愛され、満たされ、こぼれ落つ
プニぷに
第1話
思い立ったが吉日。それからというもの、僕は今日のために頑張った。最期の日に見合うだけの贅沢をして、更にこれからと思うと久しぶりに心が動く。楽しい興奮だ。いったいいつぶりだろうか、もう思い出せない。
そのせいか、心からポッと浮上した謎の懐かしさと寂しさに僕は自然と部屋のカーテンに近付いて開けた。外はもう真っ暗で静かで、空は曇って月も星も見えやしない。僕と同じだと思った。どうせ晴れたって星の瞬きなんか、社会の輝きや煌きに比べれば……現に人間の新たな光は天上世界に遍く星々の威光を退けている。もう空に希望の光は。
「はぁ……」
空虚だ、あまりにも。それこそ今僕が窓に吐き出した白い怨嗟が露となり、僕の流れぬ涙の代わりに垂れていくくらい。空の先にあるはずの希望は、我々が自ら打ち消している。それ以上に輝く人工物によって。なんという皮肉。なんという自業自得。因果応報、僕たちはどうしようもない存在になってしまった。生物としてはあまりに異様な存在になってしまった。餌にすら感情移入する時代だ。
度し難い。星は火に代わり、火は文明の光――電気――に変わった。憂鬱だ。やはり外に目を向けるべきではなかった。
心が外のように冷たく金属質になるのが分かる。作業に戻らなくては。
「よし」
僕は用意した丸水槽を丸机の上に配置した。
間接照明の淡い光に照らされる水槽たちは光を捻じ曲げ、時に分散・集中させる。こうなるだろうとは思っていたが、実際に見ると面白い。とても愉快だ。
「まずは、真ん中のから……」
丸机に花のように置かれた十三個の丸水槽。その中心にある水槽に僕は幼少の頃に集めたビー玉を丁寧に入れていく。光はさらに屈折してぼやけていった。
次に小学校の教科書を隣の水槽に。次はノートを。そうやって僕は僕を構成する過去の思い出を十二等分にしたものを一つずつ丁寧に、思い出と共に丸水槽に入れていった。
余った最後の一つ。そこには真実を入れると決めていた。
僕の日記。僕の人生。僕のこれまで。僕の心を文字や絵にしたものだ。僕の二十年をまとめるのはかなり苦労したが、抑圧された感情に加えて僕には言いたいことが山ほどあったおかげで筆が止まることは無かったと思う。
あと少し。
僕は水槽に水を入れた。思い出を水で満たした。大好きだったものも、愛していたものも、全部全部水に沈めた。
水はすべてを流してくれる。
水は無色透明だけれど、確実にそこにある。感情と似ていて、僕は落ち着く。
沈下する……思いが……感情が……僕自身が。
そして、僕は開かれたカーテンを確認。
そして僕は同居させてもらっている祖父母の血圧の薬をいくつもいくつも……プチッ、プチッ、と恨みと憎しみを込めて手の平に落としていく。
もう疲れた。
十二月三十日。午後十一時三十分。
明日を楽しみに、そして喜ぶのは明日。明日がくるのが当たり前だと思ってる馬鹿共がはしゃぐのが今から約二十四時間後。
僕に明日はいらない。
朝になれば、僕は綺麗な芸術になる。陽光、その自然光に照らされた僕と僕を構築する十三の丸水槽が人工物『ニンゲン』の目を焼いてくれるはずだ。天上世界の星々が放つ光がいかほどの熱量であるか、それを暴いたのもまた人間なのだから。
愛され、満たされ、こぼれ落つ プニぷに @sleet1025
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