第116話 燃えよ、ファイヤーボール! なのだ その六

 ふっふっふ、そうさ、アレをやるしかない。

 わたしを本気にさせた、あなたたちがいけないのだ。


 とかいってみても、実は、たいしたことは出来ないのだけれど。

 それでも、この前、初めて満足のいくファイヤーボールを出せるようになったのだ。


 えっへん。


 毎朝、魔力を整えるためのジョギングや体操。

 夜寝る前には、魔力を高めるための腹筋ローラー。

 そして大切なのは、魔法を自由自在に使いこなし、それが成功したところを強く思い浮かべること。


 毎日、密かに魔法の練習と併せて、イメージトレーニングにも励んでいたって訳なのさ。

 前にちょっとだけマティアスくんに、きっと魔法の才能があると誉められたこともあるしね。


 そうは言っても、まだまだ魔導士見習い。あまつさえ超初心者。

 炎の魔法どころか、火の魔法だって初歩の初歩。火花を飛ばす着火の魔法の練習から始めてみたのだ。


 そんなレベルなもので、あいかわらず厨房では魔導器なしだと、竃に火を入れるのも一苦労。

 キーファの実とかいう、松ぼっくりに似た着火材として使える木の実を早く入手したいところ。


 それでも、ある日、イメトレしてたらおっちゃんが、わたしの魔力結集に驚いたことがあったのだ。

 それに気を良くしたわたしは、おっちゃんの見よう見まねで、毎日さらにイメトレに励み、練習をやり続けた。


 着火の魔法っていうのは、火花を発生させる火打石みたいなものなのだ。

 その先に燃やす対象、つまりは何らかの可燃物まで思い浮かべないといけない。


 その可燃物に火が燃え移り、メラメラと燃え始めたら、それが火の魔法。

 さらに規模を大きくしたり、高い温度で燃やすことができれば炎の魔法。


 らしいんだけど、おっちゃんなんかは、いったいなにをどうやってるんだ。


 明らかに、なんもないところから、手のひらの上なんかにファイヤーボール作ってる。

 でもって、それを薪に送り込んで、あっと言う間に竃の火付けを完了させているじゃないか。


「オレは特に何も考えていないぞ。せいぜい、早く湯を沸かして料理を作りたい、とかそんなもんだ」


「ミヒャエル先輩の場合、途中の過程を無意識にイメージしているみたいですね。僕も、まあそうなんですけど」


「俺は、魔法は剣技の時にしか使わんからな。師の教え通りにやっているだけだ」


「私は、安全確認をしながら、ひとつひとつの行程を丁寧にやっております」


 おっちゃん、なんと途中の火を着けて燃やし広げる媒介を魔力で作り出すという、言ってみれば魔法による物質変換のようなことを自然にやっているらしい。

 それにしたって、わたしなんか、薪がいかに燃えるものだと知ってはいても、いきなりそれが燃え始めるなんて思えない。思えないから、できないのだ、きっと。


 この世界の住人なんだか、この国の方々なんだか、あるいは、わたしの周囲の人たちだけなのかは良く分からないけれど、生活の中に魔法があるのだ。

 魔法のない世界で生まれ育ったわたしは、自分に魔法の才能があるとか、魔力量が多いとか言われても、いまいちピンとこないのもイタシカタナシ、なのだ。


 それでも魔法という、とっても異世界っぽいものが、わたしにも使えると思うと、正直わくわくしてしまうのも当たり前。

 でもって、魔法を教えてくれたみんなに「おかげさまで、こんなことができるようになりました」と使えるようになった魔法を見せびらかせて驚かせたい。


 魔法が使えるようになったら、やっとこの世界の住人になれたかなと、きっとそう思えるような気がするのだ。

 いや別に、これまで、ずっと自分のことを、この世界にとっては異邦人だったと考えていたとかではないよ。

 聖女様として召喚されながら、実際には手違いで、かつての聖人様のように、この世界の発展に貢献することもないのだけれど。


 それでも、『炎のミヒャエル』の弟子になったんだから、竃の火加減の達人くらいにはなりたい。

 わたしのホズミって名字は、こっちでは竃の神様と同じ名前みたいだし。


 わたしの、この世界における、小さな願いでもあり、密かな目標。

 ゆくゆくは、おっちゃんの一番弟子として、ちゃんとおっちゃんに認められたいのだ。


 おっちゃん、共同経営者が欲しいって言ってたしね。

 わたしが、少しでも力になれるとしたら、こんなにうれしいことはない。


 その野望、じゃないや、小さな願いを叶える第一段階。

 それがファイヤーボールの魔法なのだ、わたしにとって。


 だから、ファイヤーボールをピンポイントで勉強して、そればかりを練習をしてきた。

 やっているうちに、自分の小指の爪のくらいのもなんだけど、小さな火の玉が、ついに出せるようになったのだ。


 文字通りの、爪に灯を点すような毎日。いえ、魔法的な意味で。


 わたしの小さなファイヤーボール。

 出したは良いけれど、動かすと消えてしまう。

 まるで細い蝋燭に、息を吹きかければ、簡単に消えてしまうように。


 薪に火を移そうと、竃の前にしゃがみ込んでいるわたしの後ろを、大股でおっちゃんが通ったりすると、その際に巻き起こった風であっさりと消えてしまう。

 もうっ、おっちゃんときたら。わたしがおっちゃんを軽く睨むと、見兼ねたのか、ちょっとしたコツを教えてくれた。


 風の強い夜に、野営で焚き火をする時なんかは、大きめの石を積んで火元を囲って簡易的な竃を作り、火が消えにくいようにするらしい。

 同じように、火元を魔法のシールドで風から守れば、火は消えにくくなるというのだ。

 もちろん、全方向から覆ったんじゃ酸素が供給されないから、シールドは風が吹いてくる方向に作る。

 もっとも、おっちゃんの魔法は火力が強いから、そんなことは今まで気にしたことはないみたいなんだけど、若手にはそんな風に教えているとのことだ。


 わたしは、アドバイスしてくれた時のおっちゃんのドヤ顔を思い出して、ちょっとだけ悔しく思う。

 けれども、そんな風にトクイ毛をモフモフと生やかすおっちゃんの顔は、決して嫌いではないのだということは、忘れずに付け加えておきたいのだ。

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