第77話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今絶賛営業中! なのだ その三
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
お昼の営業をカフェとして始めた『炎の剣亭』は、おかげさまで、かなりの盛況振りです。
かといって、行列ができたり、押すな押すなの状態にならないところが、ここ王都のみなさんの気質を表しています。
ちらりと店内を覗いて満席だったりすると、それとなく「またあとで」という感じ。「金持ち喧嘩せず」という言葉を思い出します。
お昼過ぎの開店直後にやって来るのは、騎士見習いや、魔導士見習いの少年少女たち。
賑やかにやってきて、ボリュームたっぷりのトーストサンドやアイスコーヒーなんかを召し上がって嵐のように去ってゆきます。
未来の騎士、魔導士諸君。頑張るんだよ。わたしも頑張るからね。
それが終わると、お散歩の途中と思わしきご年配の方々が、静かにコーヒーを飲んでいかれます。
中には、コーヒーをお供に読書をされていかれる妙齢のご婦人の方なども、ちらほらと増え始めました。
なんだか、とっても喫茶店っぽい、いえカフェっぽい風景で良いですね。
たまにウル翁がご来店されると、おっちゃんが緊張してコーヒーを淹れたりして。それを微笑ましく見守るのも、またいとおかし。
夕方近くになれば、ひと仕事終えたご近所の商店街の方たちや、旅の商人の方がお見えになります。
この頃になると、コーヒーばかりでなく、エールの注文も入るようになります。
エール片手に、一日の労をねぎらいあったり、何やら難しい議論をしていたりします。
時折、仕事の途中で来てしまったのか、おかみさんに連れ戻される方もいらっしゃるのは内緒です。
商店街といえば、ご近所の商店街マップを作りたいな。
少しずつだけど、王都の地理というのが分かってきたことだし。
あとは、やっぱり
自慢の一皿の写真、とはいかなくても、可愛いイラストなんかを添えて。
それにしても、この世界には印刷機というのはあるんだろうか。
せっかくチラシなんかを作ったとしても、一枚きりしかないんじゃ使いどころない。
かといって、大量に書き写すのも骨が折れる。
この世界には、産業革命は起きていないのかな。
蒸気機関で動いているものは見かけないのよね。
街道は整備されているようなんだけど、主な移動手段は馬車や徒歩らしい。
便利なものは、たいてい魔法の力で動いているみたいだし、この国のみなさん、多かれ少なかれ魔力を持っているっぽい。
だから、そういった面での技術革新は起きていないのかもしれない。
でもマティアスくんみたいな上級の魔導士の方は、みなさん、その手に
しかも、元の世界でいうハードカバーの立派なやつを。
ということは、やっぱり印刷の技術はあるのかな。
いやいや、あれはきっと魔法のペンとか魔法の紙とかを使った、ご本人の肉筆、ことによったら一子相伝の貴重なものに違いないのです。
だとするならば、
そして日が沈む頃になると、やって来るのは常連の皆様。
いつも、本当にありがとうございます。
おっちゃんが、あんな風に荒くれた風貌から、こぎれいな格好になったせいでしょうか。
常連の皆様も、心なしか、以前のように悪酔いする方が減ってきた気がいたします。
ふふっ、良い傾向だ。お酒はみんなで楽しくね。
それに加えて、ルドルフさんや、マティアスくんの同僚の皆様。
お昼の休憩の時に、足を運んでくださるのみならず、夜にも来てくださる方々も徐々に増えつつあるのです。
聞けば、彼らの多くは宿舎にて一人暮らしの方々が大半のもよう。
みなさん、飲むよりも食べたいようです。いつぞや、おっちゃんの作ってくれた塩味生姜焼きのようなメニューが人気なのです。
せっかくなので、大きめのお皿にマッシュポテトや季節の野菜を大量に加えて、ワンプレートにまとめてみたら、これまた良く売れます。
ここ『炎の剣亭』の隠れたヒットメニュー、夜の日替わり定食。
これは「食べたいヤツに、食べたいだけ、食べさせてやりたい」という、おっちゃんの願いにも通じる、密かな自信作なのです。
しかも、たいていは食後にコーヒーを注文される方が殆どなのです。
コーヒーをお召し上がりになった時に垣間見える、お客様のほっとした表情。
それに、わたしも癒されます。
時と場合によっては、特に、お酒飲めないわたしのような者にとっては、一杯のエールと同じように、一杯のコーヒーに幸せが詰まっていることもあるのです。
おいしいね、おいしいね、おいしいね。
よかったね、よかったね、よかったね。
そして、ふと気がつけば時は流れ、長雨の季節。
この国でも日本の梅雨のように、本格的に暑くなる前には長雨の続く季節があるようです。
もっとも、他の季節に比べて雨の日が多くなるだけといった具合で、じめじめとした季節ではないようですが。
「かっこう」
雨の日に客足が途絶えがちになるのは、元いた世界も、ここ異世界でも変わりはありません。
そんな雨の続いていたある日、おっちゃんは、なにやら不穏なことを呟いたのです。
「つまんねぇな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます