第115話 燃えよ、ファイヤーボール! なのだ その五

 なにやってんだ? じゃないよ。

 おっちゃんは、わたしを迎えに来てくれたのに違いない。


 ここにわたしがいることを突き止めたのは、情報通のネーナさんだけではなかったのだ。

 でも、おっちゃんは、どうしてわたしがこのお屋敷にいるってことが分かったんだろう。


 それは、きっと愛の力!


 ……なんかじゃないんだろうなー。


 残念ながら、たぶんわたしの忘れ物を追って、ここまで辿り着いたんだろう。

 いろんなところに、自分のもの置きっ放しにしてきちゃったしな。


 昨夜は、退勤後に突如失踪。今朝になっても職場に現れず、無断欠勤。

 心配して迎えに来てくれたというより、怒ってここまで来たって可能性まである。


 おっちゃんに叱られるのは、嫌なことではないよ。

 むしろ心配してくれたのかな、なんて、うれしくさえ思ったり。


 うん、あとできちんとお話しをしよう。

 そして、「ご迷惑をおかけしました」と謝るのだ。


 元はと言えば、あのおエラ方の人違いが原因なんだけどもさ。

 あのおっちゃんの姿を見てたら、なんかあれこれと釈明する気がなくなってきちゃった。


 それにしても、理由はどうあれ、お迎えというものはうれしい。

 思わずおっちゃんに向かって、両手を上げて大きく振りそうになる。


 その手をとめてしまったのは、良く見ると、どうにも様子がおかしいからだったのだ。

 おっちゃんを取り囲む衛兵もどきの方々と、なにやら激しく言い争っているように見える。


 ありゃー、おっちゃん、あんまりコトを荒立てないでよー。

 そりゃ、わたしだって、ここまで来たくって来たって訳じゃないんだけど。


 おっちゃんが、わたしのために、あの衛兵もどきの方々とやりあうところは見たくないなー、なあんて思ちゃったりするのだ。


 万が一にも、おっちゃんが負けるなんて思わないけれど、逆に、あの方々にケガでもさせてしまったらと思うと、なんだかそれはそれで申し訳ない気がする。


 てなことを考えていたら、あっ、ついに手が出たよ。

 おっちゃんじゃなくて、衛兵もどきの方たちの方ね。


 うわー、命知らずだなー。ある意味勇者だなー。なんて恐ろしいことを。

 もしや、あの衛兵もどきの皆さんは、おっちゃんが誰だか知らないんだろうか。


 うん、その可能性は大だね。見たとこ、おっちゃん、お店にいる時の格好のまんまだしな。

 ぱっと見、近頃は小奇麗にしてはいるけれど、やけに身体を鍛えているとはいえ、ごく一般的な民間人みたいだしね。


 騎士団長を引退してから、もう大分経ってるみたいだし、みんな、ただの定食屋だか居酒屋だかのオヤジだとでも思っているのだろう。


 案の定、衛兵もどきの攻撃は、おっちゃんに軽くなされている。

 それでムキになったのかな。おっちゃん一人を相手に、大勢でわっと仕掛けて始めたよ。


 さすがに、無手のおっちゃん相手に剣を抜くようなことはしないけれど、一人相手に大人数で取り囲むのは、ちょっと卑怯なんじゃないのか。

 頑張れ、おっちゃん! 負けるな、おっちゃん! なんてわたしが応援しなくても、おっちゃんは、向かってくる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げしていた。


 あー、衛兵もどきの方々はご愁傷様。

 きっと、明日は筋肉痛の上、痣だらけ。


 とはいえ、おっちゃんだって、たぶん手加減しながらやっているんだろう。まるで素人同然の新人さん相手に、大ケガをさせないように気を使って稽古をつけているようだ。

 そのせいでもないんだろうけど、心なしか疲労の色が見てとれる。それでも、衛兵もどきの方たちとは比べ物にならないくらいの、こなれた身のこなしなんだけれど。


 何度投げ飛ばしても、転ばせても立ち上がってくる相手に、どうにも辟易としているようなのだ。


 今だって、ほら、おっちゃん後ろ後ろっ!


 でも、おっちゃん、後ろにも目が付いているかのような動きで、背後の相手に鮮やかな裏拳からの足払いを決める。


 うひゃー、かっこいい。

 なんて技なんだ、今のは。


 さすがは、元腕利きの冒険者。魔獣殺しの元騎士団長。

 そこいらの若造なんて目じゃないのだ。うっしっしっし。


 やれっ! いけっ! なんて、おっちゃんの華麗な体術に見とれていたら、なんだか今度は、お屋敷の方が騒がしい。


 なんだ、なんだ? 新手かな?


 次第に近づくときの声。

 その方向に目を凝らせば……。


 大きなお屋敷の影から現れたのは、ネーナさんじゃないか。


 ネーナさん、もしかして追われている?!


 見事なストライド走法で裏庭を駆け抜けていくネーナさんを、鬨の声を上げながら追い掛けているのは、あの派手な制服の特殊侍従たちではないか。

 そのトップは、もちろん黒服二号のようだ。派手な制服の一団の中で、あのひょろひょろした体躯には、見覚えがある。

 あんなにひょろっとしてるのに、さすがは侍従長。逃げるネーナさんの、すぐ後ろ、追っ手の最前線を走っている。


 しかも、ああっ、黒服二号の指示で、二手に分かれやがった。

 あっちとこっちとで、ネーナさんを挟み撃ちにする気だな。

 追いかけっこじゃ敵わないと見たからって、ズルいぞ、黒服二号。


 このままじゃ、さしものネーナさんだって、いずれは捕まってしまうだろう。


 どうしよう。なにか良い手はないものか。


 そうだ、裏門におっちゃんに合図を送って、助っ人に入ってもらうってのはどうだ。


 わたしは、再びおっちゃんのいる裏門を、救いを求めるような目で伺った。


 でも、おっちゃんは、おっちゃんで、そろそろ数に物を言わせた衛兵もどきの相手にも飽きてきたようで、本気を出し始めてるっぽい。

 おっちゃんの手によって、吹っ飛ばされてゆく衛兵もどきの方たちの、その何人かは再び立ち上がることもなく地面に伸びている。


 もう、おっちゃんったら、ちょっとやり過ぎだよ。

 これ以上、おっちゃんが本気を出してしまったら、ケガ人が続出だよ。


 でも、おっちゃんが本気を出して、裏門を突破してもらわないと、ネーナさんを助けにはいけないという、何たる矛盾。


 うー、どうすればいいんだーっ。


 わたしは、しばしの逡巡の末、屋根のてっぺんで、すっくと立ち上がる。


 もう、こうなったら、わたしがアレをやるしかないっ!

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