第114話 燃えよ、ファイヤーボール! なのだ その四
「あとは、勇気だけだ」
父ちゃんの書斎にあった、古い、けれども大好きだった少年マンガで読んだセリフ。
プロトタイプである主人公が、後発の自身よりもハイスペックな刺客に言ったセリフ。
今思い出してみても、なんてカッコいいんだ。
わたしが言うと、ただの考えなしで無鉄砲なだけなんだけど。
でも、たった今、やるべきことは決まった。
無駄に策を弄することなく、堂々と裏門から出ていってやるのだ。
いえ、堂々と言うなら、正門から出ていけよ、という話しなんだけど。
あ、でも、それも良いかも。
まさか囚われの姫君が、正門からお帰りになるとは誰も思うまい。
いずれにせよ、せっかく紛れ込んだこの場所だけど、そろそろ出てゆくことにしよう。
そう決意したその時、にわかに建物の外から騒然とした雰囲気が伝わってきた。
なんだ、なんだ?! なにが外では、起こっているんだ?!
わたしは、急いでロフト状になった屋根裏部屋がある中二階へ続いている階段を駆け上る。
中二階に着いて、入ってきた天窓を見上げれば、意外なことにかなりの高さがあった。
そりゃ、まあ、天窓というくらいだから、天井に取り付けられているのは当然なのだ。
天井は高いものと相場は決まっている。おまけに、わたしはお世辞にも背が高いとは言えない。
参ったね、これは。
高過ぎて、全然手が届かない。
あそこから飛び降りた時は、下も見なかった。
しかも、足の方から、えいっと飛び降りたのだ。
すんなりと着地できた割には、足の裏がビリビリしたはずだよ。
いかに垂直飛びが得意だとはいっても、あの高さじゃ、窓枠に飛びつくどころか指先が触れることも難しい。
でも、試しにやってみるだけ、やってみようかな。
もしかしたら、もしかするかもしれないし。
えいっ!
思った通りだ。
まったく届かない。
いつも、ここを使っている方々は、どうやって天窓を開けたり閉めたりしているんだ?
まさか、わたしのように、開け閉めの度に、屋根まで登っている訳でもあるまい。
なにかしら、方法があるはずなんだけど。
そうこうしているうちに、外の騒然とした空気の熱は高まっているみたいだ。
あちこちから、誰かが叫ぶ声だとか、忙しく走り回る靴音だとかが聞こえてくる。
うー、気になる。
ホントに、いったい、外ではなにが起こっているんだろう。
仕方がない。お行儀が悪いけれど、置いてある机やイスを有効活用させてもらおう。
幸いなことに、事務仕事で使われているであろう、簡素な机やイスは、わたしにも動かせるような大きさだった。
わたしはズリズリと机を押して、入ってきた、開きっ放しの天窓の下まで移動させる。
動かせないほどじゃないけれど、案外重かったな。
この細腕じゃ仕方ない。わたしって、パワータイプじゃないからね。
机の上に乗っていた書類やら何やらを、端っこに寄せると、よっこらせと飛び乗った。
うん、この高さからなら、窓枠にまで届きそうだね。
身を屈めたわたしは、せいやっと天窓に向かって、思いっきりジャンプする。
首尾良く窓枠を掴んだわたしの目に、部屋の片隅にあった、脚立らしきものと、そこに立て掛けてある窓の開け閉めに使うであろう、先が鍵型になっている棒が入った。
なによ、あんなところに、あんな便利そうなものがあったんじゃない。
一瞬だけ、そう思ったけれど、その時にはもう、飛びついた勢いのまま、わたしは天窓から胸の辺りまで乗り出していたのだ。
そのまま、上まで這い上がると、匍匐前進で、屋根の真ん中あたりへと進む。
またメイド服を汚してしまったけれど、元より真っ黒になってしまっているので、もはや気にすることはやめている。
それよりも気になるのは、今裏庭で起こっている出来事だ。
いったい、なんの騒ぎだろう。わたし以外にも、このお屋敷を騒がせる者がいたのだろうか。
思い当たるのは、ただ一つ。
心配なことも、ただ一つ。
囮となったネーナさんのことだけだ。
まさかとは思うけど、わたしから注意を引き離すために、ご自身を危険に晒して、お屋敷の中を縦横無尽に走り回っていたとしたら。
でもって、その手にまんまと乗った黒服二号率いる、あの私設諜報部ような特殊侍従軍団に追い掛け回されていたりしたら、どうしよう。
きゃー、ごめんなさい、ネーナさん。
ネーナさんのくれた、脱出
それを、まんまと見逃してしまいました。
実は、わたしは、まだこんなところにいるのです。
屋根の頂上付近に辿り着いたわたしは、おそるおそる、裏庭の方へと顔を覗かせる。
顔を上半分だけ出して、きょろきょろと、あちらこちらへと視線を走らせた。
お屋敷の方は……異常なし。
裏庭中央付近も……異常なし。
あれ? どこでも、なんにも起きていないぞ。
念のため、屋根のすぐ下、この建物の前あたりのようすも探ってみたけれど、そこにも誰かがいるようすは見受けられない。
少し拍子抜けしたわたしは、ふーっと大きく息を吐き出した。
でもネーナさんが、あの派手な制服の特殊侍従たちに右へ左への大捕り物が展開された挙句、晒し者なんかにされていなくて本当に良かったよ。
——それじゃあ、あの物騒な物音は、いったいなんだったのかな?
やれやれと軽く伸びなんかをしながら、何気なく裏門の方に目をやれば、そこにはさっきまで聞こえていた騒ぎの元、つまりはすごい人だかりが出来ていた。
やややっ?! いったい何事?!
大道芸でも、やってるのかしら。
しかし、あそこに集まっているのは、ただの観衆ではない。
もう少し物騒な格好、軽装備ながら、明らかに武装した私設衛兵のような方々だった。
人だかりの真ん中にいる人物も、大道芸人などではない。
うーんと、あれは……、なんと、おっちゃんではないか?!
おっちゃん、なにやってんだ? あんなとこで?
いったい今あそこで、なにが起こっているのか?
良くわかっていないわたしは、困惑しながらも、その事態を見守るしかできないのでした。
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