11 0.5歳児無双
大規模魔法を使った母さんは、ふらりと身体をよろめかせ、その場に膝を突いた。
【鑑定】。
《ジュリア・キュレベル。HP:79/79、MP:107/253。》
魔法を使う前のMPが210だったから、さっきの《
一応、残りMPでもう一回撃てる計算にはなるが、牽制のために術を使いたい場面もあるだろうから、よほど追い詰められない限りあれをもう一発お見舞いすることはできないと思った方がいい。
とはいえ、《
もともと〈黒狼の牙〉は隊を三つに分けて砦を包囲、波状攻撃をかけていた。
だから、本陣とその前にいる部隊は、合計で700と少し程度だったはずだ。
敵方の被害は、母さんの魔法で100強、砦の騎士の防御によって数十ほど。
200には届かないかもしれないが、それに近いダメージを与えているはずだ。
本陣も火炎旋風で焼き尽くされてしまい、指揮系統に混乱が生じているのがここからでも見て取れる。
だから俺としては、傭兵たちはここで一旦退くだろうと思った。
混乱したまま矢面に立っていたら、何もできずに数を減らすだけだからな。
しかし、俺の予想は外れた。
飛ばされた本陣の辺りで、人が一人むくりと起き上がり、そばに転がっていた炭化した槍を手に取ると、息を荒げているジュリア母さん目がけて思いきり投擲してきた。
それだけなら、単なるヤケクソの行動だと思うところだったが、その槍は凄まじい勢いで回転しながら一直線にこちらへ向かって飛んでくる。
「――ばぁぶ!」
俺はとっさに【物理魔法】【無文字発動】で槍を受け止めようとするが――
「ぶぅっ!?」(なっ!)
発動した魔法から異様な感覚が伝わってきた。
飛んできた槍は、鋭く回転しながら俺の放った【物理魔法】を食い破ろうとしているらしい。
よく見ると槍には黒い稲妻のような何かがまとわりついている。
その稲妻からは、何か途方もなく不吉な気配がする。
そこで俺ははたと閃いた。
【鑑定】だ!
《〔破損した〕鉄の投槍。状態:闇属性付加、雷属性付加、呪殺付加。ゴレスのスキル【付加魔法】9によるもの。》
な、なんだこりゃ!?
いや、とにかくヤバそうだってことはわかった。
俺は【同時発動】を使って
2、3、4、5……9つもの
【鑑定】。
《〔全損間近の〕鉄の投槍。状態:闇属性付加、雷属性付加。ゴレスのスキル【付加魔法】9によるもの。》
【付加魔法】とやらで付加されていた状態のひとつが消えたが、他の二つは生きているな。
俺は
行きと同じくらいの速度は出ていたと思う。
その槍が――
ばぎゃっ!
と音を立てて空中で爆散した。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、傭兵の姿勢を見てわかった。
――傭兵はとっさに別の槍を投擲することで、戻ってきた槍を迎撃したのだ。
嘘だろ?
