第102話 100話突破記念企画 突然の外伝 楽しかった日々。なのさ【前編】

 今回は、ワタシの思い出話だ。

 夢か現か、幻か……。

 今はもう、会うことのできない友達と過ごした日々。

 これは、そんな友達と過ごした毎日の一コマだったりするんだ。




 ワタシの名前は、麻倉アサクラ・ルーシー・有希路ユキジ

 友達には、『ユキジルシちゃん』なんて呼ばれている。


 その呼び方はやめろ、と昔から何度言っても懲りないやつが一人いて、いつの間にか他の友人まで、その名で呼び始めるようになった。近頃じゃ、ワタシの呼び名は、すっかり『ユキジルシちゃん』だ。


 ああ、いや、別にその呼び方が嫌いな訳じゃないんだ。

 ただちょっと、言葉の響きが超有名な某乳製品メーカーと同じなのが気になっていただけだ。


 子どもっていうのは、そういうつまらないことを気にするものなんだ。

 今は大人なので気にならない。それどころか、とても気に入っている。


 なにしろ、小さな頃からの友達がつけてくれた愛称だからね。気に入らないはずがない。


 名前を見てもらえれば分かるけれど、ワタシはある国とのハーフだ。

 ある国っていうのは、世間の評判によると飯が不味いっていうところらしいけど、自分では良く分からない。


 その国に住んでいた頃は、そういうもんだと思って食べていたし、うちの母親が日本人だったせいか、和洋折衷な料理が食卓に並んでいたから、純粋なその国発祥の料理ってものを未だ食したことがないんだ。


 日本びいきだった父親が、留学生だった母親を見初めて結婚したらしいんだけど、詳しいことは知らない。

 特に、あんまり知りたいとも思ってない。

 けど、自分の両親のラブロマンスなんかに興味のある子どもの方が珍しいと思ってるんだけど。

 おかしいかな? これって。


 それはさておき、この国にやって来たのは、まだ幼かった頃の話だ。

 生まれてから、物心がつくくらいまでは、父親の国で過ごした記憶がある。

 日本びいきな父親が、親日が過ぎて、母親の祖国である、ここ日本で仕事を始めることにしたんだと聞いている。


 麻倉っていう、ちょっと珍しい日本の姓も、その時取得したらしい。

 詳しいことは、やっぱり分からない。


 なんの仕事をやってるかは、個人情報に関することなので秘密。

 ただ、日本文化に深く根ざしたものとだけ。


 父親の商売は、うまくいったらしい。

 うちの家庭は、裕福な方だと思う。


 そんなある日、ワタシはついに出会うのだ、あいつに。


 日本に住み始めて間もなく、父親の影響で剣道の道場に通うことになった。


 そこにいたのさ、あいつが。


 あいつは、あの頃から、ちっとも変わらない。

 ワタシと比べたら生粋の日本人なんだけど、ものすごーくきれいな、無国籍な印象すらある顔立ち。それなのに表情に乏しくて、あんまりしゃべらない。


 あとあとになったら分かるんだけど、いつもぼーっとしているように見えて、頭の回転が早くて、実はいろんなことを考えているやつだった。

 でもって、優しくて、友達思いないいやつだった。なんというか、そういった、良いところが分かりにくやつでもあったんだけど。


 まだ日本の生活に不慣れなワタシ。

 いかにもな西洋人顔で、カタコトの日本語じゃ、道場の中じゃ浮きまくりだった。


 通ってたのは、道場の子どもの部だったからね。

 周りには、同年代の子どもたちばかりさ。


 当然のように、もの珍し気な視線を送ってくる子たちばかりで、始めのうちは誰も近付いてさえ来なかったよ。

 その中で、家が近かったせいか、あいつだけは何故だか積極的だった。


 二人一組になる時なんか、当たり前のようにやって来る。

 そして「一緒にやろ」と一言だけ言うんだ。


 あいつが、ワタシのことを『ユキジルシちゃん』なんて呼び始めたのも、ちょうどその頃だ。

 自己紹介の時、つい英語風に「ワタシの名前は、ユキジ・ルーシー・アサクラでーす」なんて言ってしまったためらしい。

 妙に早口だったその言葉を、ぼーっとした顔で聞いていたあいつは、「ユキジ……ルシ……ちゃん?」と、突然満面の笑みで言ったんだよ。


 それ以来さ。何度訂正しても、あいつはワタシのことを『ユキジルシちゃん』と呼び続けた。

 超有名な、某乳製品メーカーと同じ響きなのが気になったけど、その名前を呼ぶ時のあいつは、少しだけ笑っているような気がして、結果、自分でもその呼び方が気に入ってしまったんだ。


 小学校は、同じところに通っていたんだけど、不思議なことに同じクラスになったことはなかったな。

 成長すれば、日本語も上手くなるし、日本の暮らしにも慣れてくる。

 友達も増えたし、学校では、あいつと顔を会わせる機会は少なくなってしまった。


 だからと言って、疎遠になってしまったという訳でもないよ。

 家、近いからさ。一緒に道場に通ったり、お休みの日はお互いの家に遊びにいったり、しょっちゅう一緒にいたのさ。


 あいつの両親ってのは、農家ではないけど、農作物の研究ってやつをやってるらしくてね。

 遊びにいって、食事をご馳走になると、美味しい野菜がいろいろと出てきたものさ。


 あそこの母親は、料理上手だったね。うちの母親とも仲が良かったし。

 また父親ってのも、趣味人らしくて、書や水墨画を嗜んだりしてたみたいだ。

 うちの父親の日本好きを更に加速させたのは、きっとあいつの家族からの影響が大きいに違いないと、ワタシは踏んでいるんだ。

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