月影を統べる王と天地を歌う姫【人の国ケモノ狩り編】

すなさと

第1話 鬼伯の息子と落山の隠し姫(沈海平反乱編前半)

プロローグ あやかしの国

 阿の国は、あやかしの国である。

 人ならざる者、あやかしと言われる者が雑多に集まり生きている。


 中でも鬼は特別な存在だ。

 東西南北の四つに分けられた阿の国の領土を治めるのは、全て鬼の一族で、ここ北の領を統治するのは、月の光から生まれたとされる「月夜つくよ」の鬼たち。

 頭上にいただく白い角は上級種族の証しである。


 とは言っても、本当に「上級」なのは政治の中枢に関わっている一握りの鬼だけで、それ以外はいわゆる平民のようなものだ。

 今の世の中、権力と財力が一番ものを言うのは、人の国と変わらない。




「嬢ちゃん、ちょっと邪魔だ」

 ここは大勢のあやかしで賑わう通り。首が長いのから猫目の少女、獣の耳が生えているのまで多種多様なあやかしが行き交っている。


 そんな通りに面した露店の本屋。

 木綿の小袖姿の店主は、大きな一つ目を怒りで歪めながら、雑誌をむさぼり読んでいる女の子に向かってハタキをかけた。

 

 彼女の切れ長で大きな瞳は、宝玉のような深紫色。艶やかな長い黒髪は、両サイドだけ短く切り揃えられている。見た目の年の頃は人で言うところの二十歳そこそこといった感じだが、実年齢は分からない。


 そして、頭には一本の角。


 着ているものは和服と洋服をミックスした着物ドレスと言うもので、これは人の国の洋服を意識した最新のファッションだ。


 阿の国は、人の国とは隔たった国ではあるが、そこかしこに繋がる場所がある。

 目まぐるしい早さで発達していく人の国の影響を受けながらも、この国はあやかし独自の発展を緩やかに古めかしく続けている。


 人の国では誰もが携帯電話という物を持ち、電波が飛び交う時代だが、阿の国で飛んでいるのは今でも変わらず式神だ。

 その一方で、彼女のように人の国かぶれなギャルも珍しくはない。


 鬼の女の子は、ハタキをかけられあからさまに顔をしかめた。


「ちょっと、せっかく読んでいるのに!」


 鈴の音のような澄んだ声で、しかし、図々しく言い返してくる。彼女の傍らには、獅子かと思う白くて大きな犬がくっついていて、それが威嚇するように牙を剥いた。


 店主は一瞬たじろいだが、負けじと言い返した。


「読むんじゃなくて、ここは買うんだよ!」


 彼女が握りしめているのは、人の国の雑誌である。彼女は最近ちょくちょく店にやって来るようになっただ。


 最新のおしゃれ情報を手に入れたい若い娘の気持ちは、一つ目の店主だってよく分かる。見た目が小綺麗な鬼だから、きっと金を持っているに違いないと、店主も多少の立ち読みは我慢していたのである。

 しかし、こうも頻繁に立ち読みされては、こちらも商売あがったりだ。


「買う気がないなら帰ってくれ。商売の邪魔だ」


 すると彼女は、むうっと口を尖らせ、唸るように言った。


「……どの雑誌にしようか今悩んでるのよ」

「いや、さっき読んでるって言ったよな、あんた」


 店主の鋭い突っ込みに彼女はぐっと言葉に詰まる。しかしすぐ、ふんっと鼻を鳴らして彼女はふんぞり返った。


「分かったわ。じゃあ、あと星占いだけ読ませて」

「おい、開き直るなっ」

「だって今月の占いに、『気になる相手がいたら迷わない。あなたの運命が大きく変わるかも』って書いてあったのよ。私、気になる相手もいないのに、どういう意味かしら? まずはそこが気になるじゃない」

「知るか。てか、やっぱりがっつり読んでるじゃねえかっ」


 店主がすかさず言い返すと、彼女は「細かい一つ目ね!」と悔しそうにそっぽを向いた。

 彼は一つしかない大きな目で、彼女の頭の一つしかない白い角をじろじろ見ながらため息をついた。


「一つ鬼が金がないのは分かるけどよ、こうも頻繁に立ち読みされちゃな」

「失礼ね。一つ鬼がみんなお金がないみたいに言わないで。今、ちょうど持ち合わせてないだけよ」

「それをって言うんだよっ。人の国の金が無理なら、きんでも銀でも──、それも無理なら、二つ鬼の男でも引っかけてから出直して来やがれ!」

「そんなことしなくても、今度はちゃんと人の国のお金を持ってくるわよっ。行こうっ、吽助うんすけ


 傍らの白い犬に声をかけ、女の子はぷんぷんに頬を膨らませて去っていく。

 彼女の後ろ姿を見送りながら、一つ目の店主はやれやれと頭を掻いた。


 ここは、阿の国北の領。

 今と昔がごちゃ混ぜになったあやかしの国。

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