俺はここからでは爪の先ほどの大きさにしか見えない傭兵に目をこらし、【鑑定】を使う。
《
ゴレス(傭兵団〈黒狼の牙〉団長・《
39歳
ハーフドワーフ
ハーフデーモン(悪神による呪いにより半ば悪魔と化した存在。)
レベル 51
HP 379/379(129+250)
MP 229/259(9+250)
スキル
・達人級
【
+【付加魔法+1】9(MAX)(武器・防具に魔法を付加することができる。悪神の呪いにより、未習得である【闇魔法】【雷魔法】【呪殺】をこのスキルに限って使用することができる。)
+【タフネス】9(MAX)(戦闘中痛みや疲労を感じにくくなる。)
・汎用
【投槍技】9(MAX)
【槍技】7
【戦斧技】5
【格闘技】5
《悪神の呪禍》(悪神モヌゴェヌェスの呪いを身に受けることで、ステータスとスキルにアッド〔加算〕を得ることができる。アッドには、アッドの個数×10年分の寿命を悪神に捧げる必要がある。)
》
ああ、よくわかった。
こいつは正真正銘のバケモノだ。
こんな奴がボスだったら、そりゃ砦だって落とせると思うわな。
悪神に身を委ねたことで、ゴレスはアッドと呼ばれる恩恵を受けているようだ。
ステータスが大きく強化されているのに加え、達人級のスキルが二つも追加されている。
このステータス、スキルのヤバさはもう説明するまでもないだろう。
さすがに10年分の寿命を捧げているだけあって、ステータス上昇幅もスキルの種類もかなりとんでもない。
ま、【タフネス】は【不易不労】の劣化版みたいだけどな。
ジュリア母さんもこいつのヤバさに気づいたらしく、顔色を青くしている。
いや、もともとMPが急激に減ったせいで、一時的に貧血のような症状も出てたんだが。
それでも母さんは気丈に立ち上がり、傭兵――〈黒狼の牙〉の団長である投槍のゴレスとやらをきっと睨みつける。
だけど、母さん。
こいつは、俺の獲物だよ。
通り魔本人ではないのだろうが、悪神側の人間だってことは間違いない。
俺は俺を母さんの背中にくくりつけている背負い紐をほどくと、【物理魔法】で宙に浮く。
そして、母さんの前に出て、ゴレスと真正面から対峙する。
城壁の上にふよふよと浮かぶ赤ん坊というシュールな図に、周囲の空気が停止する。
ゴレスはむさくるしい無精髭の生えた四角い顎を半開きにして首をひねっているし、母さんは唖然として息を忘れている。そばにいた砦側の騎士もぽかんとした顔で俺の方を見つめていた。
最初に立ち直ったのはゴレスで、隣に立った部下らしき傭兵から投槍を受け取り、俺に向かって投げつける。
半信半疑で放たれたそれには【付加魔法】はかかっていない。
俺はやすやすと
投槍はあやまたず傭兵に命中、その上半身を跡形もなく消し飛ばした。
部下だった男の血しぶきを間近で浴びながら、ゴレスはにやりと笑っていた。
ゴレスは他の傭兵を捕まえて何かを怒鳴りつける。
たぶん、投槍を持ってこいと言ってるんだろうな。
今一人ぶち殺してやったから、他の傭兵が尻込みしてなかなかゴレスに近寄ろうとしない。
その間にこちらも、何か投げるものがないかと周囲を探す。
あった。
城壁に取り付いた敵に落とすための岩や煉瓦が、城壁のそこかしこに置いてある。
俺はそのうちのいくつかに【物理魔法】をかけて先手必勝とばかりにゴレスに向かって投げつける。
少し弾速が速すぎたらしく、いくつかの煉瓦が空中で砕けてしまったが、一抱えほどある岩が連続してゴレスとその取り巻き連中に襲いかかる。
ゴレスは飛んできた岩を拳で砕いて撃墜するが、取り巻き連中にそんなことができるはずもなく、岩を頭に食らい脳漿を辺りにまき散らして死んでいく。
続けて、速度を加減して小さめの岩や煉瓦をゴレスの周囲にばら撒いていく。
速度を加減したといっても、メジャーリーガーの剛速球より速いくらいの速度で飛んでいく岩や煉瓦は、十分な殺傷力を持っている。
何人かの傭兵がまともに食らってその場に昏倒する(死んでる可能性も高い)。
苛立ったゴレスは、本陣の跡地から投槍の束を自力で引っ張り出すと、部下たちに何事かを怒鳴りつける。
部下たちがほっとした様子で下がっていくのから察するに、邪魔だからどいてろとか、そんなところだろうな。
ゴレスは、俺が雨あられと浴びせる岩や煉瓦を片手で砕きつつ、もう片方の手に握った投槍に【付加魔法】を施していく。
俺の投げつける岩は結局ゴレスにダメージを与えられないまま、投槍のチャージが完了してしまう。
ゴッッ――!!
