第71話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今準備中なのだ その五

 もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ……。


 わたしたちは、ランチを囲んでいる。

 おっちゃん、ウル翁、そしてわたし。

 あんまりない、珍しい組み合わせ。


 でも食べているのは、いつものキャベツのコールスローサラダ。

 今日はニンジンも見つけたので、試しに入れてみたよ。

 薄い緑色の中にオレンジ色が映えて、美味しそうだぜ。


 あとは、カリカリに焼いたベーコン。


 そして、ジャガイモ料理の新機軸、ハッシュドポテト。


 なんでわたしがハッシュドポテトなんぞ作ろうかと思ったかと言えば、それはおっちゃんの荷物の中に、謎の油らしきものを発見したからなのでした。

 でもってカリカリベーコンを焼いたあとに残る、ベーコンから出た風味豊かな油がもったいないと、これまた常々思っていたからなのです。


 そこで、いつものマッシュポテトを作ろうと茹でたジャガイモを二つに分けて、片方は小さな賽の目切りに、片方は潰しといて、予め片栗粉っぽいものに塩・胡椒を加えたものと、よーく混ぜ合わせ、最後は両方を合わせて薄い小判型に成形。


 件の謎の油を、ちょっと多めにベーコン油にイン。ゆっくりと油の温度を上げておいて、そこに先ほどの小判型のポテトをオン。キツネ色になるまでカリッと揚げ焼きにしたら、焦げ付く前に素早く引き上げて、油をよーく切るのだ。


 そうして作ったハッシュドポテトは、出来立てにケチャップを付けて食べるのが好きなのだが、こちらの世界にはケチャップはない。

 マヨネーズ同様、ケチャップも、うっすらと作り方を覚えているので、材料さえ手に入れば、いつの日にか……と企んでいるわたしだ。


 以前、宿舎で見つけた謎の油。ここ『炎の剣亭』でも使われている油。このおっちゃんの仕入れてきた油。どうやら同じ植物から作ってるっぽい。

 なんでも南にある果実酒の産地に続く街道筋で多く作られていて、この王都でも比較的良く使われているものらしい。


 黒い小さな玉のようなカタチのオリヴェの実と呼ばれる果実を、すり潰して圧搾して取れるそうで、やっぱりオリーブ油なのかしら。


 見たこともないオリヴェの実に思いを馳せながら、ランチをいただいていると、いち早く食べ終わったおっちゃんは地下室にいって何やらやっている。

 ご年配の方には、ちょっとこってりし過ぎかしら。とも思ったんだけど、ウル翁はことのほか健啖家らしく、ハッシュドポテトをにこにこと平らげてくれた。


 大丈夫かな、おっちゃん。地下室に消えてゆく背中を見送って、わたしは思う。

 なにしろランチの前まで、正座したままウル翁に頭をポカリ、とやられながらのお説教タイムだったのだ。


 ウル翁曰く。


「お前のようなヤンチャ坊主が店の前に陣取っておったら、客が寄り付かんじゃろうが」


 ということらしい。


 他にも、ツケを回収していないことだとか、昼間からエールばっかり飲んでいることだとか、わたしの心配してたことを事細かに言及してお説教は続いていたのだ。


 おっちゃんが、何か言おうとすると、途端にウル翁の杖がポカリと頭に飛んでくる。

 さしものおっちゃんも、黙ってお説教を聞くばかり。いつもの元気がない。


 それだけじゃない。誰に聞いたのかウル翁は、おっちゃんに眼鏡を掛けるように促したのだ。


「お前のそれは、明らかに近眼というやつじゃ。儂が眼鏡を作ってやるから、おとなしくそいつを掛けろ」


 案の定、何故か強硬に抗うおっちゃん。


「戦場から無事に帰ってきたお前が、第二の人生を歩んどるというのに、つまらない意地でケガをするのは見ておれんのじゃ」


 ウル翁、この時はポカリとやらずに、ぼそりと洩らしたその一言で、おっちゃんは観念したようだ。


「……はい」


 と一言、絞り出すように答えたのだった。


 そしてまだまだ続く、ウル翁のターン。


「髭を剃れ、身だしなみも清潔にしろ。そんな荒くれた風体のヤツが店主では、来る客も来なくなってしまうわ」


 なにか言いかけるおっちゃんだけど、やっぱりおとなしくウル翁に従って返事をする。


「最後にもうひとつ、年寄りからの願いじゃ。もう少し、ミヅキちゃんのことも考えてやってくれんか。面立ちが似ていようとも、彼女とは別人なのじゃ」


 またしても、なにか言いかけて、やっぱり止めるおっちゃん。

 正座して説教されてるおっちゃんを、厨房の方から遠巻きに伺っていたわたしには、その表情は良く分からない。


「はい」


 でもさっき、わたしが悩みを訴えていた時より、ウル翁に長ーいお説教されていた時より、おっちゃんの声が心なしか明るかったのは気のせいかな。

 わたしも何故か安心して、ランチの支度を始めることができたのさ。


 オリヴェの実から、おっちゃんへと、馳せる思いを切り替えてしばらくのち。


 ランチの間中神妙な顔つきだったおっちゃんが、なにやら満面の笑みで黒い一升瓶みたいなものを持ってきたよ。


「これはホズミ、お前に土産だ」


 その黒い一升瓶を、わたしの目の前、テーブルの上にでんっと置くおっちゃん。


「まずは一口、そのまま飲んでみろ」


 ええっ、そんなこと急に言われたって、どうすればいいの、これ?

 そもそも栓の開け方も分からないし、開けたところで、こんなに大きな瓶をどうしろと?


 焦るわたし。笑うおっちゃん。

 ウル翁は、うれし気に顎のリアルうれし毛を、そっと撫でているばかりなのでした。

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