第76話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今絶賛営業中! なのだ その二

「いらっしゃいませ」


「ありがとうございました」


 お昼の営業をカフェとして始めた『炎の剣亭』は、おかげさまで、なかなかの盛況振りなのだ。


 ルドルフさんやマティアスくんの同僚や後輩のみならず、そのご家族までいらっしゃるとは。

 お若い方ばかりでなく、ご年配の方々のご来店も増えつつあるのも嬉しい今日この頃。


 ここ王都の一角に、安らぎと癒しのひと時を得ることのできる場所になるといいな、『炎の剣亭』。


 でもって、忘れちゃいけない新メニュー。

 その開発にも、わたしは着手しているのだ。


 この前から続けていた、あの伝票の山との格闘に見事勝利した今、わたしをジャマする者はいない。

 ちなみに伝票を整理した結果、出てゆくお金とってきたお金は、とんとんっくらいだったことをご報告しておこう。


 意外なことに、おっちゃんは適正価格で仕入れて、適正価格で売っていたということだろうか。

 わたしとしては、もうちょっとばかり、手間賃を上乗せしたって罰は当たらないと思うのだけど。


 けれども、そこが『炎の剣亭』の良いところだし、今となっては、わたしだっておっちゃんの方針に異論はないのだ。

 “安くて美味しい飯と酒”。素晴らしい。おっちゃんに弟子入りして本当に良かった。

 できれば、そこにコーヒーも加えてほしい。あと、コーヒーに続く


 それが、新メニュー。

 さてさて、なにがいいだろう。


 実は、この前ルドルフさんたちにお願いしたのは、パンを始めとした小麦粉製品、いわゆるの情報収集だったのだ。


 それによると『炎の剣亭』は、おっちゃんの好物なのでジャガイモ推しなんだけど、この国ではパンも良く食べられているらしい。

 ただ、南北に長いこの国では、自ずと北の方では小麦が取れなくて、ライ麦に小麦を混ぜて焼いた、固くてどっしりとしたパンが主流と聞いた。

 一方、小麦が良く育つ南の地方では、小麦の値段も安く入手しやすいせいか、小麦の多い、わたしにもお馴染みの白いパンが食べられているようなのだ。


 いろいろな地方の産物が集まってくる、ここ王都では、お金に糸目を付けさえしなければ、様々なものが手に入るのですよ。

 せっかくなので、あれこれと試してみたいのは、やまやまなんだけど、自ずとあれこれ限界があるのが厳しいところ。


 パンやスコーンも、自分で焼いたりして自家製にしたりすると、グッとお客さんの胃袋も掴みやすい。

 とは思うんだけど、確か素人のわたしがパンを作るのには、とてつもない手間ひまが掛かるんじゃないかと。


 あっさりと自家製をあきらめたわたしは、ネーナさん頼みでパン屋さんを紹介してもらったのだ。

 このパン屋さんがまた、めっぽう腕がいい。さすがは騎士団御用達のパン屋さん。


 どうやら、南の地方、おっちゃんの故郷に近い町の出身であるらしい彼らは、小麦をふんだんに使ったパンを焼くのが得意らしい。


 宿舎の食料庫で見かけた、山型の食パンっぽいやつも取り扱っていたので、さっそく購入。

 一切れ炙って食べてみたら、これがまた美味しい。

 山型になってるのは、蓋をしないで焼いてるのかな。

 よく膨らんでるせいか、焼いたらサクッとした食感が心地良い。


 そのパンを使ってトーストサンドを作ったら美味しいだろうと、わたしが思ったのも自然ななりゆき。

 この国では、薄切りにしたパンに、好きなものを乗せていただく、いわゆるオープンサンドは誰しも食べているみたいなんだけど、具材を両側から挟み込むサンドイッチは、あんまり流行っていないようだ。

 サンドイッチを、フォークやナイフを使って、お上品にいただくのではなく、どちらかと言えば、具沢山のやつをハンバーガーのように“かぶりついて食べたい派”なわたしは、両手で持って食べることのできるサンドイッチをおススメしたいのだ。


 さて、何を挟もうかな。


 まずは、わたしのインチキなコールスローサラダ。

 あとは、おっちゃんのポテトサラダもどき。

 どちらも、おっちゃん秘蔵のベーコンを炙ったものと併せよう。


 ふふっ、もうトーストサンド2種類が完成した。


 本当は、タマゴサンドとか、ツナサンドなんかを用意したいところだけど、タマゴは高級品らしい。ツナに至っては、その存在すら確認されていないのだ。


 残念だが仕方あるまい。

 わたしのような、異世界でも暮らしていけそうな世界になっているのは、たいていは歴代の聖人様のお陰。

 聖人様方も、決して万能ではないのだ。わたしの好みまで把握して、用意なんかできるはずもない。


 そういうのがお望みならば、自分で頑張ってみなさい。というメッセージに違いないのだ、きっと。

 だから、過去に養鶏に力を入れた聖人様がいなかったことを、恨めしく思ったりはしないよ。


 野菜やら穀物なんかは、過去の聖人様が、品種改良から栽培方法、土地造りまでしてくれたお陰で、殆ど同じものがあるみたいだし。

 畜産関係に力を入れた聖人様がいらっしゃったのかどうかは定かではないけど、お肉の味も元いた世界とあんまり変わりがないことに感謝。


 それによく考えたら、パンがあるってことは、バターを始めとした乳製品があるってことじゃないかな。

 良く探したら、この世界にだって、牛乳や発酵が必要なチーズだとかヨーグルトまであるのかもしれない。


 わたしの夢は、膨らむ一方なのだ。

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