12 成長眠

 団長を失った後の〈黒狼の牙〉は脆かった。


 ゴレスを仕留めた俺が砦へと降り立つと、



「――賊の頭を討ち取ったぞ! 勝ち鬨を上げろォッ!」



 うおおおおおおおおおおおお……っ!!



 髭の騎士の号令で、砦の騎士たちが武器を天に突き出し勝ち鬨を上げる。


 必死の形相で砦に取り付こうとしていた傭兵たちは我先にと逃げ出した。


 その背後に降り注ぐ砦からの矢や魔法。


「よくやったよ、エドガーくん! でも、あんな無茶はもうしないでねぇ?」


「ぁい!」


 ジュリア母さんはそう言って俺を抱きしめながら呪文詠唱に入る。


炎ヨ∨・∨全テヲ卜・卜灼キ払ウλ・λ旋風ト化セ――《火炎嵐ファイヤーストーム》っ!」


 出た、《火炎嵐ファイヤーストーム》!

 もうMPを温存する必要がなくなった上、詠唱を妨害するものもない。

 さすがに的確な状況判断だ。


 《火炎嵐ファイヤーストーム》は逃げる傭兵たちの先頭集団を襲っていた。

 逃げ出した先に突然発生した炎の嵐に、傭兵たちが大混乱に陥る。


「――一兵たりとも逃がさないって、言ったよね?」


 言ってニヤリと笑う母さん。


 すっげえ怖いです。


「――賊の頭は我が妻が討ち取った! ランズラック砦の勇士ども、ここが騎士の意地の見せ場と知れッ! 総員、突撃いいいいッ!」


 父さんはいつの間にか砦の門を開き、騎馬部隊を率いて壊乱する傭兵たちに駄目押しの突撃をかけている。

 抵抗らしい抵抗もできず、傭兵たちが討ち取られていく。


 それにしても傭兵が脆いが、おそらく、ゴレスがその能力と恐怖とで傭兵たちをまとめあげていたんだろうな。

 いくら精強とは言え、自分たちの利益のことしか考えない略奪傭兵団が砦攻めをするなんて、そうあることじゃないんじゃないか?

 さっきまでの戦いでわかるとおり、砦を攻めるにはどうしても一定の犠牲が必要になってくる。

 正規の軍隊ならともかく、略奪目的の傭兵たちが自分の身を犠牲にする覚悟で城壁に取り付いてくるのはちょっと考えにくいことだ。

 《悪神の呪禍》とやらを受けたゴレスが恐怖で縛ってたと考えるのが妥当だろう。


 だが、ゴレスは死んだ。

 もう傭兵たちを戦場に縛り付けているものはない。

 そりゃ逃げるに決まっている。


 こんな状況で殿しんがりを務めたがる傭兵がいるわけもない。

 父さんたち砦の騎士は、麦の穂を刈るようにたやすく、傭兵たちの首をはねていく。


 ――戦いは終わったのだ。


「……あれ? エドガーくん?」


 ジュリア母さんの声が遠い。


「おねむかぁ。まだ赤ちゃんだもんねぇ」


 声がまた一段と遠くなった。


「奥方様、見事な戦いぶりでございました」


 暗くて見えないけど、髭の騎士のようだ。

 父さんが外に出て残党狩りを行っているので、髭の騎士は砦の指揮を任されてるんだろう。

 ……この人も【鑑定】してみたいけど……眠いな。


「――そしてお二人のお子様も、ですな。こうして寝顔を拝見していると、先ほどの鬼神のごとき活躍が嘘のようでありますな」


 ……ん? 眠い……? どうして「眠い」んだ?

