第78話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今絶賛営業中! なのだ その四

 ——かっこう?


 やや、おっちゃん?! それはいつぞや、わたしが教えた閑古鳥の鳴き声ではないか。

 今の季節はお客さんが少ないけれど、だからと言って、決して暇という訳ではないのだぞ。


 あの頃に比べたら、ずうっと忙しい。お客さんが増えているんだよ。

 おっちゃんの苦労を考えたら、儲けは少ないのかもしれないけれどね。


 ——つまらない?


 なんてことを言うんだ、おっちゃん。

 儲けは少ないけれど、おっちゃんの「みんなに美味いものをたべさせたい」っていう願いは叶っているじゃないか。


 やっぱり、あれか? ちょっと盛況御礼になり始めたからって、欲が出ちゃったのか?

 いやらしい! いやらしいぞ、おっちゃん! 見損なったぞ、おっちゃん!


 いやいやいや、わたしの知るおっちゃんは、そんなこと言わないはずだ。


 だとするならば、お酒か?

 聞くところによれば、毎年暖かくなった頃から、壁を開け放した『炎の剣亭』の前でジョッキを傾けるのが好きだったそうじゃないか。


 いいんだよ、おっちゃん。少しくらいは飲んだって。

 この国のエールってやつは、それほどアルコール度が高くない割に、逆に栄養価は高いみたいだし。

 おっちゃん、お酒強いみたいだから節度を持って飲んでくれたら、営業時間中でも喉を潤すくらいは許そうじゃないか。


 うーん、それも違うのかな?

 近頃のおっちゃんは、スマートで爽やかな好青年な路線なんだけど、元々はワイルドな荒くれ路線だったので、そこに無理がきてるとか?


 ルドルフさん曰く、おっちゃんは元々、対人関係においては、ぶっきらぼうで不器用なタイプらしい。

 王宮周辺を守る護衛騎士に取り立てられて以降は、騎士にふさわしい立ち振る舞いとなったものの、根はヤンチャ坊主のようだ。


 騎士の職を辞して『炎の剣亭』を始めた頃は、お二人が出会った時のように、いかにもな冒険者の雰囲気を取り戻したみたいなんだけど。

 ここのところ、おっちゃんは、すっかり騎士様時代を彷彿とさせる、優雅な佇まいになってしまわれて、マティアスくんなんかは気味悪がっている程なのだ。


 もしかしたら、昔のように冒険の旅に出たいのかな。


「なんだ、ホズミ? どうした? じっと見つめたりして。顔になんかついてるか」


「いえ、つまらない、などという言葉が聞こえたのもので、少々気になったのだけです」


 危ない、危ない。久々に妄想ドライブを発動させるところだったぜ。

 でも、気になっちゃうんだよ。おっちゃんの何気ないひと言がさ。


「こう雨の日が続くと、身体が鈍っちまう」


 あー、そういうことですか。

 だったら、持ってきた腹筋ローラーでもやりますか。


 マティアスくんが授けてくれた魔力増強用トレーニングアイテム、別名腹筋ローラー。

 見た目は太目で短い麺棒みたいなんだけど、使い方も効果も腹筋ローラーそのものの、あれだ。


 日頃は、お部屋で寝る前にやっているのだけれど、最近では、お店に持ち込んで休憩時間にやってみたりしているのだ。

 そのかいあって、部活を辞めて以来、ちょっとポテッとし始めたお腹が引き締まりつつあるのだ。魔力が上がったかどうかは定かではないけど。


「おっ、いいもの持ってるな。オレも昔は、こいつで鍛えたものだ」


 おっちゃんは腹筋ローラーを受け取ると、静かに、しかし力強く鍛え始める。しかも膝をつかないストロングスタイルだ。


 ちなみに、おっちゃんだけでなくルドルフさんも、ストロングスタイルができます。腹筋も割れているみたいです。

 のみならず、マティアスくんも、そうは見えないのに、できます。腹筋も割れているのかもしれません。見たことはないけれど。

 そして、ネーナさんもできるようなのです。やっぱり見たことはありませんが、脱いだらきっとスゴいのです。


 でも、わたしだって自慢じゃないけど、初めてやった時はマティアスくんに誉められたものだ。


「さすがはミヅキさん。初めてやって、そんなに何回もできるなんて。やっぱり魔法の才能があるんですね」


 ふふっ、そんなに誉められると照れてしまうな。実際にあったのは、魔法の才能なのか、部活で蓄えた腹筋の残滓だったのかは、やっぱり定かではないけれど。


 そんな訳で最初のうちは、十回もやればヘトヘトだったのだ。しかも膝をついての負担の少ないやり方で。

 近頃は、毎日続けているせいか、数十回はできるようになったよ。あいかわらず、膝をついての初心者スタイルだけど。


 どうやら、お腹に力を入れて、身体を伸ばしたり戻したりすることによって魔力を身体全体に回して、結果、その活性化と底上げができるのらしいのです。


 あまり実感は湧かないけれど、これでも魔力がアップしているのかな。

 ちょっとだけ試してみちゃおうかな、ここで。なんちゃって。


 わたしは、おっちゃんに背を向け、今日は閉ざしてある正面の壁に向かって手のひらをかざす。

 いやいや、イメトレしてみるだけですよ。わたしは、カタチから入るタイプだし。


 えーと、フィイヤーボールの基本は、発火現象だったっけ。

 まずは火打石を想像して、次にそれで燃やす媒介。

 何がいいかな。紙とか、木っ端くずとか、燃えやすいもの。

 火力を上げるには、酸素を送り込めば良いのかな。

 だったら、空中に閉じ込めた酸素と可燃性ガスを想像したら手っ取り早いかも……。


「おいっ!」


 その時、突然何者かが肩に手をかけ、イメトレ中のわたしを無理矢理振り向かせたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る