36 新米御使いオロチ君の一日(朝~昼)

 ――罪調べの日から、一ヶ月が経った。


「おーい、オロチ同志! こっちも手伝ってくれよ!」


 〈八咫烏ヤタガラス〉アジト、通称「カラスのねぐら」地下5層の発掘現場に、現場監督の野太い声が響いた。


「わかった! これが終わったら行く!」


 呼ばれたオロチこと俺は、そう返事をしながら【地精魔法】で地面を円形にくり抜いた。


 ……説明が必要だろう。


 〈八咫烏ヤタガラス〉の御使い見習いになった俺は、首領から「オロチ」という呼び名をもらった。

 命名の理由は、蛇のようにいけ好かない奴だから。


 これとは別に、見習いがとれて晴れて一人前の御使いと認められた時にも、教主様から御使いとしての名を賜わることになるらしい。

 出世魚みたいなもんだな。


 この時、本人の希望があれば、親からもらった元の名前に戻すこともできる。

 正確には、同じ名前を改めて教主様から授かる、ということになる。

 ……元の名前を名乗るだけのことに、教主様の認可がいるということだ。 


 そして、魔法が使えることを見込まれた俺は、修行の合間に、塒の下層にある発掘現場で、地下に眠る遺跡の発掘作業に従事させられている。


 なんでも、この塒は古代の魔法使いが残した遺構を(勝手に)再利用したものなんだそうだ。

 教団の規模に合わせて【地魔法】で地下を掘って空間を拡張しているらしいのだが、その拡張作業の最中に、これまでの遺構とは異なる遺跡が発見された。

 これまでの遺構が、木枠で支えられた坑道のような洞窟にすぎないのに対して、この遺跡は金属となめらかな岩と正体不明のつるつるした構造体によって構成されている。


 というか、はっきり言って、コンクリ打ちでプラスチックや軽金属を使った、前世におけるオフィスビルのような構造なのだ。

 いや、地下にあるのだから、核シェルターと言った方が近いかもしれない。


 とまれ、このオフィスビル然とした(あるいは核シェルターっぽい)構造物の中に、何に使うんだかよくわからないがらくたのようなものがたくさん転がっていた。

 もっとも、俺には見覚えのあるものがかなりあったのだが、〈八咫烏ヤタガラス〉の――いや、この世界の人々にとっては見慣れないものばかりのはずだ。


 ただ、その中にも、比較的わかりやすいものもあった。


 たとえば、ナイフをはじめとする金属製の武器や防具。

 ステンレス製のナイフは錆びにくく、この世界のナイフに比べてはるかに刃毀れしにくいとのことで、〈八咫烏ヤタガラス〉の暗殺者たちには非常に重宝されている。

 それより数は少ないが、【鑑定】によればジュラルミンでできているというプロテクターも出土しており、〈八咫烏ヤタガラス〉の幹部たちは、揃いのローブの下に装着しているらしい。


 他にも、ステンレスの食器やプラスチックの容器などといった、形状から用途が想像できるものに関しては、塒内で使用している他、一部の好事家に法外な値段をふっかけて売ったりもしているらしい。


