


「不易……不労? 鑑定……?」


 揃って首を傾げる夫婦に、司祭は重々しく頷いた。


「スキルの下から3行目は、伝説級と呼ばれるスキルじゃ」


「なっ……! 伝説級……!?」


「ええええっ!?」


 驚く父さんと母さん。


「輪廻神殿に言い伝えられているところによれば、達人の中の達人が、何らかの僥倖を得て初めて獲得できるスキルじゃという。

 中でも【鑑定】は、名前だけは有名じゃ。

 万物に秘められた情報を読み解くことができるという、伝説の名にふさわしい能力じゃな」


「万物に秘められた情報を読み解く……?

 そ、そうか! エドが時々、まだ知っているはずのないことを知っていたのは、それのせいか!」


 司祭の言葉に、父さんがハッとした様子でそう言った。


 ……やっぱり、気にしてたんだな。


「魔法の習得が早かったのもそのせいかなぁ? うーん、何か違うような気も……?」


 ジュリア母さんはそうつぶやきながら首をひねっている。


「おふたりとも、まだ驚くのは早いのじゃぞ?

 スキル欄一番上の行は、おそらく、神話級スキルと解するほかあるまい」


「「し、神話級!?」」


「うむ。伝説のさらに上――世の理を外れた効果故に、神から授かるほかないと言われる稀少スキルじゃ。それが、2つも……」


「【不易不労】に……もう1つは、読めない文字・・・・・・ですな」


 父さんが、難しい顔でつぶやいた。


 そう。【インスタント通訳】は、この世界の文字ではなく、日本語で記されていた。


「ふぅむ。エドガー君、何か思い当たることはあるかね?

 というより、君は自分自身のスキルについて、どの程度把握していたんじゃね?」


 司祭が俺に聞いてくる。


「はんようスキルと、たつじんきゅうスキルは、じぶんでおぼえました。

 ふえきふろうはうまれたときからもってました」


「【不易不労】とは、一体どんなスキルなのじゃ?

 わしも長く司祭をやっておるが、聞いたこともない」


「つかれません。ねむるひつようもあまりありません」


「疲れない? 眠らなくてよい、じゃと?」


「エドガーくんは、たしかに小さな子どもにしては体力があるなと思ってたけど、まさかそんなスキルを持ってたなんて……」


 母さんがちょっとショックを受けた様子でつぶやく。


「ちょっと待て、エドは、それを知っていて、僕たちに隠していたのか?