 俺には女神様からもらった【不易不労】のスキルが……


「戦いを間近で見ていた騎士の中には、エドガー殿を赤ん坊などと呼ぶのは失礼である、《赫ん坊》とお呼び申し上げるのが筋である、などと申す者もおりました」


 あかん、もう何も考えられない。


「……ベイビー・……レット、そんな……つ名が……かもしれませ……」


 俺の意識が落ちる。




◇◆◇◆◇◆◇◆



 気がつくと、見覚えのある空間にいた。


 マルクェクトを眼下に望む宇宙空間、といったらわかるか。

 そう、俺が通り魔に刺され、異世界に転生することになった時に女神様と出会った場所だ。


 どこからともなく、女神がにゅっと現れた。


「――あなたが湖に落としたのは、この金の【付加魔法】ですか? それとも銀の【タフネス】ですか?」


 出会い頭によくわからん小芝居を打つ女神に、


「しばらく会わないうちにキャラが変わったのか?」


「いけず。せっかくひさしぶりに会えたっていうのに」


「ひさしぶりと言っても……20日くらいか?」


 転生して目覚めてからランズラック砦の戦いまででだいたいそのくらいの日数が経っているはずだ。


 が、女神は首を振った。


「正確には、1年4ヶ月と20日よ」


「1年4ヶ月? ……ああ、妊娠期間から数えるのか」


 アルフレッド父さんとジュリア母さんがチョメチョメして受精したのが1年4ヶ月20日前。

 その10ヶ月後に母さんが俺を出産し、俺が転生者としての意識に目覚めたのが生後6ヶ月になった時点。

 そして、その時点からランズラック砦の戦いまで20日。


「じゃあ、もとからあった胎児の身体を奪ったわけじゃなかったんだな」


「もちろんそうよ。もう少し、輪廻を司る神様の力を信用してほしいわね」


「いや、すまなかった。あんたのことだから大丈夫だろうとは思ってたんだが」


 ふと気づく。

 俺、普通にしゃべれてるよね?


 あわてて自分の身体を見てみるが、身体は赤ん坊のままだ。


「……で、これは一体どういう状況なんだ? 死んだ、わけじゃないよな?」


 女神はひとつうなずき、


「もちろんよ。あなたが今陥っているのは『成長眠』と呼ばれる状態よ」


「成長眠?」


「ええ。マルクェクトの人々は、レベルアップの時期を迎えると、猛烈な眠気に襲われて『成長眠』と呼ばれる深い睡眠状態に入るの。この成長眠によって、レベルアップでもたらされた新たな力を身体と馴染ませるのね」


「つまり、俺のレベルが上がったから、身体がそれに対応するために眠りを求めたってことか」


「少し違うわね。レベルアップできる状態になって、成長眠を経て、その結果としてレベルが上がるのよ」


「……違いがわからん」


「そうね、ちょっと自分のステータスを見てみなさいな」


 女神に言われて、俺は自分を【鑑定】する。



 エドガー・キュレベル(キュレベル子爵家四男・サンタマナ王国貴族・《赫ん坊ベイビー・スカーレット》)


 レベル 1/31(レベルアップ待機状態)

  HP 63/63

  MP 752/752

 状態 成長眠


 スキル

  ・神話級

   【不易不労】-

   【インスタント通訳】-


  ・伝説級

   【鑑定】9(MAX)

   【データベース】-


  ・達人級

   【物理魔法】5

   【魔力制御】4

   【無文字発動】5


  ・汎用

   【投槍技】1

   【火魔法】1

   【水魔法】1

   【風魔法】1

   【地魔法】1

   【光魔法】1

   【念動魔法】9(MAX)

   【魔力操作】9(MAX)

   【同時発動】9(MAX)


 《善神の加護》



 たしかに「レベルアップ待機状態」とやらがあるが……31だって?

 あと、《赫ん坊ベイビー・スカーレット》ってなんだよ。


「悪神の使徒だったゴレスを筆頭に、傭兵をずいぶん倒していたものね。それもレベル1で。そのくらいは上がるわ」


 女神が言う。


「そうだ、そのことを聞きたかったんだ。《悪神の呪禍》だったか。あれは一体何なんだ?」


「あなたが【鑑定】で調べた以上のことはないわよ? 悪神がこれはと思った人物に接触してその寿命と引き替えにさまざまな力を授けるの。寿命と引き替えにするだけあってその効果は強力のひとこと。善神側の加護じゃ、そこまで極端な能力のかさ上げはできないから、悩ましいところなのよね」


