第73話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今準備中なのだ その七

 もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ……。


 さっきランチを食べたばかりだというのに、ネーナさんのスコーンだったら幾らでもいただくことができる。


 まさにベツバラ。オスカルはベルバラ。ラスカルはあらいぐま。


 まだ、ほんのりと温みの残っていたスコーンに、食料庫の片隅で見つけた蜂蜜を合わせてみたのだ。


 元いた世界では、スコーンは「口の中の水分を奪う」食べ物として有名だった。甚だ遺憾なことに。

 そのままだと、あんまり甘くもないし、もそもそとした食感は小麦粉をそのまんま食べているような気さえする。

 という言い分も、分からないでもない。


 でもね、でもね、トースターなんかかで、ちょりっと温めるだけで周りはサクッと、中はしっとりってなるんだよ。

 イチゴのジャムなんかを付けて食べたら、ジャムの甘酸っぱさと小麦粉の味がベストマッチング。

 とっても美味しいのだ。


 焼きたてのスコーンだったら、わたしは何も付けなくたって美味しくいただく自信がある。

 そうでなくてもコーヒーと一緒になら、いや、コーヒーなしでも美味しくいただくことができるだろう。

 今のわたしだったら。


 本日は焼きたてスコーンに、蜂蜜。

 そして、もちろんコーヒー。


 もう美味しくない訳がない。




「こんな大切な時に、ミヒャエルのやつは、何処へいったんだ」


 ごもっともです、ルドルフさん。


 わたしは、コーヒーをおっちゃんに提案したところに始まり、首尾良く気に入ってくれたこと、お昼の営業で出せるようになったこと、そしてつい先ほどまでの出来事をかいつまんで話す。


 ウル翁の名前が出たところで、何かを納得したような表情となったルドルフさん。ネーナさんも何やら頷いている。


「地方で冒険者をやっていたミヒャエルを、ここ王都に連れてきたのはウル翁と言っても過言ではないからな」


 地元で名を上げて、その後上京。王都でも認められて、ついには騎士団入り。そののち団長にまでなったおっちゃんのサクセスストーリーの影には、ウル翁も関わっていたのだ。


 それはもう、おっちゃんもウル翁には頭が上がらないはずだよね。

 どうやら、たまたまおっちゃんの地元を訪れていたウル翁に、まだ若かった彼は無謀にも手合わせを願い、結果瞬殺されてしまったようだ。


 お父様直伝の剣の腕前には自信があったらしいのだけど、魔法は教えてくれる人がいなくて独学で頑張っていたみたい。

 誰か教えてくれる人を探していたところに、ふらりと現れたウル翁。彼を魔法の達人と見込んで、試しに手合わせをしていただき、負けた瞬間に弟子入りを頼み込んだという。


 おっちゃんらしいというか、なんというか。

 一般的には無謀、あるいは、ただのはた迷惑と呼ばれる、その作戦

 微笑ましいエピソード、と言っても良いのかな。


「ウル翁は、その場を一歩も動かずに、ミヒャエルの剣をかわして、杖でポカリとやったと聞くぞ」


 あー、おっちゃん、さっきもポカリとやられてたな。

 というか、魔法じゃなくて、物理攻撃で負けたんか。


 それでも、おっちゃんは見所があるとウル翁には思われたっぽいね。

 魔法の手解きをして、上京したいおっちゃんの背中を押してくれたそうなのだ。


 やや、思ったより良い話かもしれない。


 美味しいスコーンを食べて、美味しいコーヒーを飲んで、楽しいお話を聞いて、今日は何て良い日だ。




「こんにちは。コーヒーを一杯飲ませてくださいな」


 おお、マティアスくんも来た。

 ささ、こちらへどうぞ。


「これ、お土産です」


 ルドルフさんとネーナさんに会釈をしながら、マティアスくんは席に着くと、わたしに何やら手渡す。


 うーん、なんだ、これ?

 麺棒? にしては太いかな。短いし。


 でも両端に取手がついていて、見た目は太すぎる寸詰まりの麺棒にしか見えない。


「これは、お部屋で使える“魔力増強自主トレーニング器”です」


 ええ、そうなの? そんなの貰っちゃっていいの?


 コーヒーが飲めるようになったから、そのお祝い?

 ありがとう、ありがとう。大切に使うよ。


 それで、これはどうやって使うんだろう?

 取手を持って、肩とか腰をとんとん叩くのかな。


「おお、それは俺も愛用しているぞ。ちょっと貸してみたまえ。手本を見せてあげよう」


 そう言うと、ルドルフさんは『魔力増強自主トレーニング器』を手に、床に膝を着く。

 左右の取っ手を両手で握り、丸い部分を転がしながら身体を前方へ伸ばしてゆく。


 こ、これって、もしかしたら?


 両腕とともに身体を伸ばし切ったところで、一旦ストップ。

 次に、伸ばした時と反対の動きで元の位置まで戻ってきたぞ。


 こいつは、どう見たって腹筋ローラーってやつじゃないですか!


「うむ。これは魔力を増強しながら、腹筋も鍛えられるというスグレモノだ」


 腹筋ローラーで腹筋を鍛えると、同時に魔力まで鍛えられるの?!

 じゃなくて魔力を鍛えると、一緒に腹筋も鍛えられるんだ?!


「こいつのお陰で魔力も上がり、腹筋も六つに割れて健康にもいいんだ」


 うわーっ、ルドルフさん、シックスパックってやつなんですか。

 さすがは現役の騎士団長。なんだかスゴい。


「僕も、ルドルフ団長のように回数はこなせませんが、毎日やったお陰で腹筋割れてきました」


 ええーっ、いかにも理系男子で、インドア派っぽい感じのマティアスくんまでシックスパック?!


「恥ずかしながら、私も毎日やっております」


 えええーっ、ネーナさんまで?!


「だが一番鍛えているのはミヒャエルだな。俺は未だに、あいつには敵わないと思っている」


 ルドルフさん、それって魔力が? それとも腹筋が?


「そうですね。でも、腹筋では負けていますが、魔力は僕の方が上ですよ」


 なんなのそれ、マティアスくん? この世界は、やっぱり不思議なことで一杯だ。


 しばし『魔力増強自主トレーニング器』を巡って、話に花が咲くわたしたち。





「オレがどうしたって?」


 そこへ、また新たな来訪者が。今度は、いったいどなたでしょう。


 声がした方向を振り向けば……。

 シュッとした清潔感に溢れた、いかにも上品そうな眼鏡男子が、そちらにおわしました。

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