第7話 黒歴史、復讐系

 えー。はい、そういうわけで。皆さまに報告があります。といっても登録者数がいないので私が言う皆さんなんて量的な価値は乏しいんで、お前らと呼んでいいですかね。お前らに報告があります。


 あたしなんてねえ、ほんとつまらないやつだから、面白いことをやるには一歩も二歩も踏み出さないとやっていけない訳ですよ。観光地を紹介しても、DIYやキャンプをやっても、それぞれ専門の人が何人もいて、数えきれない動画を放出しているんです。敵いっこないので強烈なことをするしかないんです。


 いわゆる迷惑系とは違いますよ。強いて言えば復讐系。今までさんざん私にひどい目を合わせた人に仕返しをする有様をお見せします。法に触れない範囲でね、と言わないとアメリカの大きな会社さんも怒りますでしょうから。


 報告というのは、お前ら見えますかね? JRの電光掲示板ですけど、時刻と行先が表示されていないでしょう。なに、帽子とサングラスとれって? 誰がとるかバーカ。うるせんだよ、誰だよこのやろう! 周囲に喚(わめ)いたらドン引きされているので走って逃げます。


 はあはあ、はあはあ。


 このあたりでいいだろうか、マンションの、えー。私有地じゃないほうがいいか。もう少し遠くへいこう。


 はあ、はあ。


 ラーメン屋の前に来ました。まずそうな。ちゅるちゅる。


 画面に映すとパクられるから撮りませんでしたけど、さきほどホームで鬱陶しい奴を線路の上に突き飛ばしてきました。私の髪の毛をじろじろみて、スマートフォンで撮ろうとしたんですよ、たぶん。こんなのアップしたら超炎上するよな。でもその後、変装してサングラスと帽子付けてますから、それもさっき、防犯カメラの前に映っていたのとは違うやつですから。ここに映っている私がやったという物的証拠にはならんでしょう。そいつねたぶん死んだ。はは。死んでほしくないな、一生植物状態にならんかな。苦しめ苦しめ。


 こういう風にね、復讐していきます。今までさんざん、私のことを馬鹿にしてきた奴とか。もう両親や親族は私のなかでは存在していないので、そいつらはやりませんけど。次は誰にしようかなって? もう決めているんです。私こう見えても大学出ているんですけど、そん時についていたあだ名。ああ、言いたくない。


 それを付けたやつ。言いませんけどね。そのあだ名耳にするたびに、せっかく立ち直ろうとしていたのによ、ちくしょう! やべ、おっさんににらまれた。移動します。


 ふう。


 自宅に戻りました。都内は監視カメラだらけですからね。地下鉄もバスも乗れないですし、商店街とかも歩けない。なので路地裏の道を何本も通りました。


 東京に出て、公共放送の契約社員で集金係をやっていたので、経験が生きました。


 放送局。そうだった。そいつ、のうのうとすました顔してテレビに出ているんですよ。


 ウィキペディアによると、どっかのプロダクションに所属しているそうです。原発についてあれこれ語る資格なんかないっつうの、ああ! コーヒー飲みます。黒歴史ひとつ語っちゃいますけどね、お前らには関係ない話ですけど、そいつとは仲良かった時もあったんです。あの当時女のお笑いユニットが流行っていましたから、あいつも就職失敗してますからね、受けたところ全部落ちて、仕方がないみたいな感じで、ははははは。爆笑。私に声かけてコントやろうっていってきたんです。


 当時の私なんて、昔よりは良くなりかけたけど、ああやっと普通になれるという希望をちょっとは抱いたんです。抱かせたなら責任とれよ! お前なんつったあん時。……なんつったんだっけ。忘れた。コーヒーコーヒー。


 忘れましたけど、希望や、救われたという想いをあいつは、無残に、ううっ。ひとりじゃ何もできないですよ。こんな人間。ニコニコして、自分が窮地に立った時にだけ近寄ってきて。使えない人間ですよ、どうせ。カメラの前ではうまく話せても、観客がいると、あそこの席にいる奴が私の頭を燃やすんじゃないかとか。高校最後の試合で補欠のなかでも自分だけコートに立てて、最後まで立てなかった他のメンバーから何発も殴られたりとか。はいはい、あれも親の力です。(5秒沈黙)正直、鬱陶しい奴はほかにもいますけど、誰でもいいです。まず目立っている奴から処分させていただきます。お前ら、では。


 ──アスパかも。


 《JR線人身事故、犯人が動画投稿? 復讐予告も》


 二宮麻友は朝食を摂りながらネットメディアのニュースを目にした。


 犯行予告の元動画を検索して探そうとしたが、すでに削除されていた。記事によると、動画を投稿した人物は背の高い女性で、学生時代にいじめを受けたことなどをほのめかしているという。お笑いユニットを結成したが上手くいかず、当時の相方で女性アナウンサーとなった人物を次の復讐の標的にしていると伝えている。