 たしかに、うかつには口外できないスキルだが、なぜうかつには口外できないということを、エドは判断できたんだ?」


「それは……」


 俺は言いよどむ。


「ふむ……ひょっとすると、加護が関係しておるのやもしれませぬな」


 司祭が口を開く。


「見てくだされ。ステータスの最後の行じゃ。

 この子は、アトラゼネク様の強い加護を受けて生まれておるのじゃ。

 こう言っては何じゃが、長年司祭としてアトラゼネク様に仕えてきたわしですら、アトラゼネク様から注目を受けるに留まっておる。

 わしを超えるような運命を、エドガー君は背負って、この世に生を受けた、ということになるのですじゃ」


「司祭を超える運命……」


「もう1つ、これは、輪廻神殿に伝わる言い伝えなのじゃが、輪廻神の加護を受けて生まれた者の中には、前世の知識を持って生まれてくる者がおると」


「前世の知識、ですか」


 アルフレッド父さんが戸惑ったように俺を見る。

 ジュリア母さんも不安そうに俺を見つめている。


 俺は、意を決して答えた。


「おれは、ぜんせのちしきを、もっています。

 だから、おれのスキルは、いじょうだとおもいました。

 このせかいのことはわからないけど、父さんや母さんのはなしをきくかぎりでは、あまりいわないほうがいいんじゃないかとおもったんです」


「ひょっとして、2つめの神話級スキルも、それに関わりがあるのかの?」


「しんわきゅうスキルの2つめは、インスタントつうやくとよばれるものです。

 ぜんせの『にほんご』ということばを、マルクェクトきょうつうごにやくしてくれます」


「なるほどの」


 司祭はひとつ頷くと、父さんと母さんへと顔を向けた。


「この子は、スキルを、わしから隠すこともできたのですじゃ。

 それをあえて、ご両親に打ち明けられたのです。

 ――エドガー君、君はなぜ、アルフレッド殿とジュリア殿に打ち明ける気になったんじゃね?」


 司祭は、おそらく、俺の言いたいことがわかっていて、聞いてくれたのだろう。


「かくしごとを、したくなかったからです。

 これからさき、スキルをかくさなければいけないことはおおいとおもいます。

 でも、父さんと母さんにはひみつにしたくなかった」


「逆に、これまではなぜ話さなかったのかね?」


「……こわがられたくなかったからです」


 父さんと母さんは、黙って俺の話を聞いている。


「ランズラック砦では活躍したとの話だったが、その時は、力を隠そうとは思わなかったのかね?」


「父さんと母さんが、あぶないとおもったからです。

 ゴレスは、きけんなあいてでした。

 ゴレスは、あくしんのじゅかをうけていました」


「《悪神の呪禍》、じゃと!?」


 驚く司祭に、父さんが聞く。


「司祭、《悪神の呪禍》? とは、一体どのような……?」


「エドガー君は、善神である輪廻の神アトラゼネクからの加護を受けております。

 一方で、悪神モヌゴェヌェスに目をつけられ、取引によって強力な力を与えられるものがおりますのじゃ。

 わしもこれまで半信半疑だったのじゃが……」


 難しい顔をする司祭に、母さんが言う。


「あの時の〈黒狼の牙〉団長ゴレスは、確かに異様な力を持っていました。

 強力な魔法をかけた投槍を、何百メートルも離れたところから投擲して、城壁を破壊しました。

 エドガーくんが戦ってくれなかったら、わたしではおそらく勝てなかったと思います」


「むぅ……《炎獄の魔女》をしてそこまで言わせるほどの力を持っておったのか」


「ゴレスは、あくしんのじゅかで、じゅみょうとひきかえに、HPとMPにたかいアッドをうけ、ふかまほうのスキルもあたえられていました」


「アッド? それは一体どういうことじゃな?」


「アッドとは、あくしんのじゅか、あるいはぜんしんのかごによって、HPやMPをおおはばにかくちょうすることです。

 ゴレスは、HPとMPを、それぞれ250もアッドされていました」


「に、250じゃと!? レベル50に届くものですら、HPは120がせいぜいじゃというのに……」


「ゴレスのもとのHPは129です。

 かんていしたけっかなのでまちがいありません」


「じゃあHPが実質的に3倍になっていたということかい?

 MPも250増えていたんだったな?

 ジュリアの最大MPがまるまる乗っかっているような計算か。

 完全に化け物じゃないか」


 父さんがそう言って首を振る。


「HP、MPそれぞれのアッドをえるために、ゴレスはじゅみょうを10ねんずつけずってました。

 ふかまほうとタフネスというスキルをえるためにもじゅみょうをけずっていたので、ゴレスのじゅみょうは40ねんみじかくなっていたはずです」


「……ぬぅ。それは代償として安いのか高いのか……さすがは悪神と言ったところじゃの」


「思っていた以上に、僕とジュリアは危なかったらしいな……。

 エド、本当にありがとう」


 父さんが俺の頭を撫でてくれる。


「でも、そういうことは、もっと早く言ってほしかったなぁ」


 母さんが頬をぷくっと膨らませる。


「……ごめんなさい」


 俺は心から言って、頭を下げた。


 その俺の頭を、あたたかいものが包み込んだ。


「わたしこそ、ごめんね。エドガーくんがそんなに悩んでたなんて、わかってあげられなかった」


 母さんは俺をぎゅっと抱きしめながら、そう言った。

 俺の頭に、ぽつんと熱い何かが落ちてきた。

 驚いて見上げると、母さんは泣いていた。


「……ほんとうに、ごめんなさい」


「うんうん、いいんだよ。――でも」


 母さんが俺の頭を軽く叩く。


「今度からは、何でもお母さんに言うこと。

 信じられないようなことでもいいから。

 そしたら、お母さんもいっしょに考えてあげられるから」


「……うん」


 かすれるような声になってしまった。


 年甲斐もなく涙ぐんでしまったよ。


 もっと早く、こうすればよかったんだな。

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