第四話 城郭都市マグ・トレド

 マグ・トレドの街は、緩やかな勾配になっている広い坂の上にそびえ立っていた。

 南から見たこの地形は如何にも大軍を展開できそうで、「籠城するにはやや不向きなんじゃないか?」と素人考えで思ったけど、マルヴァスさん曰く北の方は断崖絶壁になっており、その下にはアカリア川という名の大河が流れていることもあって、守るに易い……らしい。

 十年前の戦争では、渡河中の帝国軍を攻撃する作戦に出たが失敗し、その後は都市に籠もって援軍到着まで防ぎきり、最後には挟み撃ちにして勝利を収めたのだとか。

 

 「ま、緒戦にこそ敗れたが防備は固い街だ。治安も悪くない。賊や獣が入り込む隙は無いから安心しろ」


 そう言いながらマルヴァスさんは、羽織っていたローブを脱ぐとそれを僕に被せてきた。


 「わっ……! な、なんですか!?」


 「一応、用心のためだ。その服は目立つからこれで隠しな。ナオルが“渡り人”だと知られて、万一面倒が起きたら厄介だ」


 「“渡り人”って、嫌われているんですか?」


 「いや、決してそんな事は無い。むしろ、存在すら知らないヤツの方が多いだろう。ここ二百年程、“渡り人”が現れたって話は無かったらしいし」


 「ふ〜ん……」


 伝承として残ってはいるけど、実際に見たり会ったりした人は居ない訳か。二百年なら伝説が風化してゆくのも無理はない期間かも知れない。

 だけど、それならどうして僕はこの世界に呼ばれたんだ?


 「だからこそ、ナオルが“渡り人”である事実は無闇に明かさないほうが良い。わざわざ騒動の火種を蒔く事もないだろう?」


 「……そうですね、分かりました」


 僕は頷いた。元々こちらは頼り切っている身だ。それに、誰彼構わず氏素性を話すのが得策とは思えないのも確か。ここはマルヴァスさんの言う通りにしよう。






 城壁の周りには、それを取り囲むように東西に伸びる堀が掘られていた。

 僕達は跳ね橋を渡り、城門へと向かう。途中、端からそっと下を覗いてみたが、堀の深さは結構あるようだ。まあ、ぼちぼち日が半分ほど沈みかけているせいで、薄暗くてよく見えなかったけど。

 落ちたら無事じゃ済まないだろうな、と考えながら城壁へ目を戻すと、その上に等間隔で置かれている円月型の装置が見て取れた。


 「マルヴァスさん、あれは何ですか?」


 「ん? ……ああ、あれはバリスタだ」


 「バリスタ?」


 「簡単に言えば、バカでかいクロスボウさ。巨大な分、威力も高い。あそこから発射される矢弾や石や鉄の玉は、盾は勿論攻城兵器すら打ち壊すと言われている。実際、帝国軍との戦いで敵の高楼やら破城槌やらを砕いたって記録もあるみたいだ」


 「へぇ〜、それは頼もしいですね」


 そんな事を話しながら城門前まで来た。鎖を編み込んだような鎧と兜を着込んだ数人の兵士が検問を敷いていて、僕達にジロジロと値踏みするような視線を投げかけてくる。


 「街への入場を希望する者か?」


 兵士の一人が立ちはだかり、威圧的に問いかけてくる。生い茂る草むらのような髭を口元に生やしている大柄な男だ。右手で槍を地面に立てて構え、左手は腰に当ててふんぞり返りながら眼光鋭くこちらを睨みつけている。すごいエラそう。