 心の底に錘(おもり)のようなものがのしかかる気がした。すぐに川本のスマートフォンに安否を尋ねるメッセージを送った。


 《でもなんで?》


 映画研究会で比較的寡黙だったアスパが、川本と行動を共にするようになったことには意外感があった。映画の知識を披露することは度々あったが、こちらから何か語りかけても、目線の焦点が合っていないように感じることがあった。一緒にいて疲れを感じる人間ではなかったものの、かといって刺激を受けるようなことはなく、振り返ればただ言葉を交わして同じ時間を共有した相手に過ぎなかった。


 《外出するときは気をつけたほうがいいかもよ》

 《わかった。そうする。ありがとうね》


 その日の麻友は何もすることがなかった。事務所から舞い込んでくる仕事の頻度が徐々に少なくなり、平日にも関わらず、予定が入らない日がちらほらと現れるようになった。それでも、山崎はコンスタントに動画を投稿し続けている。景況感の仕業だけではないだろう。次第に所属する事務所の営業力に疑問を持つようになっていた。


 経済分野以外にも活躍の場を広げたほうがいいのかもしれないと感じていた。思い付きではあったが、麻友はノートPCを立ち上げてマネージャーに、活躍の場を広げたいので政治や法律などの勉強をしたいと考えているがどう思うか、メールで尋ねてみた。競争相手とみなしているすみちゃんねるのリンクを本文に貼り付け、新しい動画をアップするペースで負けているので、なんでもいいので仕事を紹介してほしいと訴えた。


 《なんでもいいの? だったら考えがあるんだけど》


 マネージャーから返信が来るのに5分もかからなかった。仕事がなくて暇で困っていたのは一緒だったようだ。


 《すみちゃんねると取り上げる企業が被った時、最初はしまった、視聴者はすでに知っている企業だろうしこんな動画見ないだろうなと思ったんだけど。にょほりんの方が再生回数が多かったし、今までの動画と比べ、数自体も変わらなかったでしょう? この際、向こうが取り上げたからといって遠慮しなくてもいいと思う。先方はすみしゃんだろうが、にょほりんだろうが、動画が見られればそれでいいわけだから、格好悪いかもしれないけど後追いしないか? 決して前向きな話ではないし、君の意思を尊重したい。嫌ならしないけど、どうだろう?》


 共同企画の話はまだマネージャーには伝えていなかった。プランを実行した後に後追いしたら何だか恥ずかしい。今ならありだろうと考え、麻友は分かりました、お任せしますとだけ返信し、ネットサーフィンをした。


 残暑の厳しさで都内の70代以上の高齢者が100人近く死んだ。ゲリラ豪雨で河原でキャンプをしていた家族連れが流されて5人が行方不明になったらしい――。復讐予告動画はそれほど大きな話題にはならず、新聞の社会面を埋めるための話題や、株価と外国為替の生物的な動きへの後講釈、情報番組での著名人の発言を文字起こししただけの記事などにかき消されていった。  


 夕方になると、西の空を積乱雲がうごめき始めた。洗濯物を取り込むためにバルコニーに出ると雷鳴が響き、湿った風が夕立の訪れを予感させた。水分をたっぷりと含んだような黒い雲々のあるあたりは、ワイン樽のリサイクル工場があるあたりだ。大山にある神社の名は「雨降り」が転じて「阿夫利神社」になったと聞いたことがあるが、誰が教えてくれたのか忘れてしまった。


 「雨降る」よりも「天降る」の方が利己的なニュアンスが少なくていい。山崎と出会ったのは、天降る地での取材の後、大山よりももっと西だった。愛知県に向かう時は、一般道だとやがて磯辺に開けた道路に変わり、夕日の沈む時間にそこを通るのが楽しみではあった。あの日、一般道を使う選択肢があったのに、高速道路を使った。見えない透明なつる草に阻まれたのだろう。まあいいではないか。夕日の美しい道にはいずれまた巡り会える。


 後追いだと視聴者から馬鹿にされたとしても、自分は山崎とのつながりを保ち続けていたい。そんなことを考えながら、取り込んだ洗濯物のなかから乾いているものを選んで畳もうとしていた時、ノートPCがメールの到着を知らせた。マネージャーからだった。


 《後追い決まったよ。企業のURL貼っておくから予習しておいて。窓口となった人が教えてくれたけど、すみしゃんって、元アナウンサーの伝手を頼って取材を入れまくっているんだって。泣けるねえ》


 雨粒がコツコツと道路をたたき出した。3秒後には轟々と激しさを増し、突風が窓を揺らし始めた。ああ、そういうことなのね。私はやっぱりひとりなのね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る