第103話 100話突破記念企画 突然の外伝 楽しかった日々。なのさ【中編】

 そんなこんなで、あいつとは、いわゆる家族ぐるみの付き合いってやつだったんだけど、中学校は別々のところに通うことになっってしまったんだ。

 あいつは、小学校卒業と同時に剣道の道場も辞めてしまったし、学校も違うところになったせいか、めっきり会う回数も減ってしまった。


 それでも一月に一回くらいは、お互いの家を行き来してたりしてたけどね。


 あいつは、なんにも言わないからさ。なんで一人、伝統ある女子大付属の中学なんかにいっちまったんだか、良く分からない。

 あとから聞いたら、母親の母校でもあるその学校で、将来の夢のために“食べること”に関する学問を学びたかったからだそうだ。


 当時は、そんなこと聞いてなかったからさ。あいつが、まだ小学生のうちから、将来のことまで考えてるなんて思わなかったよ。

 だってその学校、挨拶は「ごきげんよう」なんだぜ。無口で、無表情なあいつにしては、似合わないところにいったんだな、くらいにしか思わないじゃないか。


 だからまあ、あいつが中学で友達ができなくて、寂しがっているんじゃないかと余計なおせっかいをやいてたって訳だ。


 そんなある日、ワタシは尋ねてみた。お嬢様学校は楽しいのかと。

 あいつは、割と即座に頷いたよ。そして、こうも言った。

「ユキジルシちゃんも、高校から一緒に来ればいいのに」と。


 ワタシの方こそ、あの伝統あるお嬢様学校には相応しくない。

 そう言うと、あいつは妙にがっかりした表情に見えたんだ。


 その顔を見て、思ったね。

「やっぱりワタシも、あいつと同じところに通わなきゃ」って。


 自慢じゃないけど、これでも勉強はできる方なんだぜ。

 英語なんて、もともとがネイティブ・スピーカーだしな。


 偏差値は充分なんだけど、心配なのは校風ってやつだ。

 あんなお嬢様だらけのところに飛び込んで、はたしてうまくやっていけるのか。


 不安になるわたしに、あいつは迷わず言ったよ。


「大丈夫。わたしなんかより、ずうっとユキジルシちゃんの方がお嬢様っぽいから」


 その言葉に勇気付けられて挑んだせいか、試験には、拍子抜けする程すんなり合格したよ。

 筆記試験はともかく、面接なんかめっちゃ緊張してんだけど、そこを無事にこなせたのが大きかったと思う。


 高校に初めて登校する日の朝。

 あいつが、ワタシの家に迎えにきてくれたんだ。


 同じ制服を着て、うれし気に玄関に立つあいつの笑顔。

 いつもの、無表情ながらも、ひょっとして笑っているのか? みたいなやつじゃなくて、子どもの時以来の満面の笑み。


 その笑顔を見た時、同じ高校を選んで良かったな、と心から思ったよ。

 あと、恥ずかしいから、あいつにも言ってないんだけど、ひとつ思ったことがあった。


 今までずっと、あいつのことが心配で、だから同じ高校にいこうとしてたんだと思っていた。

 けれども、それは違っていた。あいつと、もっと一緒にいたいと思っていたからこそ、同じ高校にいきたかったんだ。


 なんのことはない。ワタシは、あいつの面倒を見ていたつもりで、すっかり面倒を掛けていたのは自分の方だったってことさ。


 さらにうれしかったのは、高校には剣道部があったこと。

 そして、初めてあいつと同じクラスになったことだ。


 あいつも、ワタシも、すぐに入部を決めたね。

 入ってみたら、歴史だけはある超弱小な部だったけど。


 けれども、そんなこととは関係なく、あいつと一緒に竹刀が振れるってだけでうれしかったよ。

 もっとも入部して一年後には、お隣の薙刀部に吸収合併されて、実質廃部になっちゃったんだけどね。


 入部した時には、先輩部員は三年生が三人きり。二年生の先輩は一人もいなかった。

 その年の新入部員、つまりは、ワタシたちが入らなかったら廃部が決定してたんだと。


 まあ、そんな部だったからさ。経験者はワタシとあいつくらいのもので、先輩たちは高校から始めた初心者も同然だったんだ。

