短編小説。 沈む。
木田りも
沈む
原案 通りゃんせ
遠く、遠く。遠くから声が聞こえてくる。海の向こう。遠い遠い海の向こう。呼ぶ声が聞こえる。耳を澄ませて聞いてみても何を話してるのかわからない。低くどこか哀しみに満ちた寂しい声。その声が海を超えてやって来る。そうして、この世界は繋がっていることを知る。
今日もまたこの町から船が出る。海は広く深く怖いところだと聞いている。この町にはあらゆるところに銅像や教会のようなものがあり狭い割にごちゃごちゃしている。幼い頃の友達。顔ぶれはよく覚えている。あの日もいつもと変わらぬ日だった。あの日はいつも一緒に遊んでるかっちゃんが船に乗っていくということ以外は。7歳の誕生日。かっちゃんはいつもと変わらず笑っていたけどやっぱり出港直前にはぶるぶる震えていた。あの時どんな声を掛ければよかったんだろう。
かっちゃんは帰ってこない。僕は来る日も来る日も浜辺で待っていた。かっちゃんは帰ってこない。きっと次に会うのは大人になった時だって大人の人に言われた。よく見知った顔がいなくなるのはよくあった。一つ上のたけるちゃんも、2つ上のよっちゃんも、みんないなくなった。もう歳が近い友達は減ってしまった。だけど大人になれば会えるんだって思っている。
あの日から気づけば1人でいることが増えた。特にこの町なら話す人がいなくても困らない。変な虚無感も何もないが、自分の周りから人がどんどん減っていく。その現実は変えられなかった。僕は選ばれなかったのだろうか。逆を言えば選ばれないからこそ何も変わらない生活を送れているのかもしれない。そうして変われない毎日が続き、月日が経っていく。その間、得体の知れないものを待っている日々はどこか寂しかった。
月日が流れてゆく。日々が移ろいでる。
やがて、僕は都会に出た。就職先を決めて上京した。一人暮らしを始め、慣れないパソコンのデスクワークも始めた。授業でも習っておらず周りの都会の奴らからも馬鹿にされたが2〜3ヶ月経つと、それなりにはできるようになった。人間には適応能力があり、一つの場所に長くいると、前の場所など忘れどんどん適応していく。これからあの場所を忘れる。人を忘れる。かっちゃんもいつかは忘れる。きっとそれが普通で普遍的なんだ。新たな場所に行くっていうのはそういうことで。
ずっと座っていると疲れる。たまにタバコを吸いに喫煙所に行くと、いつもいる会社の女の子がいる。慣れないタバコは美味しくないが本当の目的はほんの少し気になっているその子を見るためだ。休憩時間はほんとに気分転換になる。仕事に喜びはないが不満もない。仕事はそれくらいのラインがちょうど良いラインなんだろうと思う。
いつのまにか付き合うことになり、いろんなところに行った。たくさん思い出もできて良い思いもたくさんした。そうしてありきたりな喜びを多く味わい世の中に溶け込んでいった。
そんな日常が続いていく。毛布にくるまったような暖かい日々。なんでも揃う都会。家にいても買い物ができる時代。どの時代にも手に入らないものがあるはずで、心はどこか満たされないこともある。でも多くのものが満たされていてこれを幸せというのだろう。
一件の連絡が入った。親父が亡くなった。帰ったらまた生活が続く。その合間にある帰郷。昔に戻るわけでもないけど、タイムマシーンに乗る気持ちになる。電車に揺られ僕は帰る。
久々に帰ってきた。
この町の駅には歴史が書かれている。この町には津波が頻繁に起きていたこと。古い童話のようなものには、生贄とか神さまとか書かれている。昔は見過ごしていた場所にこんなものが置いてあった。やがて観光地にでもするようなそんな町にしたいのか。それともこの町にはこんな秘密があったのか。そんなことをふらりと考えた。
駅を出ると大人になった僕の前に懐かしい顔が見えた。そこにかっちゃんがいた。かっちゃんは会うなりすぐに僕を海に連れていった。あまり顔は変わっていなかったからすぐにわかる。僕はかっちゃんに何を話せば良いか分からず終始無言だった。かっちゃんは気を遣ってか特に話すことはなかったがどこか記憶の奥に沈んでいた笑顔を向ける。懐かしい気分になった。父に会いにいく前に海に行く。父がよく行っていた海。僕だけが知らない海。船に乗るのは初めてだった。やがて船は止まり、海の波に船は乗っかった。船は自分の意思で動くことが難しくなった。帰ることも出来ない。僕は、無性に今の現状に腹が立った。そして、僕は
僕は今!!今この瞬間を!!!生きているぞーー!!!!!
と、叫んだ。声が枯れるまで叫んだ。
そして、
これからも生きてやる!!!!!
と、叫ぶ。その声は海の向こうまで届き、やがて世界の果てに沈んでいる昔の僕に届いていくだろう。そうして人生は、また廻りだしている。
いつのまにか、かっちゃんの姿も見えない。僕は1人船に乗っている。帰り道はわからない。やがて船に水が入りだして沈み出した。もうどうしようもないんだって思った。もうどうしようもない。僕は今、来世の僕が幸せになるために、今世を必死で生きている。最後の最後まで生きてやると決めた。
しかし、都会の生活はどうなるのか。父に会いに行かなければ。僕は沈む間際に思い出し、必死に生きるとかどうこうの前にまだ死にたくないという感情が働いて、そのまま沈んでいった。もう、どうしようもなかった。
この物語はここで終わる。生活を残したまま。広い広い海に沈むように。終わっていく。
あとがき
行きはよいよい帰りはこわい。
寂しいという感情はどうしようもない。
帰れない。帰らない。遠くに行ってしまう人や取り残されてしまう人が必ずいる。自分がそこにいない間にもそこには人がいて生活が行われている。世の中の人間は体が1つしかないから一つの場所にしかいられない。誰かを待ってる時間に怖さが来る。行きは頑張れって見送り、頑張るっていう気持ちがたくさんあったのに。帰りは怖いのだ。安全に帰れる保障も何もない。こんな恐ろしい人生に僕たちは生きているのだ。でも生きたいって毎日思える。きっとこれからも満たされないからこそ、ずっと生きていける。
読んでくれた皆さまに感謝する。
短編小説。 沈む。 木田りも @kidarimo777
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