 俺は、スキルレベルこそ高くなかったが、【地魔法】が使えた。

 そのせいで、この現場では有難がられ、朝から昼までの時間帯は訓練を免除されてここで働くことになっている。

 そして、ここで【地魔法】を使いまくっているうちに、【地魔法】がカンスト。

 そのボーナスとして、俺は達人級スキル【地精魔法】を手に入れていた。


 もちろん、【地精魔法】を〈八咫烏ヤタガラス〉の面々の前で使ってみせるほど無思慮じゃない。

 一応、【地魔法】らしい体裁を取りつくろいながら【地精魔法】を使って、労働兼スキル上げをさせてもらっている。


 ――そしてついでに、いつか訪れる日のために、小細工を弄してもいる。


 俺は、削りとった床をこつこつと叩き、反響する音に小さく頷いて、現場監督の元に向かう。


 現場監督が、壁に空いた穴を指さして言う。


「おう、来たか。この穴なんだが、お前なら向こうに抜けて、様子を探れるんじゃないかと思ってな」


 この形状は……換気扇だろうな。

 穴のそばに、黄ばんだファンが取り外されて置かれている。


「ふーん。いいですよ」


 俺は、ライトフィジクを描きながら、換気扇の中に身を躍らせた。


 入ったところは、作業部屋か何かのようで、それらしい機械が並んでいる。

 が、ボロボロに腐食していて、このままではとても使えそうにない。


 機械のまわりに散乱している部品を見て――俺は目を細めた。


「――メルヴィ」


「はーい。回収すればいいのね?」


「頼む。最近こんなことばっか頼んで悪いけど」


あれ・・の自動化ができるかもしれないんでしょ?

 喜んで手伝うわよ」


 メルヴィが目ぼしいものを【次元魔法】で回収していく。

 その作業が終わるのを待って、


「――監督、ここには大したものはないみたいです。

 奥に扉があるので、そっちに向かってみます」


「そうか、頼む」


 俺の大嘘を疑いもせず、監督が言う。

 嘘が嫌いな妖精さんに睨まれてしまったが、しょうがないよな。


 俺は再び【地精魔法】を使い、扉を埋め尽くす土砂を取り除く。


 コンクリの壁を土砂と区別して土砂だけを取り除くことができるのは、ここに動員されている魔法使いの中では俺だけである。


 というか、他の連中はふつうの岩壁とコンクリートの区別がつかないらしい。

 コンクリのことを、どこかから削り出してきたか、魔法で生み出したかした岩だと思っているようだ。


 さて、土砂を除くと、そこには金属のパイプの走る狭い廊下があった。

 潜水艦や宇宙船の内部を思わせる造りだ。

 まさかこの遺跡全体が巨大な乗り物だってことはないと思うが。


「メルヴィ、何だかわかる?」


「うーん……ご主人様の知識にも、こんなもののことはないみたいよ?」


 メルヴィは首を傾げるが、俺には仮説がなくもない。


 この世界には、昔から異世界からの転生者が存在している。

 そのうちの1人が、この遺跡を作ったのだろう。

 造りからして、工場か工房といったところか。


 とはいえ、この遺跡がそこまで貴重なものなのかはわからない。


 〈八咫烏ヤタガラス〉の発掘班による発掘はかなり進んでいるが、ここから発見されるのは、ステンレスやプラスチックの日用品と簡単な武器が主で、それ以上のものは見つかっていない。


「機械があるのは、まあいいんだ」


「いいの?

 こんな複雑で精巧で、それでいて何に使うんだかわかんない機械なんて、わたし初めて見るわよ?」


「たしかに珍しいだろうけど、転生者がいたのなら、不思議ではないよ。

 不思議なのは――」


「……何よ?」


「これらの機械を動かす動力が見つからないことなんだ」


「動力?」


「風車を動かすには風がいるでしょ?

 電気か魔法かわからないけど、これらの機械を動かすための動力がない」


「もう持ち去られたとか?」


「少なくとも、〈八咫烏ヤタガラス〉では回収してないみたいだよ。

 持ち去ったとしたら、ここを作り、放棄した人たちだろうね」


 機械には、よく観察すると丸いくぼみがあるものが多い。


 これが動力と機械をつなぐアダプタなのだとしたら、電力ではなく魔法的な何かだと思う。

 たとえば、魔力を溜めておけるオーブのような。


 ――俺がほしいのは、それだ。


「行き止まりか。――《トンネル》」


 ボコッと(音はしないが雰囲気として)壁がえぐれる。

 また進んでは《トンネル》を繰り返し、遺跡の奥を目指す。


 そのまま20分ほど探索したが、めぼしい成果は得られなかった。

 俺は監督のところまで引き返す。

 入った換気扇ではなく、近くに埋もれていた扉を掘り出して、そこから外に出た。


「――お、戻ったか。どうだ?」


 興味津々で聞いてくる監督の前に、俺は【物理魔法】で運んできた、毒にも薬にもならないガラクタを積み上げる。


「おお、ナイフにレンチに……こりゃなんだ?

