第29話 ただ今の決まり手は、小手。なのだ【前編】
「小手ーっ!!」
パシーンッ! という小気味良い音を立てて、騎士見習いの少年の手首に、わたしの技が決まった。
さっきは、ドンッ!! と効果音付きで『炎の剣亭』を勢い良く飛び出したものの、特に行く当てのないわたしは勝手知ったる騎士修練場に来てみたのだ。
今日の騎士団長のルドルフさんは、若年の騎士見習いたちの指導中であったにも関わらず、こうしてわたしを迎え入れてくれたのだった。
まだしばらくは修練の時間が続くそうで、端っこで見学させてもらった。もちろん体育座りで、少年たちのお邪魔にならないように。
ルドルフさんは明るく元気に爽やかに、いかにも成り立ての見習い騎士の少年たちに剣の指導をしている。
剣を振っている者たちの間を一人一人巡っては丁寧に教えている姿は、わたしに剣道を教えてくれた近所の道場のじっちゃんを思い出させた。
じっちゃん、元気かな。しばらく道場にも顔を出してなかったけど。息子さんが道場を継ぐ話はどうなったんだろう。無事に話がまとまってくれたらいいんだけど……。
少しばかり物思いに耽ってしまったわたしの姿を、まだ見習いらしき少年たちが遠巻きにチラチラと見ている。
そりゃ、メイド服を着用した、自分たちより少し年上の少女が、修練場の片隅で膝を抱えて座ってたりなんかしていたら気になるだろう。
ほらほら、わたしなんか気にしてるとルドルフさんに叱られちゃうよ。どうぞ、おかまいなく。
ちなみに、なんで今日のわたしがメイド服なんぞを着ているかといえば、貰ったのだ。就職祝いに、ルドルフさんたちから。
わたしの持っている服といえば、この世界に呼ばれた時に着用していた制服だけだ。部屋ではバッグに入っていた学校指定の体操服や、ジャージで過ごしているのだ。
それで、この何日間かを凌いで来たんだけど、制服はわたしの一張羅であり、勝負服でもあり、さてさてこれから先はどうしよう、とか思っていたところだったのだ。
先だっての勝負では、見事におっちゃんを撃破して『炎の剣亭』を制圧したのだが、次の日から働く時の服を持っていないわたしなのでした。
しかし勝負ののち、なしくずし的に就職記念のお祝いパーティーとなったその席で、ルドルフさんたちから何かお祝いの品を贈りたいとの申し出があったのだ。
小市民なわたしは、断るふりをしながらお言葉に甘え、ネーナさんたちが着ている、憧れのクラシックスタイルのメイド服をまんまとねだったと言う訳だ。
——そんなもので良いのか。
などとみんなには驚かれたけど、快く贈ってくれることになった。
そして、今朝、それが届いたんだよ。しかも十着も。おー、これで毎日着て毎日洗濯しても、次の日に困ることはない。ありがたや、ありがたや。
それにしても、サイズぴったりだな、これ。動きやすい、可愛い。ふふっ、似合ってるかな。
朝、ネーナさんが、侍女の皆さんと共にメイド服を手に尋ねてくれた時は、もう感動しちゃったよ。
侍女の皆さんは、見覚えがある方ばかり。お城にいた時にご一緒してくれた方々だ。その節はたいへんお世話になりました。改めてお礼申しあげます。
移り住んでまだ数日だというのに、すっかり散らかってしまったお部屋の片付けまでしていただいて、なんか重ね重ね申し訳ありませんでした。
「きっと、いつか必要になります」
そう言って、ネーナさんは、初めてお会いした時に勧めてくれたドレスを贈ってくれた。アクセサリーと靴まで添えて。
あの王様との謁見の折りに着用した、お見合いドレスだ。なんだか、既にちょっとだけ懐かしい。
わたしがドレスなんか着る時が来るのかどうか、我ながら疑わしいところだけど、心遣いに感謝して有り難くお受け取りいたしました。
宿舎の表で待っていたのはマティアスくん。やっぱり女子用の建物には入って来づらいよね。
マティアスくんは、メイド服とは別にお祝いを持って来てくれたのだ。
「これを身に付けていると、幸せになれますよ」
そう言って、手渡されたのは、何やら神々しい指輪。
おや? もしかして、これってプロポーズ?! まだ、わたしたち出会ったばかりだよ。そりゃ、マティアスくんは、この世界に来てからできた初めての友達だけど……。
うひゃーっ。
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