第109話 わたし、怒りのミートボールなのだ その七

 むー、なんなんだ? この着心地の悪さ?


 このお屋敷において、侍女の方々がお召しになっている制服。

 つまりは、わたしの持っているものとは、また違った趣のあるメイド服。


 袖を通してみて思ったんだけど、胸のあたりがスースーする以外にも、腕の上げ下げをする度にパフスリーブがばっさばっさと揺れてジャマになったり、スカートの裾が狭くて歩きずらかったりと、見た目の可愛さに比べて実用度は低いみたいだ。

 黒服二号の着ていた、このお屋敷の特殊侍従の方々の制服よりは、ずいぶんと趣味は良いけれど。それにしたって、あの制服はないだろう。誰の趣味かは知らないけれど、あの派手な配色は、ちょっと趣味が良いとは言えないと思う。


 それに引き換え、見た目も可愛くって機能性にも溢れた、お城や騎士団で採用されていた、わたしのクラシックなメイド服のなんと素晴らしいことか。

 早く帰って、あっちに着替えたいな。そうそう、あの倉庫風の建物に忘れてきた、なんでもバッグも回収しなくちゃ。あの中には、濡れたままのメイド服も入れっ放しなのだ。


 手や足をぐりぐりと動かしながら、わたしの着ていたジャージを着用しているネーナさんを、それとなく眺める。

 やっぱり、彼女のジャージ姿は段違いに格好いい。わたしが着ていると、いかにもお部屋着って感じ。リラックスしすぎて、よれっとしている気すらする。

 なのにネーナさんともなると着ている姿も、断然シャキッとしているというか、なんというか。ジャージ本来の目的である、これは運動のための服なんだっていうのが、よーく分かる……気がする。


 正直、わたしなんかより、ずーっとネーナさんの方が似合っている。

 ちょっと違うなー。ネーナさんの方が、ジャージを着こなしている?


 ネーナさんにとっては、ジャージなんてものは初体験であるはずなのに。

 おかしい。わたしだって、ジャージ歴は長いんだけど。


 この差って、いったいなに?


 違っているのは、そればかりではない。

 確かに、わたしとネーナさんとは、背の高さは同じくらい。


 髪型も、髪の長さも似ている。

 わたしの真っ黒な髪の色に比べて、同じ黒でも、ネーナさんのは、やや明るい褐色だったりする。

 遠目では違いはないんだろうけど、近くで見れば、彼女の髪色の方が軽やかな印象を受けるだろう。


 ホント、この差って、いったいなに?

 女子力の差? それとも……。


 いんや、そんなことは深くは考えまいと、さっき誓ったばかりではないか。

 気を取り直して、この脱出大作戦オペレーションに集中しなくては。


 ネーナさんに見とれていると、彼女はひとつ大きく頷く。

 いよいよ、今回の作戦における最初の山場、このお屋敷からの脱出を試みるのだ。


 そっと大浴場の出入り口から、廊下を右へ左へと、ようすを伺っているネーナさん。

 こちらへその身を戻すと、黙って首を左右に振った。


 どうやら、この大浴場は、誰かによって見張られているようだ。

 というより、再度のなにかしらのサービス責めが始まるのだ、きっと。


「廊下の奥の方に、人影の気配があります。おそらくは、侍従たちの誰かではないかと」


 うーん、お屋敷の内部には戻れないな。

 さてと、どうしよう。やっぱり、あそこかしら。


 わたしの見つけた、ボイラー室のようなところ。

 あそこからだったら、裏庭に出ることができそうです。


 わたしたちは、そっと足を忍ばせて、脱衣所から裏庭に通じる部屋へと移動を開始する。


 お風呂の追い炊きをするべく、誰かが薪を焼べたりしていたら厄介かな、という心配は杞憂に終わり、先ほどと同じく、そもには誰の姿もなかった。


 ほっとしたのも束の間、人の話し声が、裏庭との出入り口に近付いてくる。

 この部屋に、入ってきたらどうしよう?

 目配せをしたわたしたちは、とっさに物陰に身を隠した。


 息を殺して潜んでいると、近付いてきた声は、段々遠離ってゆく。

 再び、ほっと安堵のため息を洩らしたわたしたちは、こっそりと出入り口から、裏庭のようすを伺った。


 辺りに、人の気配はないようだ。


 この隙に、今すぐに裏庭へ出ていくのか。あるいは、さっきの声の主たちが戻ってくるのを警戒して、もう少しだけ時をやり過ごすのか。


 ここは、思案のしどころだな。


 わたしは、目の前の空間を、そっと指でスワイプするように動かしてみる。

 当たり前なんだけど、やっぱりそこには何も見えない。


 レベルや、スキルが表示される訳でも、ましてや、このお屋敷のマップが現われることもない。

 今さらながら、今のこれが、わたしの現実なんだなと思うと、ちょっとドキドキしてきた。


 再び裏庭の気配を伺っていたネーナさんが、わたしの許へ戻ってくる。


「ここで二手に別れましょう、ミヅキ様」


 ええっ、ネーナさんは、どうするの?


「わたしは、この大浴場の出入り口から出てゆき、人目を惹き付けます」


 それって、まるでネーナさんが囮になるみたいじゃない。


「私が囮となるのです。その隙にミヅキ様は、ここを離れてください」


 ネーナさんを置いていくなんて、わたしにはできないよ。


「私の心配ならば、ご無用です。ここの連中くらいであれば、あしらうのも造作もありません」


 でも、あの黒服二号は、ちょっと不思議な魔法を使うんだよ。


「彼の手のうちも、良く存じております。少々厄介ではありますけれど、対処のしようもあります」


 そうなの? 本当に大丈夫なの?


「ここを出て左手の庭木に沿って進めば、業者の出入りする裏門へと通じます。そこから、屋敷の外へと抜けられるかと思います」


 わかりました。

 ネーナさんが、そう言うのであれば、きっと大丈夫なのでしょう。

 わたしはネーナさんのことを、心から信じていますもの。


 わたしは、ネーナさんに力強く頷いてみせると、外へ通じている扉へと向かって歩き出すのでした。

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