ひだまりの花

高山小石

ひだまりの花

 実生さねうだわ。

 綾子あやこは、見えない目を外に向けた。

 病をわずらって以来、綾子の目は開かない。

 一日の大半を座敷に座って過ごす綾子は、以前より気配に敏感になった。

 足音がしなくても、声が聞こえなくても、そばに誰が来たかわかる。

 今、開けはなたれた障子しょうじの向こう側から、実生の優しい気配が漂っていた。

 天気が良いから、庭の手入れをしているのかもしれない。

 声をかけようか。

 そう思うのに、言葉を飲み込んでしまう。

 用もなく話しかけると実生が叱られるのだ。

 綾子は畳に座ったまま、優しい気配に身をゆだねていた。



 庭師の実生は、広い庭をゆっくりと歩いていた。

 先日おこなった剪定せんていの具合を確認するようにと、師匠から言付ことづかったのだ。

 庭木に目をやっていても、わかった。

 お嬢様がいらっしゃる。

 枝越しに座敷をうかがうと、鮮やかな着物をまとった綾子がいた。

 鳥の声を聞いているのか、目を閉じて、穏やかに微笑んでいる。

 花のような人だといつも思う。

 自分なら、松の緑を見られなくなっただけでも気が狂いそうなのに。

 高い声を上げてまた一羽、小鳥が庭に入ってきた。

 ととのえた庭が見えなくても、鳥が来れば、こずえの存在を感じてもらえる。

 この庭は綾子のための庭だ。

 自分にできることはこれくらいしかない。

 ひだまりの中の花から、実生はそっと目を離した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひだまりの花 高山小石 @takayama_koishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説