第31話 ただ今の決まり手は、スネ? なのだ
天高く舞い上がる少年。
なんという身体能力。驚愕に値するぜ。
でも剣技で宙に飛び上がるのは、やめておいた方がいい。
だって空中じゃ踏ん張れないから、方向転換できないでしょ?
わたしはすいっと身を翻すと、眼前に降り立とうとする少年を迎撃する。
ちょうど目の前に降ってきた彼のスネの辺りを、ぽこんっと薙いだのだ。
技を繰り出したら、素早く振り返って相手の追撃に備える。
これも大事。
敵を仕留め切ってなかったら、背後から強襲されてしまうからね。
わたしが振り返ると、地に降り立った少年は木剣を放り出し、スネを押さえてうずくまっていた。
ふっふっふ、痛かろう。そこは弁慶の泣き所と言って……。って、あーっ、まだ少年はうずくまってるよ。
ごめんなさい。痛かったよね。そんなに強く打ったつもりはなかったんだけど。
スネって小指の先とともに、ちょっとぶつけただけで涙目になる部位のひとつだったよ。
少年に慌てて駆け寄るわたしを、大きな歓声と拍手が包み込む。
なんだ、なんだ?! なんなんだ、このスタンディング・オベーション??
スネを打たれてうずくまっていた少年も、立ち上がると、爽やかな笑顔でわたしに握手を求めてきたぞ。
どういうことだ?! 何が起ったんだ??
握手を交わした少年を中心に、わたしは騎士見習いの少年少女たちに取り囲まれた。
少年少女たちはわたしに握手を求め、口々になにやら質問をぶつけてくる。
「お姉様、お名前は?」
な、名前? あっと、ミヅキだ。
「ミヅキ様、お年は?」
えっと、永遠の17歳。って、女性に年齢を聞くなよ。正直に答えるわたしも、わたしだけど。
「さっきの技は、何と言うのですか?」
「ミヅキさんの流派は、どこなのですか?」
技名なんてないよっ。流派ったって、じいちゃんは何流だったんだろう?
なんとか新陰流? なんとか一刀流? ははっ、そんな訳ないか。
でもってなんなの。いったいこれは。ルドルフさん、笑ってないで助けてよ。
わたしがたじたじと後ずさりを始めた頃、ルドルフさんは号令を掛けて騎士見習いたちを集めた。
さっきまでの、無邪気だった見習いたちの顔が騎士の顔となって、ルドルフさんの訓示に耳を傾けている。
訓示の最後に、わたしを紹介してくれた。
いやあ、そんなにあらたまって紹介していただけるほどの者では。照れるぜ。
「ということで、彼女は『炎の剣亭』の関係者だ」
ルドルフさんが『炎の剣亭』の名前が出た時の、見習いたちのたちの反応はさまざまだった。
さすがに見習いとはいえ騎士の端くれ。大騒ぎにことなんてなかったけれど、明らかにみんなの表情が変わったのだ。
ごく一部の者は、その瞳を輝かせてわたしを見つめる。おっちゃんのファンかな。それとも『炎の剣亭』の常連さんかな。
しかし大半の者たちの表情は微妙なもので、その真意は計り切れなかった。おっちゃん、彼らにいったい何を食べさせたんだ。
ルドルフさんのちょっとしたイタズラ心のせいで、なんかエラい目にあった気がするよ。
でも、代わりに見習い騎士の少年たちには、不思議な太刀筋の剣士として認定されたので良しとしよう。
午前中の修練指導のあとは、やっぱり勝手知ったるルドルフさんの執務室で、お茶をご馳走になった。
でも、ルドルフさん、今日はお弁当作って来なかったんだよ。お昼ご飯、どうしよう。
「いや、今日は俺に任せてくれ」
そう言って用意されたのは、サンドイッチ。
レタスにタマネギ、そして薄切りされたベーコン。ベーコンは軽く炙ってあり、余分な油が落とされていて野菜やパンとも良く合っていた。
正直、わたしの作ったものよりもずっと美味しい。思わず「シェフを呼んでくれないか」とか言いそうになった時、現れたのはネーナさん。
おー、もしや、このサンドイッチを作ったのはネーナさんかな。あー、やっぱり。女子力高過ぎ。敵わないな。
えっ、わたしのサンドイッチを参考に作ったんですか? ええっ、この国にはサンドイッチが普及していないの?
「ええ、そうなんです。隣国では、比較的お召し上がりになる方も多いと聞きますが」
「はっはっは。我が国の多くの者の好物は、むしろ茹でたジャガイモだからな」
そ、そうなんですか? ちょっとびっくり。てっきり歴代の聖人様のうち、もう既にどなたかが広めているんじゃないか、と思い込んでました。
でも、これは今日の相談ごとの解決の糸口になるかもだな。
わたしは、ここ数日の『炎の剣亭』にまつわるあれやこれやを、もはや隠すことなく話し始めるのでした。
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