14 副作用

 俺は呆然と大きくなった・・・・・・自分の身体を見下ろしていた。


 といっても、生前の姿に戻った、というようなことではない。


 子どもを持ったことがないからわからないが、たぶん3歳くらいの大きさじゃないか?

 身長にして90センチちょいくらい。

 ベッドサイドに立っているテーブルに頭が届かないくらいだからな。

 たぶん、30センチ近く身長が伸びているし、今無意識にベッドから下りても大丈夫だったように、骨格や筋肉もかなりしっかりしている。

 成長前はおすわりですら長時間していると身体が痛くなってきたのに比べると格段の進化だった。


 とはいえ、身体がいきなり大きくなっては、喜ぶよりも先に困惑してしまう。


 俺はひとしきり自分の身体をぺたぺた触ってから、近くにあったイスによじ登り、そこからテーブルの上のグラスを取って、同じくテーブルの上にあった水差しから水を注ぐ。

 水差しは重かったので両手どころか全身の筋肉を使ったけれど、以前だったらこんな動作すらできなかった。


 俺は、水を入れたグラスを両手で持つと、ぐびぐびと音を立てて水を飲んだ。


「……ふぅ」


 口の端からこぼれた水をぬぐいながら、俺はやり遂げた感のあるため息をついた。


 そこで、唐突にドアが開いた。


「――いやぁ、遅くなって済まない。っと、ジュリアはまだ成長眠かな? 僕のはもう終わったけど――って、エドは?」


 なにやらしゃべりながら入ってきたのはアルフレッド父さんだった。

 父さんは、俺がベッドから出てイスに腰掛けているのに気づかなかったようだ。


 父さんはジュリア母さんが成長眠に入ったことを知ってるんだな。

 じゃあ、成長眠という概念は、この世界ではよく知られてることだと思って良さそうだ。


 口ぶりからすると、父さんもまた戦いの後に成長眠に入ってたみたいだな。

 【鑑定】。


 アルフレッド・キュレベル(子爵・サンタマナ王国第三方面軍司令官・《城落とし》・《名将》)

 39歳

 ハーフエルフ


 レベル 40

  HP 94/94

  MP 81/81


 スキル

  ・達人級 

   【統率】6

   【槍術】5


  ・汎用

   【指揮】9(MAX)

   【剣技】5

   【弓技】3

   【槍技】9(MAX)

   【格闘技】3

   【短剣技】1

   【乗馬技】6

   【水魔法】3

   【風魔法】4

   【地魔法】4


 《軍神の注目》(武勲を立てたことで軍神マルスラートから注目されている。戦に関わるスキルの習得・成長・効果に微補正。流れ矢に当たりにくくなる。部下の謀反の気配を察知しやすくなる。)


 レベルの上昇は1で、それにともないHP、MPもすこしずつ上昇している。

 《名将》の二つ名も追加されて、軍人としての箔がぐっと上がった感じだな。


 が、見るべきはそこではない。


 スキルは【指揮】がカンストし、【統率】も2上がっている。

 女神様はスキルは実戦で使った方が上がりやすいと言っていたが、実際結構大きく上がっている。

 同じような戦いを何度かくぐり抜ければ【統率】はカンストしそうな勢いだ。

 ま、こんなことがしょっちゅう起こっているようじゃ国としてちょっとヤバい気がするから、そうおかしなことではないのかもしれない。


 そして、最後の《軍神の注目》。

 神様の加護を受けるのとは違うようだが、戦場に立つことを考えると地味に有り難い感じの効果が揃っている。

 これで戦争があってもちょっとは安心だが、そもそも家族の立場からすれば父さんが戦場に立つ機会なんてない方がいいに決まっている。

 まさかとは思うが、軍神から注目されたことで父さんが戦争に巻き込まれる、なんてことはないだろうな。


 レベルの上昇は1だから、父さんの成長眠は3時間だったはずだ。


 俺が成長眠に入った後残党狩りをして、事後処理は髭の騎士さんにでも任せて先に睡眠を取った、という感じだろう。

 司令官だから、事後処理が一段落するまでは起きていたかったと思うが、成長眠は戦闘の緊張感から解放されると一気に来るみたいだからな。


 ……それはともかく、いい加減父さんをほったらかしにしておくのはまずいな。


「――とうさん」


「うわっ! エド、そんなところにいたのか!」


 父さんが俺の方をふりかえり――


「ね、ねぇエド……君、なんか大きくなってない? ていうか今とうさんって呼んだよね」


 父さんは首をもげそうなほど傾けてそう聞いてくる。


「れべる、あっぷ」


 成長してすこし口が回るようになってるみたいなんだが、まだ成長前の身体の感覚が残っているらしくしゃべりにくい。


 ちなみに、【インスタント通訳】はONにしている。

 OFFでも半分くらいは聞き取れるようになってきたんだが、しゃべる方はまだまだだからな。


「レベルアップ……? そうか、レベルアップの副作用で身体が大きくなったってことか。たしかにおまえはゴレスを筆頭に賊どもをかなりの数倒していたからな」


「よくある?」


「ん? よくあることなのか、か? 一応、短期間に急激なレベルアップが起こると背が伸びたり筋肉が発達したりすることはあるらしいよ。小さい子どもの場合はその影響が特に大きいという話もある」


