第十九話 対策会議

 イーグルアイズ卿、マルヴァスさん、守備隊長の後に続いて“本営”と呼ばれた建物の中へ足を踏み入れる。

 受付と思しきその区画は、正面に簡易な造りの長机がひとつ置かれている他は、四方に吊り下げられたランプとスツール式の小さな椅子が数点あるだけの質素な空間だった。

 そして長机の上には地図が一枚、無造作に広げられている。ランプの光に淡く照らされ浮かび上がるそれは、この街の区画を記した地図だろうか?


 「改めて、我が本陣へようこそ、ナオル殿」


 机を挟んで僕と対峙したイーグルアイズ卿が、やや芝居がかった仕草で歓迎の辞を述べた。側近然として左右に控えるマルヴァスさんと守備隊長もじっと僕を見ている。


 「あ、はい…………」


 僕はといえば今ひとつ状況が飲み込めず、空返事を返す事しか出来ない。やはり、どうしてもマルヴァスさんの存在が気になってしまう。


 「警戒する必要は無い。君のおおよその事情はマルヴァスから聴いておる」


 「僕の……?」


 思わず心臓が跳ねる。僕の事情って、まさか……。


 「“渡り人”であるらしいな。実に珍しい。伝説が現実となって現れるとはな」


 「……!!?」


 僕は絶句してマルヴァスさんを見た。すると、彼はさもバツが悪そうに顔を逸らした。

 マルヴァスさん……。僕が“渡り人”である事は伏せておいた方が良いって言っておきながら、どうして……?

 胸の脈動がどんどん早くなる。心を圧迫する衝動に耐えられずに口を開いた。


 「お、お二人はどういう関係なんですか!?」


 「腐れ縁だよ。十年来の、な」


 マルヴァスさんが横から答えた。顔は相変わらずそっぽを向いたままだ。


 「左様、先の大戦から続く仲だ。此の度、私を訪ねてくる際に君を発見出来たのは幸甚だったな。ナオル殿、マグ・トレドは君を歓迎する。願わくば、この街に根を下ろしてもらいたいと思うておるよ」


 突如、建物の中が揺れた。巨体が真上の空を過ぎ去る音と、叩きつけられる強烈な突風。


 「……もっとも、この難問を無事に乗り越えられたら、だが」


 イーグルアイズ卿の表情が固くなった。

 確かに、今それについてあれこれ追及する余裕は無さそうだ。ごくり、と。生唾と共に沸き起こる警戒心も不信感も飲み込んだ。

 マルヴァスさんがイーグルアイズ卿に向き直る。


 「コンラッド、あの竜はまだ攻撃の意思を見せていない。そろそろ住民達に避難するよう、命令を変更したらどうだ?」


 「慌てるな、マルヴァス。奴の意図が分からん内はこちらも迂闊に動けん。もし奴の狙いが住民達の命なら、逃げる前に皆殺されてしまう」


 「人命が目当てでやって来たのなら、街のあちこちに配置している兵がまず襲われている筈だろう?」


 「道理だ。だがもしそれが向こうの策なら? 住民達が表に出てくるのを、奴が手ぐすね引いて待っているとしたら? 目視出来る人間の数がまばらだからこそ奴は静観しているだけで、移動する人の群れに反応するという事も十分考えられるぞ」


 「それは、そうかも知れんが……」


 「ここは辛抱するのだ。屋内に居れば、少なくとも竜の炎の直撃は免れる。第一撃は防げるのだ。お前も覚えているだろう? あの姿、間違いなく《棕櫚の翼》だ。万全に万全を期すべきだ」


 《棕櫚の翼》だって……!? ヒメル山の戦いで、連合軍も帝国軍も壊滅させた死の竜。それが、今僕達の真上に……!?