 まあいい。

 使いやすそうなのが揃ってるじゃねえか」


「奥に、レールの束がありましたよ」


 塒内に張り巡らされたトロッコも、遺跡の一部だ。

 精密なレールを作る技術も施設もここにはないが、こうして時々出土するレールを、地下空間の拡張に使っている。


「何っ! そりゃ大発見じゃねえか!

 資材班の連中が、レールがほしいってずっと言ってやがったからよ」


 監督がそう言って、俺の髪をがしがしかき回す。


 ……ごめんよ、おっちゃん。

 それ以外の目ぼしいものは、全部ポッポに入れちゃったんだ……。


 ま、渡したところで、用途のわからないものが大半だとは思うけどな。


 喜ぶ監督に罪悪感を覚えつつ、午前の作業はそれでおしまいとなった。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 昼、カラスのねぐら中層にある食堂はごった返していた。


 聖務中は黒ずくめの御使いたちも、一皮剥けば人間だ。

 腹も減るし、できることならうまいものを食べたいと思っている。


「おい、俺にも焼いてくれよ!」

「割り込むなよ! 今は俺のを焼いてるんだ!」


 俺がお好み焼きを焼いている鉄板の前で、同志2人が言い争いを始めた。

 ……あ、「同志」っていうのは、塒における互いの呼び方な。


「ネビル同志、ゴンザック同志、ちゃんと並ばないと、お好み焼きはなしですよ」


 俺がそう言って注意すると、2人は大人しく並んで自分の番を待つ。


 以前、似たようなことがあった時に、俺を子どもだと思って舐めてかかってきた奴を、【物理魔法】で鍋をぶつけてのしてやったことがある。

 それ以来、先輩の御使いたちも俺の意見を「尊重」してくれるようになった。


 最初こそ見た目が3歳児ってことで奇異な目で見られたが、最近はすっかり馴染んで、軽口を叩き合えるような相手も増えてきた。


 暗殺者の集団だからおっかない連中が多いだろうと思っていたのだが、一度中に入ってみるとアットホームとすらいえそうな社会がそこにはあった。

 ネビル同志やゴンザック同志のように気さくな御使いも多く、ともすれば、彼らが悪神を奉じる暗殺者であることを忘れそうになる。


「っていうか、自分で焼けばいいだろうに」


「いや、自分で焼くとどこか違うんだよ。タネがふんわりしねえっていうか……」


 そりゃ、【物理魔法】で絶妙な具合に撹拌してるからな。

 かつお節代わりにしているウスサケ茸のさき身も、【火魔法】で炙ってカリカリにしている。

 定番のマヨネーズも作ったし、ソースはトマトケチャップに似たソースにいくつかの香辛料を加えた特製のものだ。


 罪調べの時に出されたボソボソのパンと薄いスープは、量こそ少なかったものの、塒における一般的な食事だったのだ。

 開放された時の肉料理や魚料理は、新人の歓迎と御使いたちの慰安を兼ねた贅沢品だったのだという。


 あまりに味気ないので、厨房を借りてお好み焼きを作って食っていたら、先輩方に目をつけられてしまった。

 そして、こんなうまいものが作れるなら厨房係をやれと言われて、昼時は作業や訓練を免除してもらい、こうして厨房でお好み焼きを焼かされることになった。


 日にもよるが、食堂に出入りする御使いは、だいたい百人前後。

 首領であるガゼインもよく現れるが、教団教主グルトメッツァの姿だけは見たことがない。


 ちなみに、食堂のオバちゃんなんているわけもないから、基本的には厨房を使ってありものを調理して勝手に食えというシステムだ。

 一応、怪我で退役した御使いが厨房係をやっていて、最低限のパンとスープは用意されているが、それだけではあまりにも味気ない。

 仲間内で料理係を決めて輪番制で自炊している御使いが多い。


