第113話 燃えよ、ファイヤーボール! なのだ その三

 一階に降り立ったわたしは、注意深く辺りを見渡し、整然と積まれている荷物を探る。


 この樽の中身はやっぱりお酒かな。この大きさ、この形。なんとなく見覚えがある。

 おっちゃんの趣味で選んできたという、『炎の剣亭』にあるものと同じものなんだろうか。

 この世界にも、この国の統一規格なんてものがあったらの話しになるけどね。


 はたして、もし中身がお酒だったとしたら、どう使う?

 この近辺を通りかかった捜索隊の皆様に振る舞っちゃうとか?


 この場から注意を、できるだけ遠ざけて、その隙に裏門を突破しようっていうのに、自分から人を集めてどうするんだ。


 その案は却下。

 今、お酒には、なんの使い途もない。


 せいぜい出陣前に一杯やって、勢いをつけるくらいのものなんだけど、わたし、お酒飲めないしな。


 うーん、他にあるのは……と。


 こっちに積んである、でっかい麻っぽいもので作られた袋。中身は何が入っているんだろう。


 パンパンに膨らんでいる袋の表面を、指で軽く突っついてみる。


 思ったよりも、中身が固い感じ。手のひらで撫でてみると、粒々した感触もある。

 豆かな、これは? どんな豆なのかは分からないけれど、小さくて丸っこいものが詰まっている気がする。


 もしも、これが豆だったとしたら、どう使う?

 追い掛けてくる捜索隊の目の前に、そっと置いといてみるとか?


 昔話の中に、手持ちの食べ物を鬼に向かって投げつけて、鬼がそれらを食べている隙に、まんまと逃げるっていうのがあった気がする。


 でも、この案も却下だよ。

 この場合、捜索隊の皆様が、地面に落っこてる豆を、拾って食べてくれるとはとうてい思えない。

 だいたいさー、茹でたり煎ったりもしていないような固い生豆を、どうやって食べろっていうんだ。


 あー、待てよ、固い豆なのか。

 これだけたくさんあるんだから、舗道にぶちまけておくっていうのはどうだ?

 勢い良くその上に走り込んできた捜索隊が、豆に足を取られてすってんころりん。その隙に逃げるとか。


 捜索隊だって、そんなにおマヌケな方ばかりじゃないでしょう。舗道にいっぱいの豆を見たら、避けて通ればいいだけだよね。裏庭って、広いんだから。


 では、つぶてのように投げつけて、威嚇してみるとかっていうのは……。


 あー、だめだ、だめだ。

 おっちゃんや、ルドルフさんみたいな豪の者が投げるならともかく、わたしの豆まきっくらいで退散してくれるんだったら苦労はないのだ。


 だいたい、食べるものを粗末に扱うってのが、わたしらしくない。


 うー、焦っているせいか、まったくもって有効なアイデアは浮かばない。

 だいたいにおいて、食べるものを粗末に扱うってのが、わたしらしくない。

 おまけに、さっき朝食をいただいたばかりだというのに、なんだかお腹までへってきた気がする。


 あの袋の中身が豆だったら、なんの豆が入ってるんだろう?

 粒の大きさからして、なんだか大豆っぽい気がする。


 大豆はいいよねー。おいしいよねー。

 煮豆にするなら、硬めに茹でて歯応えを残したのが好きだな。

 圧力鍋を使って、柔らかくふっくら煮たものをチリビーンズにするのもいいな……。


 あー、だーかーらー、そんなこと考えてる場合じゃないってば。


 捜索隊や、門番の目を眩ませて、その隙に脱出。

 その有効な方法だってば。考えなきゃいけないのは。


 気を取り直して、再度辺りを見回すと、役に立ちそうなものを探す。


 あっちの袋の中身は、なにかな?


