第10話 馬刺1

 通夜に相当する、葬儀の前夜祭で泣き崩れた小山内おさないサミフの母の姿に誰もが心を痛めた。棺のなかの巨体は、相撲部屋での厳しい稽古を終えた後のように口元が弛緩していた。


 黒いマイクロバスが、遠方から参列する人々を駅前で拾い、丘陵に点在する葡萄畑の間を縫うように走っている。夏の太陽と水をたっぷり吸いこんだ葡萄の収穫時期は近い。果実はみな刈り取られ、押しつぶされ、石造りのワイナリーの奥に眠るらしい。


 サミフの母と彼女の現在の夫が通う教会の会員有志は自家用車で駆け付け、セレモニーホールの駐車場はすぐに満車となった。教会員から訃報を知らされた同級生と、担任を受け持った教員の計15名も雑用を脇にしてハンドルを握った。


 セレモニーホールの管理者は近くにあるホームセンターの店長に事情を説明し、ハザードランプが点滅する車列を数百メートル離れた駐車場に誘導しようとしていた。他方、葬儀会社の職員は参列する教会員に、明日は追加のマイクロバスを無償で用意するので凡その人数を教えてほしいと聞き、牧師代理は前夜祭に集まった人数に、最大で28人加わる可能性があると答えた。


 黒いマイクロバスが会場に到着する。まず二宮メディカル・ホスピタリティ理事長の二宮直子にのみやなおこと理事で人事経理部長の時村ときむら、秘書室長の能田のうだ、奈良の特別養護老人施設長である向井むかい、サミフの指導役と同僚の計7人が下車した。次に会場から離れた温泉街から、サミフの母のスナックで働く仕事仲間の計2人が現れた。金曜日でなければ、さらに増えていたかもしれない。


 最後にかつての相撲部屋の親方と、2人の兄弟子が身体を左右に揺らし、アスファルトの地面に足を付けた。親方は香典袋が胸ポケットに入っているのをさりげなく確認し、開口一番、サミフを取材する制作会社のディレクターの名を周囲に尋ね、なんだよせっかく来たのによう、と吐き捨てるように言った。


 取材陣の6人は高速道路で激しい渋滞に遭い、牧師が登壇する時間に間に合わなかった。安定した職業を求める社会的な潮流の強まりのなかにあって、部屋の存続には力士文化のイメージアップが欠かせかった。引退後、いきいきと働く元力士の姿は、人間成長の場としての相撲部屋という印象を広めるのにうってつけの存在だった。


 前夜式に集まった人数の6割を教会員が占めていた。息子の死を受けて取り乱したサミフの母は、日本語の習熟度が高くない。葬儀会社は想定される参列者数を聞き出せず、やっとの思いで彼女の宗教と所属する教会名を割り出し、2日間使用できる施設を押さえたのである。


 何も知らない相撲部屋の兄弟子の1人は、キリスト教徒が多いことに驚いた。


 教会の牧師は入院中で、息子が代理を務めていた。まだ若く、マイクロバスを教会側で手配するなどの機転が利かなかった。このため30人規模の会場に人は収まらず、過半が着席できなかった。


 牧師代理が登壇すると一同は立ち上がり沈黙した。起立した直子は、立ち眩みを覚え、着席の指示がすぐに出るのを願った。そのまま起立を続けていたら、意識を失って床に倒れてしまいそうなぐらいにも感じた。顔をしかめる彼女を横にいた能田が気にかけ、体調を崩しがちであった経営者の身を案じた。


 車通りはなく、葡萄が枝から水分を吸う音が聞こえるぐらいに思える静かな場所である。讃美歌の合唱と聖書朗読を経て、神学校を卒業したばかりの牧師代理が挨拶の辞を述べ、入院中の父から聞いた小山内サミフの生涯を改めて紹介する目的で、一同に語り掛けた。


 「小山内サミフさん。残念ながら私はお会いしたことがないのですけれども歳はあまり変わりがありません。私の父にどのような方だったのか聞いたところ、父が耳にしたエピソードがございます。ここで紹介させていただますが、お名前ですね。私は最初、不思議な名前だなあと思いました。クリスチャンっぽくなかったですし、フィリピンの方で同じ名前の方が多いとも聞きません。タガログ語の辞書がないので調べようもないのですけれども、皆さんご存知かもしれませんが、お名前を付けたのはお母様なんですね。