 あなたが倒してくれて助かったわ、と女神。


「あいつは例の何とかいう通り魔とは別口なんだろ?」


杵崎亨きざきとおるね。もっとも、今生こんじょうは別の名前を与えられているでしょうけれど。ええ、そうよ。今回の使徒は杵崎とは完全に別件。あなたがあれに出くわしたのも偶然にすぎないわ」


「あんたがそうなるように仕向けたわけでもないんだな?」


「わたしにはそういう力はないわ。運命を司るのはまた別の神様だから。わたしにできるのは、魂の領域の仕事だけ」


「魂の領域……?」


「転生と、スキルの授与ね」


「なんでスキルが魂と関係するんだ?」


「その説明をするには、スキルとは何かから話さないといけないわね」


「是非頼む!」


 俺は勢い込んで女神に頼んだ。

 そりゃ、逃せない機会だろう。

 スキルを司るらしい神様から、スキルの正体について聞けるんだぜ?


 女神はえへんと意外にかわいらしい咳払いをしてから話しはじめた。


「――まず、スキルについて、あなたはどう理解しているかしら?」


「こういう技や魔法を覚えましたよっていう証明書みたいなものじゃないのか?」


「違うわ」


 女神はいずこからともなくキャスター付きのホワイトボードを持ってきて、その表面をボードマーカーの尻でコツコツ叩く。


「スキルというのは、神様からのご褒美なのよ」


「ご褒美?」


 予想もしない単語に困惑する俺。


「技術の習得度合いに応じて、神様――というか、主に私から、神の力が与えられる。この神の力とその人の磨いた技術とが融和してひとつになったものが、スキルというものよ」


「神の力……」


「わたしたちは単に「力」とだけ呼んでいるけれど、わかりづらければ……そうね、ギフトとでも呼べばいいわ」


 要するに、


 スキル=その人の技術+ギフト


 ってことになる。


「なぜそんなことをしているのか、といえば、それはもちろん、人々をして、魔物や悪神に対抗せしめるためよ。人の持つ技術や生まれ持った身体能力だけでは、悪神はおろか魔物にすら敵わない。だから、わたしたちからギフトを贈って、人々の技術や身体能力を底上げし、魔物たちと戦う力をつけてもらっているというわけよ」


 技術に与えられるギフトによって、人々は「スキル」を獲得し、

 身体能力に与えられるギフトによって、人々は「ステータス値」(HPやMP)を獲得する。

 スキルやステータス値を一覧表示したものが、【鑑定】などのスキルによって見ることができる「ステータス」であり、これはいわば神様からの通信簿のようなものだ(と女神が説明した)。


「でも、そんなことができるなら、もっとたくさんギフトを贈って人々を強化すればいいんじゃ?」


「それができたら苦労はしないわ。そもそも、ギフトの原資となる神の力がどこから来るのか、わかるかしら?」


「ギフトの原資……」


 つまり、レベルアップした時に授けるべき力をどこから持ってくるかってことだろ?


 それなら――


「……経験値、か!」


「そういうことよ。ま、この世界には『経験値』という概念はなくて、魔物や悪人を倒した時に、そのステータスに含まれる悪神の力が解放される、という形なのだけれど。とにかく、魔物や悪人を倒せば、そのステータスの一部がわたしのもとに輪廻してくる。その輪廻してきた悪神の力をわたしの力で浄化して、その一部を倒した人にギフトとして分配するのよ」


 逆に、悪神側に善神側の人間が倒されると、そのステータスを悪神側に吸収されてしまう。


 こうして善神と悪神は配下の者にその力をギフト(悪神の場合はカース)として分配して強化する。

 そして、強化した配下たちに相手側の配下を倒させ、相手側のステータスを奪う。

 このようにして限られた「力」というリソースを奪い合い、自分の勢力を伸ばそうと競い合っているのだという。


「そこで、冒頭の話に戻るのだけど」


 女神が両手を俺の前に広げる。

 片方の手には、複雑に渦を巻く半透明の魔力が、もう片方の手には力強く鼓動するピンク色の心臓のようなものが載っている。

 【鑑定】。



《【付加魔法】のギフト》

《【タフネス】のギフト》



 うん、金のギフト、銀のギフトだな。

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