 それでも五人揃ったんで、夏の大会の団体戦にも参加できるようになった。当たり前のように、一回戦で負けちゃったけど。


 先輩たちは、あきらめていた大会に出場できただけでうれしかったみたいで、ワタシたちは彼女たちにえらく感謝された。

 でも内心、ものすごく悔しかったし、それはあいつも同じみたいだった。試合のあと、少しだけ口許がへの字をしていたんだ。


 先輩たちは夏の大会の後は引退してしまって、顧問の先生からは来年の新入生が入ってくれなかったら廃部になるかもしれないと告げられた。

 ワタシたちは二人っきりで毎日練習をして、同級生を剣道部に誘ったり、先生方に廃部にしないよう掛け合ったり——を続けていた。


 結果的には、同級生からの部員は一人も集まらず、翌年の新入生からの入部もなかった。

 たぶん剣道ってスポーツがどうとかいう前に、備品の面や小手が臭いっていうイメージが敬遠された原因だと思う。

 ま、実際、マイ面やマイ小手ならいざ知らず、備品ってのは、どんなに手入れをきちんとしていても臭いんだけどさ。


 ただ、あんまり熱心にワタシたちが廃部反対を訴えたので、薙刀部と合併という名の吸収に落ち着いた。

 名前だけはなんとか残ったので、ホッとしたのも束の間。あいつは「もう剣道部は辞める」とか言い出した。


 最後に、異種交流戦を薙刀部に申し込んだあいつは、もともと、それを最後にするつもりだったらしい。

 当たり前のようにワタシもその案に乗って、その異種交流戦に参加してから、剣道部をあとにすることにした。


 試合の結果は、ワタシたちの完全敗北。


 もともと剣道と薙刀じゃ、得物のリーチが違い過ぎて、あっちが有利なんだけどさ。

 あっちには“スネ打ち”って技があるんだけど、あれはズルいよな。こっちからは届かない位置から足下を狙ってくるんだぜ。


 しかも、だ。向こうの出場選手として出て来たのが、同級生の、ちょっと鼻持ちならないやつでさ。

 取り巻き連中を従えて、いつもこう「おほほほほ」とか笑うタイプって言えばいいの? 髪型は、縦ロールじゃないにしても。


 そいつとの勝負には、あいつが出たんだよ。

 そいつの得意技も、スネ打ちだったからね。


 あいつは「とっておきの“返し技”がある」なんて言って、珍しく不敵な笑いを浮かべていた。


 どんな試合になるのかワタシも注目してたんだけど、あいつはその技を返すどころか、反則である相手の矛先を足で踏んづけるという暴挙に出やがった。

 相手が思わず、得物を取り落としたところで、小手が得意なあいつにしては珍しく、面を打ち込んだ時には心の中で拍手喝采したものさ。


 もちろん、あいつの面は無効。教育的指導を受けて、仕切り直し。

 次もまた同じように、スネ打ちを狙う相手の矛先を踏んづけて、その勢いのまま脇をすり抜け様に竹刀を薙いで見事な胴打ち。


 あれがもし真剣の勝負だったら、相手は真っ二つだったろうという恐ろしい技を披露してくれた。

 またもや、心の中で狂喜乱舞するワタシだったけど、試合はあいつの反則負けとなった。


 ワタシ? ワタシは、普通にやったよ。正統的な剣道の作法に乗っ取ってね。

 試合の相手も、先輩の薙刀部の副主将の方だった。ワタシと同様に幼少の頃から薙刀を嗜んでいる、スネ打ちだけに頼らない多彩な技を持つ強豪の方だったし。


 副主将の上段に構える得物をかいくぐって、あいつの得意技を真似た出小手で一本先取したんだけど、そのあとはあっという間に二本取られて負けちまった。


 でも悔いはないよ。やるだけやった満足感だけが残った。


 そうそう、反則負けを告げられて、戻ってきたあいつの面を外した時の顔がまた良かった。

 むふー、といつになく顔を紅潮させてたんだけど、やっぱり満足げな表情を口許だけに浮かべていたんだ。

 まあ、端からみれば、少しばかり顔を赤くして、いつものように、ぼーっとしているようにしか見えなかったんだろうけど。

 ワタシには分かるよ。きっとあいつも、これで我が剣道人生には悔いなし、ってところだったんだと思うんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る