 でもその割には成長眠が短かったな? と不審そうな顔をする父さん。


 ぎくっ。


「……まあ、1歳にもならない赤児が敵を倒すなんて普通はありえないからな。おかしな現象が起きたって不思議じゃないんだが」


 とりあえず俺はテーブルの上にあるグラスに水を入れ、父さんに手渡す。


「おお、気が利くね。ありがとう……って、気が利きすぎだろ!」


 父さんはつっこみを入れてから水を一息に飲み干し、「ぷはぁ!」と言う。

 優男風な外見に似合わない、おっさんくさい飲み方だ。いや39ならおっさんなのか。


 父さんはグラスをテーブルにおいて、二杯目を手酌で注ぎながら、真剣な顔になって言った。


「――ごめんな、エド」


「あい?」


 何を言われているのかわからず、わりと本気で首をかしげてしまった。


「ゴレスのことだよ。君が討ち取ったことはわかっていたんだが、あの場ではとっさにジュリアの功績ということにしてしまった。生後6ヶ月の赤ん坊が敵将を討ったなんて、俄には信じてもらえそうにないからね」


 そりゃそうだ。

 というより、あの時の檄(「――賊の頭は我が妻が討ち取った!」)にはそういう意味があったんだな。

 よくあの場でそんなに頭が回ったもんだ。


「それに、君が尋常ではない子どもだとわかってしまえば、さまざまな面倒が降って湧いてくることになると思った。君の歳でそんなものを背負い込ませるのは、父親としては許容できないと思ったんだ」


 しごくもっともな話である。

 正直、前世の30歳だった俺ですら、そんな面倒ごとはごめんだと思う。

 こちとら、格ゲーしたさに仕事後のお付き合いを断り続けて、職場で仲間はずれにされかけてた人間だぞ。


「……ありがとお」


 感謝の言葉はすんなりと出てきた。


「いや、こちらこそ、ありがとうね。今回の戦い、君とジュリアがいなかったらかなり危なかった。負けていたかもしれない」


 たしかに、兵数で負けている上に、相手にはゴレスというバケモノがいた。

 あいつはその気になれば、【付加魔法】を山ほど乗せた投槍で、砦の城門をぶち抜くくらいのことはやってのけただろう。


「君があの時気づかせてくれなかったら、僕はジュリアまで失っていたかもしれない。ジュリアがああまで思い詰めているとは、思ってもなかったんだ」


 戦いの前にジュリア母さんが、こんな状況が続くなら俺を連れて家から出て行く、と言っていたことだろう。

 俺もあれには驚いた。


「エドが僕にジュリアの気持ちを気づかせてくれたおかげで、僕は二人を砦まで連れてくることができ、結果として〈黒狼の牙〉を退けることができた。エドのおかげだよ」


 父さんは俺の目をまっすぐ見ながらそう言ってくる。

 なんかこそばゆいな。

 俺は首を振りながら答える。


「おえは、なにも」


「おえ? あはは、俺って言いたいのかな。そうか、エドは俺派なんだね」


 そういえば父さんは自分のことを「僕」と言っている。


「――君は、将来きっと凄い奴になるよ。僕の息子たち――エドのお兄さんたちも優秀だけど、君にはそれとは次元の違うものを感じる。空恐ろしいほどだ」


 父さんは俺のことをぎゅっと抱きしめる。


「でも、今はまだ僕たちの子どもなんだ。あまり危ないことはしないでくれよ」


 ゴレスとの戦いのことだろう。


 このままでは埒があかないと思った俺は、ゴレスの城壁への攻撃を防がないことで、ゴレスの油断と次の攻撃とを誘った。

 ゴレスがあらかじめ【付加魔法】を込めていた槍を使い果たすのを確認してから、俺はゴレスに最初の槍を投げ返した。

 【物理魔法】で、最大限の勢いをつけて、だ。


 ゴレスは、槍が手元にないために迎撃することもできず、槍をまともに食らっていた。

 いや、俺のことを城壁ごと倒したと確信して油断していたような気もする。

 だから、仮に手元に槍が残っていたとしても、ゴレスは反応できなかったかもしれない。


 俺としては、必要を感じたからリスクを冒したのだが、それをそばで見せられた親としては気が気ではなかっただろう。


「ごへんなさい」


「いいよ。君が何を狙っていたのかはわかったつもりだ。歳に見合わない魔力と胆力と判断力。びっくりしたよ。びっくりしたというか――ありえないだろ!」


 オヤジさん、つっこみ気質なんだな。

 まあ、ジュリア母さんがボケボケだからそりゃつっこみ気質にもなるか。


「――ようへいは?」


 俺はゴレスを倒した後すぐに成長眠に入ってしまったので、その後のことを知らないのだ。


「ああ、〈黒狼の牙〉の構成員は7割ほどを撃破、あるいは捕獲した。残り3割についても、逮捕者を尋問して名簿を作り、王国全土で指名手配する予定だよ。ソノラート方面に逃げ込まれると追跡は厳しいけど、一応他の砦にも通達して、非常線を敷くよう要請している」