 「はい。こちらが領内通行証です、ご確認下さい」


 マルヴァスさんは特に気にした様子もなく、慣れた手付きで一枚の札みたいな物を差し出した。見た感じ、指一本分くらいの厚みがあり、紙ではなく木製らしい。

 兵士さんはふんぞり返ったまま、左手で札を受け取る。しげしげと眺めた後、胡散臭そうにマルヴァスさんを、次いで僕を見渡した。


 「クートゥリアからお越しか。行商……では無さそうだな。弓を携えているようだが、狩人にしては獲物をぶら下げているでも無し。もしや旅でもしているのかね?」


 「その通りです。自分の生まれた国ですから、あちこちを見て、触れて、感じたいと思いましてね」


 マルヴァスさんが答えると、兵士さんは僅かに顔をしかめた。


 「もしやと思うが、北の方へも向かうつもりかね?」


 「ええ、そのつもりですよ。ここで必要な物資を補給させてもらった後は、カリガ、オルフィリスト、ランガルを経由して首都フィンディアに向かう予定です」


 「なんとまあ、命知らずな。カリガからオルフィリストの間では毎日のように盗賊が出没しているのを知らんのか?」


 「噂で仄聞してはおりましたが、やはり真の話だったのですか?」


 盗賊が出没、だって? 僕は一瞬口を挟みかけた……が、下手に出しゃばると迷惑かも知れないと思い直し、口をつぐんだ。


 「うむ。ソラスからの流民は増える一方だからな。食い詰めた連中が賊徒となり、今度は我が国の民を襲うのよ。はた迷惑な話だ」


 「頼られたところで、この国とて彼らに手を差し伸べる余裕は無い。だから国王陛下も、彼らを追い払う政策を取っておられる」


 ……? 気の所為か、マルヴァスさんの声のトーンが若干下がったような……。


 「そなたらも、我が身が大事と思うなら軽々に北へは向かわぬことだ。この辺りはまだしも、カリガから先は安全であるという保証はないのだからな」


 「ご忠告、ありがたくお受け致します。早速、今宵の宿にて今後の計画を練り直そうと思います」


 「うむ、それが良かろう。引き止めて済まなかったな、通られよ」


 マルヴァスさんがお辞儀するのを見て、僕も慌ててそれに倣う。恐れていたようなトラブルが起きなくて良かった、と胸を撫で下ろつつ顔をあげると……


 「……………………」


 「うわっ!? な、なんですか!?」


 目と鼻の先に別の兵士さんの顔があって、びっくりした僕は思わず悲鳴を上げてしまう。

 一方、頬にあばたの浮いたその兵士さんは、得心したように頷く。


 「なんだ、お前、男だったんだな」


 「…………は?」


 言われた事の意味が分からず、間の抜けた返事をしてしまう。

 兵士さんはそんな僕の様子を見て、さもおかしそうに笑った。


 「線も細ェし、背もそんなにねェし、顔も生娘みてェだしよ。声聴かねーと男だって分かりゃしねーよ。俺ァてっきり、ソイツの若女房かと思ったぜ」


 「ぶっ……! わっはっはっは!! ビダロフ、そりゃあねェだろう!!」


 一人が釣られるように噴き出すと、他の兵士さん達にも次々伝播してゆく。あっという間に城門前は野卑な嘲笑で満ち溢れた。ツボに入ったのか、中には涙すら浮かべている兵士さんも居る。


 「………………………………」


 「わはは。これはこれは、中々小粋なお戯れをなさる。……さ、ナオル。日が沈んで、皆さんの仕事を遅らせても迷惑だ。入ろう」


 呆然とする僕の腕を取り、マルヴァスさんが足早に歩き出す。城門をくぐり、街の区画に入っても、彼らの笑い声はいつまでも後ろで尾を引いていた。


 「あまり気にするな。連中も治安維持の為に日々神経を尖らせているせいでイライラしてるんだ。ああして誰かをからかって、息抜きでもしないとやってられないんだろうよ」


 「わかり……ます。僕は、平気です……」


 心の中で渦巻く感情を押し殺して、努めて平静を装う。女みたいなヤツ、と言われたのは今日が初めてじゃ無いけど、まさか異世界に来てまで馬鹿にされるとは思いもしなかった。

 僕はもやもやする気分を引きずったまま、初めて見る別世界の街を見物するゆとりもなく、肩を怒らし地面に目を落としつつ、ただただマルヴァスさんの後に従った。

 先を歩く彼の影は、地面全体を覆い始めた闇に溶け込み、殆ど判別がつかない。

 既に、日は沈んでいた。

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