第117話 燃えよ、ファイヤーボール! なのだ その七
「屋外で火を焚くのと同じ要領で」って言われてもなー。それをまた、魔法でやれったってさー。
わたし、アウトドアとかやらないからなー。焚き火すらしないし、暖炉なんかも本物は見たことがないよ。
昔から、薪を燃やして煮炊きしたりしてきたおっちゃんにとっては、薪は良く燃えるものなんだろうけどさ。
わたしは、まず燃えやすい紙切れとか、木っ端くずとか、いっそのこと蝋燭なんかをイメージしないといけないのだ。
おっちゃんが上級の攻撃魔法を行使する時には、無意識のうちに実際に可燃物を呼び出して威力を上げてるみたいだけどさ。
だからといって魔力で紙切れなんかの燃えやすいものを出現させるなんて高等なことは、マティアスくんにだって難しいらしい。
そんなことを、易々とやってしまうおっちゃんって……。『炎のミヒャエル』なんて二つ名が付くはずだよ。あの、無自覚ハイスペック騎士めっ。
しかし、わたしのような初心者にとっては、これはあくまでイメージの中だけの話しなのだ。
おっちゃんのように、魔力を使って可燃物を生成したりする必要は全くない。
それにしたって、思い通りのイメージを膨らませるなんて、そうそうできはしないけれど。
マティアスくんが教えてくれたように、
「まずは、世の理を勉強しましょう。何故火は燃えているのか。何故水は凍るのか。その原理を知って、強くイメージするのです」
——そうすれば、たいていの魔法は使えるようになります。
という教えを信じてはみても……。
言うは易し、やるは難し。
物理の授業を、もっと真面目に受けておくんだったよ。
自他ともに認める文系少女だったから、理系科目はもともと苦手なんだよー。
とりあえず、まずは練習の折、お墓参りの時に点ける蝋燭を思い浮かべてみたのだ。
風の強い日は、マッチを擦ってできた火が消えないように、そっと手で覆ったりして。
そこからお線香に火を移す時も、束のまんまじゃ大変だから、何本かにばらかしてみたり。
同じ要領で、わたしの作った極小のファイヤーボールが消えないように、進行方向に小さなシールドを作ってさ。
でもって、細心の注意を払ってそれを動かすんだけれども、ちょっと動かすと火の玉は何かにぶつかったように動きを止める。
何かにって、そんなもの決まっている。
風よけのための、自分で作ったシールドだ。
目には見えないシールドにぶつかった極小ファイヤーボールは、その勢いで消えてしまった。
シールドもまた、ファイヤーボールと一緒に動かさなくてはいけないのだ。
むー、めんどくさい。
こんな小さなファイヤーボールでも、維持するのはタイヘンだし、それをまた消えないように動かすのもタイヘンだ。
しかも、動かした勢いで消えないように、風よけのシールドで覆って、そのシールドもファイヤーボールとおんなじように移動させなければ……。
やっぱり、めんどくさい。
魔法って、もっと便利なものかと思っていたよ。
こんな風にマルチタスクを要求されるだなんて。
わたしは一点突破型で、あれもこれも同時進行するのは苦手なんだ。
しっかし、それにしてもこの世界の魔導士の方々は、こんな面倒なこと……、いえ、丁寧な魔力操作をやっていらっしゃるのか。
あの繊細そうなマティアスくんだったらともかく、大雑把そうなおっちゃんまでがこんなタイヘンなことを普通に、ナチュラルに、無意識にやっているなんて信じられないよ。
「ああ、だからオレはそんなことは気にしたことはないんだ。火は燃えるものだし、良く燃えるものを焼べれば勢いもつく。あとは、大きくしたり小さくしたり臨機応変にだな……」
初心者のわたしには、まったく参考にならないアドバイスを、どうもありがとうございます。
たぶん、あの場にマティアスくんがいたとしたら、彼もまた苦笑いをするばかりであったことだろう。
おっちゃんときたら、理論とか、マルチタスクとか、繊細な魔力コントロールとか関係ないのだ。
きっと練習していたらできるようになった。とか、やってみたらできてしまった。とかいう天才肌の人なのだ。見かけによらず。
しかも作ってる料理からは職人気質な面も伺えるところを見ると、多分日々の研鑽も怠らない性格な気がする。これは間違いない。
でも、そんな役に立ったんだか、立たなかったんだか分からないアドバイスのお陰か、わたしのファイヤーボールの腕前は、毎日少しずつ少しずつ上がっていった。
いまや、なんとか苦心賛嘆の末ではあるけれど、爪の先ほどの極小サイズから、手の平に乗る大きめのビー玉くらいのサイズはある、火の玉を作り出すことができるようになったのだ。
うう、上達し具合はカメの歩みのようだなあ。
いや、カメというのは前にしか進めないのだ。
たとえ歩みがのろくたって、一歩一歩前に進むのだ。
その成果を大々的に発表するのは、今この時をおいて他にはない。
幸いなことに、おっちゃんの揉めている裏門と、ネーナさんが駆けてゆく舗道、その中間付近の庭木の間には、小さな泉のようなものが見える。
この屋根の上から、あの泉に向けてファイヤーボールを放つのだ。大きな音と、水しぶきが上がればしめたもの。大成功だ。
相手の注意がそちらに向けば、おっちゃんとネーナさんのことだ。一瞬の隙をついて、それぞれなんとかコトを納めてくれるに違いない。
わたしも、その混乱に乗じて素早く屋根から降りて、おっちゃん、もしくはネーナさんの許へ走って、無事に合流を果たすのだ。
どうよ、この完璧な計画。
我ながら見事なものじゃないか。
わたしは、自画自賛しながら空を見上げると、両の手を天に伸ばす。
そして、いつもより心持ち大きなファイヤーボールを作ろうと、頭上に伸ばした両手の間に意識を集中し始めるのでした。
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