 俺もタダで作らされてはたまらないので、それなりに交換条件を出したりもする。


「なあ、ひさしぶりにあれも作ってくれよ」


 お好み焼きを実にうまそうに平らげたネビル同志が言ってくる。


「あれか? そうだな、掃除当番を代わってくれるなら、やってもいいぜ。

 あ、牛乳券は自分で出せよ」


 地下では貴重品の牛乳は配給制になっていて、専用の券がなければ飲むことができない。

 牛乳券は、この塒ではタバコ券と並ぶ貴重品として、御使い同士の取引の道具ともなっている。


 塒内のものは、武器から食料に至るまで、原則としてすべて教団全体の共有財産だということになっている。

 教団外で流通する貨幣を使って売り買いすることは厳禁だ。

 教団内で偉いのは、金を持ってる奴ではなく、多くの聖務をこなした――つまり、人を沢山殺した奴だ。

 聖務をこなし、教団内での序列を上げることで、いい部屋が手に入り、いい武装を使用する許可が得られ、ほしいものを優先的に融通してもらえるようになっていく。


 ただ、みんなのほしがる希少品というものはどうしてもある。

 そのため、一部の物品には配給制が敷かれている。

 そのチケットが事実上の貨幣として塒内でものを言っているのは、公然の秘密だ。


 ちなみに、牛乳は塒内にある専用牧場からの産地直送であるため、でろっと濃いが新鮮で味もよく、御使いたちの日々の楽しみとなっている。


「ぐ……しかたねえな」


 ネビルは懐から紙入れを取り出し、その奥底にしまい込まれていた牛乳券を俺に渡す。

 俺は赤票と呼ばれる掃除当番の札をネビルに渡し、厨房の奥から牛乳瓶とステンレス製のシェイカーを持ってくる。


「じゃ、行きますか――《アイスクリーム》!」


 これは、いうまでもなく俺のオリジナル魔法だ。

 【物理魔法】でシェイカーを浮かせて振り回すと同時に、スプレドフレイムを特殊な形で掛けあわせてシェイカーを冷やす。

 説明としてはそれだけだが、《フレイムランス》などとは比較にならないほど制御の難しい魔法だ。

 さいわい、教団には魔法使いはそれほどおらず、ネビル同志はじめこの場に居合わせた御使いの中に、この魔法の凄さに驚く奴はいない。


 さて、シェイカーをシェイクしながら、俺はお好み焼きのタネのあまりを、鉄板に薄く伸ばしていく。

 ちょっとイレギュラーだが、代用クレープの完成だ。

 そのクレープを皿の上に載せて、その上にできたてのアイスクリームをトッピングする。

 ついでにリンゴの酒漬けも載せてやり、チョコなんてないので、料理用のブランデーをちょっと垂らして、できあがり。


「ほいさ、ネビル同志」


「おう、オロチ同志の盛り付けはセンスがあるな。

 いったいどこでこんな盛り付けを覚えたんだ。

 王都の上流貴族ででもなきゃ、こんなもん見る機会がねえだろ」


 クレープを受け取りながらネビルが聞いてくる。

 俺は、ちっちっちと指を振りつつ、


「女の過去は詮索するもんじゃないぜ?」


「……ホントにどこでそんなことを覚えやがったんだ、こんガキ」


「不満ならお好み焼きもクレープも作らないぞ」


「い、いや、俺が悪かった!」


 ネビル同志はクレープの皿を大事そうに抱えてテーブルへと去っていった。

 俺はネビルを見送りながらエプロンを外す。


「おい、ネビル同志だけじゃなく、俺らにもお好み焼きを作ってくれ」

「わたしもクレープがほしいわ!」


 他の同志たちがあわてて言ってくるが、


「悪いな、訓練の時間だ」


「ちっ……しかたねえな。

 また作ってくれよ?」


「そうよ、掃除くらい代わるから、クレープはお願いね」


「はいはい」


 俺は軽く手を振りながら、食堂を後にする。

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