 「あ、あの……っ!」

 

 声を上ずらせながら僕は手を挙げる。全員の視線がこちらに向いた。


 「どうしてすぐに避難させなかったんですか?街の麓には川があるんだし、そこまで逃げれば一安心だったのでは?」


 「出来れば、とっくにやっていた」


 フルアーマー姿の守備隊長が忌々しげに吐き捨てた。


 「北東の『地返し砦』から狼煙が上がり、見張り兵が鐘を突いた次の瞬間には既に竜の姿が見えていた。奴の空を駆ける速さは想像を絶する」


 「隊長の申す通りだ。マグ・トレドには二万もの市民が暮らしている。しかも四方は城壁で囲まれ、出入り出来るのは東西南の三門のみ。壁外への脱出には時が掛かる。そこを竜に狙われてはひとたまりもない」


 守備隊長の言葉を引き継ぐようにイーグルアイズ卿が補足した。


 「難攻不落の要塞と謳われてはいても、上空からの攻撃には脆いものだ。敵から民を護るための壁が、民の枷と化してしまった。だからこそ、彼らを逃がすにしても機を見計らねばならぬ。それで、今は家から出るなと命を下したのだよ」


 「でも……もしあの竜が襲ってきたら、パニックになるんじゃ……?」


 「……うむ、確かに君の申す通り、その恐れは勿論ある。だから出来るだけ混乱を最小限に留めるために、街の各所に兵を分散させた」


 ああ、それでこの場にはこんな少ない兵士しか居ないのか……。


 「もし攻撃が始まれば、ここに居る我々が囮となり、その間に住民達を逃がす」


 イーグルアイズ卿が、僕を見据えて重々しく告げた。


 「君も同行してもらいたい」


 「はっ……!?」


 僕は耳を疑った。畳み掛けるように彼の言葉が続く。


 「君は“渡り人”だ。伝説が事実なら、奇跡を起こしてくれるやも知れん。既に一度、ローリスを退けておるようであるしな。不躾なのは承知の上だが、お願いする。どうか、民を護るために力を貸してほしい」


 「……む、む、無茶ですよ!!?」


 たまらずに大声を上げてしまう。竜と戦えだって? 僕に? 今日ローリスからサーシャとコバを守れたのだってただの幸運、いやあれこそ奇跡だったっていうのに!


 「僕なんて居ても足手まといなだけですって! 戦闘の訓練なんか受けていないし、武器の使い方だってろくに知らないのに! 戦いの役になんか立ちませんよ!?」


 「私もそう思いますぞ、イーグルアイズ卿」


 守備隊長が、やや侮蔑の籠もった口調で僕の言葉を肯定する。


 「どう見てもこの者はまだ子供、ただの小市民です。戦場に立たせるのは余りに酷というもの」


 やれやれ、と言った感じで首を振る。


 「“渡り人”の伝説が真なのかどうかは存じませぬが、この者に限って申せばクライン殿の見込み違いではございませぬか? 彼をご覧なされ。女子のような顔をして、体格も華奢。どう贔屓目に見たところでせいぜい炊事係あたりが適役でしょう。少なくとも私は、彼に特別な力があるなどとは思えませんぞ」


 「……………………」


 マルヴァスさんは答えない。僕の顔も、守備隊長の顔も見ないで地面に目を落としている。


 「第一、“渡り人”などに頼らずとも、我々には元から竜に対抗し得る強力な武器があるではありませぬか」


 守備隊長の声に応えるように、外から荷車を押すような音が聴こえてきた。


 「……どうやら、丁度到着したようですな」


 イーグルアイズ卿が頷いて建物の外へと出る。守備隊長とマルヴァスさんも続いて出ていったので、僕も慌てて後を追った。


 「これは……!?」


 外に置かれてあった物。滑車の付いた荷台に載せられ、数名の兵士の手で大事そうに運搬されて来た物。それは…………





 「バリスタ……?」





 そう。マグ・トレドに入る際、城壁の上で等間隔で設置されてあるのを見た、あの大型のクロスボウだった――――。

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