空気を引き裂く音とともにゴレスの腕から投槍が放たれる。
俺はそれを【物理魔法】で段階的に減速しながら少しずつ横方向の力を加えていく。
投槍は俺の横を通り過ぎた後、ぐるりと大きく回ってから、再び速度を増してゴレスへと向かう。
ゴレスはその槍を紙一重で躱そうとしたが、その程度は当然読んでいる。
着弾直前で
が、ゴレスは惜しいところで飛び退り、槍をぎりぎりで回避する。
槍は鎧をかすめたらしく、ギャリギャリと嫌な音を立てたかと思うと、鎧がゴレスの身体から弾け飛んだ。
槍もまた鎧同様、地面にぶつかった衝撃でその場で砕け散っていた。
それを隙と見た俺はすかさず岩や煉瓦を投げつけるが、ゴレスはやはり片手でそれを砕きながら、次の槍の準備を始めている。
俺は岩や煉瓦はもう通じないと見て、すでに【物理魔法】をかけてしまっていた分に関しては、手頃な場所にいる敵兵目がけてぶん投げ、片付ける。
俺とゴレスのやりとりを呆けて見ていた間抜けな傭兵たちが、頭をざくろにして倒れていく。
その間にゴレスのチャージが終わり、第二投が飛んでくる。
疲れた様子も見せない辺りは【タフネス】の効果なのだろうか。
俺は複数の
ゴレスは最低限の【付加魔法】をかけた槍を投げてそれを迎撃、槍の進路を逸らして身を躱す。
その間に俺は再度ゴレスを【鑑定】する。
《ゴレス。HP:341/379、MP:189/259》
ふむ。【付加魔法】は一回につきMPを30使っているのか。
達人級の魔法スキルの最低消費は10だから、最初の一発で30、さっきの迎撃で10、そして第二投で30という計算になる。
HPが減っているのは、さっき鎧を砕いた攻撃が身体にもダメージを与えていたからだろう。
ゴレスが動揺するでもないからてっきりダメージが入っていないのかと思っていた。
これも【タフネス】の恩恵か?
そうこうしている間に、ゴレスは投槍を5、6本束ねて持って、まとめて【付加魔法】をかけはじめていた。
なるほど。たしかにこのままじゃ埒があかないもんな。
さすがにその状態じゃ動きにくいだろうと思い、再び岩を持ち上げゴレスに投げつけていく。
ゴレスはいくつかの岩を片手で砕いたが、途中からは面倒くさいとばかりに無視することに決めたらしい。
俺の投げた岩がごすごすとゴレスに当たっていくのだが、ゴレスはたじろぐ様子も見せていない。【鑑定】。
《ゴレス。HP:171/379、MP:59/259(9+250)》
よし。ダメージはちゃんと蓄積しているな。
槍へのチャージを終えたゴレスは、ついに槍を俺へと向けて投げはじめた。
ほとんど間を置かず、俺の正面に二本、俺の少し下、城壁を狙う位置に一本が飛んでくる。
そのすべてを同時に受け止めることは可能だった。
が、あえて俺は正面の一本だけを【物理魔法】でキャッチし、もう一本の正面の槍は宙から「落ちる」ことで回避、城壁を狙った一撃は無視することにした。
もちろん、それらの槍がジュリア母さんや他の騎士たちに当たらないことは確認の上だ。
結果として、俺が城壁の上に着地した瞬間に足下が破壊され、俺は宙に浮くこともできないまま城壁から外に投げ出されることになった。
「エドガーく…ん……っ!」
ジュリア母さんの悲鳴は途中から間延びして聞こえた。
なぜなら、俺は【物理魔法】を使って落下を
そして無理矢理に進路を前に転じながら、奪い取った一本目の投槍に、ありったけのMPを注ぎ込み――
ぎゅおぅんっ!
かつてない風切り音とともに発射された投槍が、反応できないでいるゴレスの胴に命中する。
驚いたことに、ゴレスは槍を受け止めていた。
が、ついた勢いは殺しがたく、ゴレスは凄まじい勢いで後方へと弾かれる。
何度か地面を跳ねるうちにゴレスの足首から先がちぎれ飛ぶのが見えた。
足首を失い着地できなくなったゴレスはきりもみ状態になり、地面と接触するたびに、接触した部位から血肉をまき散らしながら、戦場の遙か彼方まで転げていく。
遠くまで行きすぎて、俺の目ではゴレスの状態を確認できないが――
【鑑定】。
《ゴレス。HP:0/379、MP:0/259。状態:死亡。》
そのステータスを眺めていると、
《〔ゴレスの〕死体。》
へと変化した。
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