 山梨に初めていらっしゃった時、寮のような場所に押し込められて自由は効かず、おカネもなかった。やがて母国にはない冬が来ました。寝室に暖房がなく、凍える日々が続き、しまいには熱を出して病院に運ばれたんですね。涙の止まらない女性の姿に堪りかねて看護師の方は、勇気があったと思うんですが、よく病院でお世話をしていた地域の顔役の方にお願いし、人材派遣業者を通じてフィリピンにいるご家族の連絡先を聞き出したんです。


 夜、お母様は看護師の方に手を握られて、受付近くに備え付けられた国際電話ができる公衆電話に連れられたんですね。唯一の肉親だった妹様と話す時間を与えたんです。でもお母様は、日本の警察とやっと話ができるとお思いになった。知っている日本語を使いとにかく悲惨な状況を伝えたいとの一心で、涙をすすりながら、さむぃ、さむぃ、と繰り返したんです。妹様は声の主が姉だというのに時間はかかりませんでした。でも姉である女性がさみ、ふ、さみ、ふ、と言うのは強烈に妹様の記憶に残ることになり、後日『サミフ』と何度も言われて困惑したと手紙をよこします。


 悲しいことに妹様はすぐに病気で亡くなられ、その手紙が最後のものになってしまったんです。フィリピンにいらっしゃった頃から、主の恵みについて深く理解をしておられたお母様は、自分が苦しみあえぐ時間そのものも、そこから解放される瞬間も、神様の賜物だということ忘れないでいたいと思い、妹様が覚えていたサミフという言葉を、初めてお産みになった息子様に付けられたと伺っています」


 牧師の語る一言一言を忘れずに耳に止めようとする教会員に交じり、サミフの同級生と、彼を知る教師、兄弟子、二宮メディカル・ホスピタリティの従業員の表情は厳しくなっていった。


 サミフの母は涙が止まらない。


 「お母様の新たな苦しみは言葉にならないほどだと察します。常々、私の父は皆様に、この街の名産品であるワインが何を象徴しているのかを説いていました。十字架に掛かった主イエスの血潮です。ですがイエス様は、復活されました。新たな道を進もうとしていたサミフさんがこれほどまで早く天に召されたことに、私たち人間は理不尽さを感じずにはいられません。いずれ癒しの時が与えられ、彼の死を機に私たち一人ひとりの結び付きが一段と深まったことを感じる時が来るのだろうと思います」


 前夜式が終わってもサミフの母の涙は止まらなかった。隣の夫が彼女の手を握り、慟哭する女性に何も語ることなく、うつむいている。


 秘書室長の能田は、制作会社の取材陣の代わりに会場を録画しようとしたら、教会員の1人に不謹慎だとたしなめられたと言い、内側から湧き上がる怒りを抑え込もうとしていた。一言挨拶をしたら宿泊先に向かおうと提案し、人の群れを分け入って葬儀会社の職員に声をかけ、短く対面の時間を作るように求めた。宗教上、お悔やみの言葉を掛けるのは適切ではないだろうと直子は思ったが、葬儀会社の職員と秘書はかまうことなく、直子を母親の元に導いた。


 席に座ったまま、泣き止まないサミフの母に、葬儀会社の職員は法人の名と女が理事長であることを伝える。


 直子は目の前の女性が自分の話す言語を理解できるのかどうか、不安を覚えた。男は目を細め、彼女の手を変わらず握りしめていた。


 なぜか娘の笑顔が頭に浮かんだ。娘は今も生きています。私は孤独ですが、子どもを失ったあなたの孤独をまだ私は味わっていないので、社会通念上のご挨拶しかできないのです。ただあなたの横で手を握る人がいるのは正直羨ましく思います。


 心の底から湧き上がるそうした言葉こそ、生きた言葉のような気もする。投げかけるべき言葉が見つからず、たまらず視界が涙でゆがみだした。2人の母親が時間を忘れて涙にくれるの目にした牧師代理は胸をえぐられる気がした。秘書が声をかけなければ、その時間はいつまでも続いていたに違いない。

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