 敵は正規軍ではなく賊軍なので、捕虜ではなく逮捕者という扱いのようだ。


「なんれ、あいつらはこっちにきたの?」


「ああ、なぜ当初向かっていると思われていたザックホルツではなく、このランズラック砦に現れたのか、ということだね? っていうか、昨日までの話もきっちり理解してたんだね、君」


 もうつっこむのも疲れたとばかりにため息をつく父さん。


「そもそものザックホルツへ向かうという情報自体、やつらの工作活動によるものだったらしいんだ。ザックホルツの司令官は先日跡目を継いだばかりの15歳の少年でね。何かあったら支えてくれと国王陛下からも頼まれていたんだけど、今回はそれが裏目に出た格好だよ」


 なるほど、そういう事情か。


「なんれ、あいつらはあんなにつよかったの? ようへいらんなのに、じょうほうをながしたり、とうせききをもってたり」


「いいところに気がつくね。いや、気がつきすぎだろ! ……って、もうこれもいいよね?」


 ふぅ、と父さんは一息ついて、


「ソノラートは、長引く内乱によって国軍も地方領主軍も軒並み壊滅していてね。

 ソノラートで戦う傭兵団は、それら正規軍の敗残者を取り込むことで、内外における情報戦能力を増強しているらしい。まさか、サンタマナ内部でまで情報工作ができるとは思ってなかったけど。

 投石機などの攻城戦兵器は、内戦で鹵獲したものだろうね」


「れんちゅうのねらいはなんらったの?」


「たしかに、略奪目的なら砦は狙わないよね。

 情報工作までしてこの砦の兵力を削っていたことから、ひょっとすると砦を乗っ取ることを考えてたんじゃないかと、ネビュロスが言ってたよ。

 ……あ、ネビュロスってのは僕の秘書官のことね」


「……このとりでをきょうとうほにしれ、さんたまなにせめいろうと?」


 あいかわらずろれつが回ってないから補足しておくと、「この砦を橋頭堡にしてサンタマナに攻め入ろうと?」だ。


 父さんは俺の言葉に目を見開いた。


「おそらく、エドの言うとおりだ。この砦は守るに堅い造りだから、最初の拠点には持って来いだろう。近隣の街や村から人員を徴発して兵数を増やし、いくつかの砦や都市を落として、サンタマナからの独立を宣言する。そんなことを考えていた可能性がある」


「うまくいくの?」


「さあ、どうだろうね……。〈黒狼の牙〉は精強だけど、サンタマナには強力な近衛軍もある。

 ただ、ソノラートの停戦で仕事にあぶれた傭兵が結構な数いるらしいから、ゴレスが砦を奪った上で檄を飛ばせば、あるいは万を超える軍勢を組織していたかもしれない。

 〈黒狼の牙〉と繋がりがあるという噂の、悪名高い暗殺教団〈八咫烏ヤタガラス〉も、ソノラートでは仕事ができなくなって、サンタマナに拠点を移そうとしているという情報がある」


「らんずらっくのへいりょくがすくなくない?」


「うん、少ない。ちょっと前から増援を国王陛下にお願いしていて、それがいよいよ組織されるという時期だったんだ。

 僕の麾下にいる騎士は、砦と街とに二分して交代制にしてるんだけど、それでも常に緊張を強いられる状況が長く続いてるからね。

 今回のこともあるし、早く休ませてあげないと士気に関わるよ」


 父さんはグラスの水を飲み干すと立ち上がった。


「――さて、僕はもう行かないと。ジュリアが成長眠に入って6刻は経ったから、たぶんもう1レベル分成長眠があるんだろう。となると、目覚めるのは夜中かな。やれやれ、またレベル差が開いてしまうね」


 正確にはジュリア母さんのレベルアップは4なので、もう2レベル分の成長眠が残っているのだが、父さんには知りようがない。

 ていうか、レベル差のこと、気にしてたんだ。


「僕は戦いの事後処理が終わったら王都に行くことになると思う。今回の件を陛下に報告して、国境砦の戦力増強を具申しないと。そうそう、王都に行く時は、君たちも連れて行くから」


「おえも?」


「一度、高位の神官に君のステータスを確認してもらいたいんだ。ジュリアもレベルが上がったからステータスを確認したいだろうし、ちょうどいいだろう。

 といっても、まだ少し先の話になるね。君たちには先に家に帰ってもらって、僕は砦が落ち着き次第追いかける。どうせ王都への通り道になるから、時間的な問題はないし」


 父さんはそれだけ言うと、眠っている母さんの頬にキスして部屋を出て行った。

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