 豆と思わしきものの詰まっている麻袋の横には、また毛色の違った小振りな袋が多く積み上がっていた。


 例によって、指先でちょんちょんと突っついてみるわたし。

 これは柔らかいね。なんだろう? 小麦粉か、なんかかな? なんだか粉ものっぽいものが、ぱんぱんに詰まっていそうだ。


 うーん、小麦粉かー。食料庫だけに、食べるものしか置いてないっぽなー。


 ならば、あそこの薪を燃やして、煙を上げてみるとか?

 敢えて、ここに注目を集めておいて、集まってきた人々に紛れてしまうなんてどうだろう?


 おー、これだったらイケるかもしれない。


 でも、やっぱり、これもイケない。


 『炎の剣亭』の竃、しかも小さい方にすら、火を点けるのに一苦労してるんだよ。

 マティアスくん謹製のライター風の魔導器を使って、なんとかなってるっていうのが現状だ。


 しかも、その火を点ける魔導器は、今ここにはないのだよ。


 万事休すかー。諦めて、暗くなるまで、ここに隠れてようかなー。


 いや、ダメだよ、そんなの。

 そんなに時間を掛けてたら、囮として残ってくれたネーナさんの身に、どんな危険が降り掛かるか。


 お姫様絡みのことだもん。ネーナさんが不法侵入やら、わたしと入れ変わったことで、あらぬ疑いを掛けられてしまわないとも限らないじゃない。


 なにかをやるなら、今すぐにじゃなきゃ。


 そうだ。薪が燃やせないなら、いっそのこと、ここを爆破してしまうってのはどうかな。


 わたしの元いた世界では、過去に粉塵爆発事故ってのが起こっていてだね。

 燃えやすい粉状のものが空気中に漂っているとしてだね、そこに酸素の供給が充分あると、燃焼反応に過敏な状態になる訳だよ。

 そんなところに、ちょっとした火花でも飛び散ったら、粉状になった可燃物は次々と燃え上がって、爆発的に燃焼するって事故なんだけど。


 炭坑とかで、石炭の粉末が爆発したり、工場で燃えやすい金属の粉が爆発したりと、恐ろしい代物なんだけど、乾燥し切った小麦粉なんかでも起こると聞いたぞ。

 そして、ここには小麦粉らしきものがいっぱいありそうじゃないか。こいつを、この建物の中に充満させてだね、わたしの魔法がいかにしょぼかろうとも、そいつでパチッとやっちゃったら……。


 ——うえっへっへっへっへ。


 ダメだ、ダメだ。

 なんてこと考えてんだ、わたしは。


 人ん家の食料庫を爆破してどうする。

 それこそ犯罪じゃないか。


 それに、こんなところで粉塵爆発を起こしたら、自爆するようなものじゃないか。

 自分自身まで、吹っ飛んでしまいそうだ。


 ふるふると首を左右に振って、悪魔の所業を頭から追い払う。


 それに冷静に考えてみたら、必要なのは良ーく乾燥した小麦粉なんであって、袋から取り出したてのものじゃ、水分が多くてきっと燃えないんじゃないかと。

 某動画サイトで見た粉塵爆発の実験には、良く煎られて水分の抜け切った小麦粉を使っとったしな。

 フライパンのひとつもない、こんなところじゃ小麦粉を煎りようもないし、フライパンひとつあったとしても、大爆発を起こすほどの量の小麦粉をどうやって煎るというのだ。


 はーっ。

 大きなため息が一つ。


 わたしは、目の前の空間を指でスワイプするように左右に動かす。

 もちろん、そこにはなんにも表示されることはない。


 レベルも、スキルも、なにも出ない。


 わたしのステータスの中で、高いのはなんだ?

 心の中で、自分のパラメータを思い浮かべる。


 強さや、力は低いね、やっぱり。

 高いのは敏捷性とか、持続性かな。


 とするならば、隠れていないで、ここから出てゆき、裏門を全速力で駆け抜けるしかないかな。


 こんな時に役に立ちそうなもの、わたしはなんにも持ってない。

 他に持っているものと言えば……、あとは勇気くらいのものなのでした。

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