第54話 お師匠様は「な・い・しょ♡」なのだ
なんてお茶目な爺様なのだ。
その醸し出す不思議な雰囲気と相まって、たちまちわたしはウル翁のファンとなった。
「おお、マティアスか。お前さん、いつも儂の店に入り浸っておるのう」
「いつもと言っても半年振りですよ。ご無沙汰しております、ウル先生」
「おお、そうじゃったか。何か、つい2〜3日前に顔を会わせたような気がするわい」
半年前が2〜3日前くらい? お年寄りの時間感覚は良く分からないなあ。
「それよりもマティアスよ。そちらのお嬢さんはどなたなのじゃ。はよ紹介せい」
「こちらはミヅキさん。異国よりの旅の末、この町に住むことになった僕の友人です」
わたしが召喚の末、聖女ではなかったことは、うまくボカして紹介してくれるマティアスくんに感謝。
「ほう、異国からの……」
ウル翁は、改めてわたしを見て、にっこりと微笑む。
「ふむ。めんこい娘さんじゃな」
しかし、その笑顔に、わたしは自分の全身を一瞬でスキャンされたような気分に陥った。
もう既に、ウル翁には、わたしが異世界人であることがバレてしまっているような気がしたのだ。
それはもう、ホントになんとなく、なんだけど。
「ミヅキ殿、マティアスのことをよろしく頼みますぞ」
人の良さそうな表情で、ウル翁はわたしに笑いかける。
でもそれは、お爺ちゃんが孫のお嫁さんに向けるものと似ているような気がしないでもない。
うーん、なんだか誤解されている気がする。
「またその話ですか。違いますよ、先生。この方は僕のお嫁さんではありません」
苦笑しながらマティアスくんが、ウル翁をやんわりと
「それにミヅキさんには、もう心に決めた方もいらっしゃるようですよ」
えっ? 誰のこと? わたしが心に決めた人?
わたしは、自分の頬が赤くなってゆくのを感じる。
うーん、マティアスくん、わたしにそんな人はいないと思うのだけど。
「うん? 儂は、そんなことは一言も言っておらんぞ。お前は滅多に友達を連れてくることなぞないからのう」
ウル翁は相変わらず、にこにこと楽し気にわたしたちを見ていた。
「ミヅキ殿には、友達としてお前のことをよろしく頼みたいと願っただけじゃ」
マティアスくんは、やれやれといった風に肩をすくめ、わたしに「ごめんね」とでもいうように笑顔をむける。
わたしには、マティアスくんとウル翁のやりとりが、なんだかとても微笑ましいものとして映るのでした。
「ところで先生。今回はどこまで行ってらしたのですか? 随分ご不在が長かったようなのですが」
「うむ、今回はちょいと西の大陸へな。そこで仕入れたのが、これじゃよ」
コーヒーマグっぽいものを片手に、にっこりと笑うウル翁。
おー、それだっ!
それは、コーヒーですよね。
珈琲!
Coffee!
コーヒー!
なんと、ウル翁は、今回の旅では大陸のずうっと西にある海を渡って、お隣の大陸にあるというコーヒー豆の産地まで行っていたらしいのだ。
「このコーヒーというものを初めて見つけたのは、この大陸の南にある、また別の大陸でのことじゃった」
その時には、あまり美味しいとは思わなかったそうだけど、今回の旅の中、思わぬところでコーヒーを再発見。
試しに現地で飲んだコーヒーが、ことのほか美味しかったそうで、入れる方法から、使う器具までまとめて仕入れてきたという。
「この世界は広い。儂の知らぬものも、この世界には、まだまだたんとあるのじゃ」
ウル翁は、今回仕入れてきたという、コーヒー豆の詰まった大きな袋や、コーヒーを入れるための機材をリアルうれし毛を撫でながら、わたしたちにお披露目してくれた。
「みんなには、まだ内緒じゃ。こちらへ参られよ」
店の奥へと誘われ、こっそりと見せてもらったコーヒーを入れるための器具は、なんだか見覚えのあるものばかり。
あれは焙煎機? こっちはミル? 仕入れて来たという豆は、お馴染みの褐色ではなく、うっすらとした緑色をしていた。
ウル翁様、生豆を仕入れて来て、自分で焙煎してるの?!
それってスゴくない?
え? 豆のブレンドもやってる?!
どんだけ凝り性なのよ。
「なに、簡単なものよ。現地で少しばかり研究してきたからのう」
そう言うと、ウル翁は豆の仕舞われている袋からひと掴みふた掴み取り出すと、焙煎機にざらざらと入れてゆく。
指をパチンと鳴らせば、途端に焙煎機はガラガラと動きだす。火の加減も自動で行われているようだ。
焙煎って難しいんじゃないのかな。
そもそも自動で動くって、どんな仕組み?
「儂がコーヒーを飲みたいがために作った、新しい魔法じゃよ」
この世界の魔法って、世の理に準じているんじゃないの?!
いくら魔法ったって、こんな風に万能じゃないんだよね。
聖人様でもなければ、できないんだったよね。
そうだよね、マティアスくん?
「さすがです。先生」
でもマティアスくんは、目を輝かせてウル翁の魔法に見入っている。
この魔法って、いったいどうなってんの?
教えてよ、マティアスくん。
「残念ながら、僕には先生が開発した魔法の殆どは理解できていません」
西の海を渡った大陸に行くための安全そうな航路も、最近になって確立されたばかりで、この国からその大陸に行ったことのある者などは皆無に等しいそうだ。
自動車はないけれど、馬車が行き来できる陸路は整備されているのに、海路はダメっていうのはどういうことだろう。
この世界には、魔獣がいるっていうから、きっと海には海の魔獣がいるに違いない。
わたしは、クラーケンだのシーサーペントだのを思い浮かべ身震いをする。
そりゃ、あんなのがいたら、この世界に大航海時代なんてやって来るのは、まだまだ先なのだろう。
そもそも、僅か半年余りの間で、西の大陸に行って帰って来れる者など、この大陸中を探しても誰もいらっしゃらないそうで、ウル翁ときたらどんな魔法を使ったやら。
わたしは、本日何度目かになる畏敬と親愛を込めた視線をウル翁に送る。
そんなわたしに、再びウル翁は、さらに笑顔と顔の皺を深め、唇に人差し指を添えて片目をつぶって言うのだった。
「な・い・しょ♡」
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